第16話 Obtaining License ⑦


 2本の鋼鉄の柱が空高く突き上がる。柱の先は花のように開かれており、物を掴む形状をしている。

 その更に先では、アーモンドのような形をしたボールがぐるぐると回転しながら落下してきている。

 

 柱……もとい、ラガーマシンの腕はそのボールをいち早くとろうと躍起になっていた。

 枝垂健二のラガーマシンは濃緑の腕、対する南條漣理のラガーマシンは紫の腕。共に毒々しい色をした機体をめいっぱい上に伸ばして先制攻撃をとろうと画策している。

 

 ほんの僅かな攻防を制してボールを手にしたのは健二の方だった。

 

「っしゃああいくぞおおお」

 

 着地して早々、健二は漣理の隣を抜けてエンドラインまでボールを持って行こうとする。緑と紫が交差した瞬間、健二の中に優越感が生まれた。

 散々嫌味ったらしく罵った漣理に一泡吹かせることができたからだ。

 

「馬鹿ですかあなたは」

 

 すれ違いざまの優越感に浸る間もなく、漣理の機体から冷ややかな言葉が発せられる。

 その言葉の意味を考える前に、健二は漣理機の後ろにいた機体からタックルを仕掛けられてあえなく倒されてしまう。

 

 漣理側の陣営は「T」字型に陣形をとっていた、それゆえ中心の漣理を抜いたところで背後の機体がカバーに入るのは当然である。

 たとえカバーはなくても、漣理が片手を伸ばして脚を掴むだけで健二の動きを止める事は可能だ。

 

 つまり健二は浅はかにも愚策を講じたことになる。

 実際の試合では、最初にボールをキャッチした機体がエンドラインまで行くのは滅多にない。余程の実力者でないとそんなことはしない。

 

 普通の試合開始時の流れは、先にボールをとった選手が着地した瞬間に他のラガーマシンが走り出す(これはルールで定められている)。ボールを自陣側へ戻しながらアタックをかける。というのが定石である。

 

「くそっ……だがボールは渡さねぇ!」

 

 倒れる寸前、健二はボールだけは渡すまいと更に胸に寄せてガードする。それは立派なスポーツマンのプライドであるが、それが生きるのは走ってる間だけだ。

 つまりそれすらも悪手であった。

 

「救いようのない愚か者ですね」

 

 ピピッーと審判による耳障りな笛の音が響き、「ノットリリースザボール!」という審判の声がドローンから発せられる。

 

「なんだ?」

 

「健二の反則っちゅうことや」

 

 状況がよく分かっていない健二に対して、武尊の冷ややかな指摘が通信を通して健二の耳にはいってくる。

 

「はぁ? 何でだよ」

 

「ラフトボールでは、ラクビーと同じでタックルされて倒されたらボールを離さないとあかんねん。それが『ノットリリースザボール』、転がす方向は自由やけどな」

 

「マジか、すまん。ルールは全然把握してなかった」

 

 健二は説明書をロクに読まず、身体で覚えるタイプだった。ことラフトボールに関しても同じように全く把握してない状態でのぞんでいたのだ。

 そもそもやる気を出し始めたのが数日前というスロースタートなのも影響しているが。

 

「因みにノットリリースザボールの代償はペナルティキックや」

 

 漣理がボールをフィールドに置く。キックティーと呼ばれる固定台にボールを垂直に置き、別の紫の機体に乗ったラガーマシンがそれを九重チームのフィールドへ向けて蹴り飛ばす。

 

 突き抜けるような風切り音をたてながら、ボールは弧を描いて落下する。

 落下地点にはいつの間にか宇佐美のラガーマシンが移動していた。腕を上げて、抱き抱えるように受け取る。

 そして直ぐにパスを出そうとして。

 

「宇佐美君パスはダメ!」

 

 と祭から制止をくらう。

 そこで宇佐美は、サッカーと違ってパスが横か後ろへしか出せないことを思い出して走り出した。まずは誰かを追い抜く必要がある。

 

 宇佐美のいた地点はクォーターラインより手前、ハーフラインまでは5秒はかかる。

 そして5秒あれば性能で勝る南條チームの1体が、フロントの壁を超えて宇佐美に迫るのは当然であった。

 

 本来は九重チームの誰かが下がって、宇佐美とパスを押収しながら進むのが理想だが、今は4機全てが南條チームの前進を阻むために1人1体に張りついていた。

 

 宇佐美に迫るのは零れた1体だ。宇佐美は片足ペダリングで何とかフェイントをとろうとするが、ハミルトンの時のようなキレは出せず、あっさり見破られてタックルで押し倒されてしまった。

 

 かろうじてボールは前に転がしたものの、直ぐに起き上がった南條チームの機体がそのボールを攫って駆け出す。

 流石は新型機、速度は教習所のレンタル機よりも出ている。

 

 守るものがいないフィールドを悠々と走り抜けて、その機体はエンドラインを超えてタッチダウンをとる。

 続くキックゲームで追加点の1点をとって、南條チームは7点を獲得した。

 

 ここまで僅か5分程である。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「すまん! 俺のせいだ!」

 

