第97話 Battle against adversity ③

 友恵がインビクタスアムトの取材を行ったその日の夜、早速インタビュー内容を簡潔に纏めた報告書を編集部へ送ってから編集長へ電話を掛ける。

 

「やりました編集長! 睨んだとおり美浜市に上原宇佐美がいました!」

『でかしたぞ! それで上原宇佐美にはインタビューはできたのか?』

「いえ、それが上原宇佐美は別の場所でトレーニングをしているらしく、今日はできませんでした」

『そうか、今報告書を読んでるんだが、チームに鳥山厚と影浦大蔵がいるらしいな』

「はい! 僕もビックリしました! てっきり引退したのかと思ってました」

『俺もだ。まさか新興チームにいるとはな』

「メンバーをよく見ると理由もわかりますよ、このチームのリーダーは九重祭という子なんですけど」

『九重って、まさかあの伝説のランニングバックの九重宗十郎か?』

「その娘さんらしいです」

『なるほど、かつてのリーダーの娘がチームを作ったから二人が加入したというとこか』

「ところがそう単純な話でもないらしいです」

『どういう事だ?』

 

 それから友恵はインビクタスアムトの創立経緯とこれまでの出来事を語って聞かせた。それは彼女達が思っていた以上にドラマティックで、思っていた以上にエキサイティングなものだった。上原宇佐美の加入から始まり、上邦炉夢との因縁、ACSを搭載したハミルトンを中心にした戦い。どれも記事にするには美味しすぎるネタだった。

 

『面白いな、何よりACSを搭載したハミルトンだ。まさか宗十郎の事故にまつわるものだったとはな。しかしよくこんなところまで聞き出せたな』

「どうせ調べたら直ぐにわかる事だからと。突然ですが編集長、僕このチームの専属記者になりたいです」

『悪くない提案だが、決めるには少し材料が足りないな。せめて試合風景を見られれば』

「それでしたら編集長、ちょうど再来週に練習試合をするそうなんです」

『観戦できそうか?』

「おそらく」

『やってみろ、試合内容次第ではさっきの話を許可する』

「はい!」

 

 通話は終わり、友恵はホテルのベッドで横になる。久しぶりにやりがいのある取材対象を見つけた興奮で眠れそうにない。頭の中でインタビュー内容をぐるぐる反芻させて無理矢理疲れさせてようやく眠りについた時には既に四時を回っていた。

 昼まで寝てからホテルをチェックアウトして、一旦関東の支社へ戻った。

 次に来るのは再来週、試合の日になるだろう。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「さあ、ここからは基礎体力作りを減らす代わりにフォーメーションの練習もしていくよ」

「やっと地獄の体力作りが終わったぁ、クイゾウでやらせてよぉ」


 試合まで二週間というところで、恵美がこれまでの練習方針から切り替える事を宣言した。ひたすら黙々と体力作りをするのは精神的に辛いものがあったのでホッとする反面、これからどんなキツい練習が待っているのかと戦々恐々としている者がほとんどだった。

 特に体力のない奏はその気持ちがひとしおだ。

 

「フォーメーションの練習はシミュレーターを使う」

「シミュレーターて、もしかして導入できたんですか?」

 

 瑠衣が尋ねた。少し前にシミュレーター訓練の必要があると提言していたらしいだけに気になるのであろう。シミュレーターがあれば実機訓練を減らす事ができ、そうなれば整備の負担も減らす事ができる。

 その問いに答えたのは事務員の雲雀だった。彼女が発注を担当しているためその手の備品管理も充分理解している。


「ひとまず五台だけね、今日の夕方前に納品されるから事前に設置箇所の掃除と片付けをお願いします」

「そいつはあたしと手の空いた整備班とでやっておくさ、あんた達はとりあえずフォーメーションの確認と戦術を練っておくれ、シミュレーターが届いたら順次パイロットデータの打ち込み作業に入ってもらうよ」

 

 やる事が多い。特に夕方以降だとパイロットデータの打ち込みだけではすまないだろう、実際に動かしてみて動作データも入れなければ。

 

「そうだった、フォーメーションの確認やらする前にポジションを発表しないとだ」

 

 ある程度決まっているとはいえ、試合前に本決まりとなるのはこれが初めてだ。周りがピリッとした空気となり、不思議とみんなの緊張が高まっていくのがわかる。

 誰かが外れるなんてことはまず無いのだが、それでも抑えられない動悸というものはある。

 

「センターフロント、ジックバロン、伊狩 須美子」

「はい!」

「フッカー、アリ、原 武尊」

「はいな!」

「同じくフッカー、レオニダス、影浦 大蔵」

「はぁい」

「レフトフロント、風の勇者ソルカイザー、桧山 涼一」

「うむ!」

「正直この名前何とかならないかねぇ? 言ってて恥ずかしくなる」

 

 みんなそう思っている。

 

「ライトフロント、T.J、南條 漣理」

「我が愛機の事はフルネームでお願いしたい!」

「ツノイズジャスティス」

 

 感情がこもっていなかった。

 

「センターバック、ヘイクロウ、武者小路 炉々」

「へいへーい! あっしにおまかせでありやす」

「ワイドレシーバー、クイゾウ、七倉 奏」

「あっ、はい」

「同じくワイドレシーバー、リリエンタール、鳥山 厚」

「了解しました」

「タイトエンド、ライドル、白浜 瑠衣」

「わかりました」

 

「同じくタイトエンド、カルサヴィナ、桧山 澄雨」

「うん」

「フルバック、クリシナ、水篠 心愛」

「は、はい!」

「ランニングバック、ハミルトン、上原 宇佐美」

「はいっ!」

「最後、クォーターバック、エルザレイス、九重 祭、あんたがチームリーダーだ」

「ええ、わかってるわ」

 

 こうして各ポジションがハッキリした上で改めてブリーフィングが始まる。各々の特性を生かした戦術をいかに多く用意できるか、そしていかに体に叩き込む事が出来るか、試合前にやる事はまだまだたくさんある。

 シミュレーターが届くまで白熱した議論が交わされたのは当然ともいえよう。

 

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