第92話 Spring Land ①

 スプリングランド、それは日本一のラフトボールチームを決める王者の祭典。

 関東と関西でトーナメントを行い、それぞれで勝ち抜いてきた四チームが最強を掛けて争う。この日行われるのがスプリングランド決勝戦、文字通り今年の日本最強を選ぶ日だ。

 

 数多の強豪チームを跳ね除けて争う二チームは、熊本から来た『阿蘇ゴッドブレイジング』と、埼玉から来た『熊谷グラムフェザー』である。

 

 神奈川にあるラフトボール専用スタジアムの周りは既に観戦客でいっぱいだ。試合開始まであと三時間、現在はスタジアム内の最終安全確認中であり、それが終わり次第スタジアムが解放されて観客が雪崩込むだろう。

 その観客達の中に、遥々関西からやってきたインビクタスアムトのメンバーがいた。

 

「人すごいなあ」

「そりゃ日本最強を決める戦いだもの」

 

 車椅子に座っている宇佐美からすれば人波がまるで津波のように感じられる。杖も持って来ているが、人波に呑まれた時の事を考えて安定性のある車椅子にし、常に誰かが傍にいるようにしている。

 右隣にはチケットを手配してくれた九重祭が、左隣には同じく新幹線のチケットを用意してくれた南條漣理がいる。車椅子を押すのは中学からの友人の原武尊だ。

 他にも武者小路炉々や七倉奏に桧山兄妹がいる。

 鳥山厚や影浦大蔵、白浜瑠衣に碇須美子は来ていない。つまりメンバーのうち若年組だけの参加だ。そして若年組だけでは不安なので監督の桧山恵美と事務の上原雲雀が引率についている。

 

『ただいま最終安全確認が終わりましたので、入場を開始します。列になってゆっくりご入場ください』

 

 スピーカーから案内放送が流れたが、悲しいかな、観客達は我先にと会場に詰め掛けて僅か数秒で肉団子が出来上がってしまっている。

 

「うわぁ、ここは行きたないなあ」

「私も嫌だよ、なんで皆あんなに荒ぶってるの?」

「一般客席は……自由席だから……だと思うよ?」

 

 心愛の疑問に奏がおどおどしながら答えた。奏はクイゾウを置いてきている、決勝戦はちゃんと自分の目で見たいからだそうだ。

 

「それで、どうするんですか? 人がはけるのを待って入場しますか?」

「その必要は無いわよ澄雨、私達はVIP席だから専用の出入口があるの」

「なるほどVIP席でありやすか」

 

 なるほど納得納得、だから祭はこんなにも落ち着いていたのか。なるほどなるほど。

 

「「「「「「えぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」」」」」

 

 宇佐美と武尊と炉々と心愛と澄雨と涼一が一斉に驚きの声を上げた。庶民組にはあまりにも現実感の無い単語だったゆえ反応が少し遅れたのだ。

 

「え? 普通はVIP席じゃないノーチラス」

 

 無理に語尾を付けた漣理が答える。忘れていたが、彼もブルジョワ組の一人である。

 

「姉さんは知ってたの?」

「うん、手続きする時にね」

「母上も知っていたのか!」

「そりゃあたしは監督だから」

 

 引率者が知っているのは当然ともいえる。驚く庶民組を引き連れて、祭はとことこと会場の横手から入場を果たした。

 薄暗い通路を歩いてVIP席出入口をでると、まず眩いばかりの照明の光が目に刺さって痛い、手を翳して目が慣れるのを待って一歩ふみだすと。

 視界いっぱいにグリーンのフィールドが広がって圧巻の思いが胸に込み上げる。

 

「すごい、ここがラフトボールのフィールド」

 

 感嘆しているのは宇佐美だけではない、初めてスタジアムフィールドを目の当たりにした若年組全員がその場で立ち尽くしていた。平然としているのは桧山親子と祭くらいだ。


「ていうか観客席がフィールドの傍にあるんだ」

 

 普通のフィールドだとラフトボールで使われるボールが飛んで来る事を考慮して、観客席は離れた所に置いてあるが、ここではすぐ近くにある、つまり一般的な野球場やサッカースタジアムとかと一緒なのだ。

 

「観客席とフィールドの間に電磁スクリーンが設置されてるの、それがバリアとなってボールから観客席を守る役割があるのよね、ほら、あそこのポールが発生機よ」

 

 祭の言う通り、不思議な柱がいくつも連なって設置されているのが見える。

 

「補足するなら電磁スクリーンは三層構造になっててね、それぞれ電源が別にあるから例え不慮の故障が起きても必ずどこかの層は機能するのさ、さっきの最終安全確認も主にこの電磁スクリーンがちゃんと機能するかチェックしてるんだよ」

「なるほど」

 

 コーチの恵美が言うと説得力が違う。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 


 試合開始間近になると観客席は完全に埋まっており、歓声が会場全体を縦横無尽に飛び交って一種の熱を産んでいた。 

 だがそんな歓声もスピーカーから試合開始を案内するアナウンスが流れると大人しくなり、それを待ってから実況がチーム入場を告げた。

 

『スプリングランド決勝戦、最初に入場するはこちら!

  阿蘇の火山が産んだ、燃える闘志を拳に纏いて、いざ灼熱の戦士が降り立った! 阿蘇ゴッドブレイジング!!!!』

 

 スモークが吹かれ、その中から赤銅色の機体が次々と入場してくる。同時に鼓膜が割れんばかりの歓声が上がり思わず耳を塞いだ。

 機体は一機ずつ入場していき、実況が一機ずつ短い紹介をしていく。全て紹介し終わった頃にはフィールド内でそれぞれのポジションにつき終わっていた。

 

『続いて昨年の覇者、狙うは二連覇!

 最強の座は誰にも譲らない、常に上をゆく翼を胸に、あらゆる敵をなぎ倒す剣を手に、奴らは常に頂点へ君臨する! 熊谷グラムフェザー!!!!』

 

 先程と負けず劣らずの歓声、もはや音が質量となって身体を押し潰すかのような錯覚すら覚える。

 実況が一機ずつ紹介する。最後に紹介したのはあの機体、上原宇佐美の原点ともいえる彼の機体だった。

 

『最後に入場してきたのはオールブラック! こいつに関して紹介する言葉はありすぎて絞れない! 知らない奴は調べて驚愕しろ! 昨年のMVP! 最強のランニングバックとまで謳われたラガーマシンとラフトボーラー!

 上邦炉夢だああああ!!』

 

 スモークの中から漆黒のラガーマシンが出てくる、その姿は宇佐美が知る姿とは少し違っていたが、紛れもなくあの時宇佐美と勝負したオールブラックだ。

 

「炉夢さん」

 

 ポツリと呟く宇佐美、聞こえる筈は無いのだが、タイミングよくオールブラックが宇佐美のいるVIP席を向いた。まるで『よく見ていろ』と言わんばかりに。

 

『さあ! ゲームスタートだ!』


 ボールが、天高く発射された。

 

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