第24話 Love Heart Attack ④


 美浜市郊外、トーラムマインド社の会長である九重義晴が用意したフィールドでは、7機のラガーマシンが駆け回っている。

 うち4機は同一規格の元で製造されたため同じ見た目をしていて区別がつかない。残り3機はタイヤを背負ったバイク型のクイゾウと、左手の代わりに右手を取り付けた重量級のエルザ・レイス、そして規定最小サイズギリギリのハミルトン。

 

 特殊繊維強化ゴムのフィールドを、ボールを持ったハミルトンが駆け抜ける。それを阻むため同一規格のラガーマシン4機が立ちはだかる。

 一番前の機体が両手を広げてカバー範囲を大きくするも、ハミルトンはそれをするりと掻い潜って奥へと行く。続いて2機が並んで向かってくる。2機分の面積で囲おうとしてるのだろうが、訓練不足なのか足並みが揃っていない、そのため2機の間には微妙な空間があり、ハミルトンは手前に来ている機体の攻撃に対して身を低くして躱しながら、その空間へ飛び込む。

 

 前転をしながら体を起こして再び走る。

 2機はサーカスの火の輪くぐりのような曲芸を目にして驚いたのか、しばらく動きが固まっていた。

 

 最後の1機が目の前に近付いてくる。同一規格であるのだが、その1機だけはよく見ると他の機体と違って頭に角が付いていた。

 おそらく飾りである。

 無駄である。

 

 角付きの機体は真っ直ぐ突進してくる、ハミルトンは左へずれて躱そうとするが、角付きは華麗なサイドステップで進路を塞ぐ。

 回避は無理と判断したハミルトンは正面からぶつかる事を選んで速度を落とす。

 

 角付きが姿勢を落とし、ハミルトンの胴体を狙う。

 対するハミルトンは走りながら角付きの攻撃を迎え撃つ。

 

 両者が激突する寸前、ハミルトンはボールを持っている方の手を伸ばして、あろう事かボールで角付きの頭を斜め上から叩き付けた。

 それなりの高速で走っていたため角付きはそのまま地面に頭を擦り付ける事になる。その際角がへし折れた。

 

「ああああああボクの角がああああ」

 

 という漣理の叫びを背中に置いて、ハミルトンは悠々とエンドラインを越えて立ち止まる。

 

「ふぅ〜。ごめん漣理君、頭大丈夫?」

「その言い方だと私の精神状態がダメな感じに聞こえてならないのですが……私自身は平気ですが、私の、いえボクのアイデンティティになる予定の角が折れてしまった方がダメージ大きいです」

 

「えっ? 今何で一人称を言い換えたの? あとアイデンティティのためだけに角付けたの?」

「角のロマンがわからないとは、仕方ないですね。この上級貴族の私が角の良さをたっぷりねっとり教えて差し上げましょう」

 

「お腹空いたから遠慮しておくよ、その話は健二にしてあげて」

「何で俺に振るんだよ!!」

「では下等市民よ、耳の穴かっぽじってよく見てください!」

「聞くんじゃねえのかよ!! つか変な資料がきたあああああ」

 

 巻き添えくらった健二へ心の中で謝りながら、宇佐美はハミルトンに乗ったままフィールドの外へと出る。その宇佐美を枦呂がラガーマシンで追い掛けながら背中へ呼び掛けた。

 

「へい! ウサギ君、さっきのプレイすごいでありやすな! あっしは手も足も出なかったぜい」

 

 枦呂は最初に立ち塞がったラガーマシンだ。

 

「ウサギじゃなくて宇佐美だよ。僕なんてまだまだだよ、これくらいじゃ全然足りない。枦夢さんはもっと凄いんだ」

「枦夢さんって……ひょっとしてナンバーワンプレイヤーの上那枦夢の事かい?」

「うん? そうだけどそれがどうかしたの?」

「いやあ従兄弟が褒められてあっしも鼻が高いと言いやすか」


「え?」 

「ん?」

「あの……今、枦夢さんの従兄弟って」

「上那枦夢はあっしの従兄弟ですぜ」

「…………まじです?」

「まじです」

「道理で名前が似てると思った!!」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 祭とクイゾウはフィールド内に留まって、先程のプレイ動画をリピートしている。2人共、宇佐美のハミルトンが4機抜きしていく姿に喉を唸らせていた。

 

「私達じゃ練習相手にならないわね」

「そっすね、教習所でラガーマシンの手動操作を覚えてからはメキメキ上手くなってるっすよ」

「どういう操作で回避行動を取るのか予測できるようになったのね」

 

「恐ろしい上達速度っすね」

「そうね、でもこういうの程壁にぶつかりやすいから不安は残るわ」 

「今から考えても仕方なくないっすか?」

「まあそうなんだけど……まあいいわ、次はフロントの練習よ」

 

