第五話「祈りは現実の否定なのか?」 4
序盤は善戦といってもよかった。
こちらはこなたと彩花の二人だ。
一方のニーナはグリモアは二体いるが本体は一人、同時に操作をするのは慣れていても難しいらしい。
「ムルムル、死霊で防御を」
動けないこなたは死霊を呼び出し、全面的に彩花をバックアップする。
「サミジーナ、雨霰」
彩花は動きながら、死霊を盾にしつつ、ニーナの二体に当たるように全体攻撃をする。
「アスモダイ、サミジーナを攻撃」
ニーナはアスモダイを攻撃の主軸として槍で死霊をかき分け、サミジーナを狙うが、常に少し距離を取っているためにほとんど当たらない。
「アスモダイ、一撃必殺!」
アスモダイの大きく振りかぶった攻撃からサミジーナを庇い、一体の死霊が攻撃を受け、消滅する。軽微なダメージがムルムルに入るが、気にするほどではない。
アスモダイではないもう一方のフォラスは何をしているのか、ときどきアスモダイやニーナの周りをくるくると回っているだけで、近接はおろか遠距離攻撃もしてこない。何かのタイミングを計っているのかもしれないが、あまり気にしなくてもよさそうだった。
彩花とこなたのコンビネーション技を繰り返して、ちまちまアスモダイを削っていれば時間内になんとかなるのではないか、という短絡的な考えだった。
今のところは成功しているように見える。
「おかしいな、結構削ったと思うんだけど」
こなたが呟く。
「さっきもそうだったんだよねえ」
彩花の攻撃は、ニーナ側にもかなり当たっているはずだった。
ライフが多いとしても、いい加減行動力が落ちるのではないか。
特にアスモダイは攻撃は最大の防御とでも言わんばかりに、積極的な攻撃をしていて、防御をあまりしていない。
それなのに、アスモダイもフォラスもピンピンしているようだった。
「フォラス、奇跡の手」
お化けがアスモダイの周りをくるくると回って銀色の雪を降らせる。
「さっきも見たな」
確かに、何度かああして回っては雪を降らせている。
羊の顔が、威勢良く咆哮した。
「アスモダイ、攻撃を」
アスモダイが再び攻撃を開始する。
「……あれ、回復じゃない?」
「グリモアを回復する能力。あり得るね」
だから、フォラスは常にニーナのそばにいて攻撃にあまり参加していなかったのだろう。
グリモアを回復する代わりに、攻撃力そのものは高くないのだ。
ここでフォラスがやられてしまえば、アスモダイに防御よりも攻撃を優先させている戦術が大幅に変わってしまうはずだ。
「じゃあ、そっちに切り替えるかな。ムルムル、フォラスを攻撃しろ!」
死霊が消え、ムルムルが杖を構え、細長い剣を射出した。
「サミジーナ、攻撃を」
サミジーナもフォラスに向かって剣を振るう。
「やった!」
フォラスが消滅した。
「こいつ自体は弱いのか」
これで回復役がいなくなったニーナは窮地に立たされるはず。
「これでどうだ」
こなたも同じように思っているようだった。
しかし、肝心のニーナに取り乱している様子はなく、腕を組んで仁王立ちをしたままだった。
「あとはあいつを」
こなたが言いかけたときだった。
「グリモワール、フォラス」
「なんだって?」
ニーナが、再度フォラスを呼び出した。
召喚に応じて空間からフォラスが現れる。
お化けはくるくると回る。
「そんなの聞いた事がないよ」
「聞いたことがなくても、起こりうることは起こります」
ニーナはこなたの声に眉一つ動かさない。
「フォラス、奇跡の手」
フォラスが雪をアスモダイに降らせる。
「ゲームで見たことがあるパターンだ。回復役がメインのそばにいて、そいつを倒しても無限に復活する、というやつだね」
「無敵じゃないのそれ……」
「さあて、どうするかな」
動けないわりには楽しそうにこなたが言った。
「回復させる間もなくあいつを倒す、というのがセオリーだろうけど」
「でもそれは」
二人で削っていくというこれまでの作戦では到底叶いそうもない。
「そうなんだよね。よっと」
こなたが立ち上がったが、足元がおぼつかないようでよろよろとしている。
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないけど、まあ、もう少し気合いを入れないと」
こなたはピシャリと自分の両頬を手で叩いた。
「それか、あいつが復活するのをなんとか防ぐか、倒してから復活する短い間にもう一つを倒すか、だけど、どっちも望み薄かなあ」
