第40話 vs Seirin University ②


「すいやせん! 盗られやした!」

「リカバリー! 急いで!」

 

 最初の攻防は祭チームの敗北で終わった。呆気なくフィールドに倒れ伏したヘイクロウは、星琳チームのセンターフロントに頭を押さえつけられており身動きがとれずにいる。

 

「うおっ、これは動けないでありやす」

「いくら枦々ちゃんでも、手加減はしないよ」

 

 ヘイクロウのコックピット内の通信用スピーカーから、ドスコミちゃんこと猪狩須美子の声が発せられた。枦々と須美子は事前に通信機の周波数を教え合っていたので、2人が通信しているのはおかしいことではない。

 そうでなくても接触している今なら接触通信というものが使えるので尚更だ。

 

「ドスコミちゃん、キャラにそぐわないパワフルなプレイでありやす」

 

 センターフロントだけあって須美子の機体『ジックバロン』は馬力重視の機体になっており、パワーだけならチーム一、いや祭チームを含めてもこのフィールドで一番の物と言っても過言ではない。

 ずんぐりとした身体に、太い腕。人間なら丸太のような腕と表現するところだが、いかんせんラガーマシンでは、特にジックバロンで丸太の表現は少々役不足である。

 鉄柱のような腕……というのが妥当なところだろう。

 

「しっかし試合は始まったばかり、まだまだわからないでありやすぜ……それはそうとそろそろ離して貰ってもいいでありやすかね」

「駄目」

「うへぇ」

 


 ――――――――――――――――――――

 

 

 枦々と須美子が組み合っている間、奪われたボールは、星琳チームが素早くキレのあるパス回しを繰り返してゆっくりと九重チームの陣地へと潜り込んでいた。

 ボールを持った一体が深く切り込んでくる。それを健二が抑えにはいるも、接触直前に斜め後ろの何も無い空間へボールを飛ばして盗られないようにした。ボールはフィールドへ落ちる前に、素早くカバーに入った機体が受け取って代わりに切り込む。

 一方、抑えにはいった健二機はボールを持っていない機体へ抱き着く形となる。すぐ様離れようとするのだが、そこは経験の差がでたようで、星琳機はパスを出した瞬間に、抱きついてきた健二機の首筋を掴んで右へ放り投げた。

 何度かバウンドしてフィールドの端へ転がされた健二機は、コックピットに受けたGが強烈だったようで、中の健二が軽い脳震盪を起こしていた。しばらくは動けないだろう。

 

 その間にもボールを持つ星琳機はグイグイと九重チームの陣地へ入り込んでくる。先程の健二による妨害が功を奏したのか、付近に味方機はいない、一番近いところにいる機体にはいつの間にか武尊機が張り付いている。

 フッカーの健二と武尊は、ゲーム開始時にセンターフロント(枦々のヘイクロウ)の両サイドにいたため、健二が特攻を行った際は反対側にいる武尊がカバーに入る筈だったのだが、その前にパスを出されて抜かれてしまったため、武尊は後からくる星琳機を止める役割となった。

 

 だがそれにより現在星琳機は一機だけで突っ込んでいる状態となっている。

 今ならパスを出されることはない、ゆえにクイゾウと漣理のT.Jが両サイドから攻める。星琳機は足を止める事もせず、クイゾウとT.Jが至近距離に迫ったタイミングでブースターを起動して加速した。

 クイゾウとT.Jは慌てて停止して振り仰ぐ、実を言うとこれは想定内である。真っ直ぐ加速した星琳機は減速も旋回もせず突進してくる。

 

 迎え撃つのは九重祭のエルザ・レイス、重量級のエルザ・レイスならば充分抑えられる。それは星琳機もわかっていることだろう。星琳機のパイロットはどちらから抜けるかと行うステップを思考する前に選択し、実行に移す……のだが。

 

 その前に横合いから赤い影がタックルをキメて星琳機を押し倒したのだ。

 赤い影とは無論ハミルトンである。

 ボールは星琳機の手から零れてエルザ・レイスの足元に転がる。祭はそれを掴んでエルザ・レイスの左肩の右手に持たせる。そして右腕と左腕を連結させて腕を伸ばし、倍加した腕の遠心力を加えてボールを遥か前方の星琳チームの陣地へ投げ込む。

 

「とりなさい! クイゾウっ!!」 

 

 その頃にはクイゾウがバイク形態に変形して疾走していた。最高速度には達してないが、それでも時速80㎞はでている。

 数秒で着地点に辿り着いたクイゾウは人型へ変形しながらブレーキを掛けてボールを待つ、だがボールが放物線の頂点から下がり始めた時、何処からか飛び上がった星琳チームのランニングバックがインターセプトボールを掠めとする。

 

「ちっ……邪魔だ!」

「こらあかん!」 

 

 着地の勢いを殺さずに走り出すランニングバック、すかさずフッカーの健二と武尊が妨害に入ろうとするも、既に切り込んでいた星琳チームの機体に阻害されて近づけない。

 枦々はまだ須美子に押さえつけられている。

 クイゾウはまだ星琳チームの陣地におり、おそらく間に合わない。

 ゆえにランニングバックを抑えるためにT.Jが立ちはだかる。

 

 余談だが、星琳チーム内ではT.Jを頭の形状を見てゴールデンリーゼントと呼んでおり、九重チーム内ではド直球にウンコ頭と呼んでいる。

 

 残念ながらリーゼント……もといT.Jのパイロット漣理ではランニングバックのステップ2つに翻弄されてしまいあっさり左から抜かれてしまう。

 ウンコ……T.Jを抜いた瞬間、エルザ・レイスの2倍に伸びた右腕が横薙ぎに振るわれ、ランニングバックをラリアットで止めようとする。

 それをスライディングで下を潜って回避し、2転3転転がってから起き上がり駆ける。その時ハミルトンは先程倒した星琳機に腕を掴まれて動けないでいた。

 

 結果、ランニングバックを止めるのは最後の砦であるフルバック、つまり水篠心愛のクリシナだけとなった。

 

「き、きた……こここここぉぉぉい!」

 

 声を震わせながら構えを取るクリシナ、右へ左へステップを踏んで心愛を惑わせる。クリシナの正面に来た時、心愛は左へレバーを傾けた。ランニングバックは左から右へステップを踏んで正面に来たのだ、その流れで心愛は左へくると反応した。

 ランニングバックは右から悠々とクリシナを抜いてエンドラインを超え、タッチダウンをとった。

 

 なんて事ない、初歩的なフェイントだった。

 心愛は何も考えず、ただその場の流れに身を任せて間違った方へ反応してしまったに過ぎない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る