第121話 East Side Story ④

『抜けてきた! おさえて!』

 

 相手のランニングバックが攻め込んで来た、これはチャンスとばかりに健二が先日の怒りをぶつけてやろうと体勢を変えるのだが。

 

『後続だ! 防げ!』

 

 味方からの激で我に返ってライン防御の形成に入る。他のフロントと協力して後続の一機は防いだが、二機目の侵入は防げなかった。

 今自陣には敵機が二体居ることになる。

 攻めて来た敵機は、あのフルボッコ予定のランニングバックとワイドレシーバー。

 

「ワイドレシーバー!? まさか!」

 

 健二の胸中に焦りが生まれる。嫌な予感が頭をよぎり、更にそれを確認する前に実証されてしまう。

 

『ランニングバックはボールを持ってない! パスだ!』

 

 キャプテンの警告は一足遅かった。その頃には既に相手のクォーターバックがロングパスを投げ終えていたのだ。

 見上げればボールが頭上を通過していく。フロントでは最早対応できない、

 心が焦る……と思ったがそうでも無かった。味方のバックスが攻め込んで来た二機を、一機につき二機で囲んで身動きできないようにしてボールの落下予測地点にこれないようにしたのだ。

 そしてフリーとなったボールの落下予測地点に味方機が近付く。

 

『待て! ボールをそのまま落とすんだ!』

 

 とキャプテンがボールをフィールドに落とすよう指示。急ブレーキをかけ味方機はその場で止まる。

 ボールがフィールドに落ちてゲームがストップした。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「ふむ、これは守備側のクォーターバックの評価だな」

「ボールを落とす判断も悪くない」

 

 カールが評価シートにレ点を入れる。

 今回は守備側の冷静な対応が良かったと言える。逆に攻める側のクォーターバックが悪いのかと言われたらそうでもなく、攻め側はセオリー通り攻めていたので問題はない、あえて言うなら攻め込んだランニングバックとワイドレシーバーに敵機体と渡り合うだけの実力が無かった事だ。

 

「ランニングバックは減点だろう」

「炉夢の言うとおりだな、彼が盾となってワイドレシーバーの行動を補佐できていれば」

「そういえばランニングバックの機体は自前だったな、スペックはどうなんだ?」

「整備士からの報告によると、控え目に言えば……我々の量産機の方がマシなレベルだ」


 それは何とも悲しい評価である。既に試合が再開しているが、気にせず炉夢は試合に参加しているオーダーメイド機体のスペック情報に目を通す。

 訓練生のオーダーメイド機体は基本的にパイロットが整備する事となっているが、週に一度は整備士が点検をする決まりとなっている。

 昇格試験が始まる前に各機体を整備士達が点検して調べた結果が、報告書としてタブレットに掲載されていた。

 

「なるほど、上半身の強化に寄りすぎで下半身が疎かになっていたのか」

 

 さしづめ、筋トレを始めたはいいが、上半身しか鍛えなかったばかりに下半身が貧弱になったような。

 

「他のオーダーメイド機体もそんな感じだぞ、だがあのアリって機体は別だ」

「あれはいい機体だ、乗り心地もいい」

「乗った事あるのか?」

「ああ」

 

 夏に一度。

 整備士の報告によれば、アリは下半身の強化に力が入っており多少無茶な挙動をしてもバランスが崩れにくくなっているそうだ。

 また整備性もかなり良いらしく、点検を行ったどの整備士も太鼓判を押していた。

 

「彼の元いたチームの整備士はかなり腕がいいそうだ。うちの整備士長いわくな」

「当然だ、上原宇佐美のいるチームなのだから」

「あのピーキーそうなハミルトンを整備してるんだから腕は良さそうだよな」

 

 試合の方は不発に終わる攻撃をお互い交互に繰り返して前半戦が終了した。

 思ったよりも泥仕合となってしまったようで採点が難しくなってきた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 後半戦開始五分前。

 作戦会議という事でキャプテンから通信が入った。しかしキャプテンの提案する攻撃プランはどれも前半戦でやってきた事の焼き増しにすぎず、どれも成功するとは思えなかった。

 健二はインビクタスアムトで公式戦をした事は無いが、ミニゲームで見た祭の提案する作戦は、いつもベターなものから奇抜なものまで多彩であり飽きさせなかった。

 

『以上が俺の作戦だ、フロントはとにかく壁を形成し、ランニングバックとワイドレシーバーで攻める。ベターだが一番の作戦だと思う』

 

 確かにベターだ、基本に忠実でわかりやすい。だが。

 

「悪いがキャプテン、それじゃ勝てねぇぜ」

『なんだって? 君は健二君だったな、ならどういう作戦なら勝てるんだ?』

「そうだな、例えばバックス全員で突撃するとか、センターフロントがボール持って走るとかだな」

『馬鹿を言うな! 君はセオリーというものを全く理解していない!』

「確かにセオリーは大事だ、だが、それは相手も同じだろ?」

『どういう事だ?』

「俺達はセオリー通りの攻撃をして、セオリー通りの守りをする。それを交互に撃ち合ってるだけだ。それじゃ何時までも終わりゃしねぇ」

『そうか、ふむ、確かにそうだ』

 

 意外や意外。このキャプテンは思ったよりも人の話を聞く性格のようだ。おそらく健二よりも謙虚で頭も良いだろう。足りないのは経験だけ。

 

「俺なら敵のバックスを二機ぐらい倒せる自信あるぜ。タイトエンドが攻めても大丈夫だろうよ」

『なるほどそうか、わかった。作戦を考えるからしばらくは最初に提案したベターな作戦で時間を稼いでくれ』

「よっしゃ期待してるぜキャプテン!!」

 

 波に乗ってきたとはこの事だ。他のメンバーも心做しか活気づいてるように見える。

 これならきっと健二が攻める展開もあるかもしれない、そうすればあのランニングバックを殴る機会ができるというものだ。

 

「セオリー通りにやられてちゃ殴れなさそうだもんなあ」

 

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