 一抹の不安を残して練習が再開される。今回の練習は改造前に個々人の操作の癖を見るためのものであるため、より多く、かつ激しく動き回ってもらう必要がある。

 このデータを元に整備主任の小沢聖がそれぞれの改造プランを立てる事になっている。1人でやるのかと祭は思ったのだが、どうやらトーラムマインド本社で整備士の部下と一緒に立てるらしい。

 

「そうだ! フロントの練習ついでに角のよさを……」

「全員漣理君との通信を10分間遮断しなさい」

 

 1秒と掛からずに漣理が孤立したのは言うまでもない。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 陽が沈み始め、赤く燃える空と星々が点在する暗い空に二分された時間帯の事、美浜市のアーケード街にあるカラオケ店から3人の女子高生達が出てくる。

 日本中何処にでも見られる光景、むしろ時間帯としては早いくらいか。

 その内の1人、心愛は3人分の代金を支払ったおかげで薄くなった財布を鞄にしまいながら、2人にバレないよう小さく溜息を吐いた。


「いやぁ歌った歌った」

「理沙ってば今日激しいのばっか歌ってたよね」

「そりゃもう溜まりまくりだしぃ」 

「それってぇ〜、ストレス? それとも〜こっち?」

 

 美希は両の人差し指をクルクルと回しながら理沙の股間を指差す。

 理沙は「やだぁ」とわざとらしく身をよじらせながら、少し頬を染めて「両方」とだけ応えた。

 

「キャードスケベー」

「とか言って美希だってほぼ毎日翔太とヤッてるって聞いてるよ?」

「いやいや毎日もシテないって、3日に1回だしぃ」

「めっちゃヤッてるじゃーん。あたしだって週1なのにさ」

「そういえば心愛は彼氏つくらないの?」

「え?」

 

 突然話を振られて心愛は困惑する。

 答えるまでもなく心愛にそういった浮いた話は一つもない。

 

「心愛って割とイケてるルックスしてるのに男っ気ゼロだよねぇ」

 

 理沙が顔をずいっと寄せて見つめながら告げた。それに対し美希が嫌らしい笑みを顔に貼り付けながら心愛へ詰め寄る。

 

「中身が暗いからダメなんだって、今度性欲持て余してる奴紹介してあげよっか?」

「えぇっ!? い、いいよそういうの」

「心愛ってまだ処女でしょ? 膜ぐらい潰しといた方がいいよ、鈴原とかどう? あいつそんなに大きくないからそこまでキツくないよ」

「や、やめておく」


「てか、なんで美希がそんな事知ってるのよ」

「そらもう、たまに授業抜け出して校舎裏とかで」

「うーわ彼氏いるのに。浮気かよ」

「そういう理沙はどうなのさ、浮気」

「え? してるよ、当然でしょ?」

「だよねぇ」

 

 アハハハと女子高生2人の笑い声が響く、生々しい会話でなければただ姦しいだけで流せるのだが。

 心愛はこの空気に耐え切れず、会話が途切れたタイミングで「じゃああたしバイトあるからこれで帰るね!」とやや早口で捲し立ててアーケードの出口へと走り抜けて行った。

 

 人通りの多い路地を抜け、一度帰宅してから自室でバイトの準備を始める。

 制服を脱いで下着姿となった時、先程の会話が脳裏に蘇った。

 

(彼氏とか処女とか……何で皆そうあっさり決められるんだろう。あたしだって好きな男の子とそういう)

 

 そこまで考えてから、恋愛経験があまり無いことに気付いた。最後に恋をしたのは小学校低学年の時、担任の先生に対してだった。それも初恋。

 結局告白などせず、時間と共に恋心は失われてしまったのだが。

 

 恋をすると女は変わるという。

 綺麗になるだとか内面から色々フェロモンがでるとかあるのだが、心愛は違う変化を望む。

 有り体にいうと、理沙と美希の2人と縁を切りたい。

 

 2人といると財布は削られ、貞操も危ない。それに……特別クラスの生徒への仕打ち、人として良くない事に手を出している彼女達の側にいるのは非常に心苦しかった。

 だが、縁を切るには深く関わりすぎたのも事実。下手に切ると自分がどうなる事か。

 

 結局現状維持が一番という結論に達して、着替えてからバイトへ行くのであった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 用語解説

 

 ワイドレシーバー……クォーターバックの投げたボールをキャッチして相手陣地に殴り込む役割。

 

 クォーターバックのどんな無茶な投擲にも対応しなくてはいけないため、ワイドレシーバーは機動力の高い機体が選ばれる事が多い……という事もなく、妨害する敵の機体を押しのけるためあえて重量級が選ばれる事も多々ある。 

 

 要は、使い分けである。大体2パターン用意して、状況に応じて二者が対応するのがセオリーである。

 

 尚、クォーターバックのボールは必ずしもワイドレシーバーが取らなければならないという事もない。

 無駄なポジションという意見もあるが、クォーターバックのボールを取るためのポジションが存在するというだけで、戦術面では大きな意味を持つとだけここに記す。

 

  

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