24 これ以上ない存在証明
「なん、で……?」
スマートフォンの画面に映し出された写真を目の前に、言葉が出てこない。
シャッターの音がしたとき、僕の隣にはたしかに依緒がいた。だけど切り取られた一瞬の中にセーラー服の女子など影も形もない。
「どういうことぴよ……?」
頭の上に居たピヨも驚きを隠せない。同じく、依緒が映っていて当然だと思っていたからだ。
そんな僕らを無言で眺める有珠杵。自分の主張が正しいと証明されたのに、喜ぶ様子はまるでない。それが余計に間違いを責められているような気分にさせる。
ピヨみたいに第一印象が理解の許容範囲を超えていれば、異常なものを前提として受け入れるので混乱はしない。
だが正常だと思って受け入れたものが、実は理屈外だったとしたら。疑いもなく認めた存在が異物の塊だったとしたら。取り込んだ情報は吐き出せない。
整合性を取れるような理屈が見つけられず、頭がふらつき、身体が後ろに倒れそうになる。飛びかけた意識を取り戻せたのは、両手を覆う感触だった。
「落ち着いて仲村君」
有珠杵の手が、持っていたスマートフォンごと僕の手を包む。
「私はあなたを否定したわけじゃない。私は信じるわ。今度は私が信じる番」
離した手を拳に変え、周囲に呼びかける。
「私の声が聞こえているのなら仲村君に答えて。あなたは一体何者?」
「わたしは依緒ですよ」
僕の隣でじっとやり取りを見ていた少女は当然のように返す。あえて質問の意図を外しているようには見えない。意味のない返答を有珠杵に伝えるべきか迷う。
「何が目的なの? 仲村君に憑りついてどうするつもり?」
「憑りつくって……ファントムじゃあるまいし」
「私が言っているのは幽霊、悪霊の
「待て、依緒をファントムなんかと一緒にするな。なんで普通に見えないかは分からないけれど……」
依緒の擁護をしたいが正体が分からない以上、有珠杵の主張を跳ね返すことはできない。というか、未だ僕自身も混乱から抜けきれておらず頭が回らない。
「幽霊……わたしお化けだったんですね、やっぱり」
さんざんな言われようにもマイペースも笑顔も崩さない依緒。僕のそばを離れて、有珠杵の隣に立つ。
「ふしぎだったんですよ、自分でも。覚えていることは少ないし、話しかけてもみんな知らんぷりするし。それに『ずぼ』ってできるから。
意味不明な言葉とともに、依緒が細い腕を有珠杵の横腹に突き刺した。
「ずぼおおおおおおおおおおおおおおおぉっ⁉」
「ぎゃぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ⁉」
「どうしたの仲村君! 何かされたの⁉」
されているのはお前だ有珠杵!
しかし当人は苦しむ様子もなく、腹部に出血の様子も見られない。
「だいじょうぶですよ。わたしの腕がすけすけになっているだけですから。触っても触れません。ほらほらこのとーり」
今度は突き刺した腕を水平に振る。有珠杵の腹部から引っ込んだり出てきたりする光景は、子どもが空中の立体映像を触ろうとしているように見えた。いや、この場合は「立体映像が実像を触ろうとしている」と言うべきか。
表現はともかく、目の前で起こった現象が結論だ。
「本当に幽霊ぴよか……」
これ以上ない存在証明だった。受け入れるしかない。
楽しくなってきたのか、今度は全身を回転させて有珠杵から出たり入ったりしている依緒を見ていると、自分が大ごとに捉えすぎていた気になってきた。むしろ考えすぎが馬鹿馬鹿しくなってきた。本当に楽しそうな顔してるな、おい。
「とりあえず気が気じゃなさそうなコフレを安心させてあげるぴよ」
「だな……有珠杵、僕は問題ない。ようやく現状を飲みこんだ。それに依緒は誰かを傷つけることができない」
そうかしら。有珠杵の疑念はまだ晴れない。
「本性を隠しているのかもしれないわ。仲村君に嘘をついて騙しているのかも」
「うそをついたら大変なんですよ! 『うそつきは地獄で全身の皮が剥がれるほど熱い熱湯に入れられて苦しむぞ』って小学校の先生が言ってました」
教育者として言葉を選ぶことは出来なかったのだろうか……。危害を加えるなら機会はいくらでもあっただろうし、まず依緒が腹芸なんてできるようには見えない。
「嘘はつかないってさ。だからいろいろ聞いて状況をはっきりさせる」
「私にできることは?」
さりげなく腕時計を見た。僕が思っていたよりも、習い事まで時間がないらしい。
「あとは僕一人で大丈夫だ。有珠杵こそ家に帰らなきゃいけないんだろ、時間がないのに悪かったな」
「謝らないで。勝手についてきただけだから」
「チーズケーキ、今度は必ずつき合うから。なんなら明日はどうだ?」
「明日は無理。明後日ならいいけど……いいわ。期待してないから」
最後の言葉が
「じゃあ明後日行こう。……本当だって、お前に誓って嘘はつかない。なんなら指切りでもするか?」
冗談半分で小指を出す。すると有珠杵はうつむいたままゆっくり小指を突き出してきた。子どもじゃあるまいし、って言われると思ったらまさかの承諾。自分から提案した手前引っ込めることもできず、高校生にもなって指切りのうたを歌う。
何やってんだ僕らは。
「――はりせんぼん飲ーます、ゆーび切った。これで信じてくれたか?」
「もし破ったら本当に千本飲ませるから」
誓った小指を胸のそばでぎゅっと握っている。
千本でも一本でも飲みたくない、絶対に行かないとな。
「かわいいおねえさんですね」
幼稚園児並みの恥ずかしい行為を間近で眺めていた依緒が漏らすと、はにかむような笑い声が呼応する。
「ぴぴぴっ、だから応援したくなっちゃうぴよ」
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