「ねえ、あれ」
こなたのいるところまで下がった彩花が、ニーナのグリモア、アスモダイを指さす。
「うん」
「あいつの指」
こなたがアスモダイの左手を見る。サミジーナの幾度かの攻撃で革手袋は破れて小さな手が見えていた。
フォラスで回復するのはステータスだけで、外見は変わらないらしい。
「もしかして」
彩花がつぶやく。
天井の明かりに反射して、その左手にキラリと光るものがあった。
「ああ、なるほど」
彩花の言った意味がこなたにもわかったようだ。
そこに嵌められているのは、小さな指輪だった。
「確かに、彩花さんの考える通りかもしれない」
「うん」
「グリモアを呼び出す能力を持つグリモア、か。ちょっと意外だけど、そう考えるしかないようだね」
「……なら、あっちだけを倒せば消える?」
「たぶん、そう。だから攻撃パターンそのものはそんなに多くないわけか。呼び出しスキルが大きすぎるんだね」
「冷静な分析、ありがとうございます」
ニーナがそれを肯定した。
二人でニーナのお化けのグリモア、フォラスは無視して、羊頭のアスモダイに集中攻撃をする。
その作戦自体は継続していればいい、ということはわかった。
それを見下ろしていたニーナが二人に聞こえる声で言う。
「タネがわかったところで、どうともできません」
「それはどうかな?」
「さあ」
「第二ラウンドといこうか、の前に」
こなたがニーナに手のひらを向ける。
「ちょい待ち」
「なんですか」
「作戦会議」
「はあ、フォラス、奇跡の手を」
律儀に待ってくれているのか、ニーナは組んだ腕をそのままに、フォラスでアスモダイの回復をしていた。
「彩花、こっちに」
手をひらひらさせて彩花を呼ぶ。
彩花が来たところで、こなたが作戦内容を耳打ちをした。
「できる?」
「できると、思うけど」
こなたの作戦に彩花が同意する。
「それじゃ、いこう」
こなたと彩花が前に向き直る。
「ムルムル、死霊を」
「サミジーナ、死霊を!」
サミジーナもムルムルと同じく死霊を呼び出す。
サミジーナのコピー分もあわせて、通常の倍近くが空間に出現した。
「アスモダイ、全部潰してしまいなさい」
有象無象の死霊が空間いっぱいに現れる。そのすべてが広がりながら、ムルムルとサミジーナを隠しつつ、アスモダイに攻撃をしていく。
召喚にスキルを使っているアスモダイの攻撃はそれほど脅威ではないとしても、死霊一体一体の防御力も低い。
わずかなダメージは与えられているだろうが、双方牽制をしているだけにしかみえない。
ニーナのアスモダイが死霊の半分ほどを消し去ったところで、その異変にようやく気が付く。
「なっ、ただの煙幕」
こなたが立っていた場所にいない。
「あ、あなた、動け」
「最後の力だよ」
ニーナの正面にこなたが飛び出していた。
ムルムルの死霊がすべて姿を消していた。
「悪いけど、卑怯な手を使わせてもらうよ」
こなたが腕組みをしたままのニーナを押し出し、ぐらついて後ろにニーナがよろめく。
『プレイヤーが接触を行いました』
『ペナルティが与えられます』
ニーナを押し出したペナルティで電撃を受けたこなたが崩れそうになるのをギリギリでこらえる。
『重大な違反行為です。ライフの1/2を失います』
「OK、予測済み」
ムルムルのライフが半分失われたが、まだ若干の残りがある。ここまで計算をしてタイミングを計っていたのだ。
「ムルムル、魅了」
こなたの手がフォラスの身体に触れる。
ムルムルが保有する、超接近スキルだ。
スキルをかけられたフォラスがくるくると周りながら移動して、ムルムルのそばで待機をする。
「ムルムル、杖を」
力を失ったこなたが倒れかかりつつ、ムルムルを使役する。
ムルムルは前後不覚に陥っているフォラスに杖を突き立てた。ライフが少ないフォラスはこの一撃で霧散した。
「あとはよろしく」
こなたはそのまま仰向けに倒れた。
気を失ったのか、こなたが倒れると同時にムルムルが消滅した。
残されたのはサミジーナとアスモダイ。
ニーナはまだ体勢を戻せていない。
彩花がアスモダイの近距離でサミジーナに命令をする。
「サミジーナ、魔弾!」
サミジーナの矢がアスモダイを貫く。
『ゲームが終了しました。勝者ムルムル、サミジーナです。勝者には栄光を。敗者にはペナルティが与えられます。両者お疲れ様でした』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます