第18話 Obtaining License ⑨


 フィールドから数百メートル離れた講習棟の屋上、試合を一望できるそのスポットにて、教官はドローンで細部の動きを見ながらチェック項目にレ点を入れていく。

 

 その教官に、白髪の混じった初老の男性が話しかける。

 

「中々面白くなってきましたね」

「誰か気になる子はいましたか? 監督」

「ふむ……そうですね、あの端にいる子なんか中々見所ありますよ」

「ほう……彼ですか」

 

 監督と呼ばれた男性が指で示す方向、その先にいる生徒を見て教官は目を細めた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 2回タッチダウンとったところで、祭は一度タイムを申請して作戦会議の時間をとった。

 メンバーは全員ポジションについているが、コクピット内ではチーム通信がひっきりなしに飛び交っている。

 

「しゃあっ! あと一回で同点だ!!」

「ういっす、ここが正念場っすね」

「せやかて向こうも警戒してくるやろうし、次は苦戦するんちゃうか?」

「武尊君の言う通りよ、残念だけど総合力は向こうの方が上……だから直ぐにさっきの攻撃に対応してくるわ、多分私のロングパスはもう使えない」


「じゃあどうすれば、もう一度僕が走ります?」

「ふぅむ……ここは正攻法でいきますか」

「つまりどういうことや?」

「小細工抜きの正面突破よ」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 タイムが終わり、漣理チームのキックオフから始まる。

 漣理チームはタイムの間にポジションを変えていた。漣理はバックスポジションと交代、更に最後方にいた最も図体と馬力の高いフルバックがセンターフロントと交代していた。

 

 これに相対しているのはクイゾウだった。

 

「お嬢、流石にこれは自分1人で抑えられないっす」

「キックオフが始まったら私もフォローにはいるわ、2人で抑えるわよ」

 

 試合再開のブザーが鳴る。センターフロントのラガーマシンが前に出て、ボールを九重チームのクォーターラインまで蹴り飛ばす。

 同時に両チームのフロントが一斉に動き出してぶつかり合う。

 

 祭は宣言通りキックオフと同時にクイゾウの所へ駆け寄り、共にセンターフロントの機体をブロックする。

 しかし2体がかりでも、抑えるのがやっとという状態。

 

「なんすかこれ! パワーありすぎっすよ!」 

「流石にキツいわね」

 

 クイゾウもエルザ・レイスも、元はバックスポジションを想定した機体である。他のラガーマシンよりはパワーがあるというだけで、フロントポジション用に作られた機体には今一つ届かない。

 

 2体がかりでようやく抑え込めるというレベル。

 

 健二も武尊もそれぞれ目の前のラガーマシンと相対する。残った宇佐美がボールを回収、反転して再び南條チームの陣地へ向けて足を動かそうとするのだが。

 

『いかせません』

南條きぞく君」

南條なんじょうです!!』

 

 動けない九重チームのフロントを抜けた漣理が、宇佐美の前に立ちはだかる。

 逆三角の体型に大きなブースター、盛り上がった胸部と肩部の装甲、この場にいる全ラガーマシンの中では一番ヒロイックな外観をしていた。

 

 エルザ・レイスのようなギミックもクイゾウのような可変も無い。シンプルに総合力のみを追求した機体となっている。

 

『あなたを先には行かせません』

 

 宇佐美は右から抜けようとステップを踏み……それに合わせて漣理が宇佐美の前を塞ぐ、ややスピードが乗りかけていたところで足踏みをせざるを得なかった宇佐美は、一旦バックステップで距離をとった。

 

 そして今度は左右へフェイントを掛けながら様子を伺うが。

 

(読まれてる……)

 

 宇佐美のステップはことごとく読まれて潰されてしまう。

 

『その機体は脅威的なスピードでしたが、パワー勝負には向かないようだ。つまり走らせさえしなければあなたは無力! このまま時間切れまで粘らせてもらいますよ』

 

 全くもってその通り。

 教習機であるならば多少強引な手も使えたのだが、ハミルトンの場合は回避が前提だから近接戦がめっきり駄目である。

 一度走り出してスピードにのれば多少は選択肢が増えるが。

 漣理はこの弱点を見抜いて攻めてきたのだ。

 

 こうしてる間にも時間は進んでいく、残り時間は4分。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 健二の中で焦りが募る。

 宇佐美が漣理に足止めをくらい、他のメンバーはフロントを抑えるのに手一杯で救援に向かえない。

 

 クイゾウと祭の機体は2機がかりで抑えているが、1機でも抜けてしまったらたちまち潰されて宇佐美の元へ行かせてしまう。

 武尊は一番距離が遠いため、救援後にタッチダウンをとろうとしてもタイムアップに間に合うかわからない。

 

 だから健二は一つの結論に達した。

 自分が行くしかないと。

 

「どけゴルァ!!」

 

 健二は掴み合っていた機体から一旦手を離し、その頭を掴んで自身へ寄せる。勢い任せに自分の頭をぶつけて相手の機体に衝撃を与えた。

 

「ロボ同士の頭突きなら痛くねぇぜ!!」

 

 相手が怯んだ隙に拘束から逃れて身を伏せ、相手の両脚を掴んで持ち上げつつ倒す。

 青天あおてん(尻餅をついて倒れた状態)となったラガーマシンから離れて宇佐美の元へ駆け出す。ブースターを全力で噴かせ、こちらへ背中を向けている漣理の機体目掛けてタックルを仕掛ける。

 

『くっ……この下等市民がぁ!!!』

「くたばれエセ貴族!!」

 

 瞬間、赤い影が健二の隣を横切る。

 

「ありがとう健二」

「……俺もだよ」

 

 もがき合ったまま硬直している2体のラガーマシンを置いて、ハミルトンは走り出す。

 途中、健二が倒したラガーマシンが起き上がってハミルトンの進路を妨害しようとするが。

 

 横合いから飛んできたエルザ・レイスの手が脇腹に直撃して再び地面に伏す事になった。

 左手にブースターがついている事を利用して、短距離でのロケットパンチを敢行したようだ。

 

 ハーフラインを超えて南條チームの陣地へ、最後の砦フルバックが前に出るも、先程の機体よりも小さいため威圧感がない。

 それでもハミルトンよりは頭2つぐらい大きいのだが。

 

 宇佐美は右へ跳ぶ、合わせてその機体も右に出る。

 

「今!!」

 

 その瞬間ブースターの全力噴射が行われ更なる加速が加わる。すぐに噴射口が右に傾いて右へ跳ぼうとしていたハミルトンを強引に押し止める。

 宇佐美は一瞬足を止めたものの、すぐその場で噴射口に合わせてくるっと回転して左へ向き直る。


 枦夢戦で使ったフェイントの一つ、あの時よりキレの増した動きで、未だ反転が間に合わないフルバックの不意をついてそのまま抜き去る。

 ほどなくエンドラインを超えてタッチダウンをとる。

 

 残り時間僅か7秒であった。

 

「いよっしゃあああああああ!! いいぞ宇佐美!!」

「ナイスプレイやで!」

 

 その後キックゲームで追加点の1点をとって。21-21で同点のままタイムアップを迎える。

 この試合で延長戦は行わないらしく、そのまま同点で終了する事になった。


 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 2時間後。

 

「あれだけ馬鹿にしてた下等市民に同点まで追い詰められた気分はどうだぁ? 最高かぁ? ん〜?」

「はぁ? あんなの手加減してたに決まってるでしょう? 次やる時はこちらの圧勝ですよ」

「おいおい負け惜しみ言ってんぜこいつ」

 

 ラガーマシンをそれぞれ格納庫に納めてシャワーを浴びた後、一同は教室へと戻ってきた。戻ってきて早々、予想通りというか何というか。健二と漣理の罵りあいが始まって今に至る。

 

「ねぇ宇佐美君。私こいつらってホントは仲がいい気がしてきたわ」

「え? 元から仲良しだよ?」 

「はは、あんたってそういう奴よね」

 

 祭が頬杖をついたまま苦笑いを浮かべる。

 結局2人の争いは教官が来るまで続くこととなった。

 

 教官から試合時の問題点をつぶさに指摘され、そのまま座学の復習へと移る。

 陽が落ちる頃に授業が終了してそのまま解散かと思われたが。

 

「突然だがスカウトが来ている」

 

 という教官の言葉と共に上げかけていた腰を再び椅子に置くことになる。

 そして教官に呼ばれて壮年の男性が入ってくる。

 

「こちらは大津レイクワイルドの小林監督だ」

「レイクワイルドって去年スプリングランドに出場したチームやないですか!」

 

 武尊の興奮した声が教室全体に響き渡る。


「1回戦でグラムフェザーに負けましたけどね……そんな事より皆さん試合お疲れ様です。どの子も見所が抜群で目が離せませんでした」

 

 柔らかい、饅頭のような喋り方をする男性だ。

 

「おおお、小林監督に褒められたぁ……ワイ今日死んでもええわ」

「落ち着いて武尊、魂でてる」

「その中でも特にあなたは素晴らしい」

 

 そう言って小林監督が声を掛けたのは、あのクイゾウと祭を抑えたラガーマシンに乗っていた生徒だった。

 

「お、俺ですか?」

「そう、君だ。適切な体重移動に力配分、どれもマーヴェラス。君が良ければ是非うちのチームに来てもらえないだろうか?」

「よ、喜んで!!」

 

 パチパチと拍手が鳴って全員がその生徒を祝福する。

 小林監督は振り返り、今度は健二の前に立った。

 

「良ければ、君もどうかな?」

「お、俺も?」

「まだまだ荒削りですが、君には何か光るものを感じました。最後の攻防も独創性に溢れていて面白い。どうかな?」

 

 これには健二も驚いたようで空いた口が閉じないでいた。

 

「凄いやん健二! またとないチャンスやで!」

「うん! おめでとう健二」

「ちょっと悔しいけど、おめでとう健二君」

「え? なんで下等市民が? なんで? ぼくは? わたしは?」

 

 1人おかしくなっているが、皆概ね祝福モードで健二を見つめ、拍手を送っている。

 拍手が小さくなったタイミングで健二はようやく口を開いた。

 

「あ、あの……とても嬉しいです。俺みたいのを見てくれて評価してくれる人がいるってわかっただけで、その……照れくさいけど嬉しいです。

 でも、チームは……断らせてください」

 

 空気が冷えた気がした。

 健二の門出であり、成功への1歩。皆がそれを予想して祝福していたのに当の本人はそれを断ったのだ。

 今度は健二以外の生徒達が驚きで口を閉じることになる。

 

「どこか、入りたいチームがあるのかな?」

 

 そんな中、小林監督は優しく尋ねる。

 

「はい、一つ入りたいところがあるんです」

 

 その後、健二は祭の方へ向き。

 

 「いいよな? 九重」

 

 と小さく呟いた。

 祭はその言葉の意味を熟考し、こう答える。

 

「勿論、歓迎するわ」

「ホッホッホ、おやおや振られてしまいましたか。ではまたどこかのフィールドで会いましょう」

 

 さりげなく聞こえていた小林監督、2人のやり取りの意味を察し、彼は朗らかに微笑んだ後「皆さんの活躍に期待しています」と言ってから教室を出ていく。


「あれ? 俺のスカウトは? あれれ?」


 漣理は未だに一人称がブレていた。


 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 用語解説

 

 チーム……ラフトボールに関わる集団のこと。

 

 プレイヤーは基本的にフロント5人、バックス8人で構成される。

 尚、これはあくまでラフトボールの公式戦だけであるので、ミニゲームなどではこの限りではない。

 

 チームにはプレイヤーの他にも、整備士、主務、オーナー、トレーナーと多岐に渡る人材が存在しているが、最悪プレイヤーが13人揃っていれば公式戦に出られる。

 

 

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