 タッチダウン直後、仕切り直すため一同が元のポジションへ移動する間の事、メンバー全員に向けて健二がその場で土下座でもしそうな勢いで謝罪をした。

 

「構わないわ、ペナルティなんてプロでもやる事だもの。反省してるなら繰り返さないよう気を付けるだけでいいわ」

 

 祭のストイックな叱咤激励が健二へと返される。

 意外な事に、九重祭は試合において物事を常に一歩引いた目線で見ているようだ。そういう意味では指揮官向きとも言える。

 

「ポジションを変えるわ。クイゾウと武尊君と健二君はそのままフロントについてて、無理に点をとろうとせず相手の動きを阻害する事に務めて。

 私は宇佐美君と替わってフルバックに入るわ、クォーターバックも兼任するからそのつもりでいて。

 宇佐美君は私とフロントの間に入って、センターバックとしてパスの中継ぎ、基本は後ろの私にパスをだすようにね」

 

「はい!」「ういっす!」「了承やで」「わかった」

 

 4人が各々返事を返して言われた通りのポジションにつく。

 センターの武尊が数歩前に出てボールをキックティーにはめる。

 再開時は開始時と違って、タッチダウンをとられたチームのキックオフから始まる。

 

 助走をつけて武尊がボールを南條チームのコート奥深くまで蹴り飛ばす。弓なりに落下しながら、まるで砲弾のようにコートへ突き刺さる。

 漣理もこの飛距離には驚いたようで、一瞬呆けたように固まったかと思うと、慌てて指示を出してボールをフルバックに回収させにいく。

 

「やるじゃねえか武尊」

 

「ワイ、中学の時はサッカー部やったさかいな」

 

 クイゾウと健二のラガーマシンが一斉に走り出し、遅れて武尊も続く。

 南條チームの方ではフルバックが前に出て、下がったフロントにパスを繋いだところだった。

 クイゾウはそのボールを受け取ったラガーマシンへタックルを仕掛けるも、押し倒す前にパスを出されてしまう。

 武尊がインターセプトを狙うも、僅か届かず。

 

 パスを受けたラガーマシンはボールを胸に隠すように抱えて走る。ハーフラインを超えたところで健二がタックルを仕掛けて押し倒す。

 押し倒された選手は右へボールを転がした。それをクイゾウが拾って一度自陣側の宇佐美へと戻す。


 しかしそのボールを追いかけて、漣理のラガーマシンがブーストを吹かせながら高速で宇佐美の前に回り込み、ボールをキャッチする。

 

 漣理が走り出す直前に宇佐美は予め組んでおいたプログラムを2つ発動する。

 

 宇佐美のラガーマシンが腰を大きく後ろへ捻る。そこから腰を前に飛び出すように戻しながら、左拳を漣理の機体腹部へと叩き込む。

 漣理の機体はそれをまともに受けてやや怯む、動きの止まった瞬間、突き出した拳を下げながら、その勢いを利用して右肘を、顔の側面にえぐり込む。

 

 宇佐美は「ボディブロー」と「肘鉄」の2つを繋げて叩き込んだ。

 

 宇佐美の連撃を受けて大きくよろめく漣理、最早倒れるかと思いきや。

 後ろへ脚をだして踏ん張り、体勢を立て直しながら踏み込んで駆け出す。流石の宇佐美もこれには反応できずに見送ってしまう。

 

 祭が漣理を迎えうとうとするが、漣理は新型機体の機動性を駆使して、二つ三つフェイントを仕掛けるだけであっさり抜いてしまう。

 

 そして2回目のタッチダウンを決めていった。

 

 キックゲームの準備をしながら漣理は宇佐美へ語りかける。

 

「今のは焦りました。やはり下等市民なんかよりもあなたみたいに自分の分を弁えてる方が厄介ですね」

 

「えっと、光栄です?」

 

「ですが所詮は庶民、付け焼き刃のプログラムでは上級貴族のエレガントな機体は止められません」

 

 言い方は悪いが、漣理の言う事ももっともである。

 宇佐美の片足ペダリングでは細かい動きができない、走って追いかける事など至難の業だ。

 できてパスぐらいなもの。

 それを補うためにプログラムを用意したのだが、性能差の前では付け焼き刃にしかならない。

 

 せめて両足が使えればと、コックピット内で自分の足を憎々しげに見つめる。

 

 その後は、キックゲームで追加点をとられ、ゲーム再開となる。

 クイゾウと武尊と健二のフロント組が、試合に慣れてきたようで何とか粘るものの、前半終了ギリギリのところで3回目のタッチダウンをとられてしまう。

 

 21-0という点差のままインターバルが挟み込まれる。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 九重チームは全員機体から降りて作戦会議を始めていた。

 祭はスポーツドリンクをストローで吸い上げながら、肩にかけたタオルで汗を拭く。流石に暑いのか、ジャージを上だけ脱いで黒のTシャツ一枚となっている。

 汗で身体にピッタリ貼り付いたシャツは、黒のおかげで透けてはいないものの、身体のラインを如実に表して非常に性的である。

 目のやり場に困る。

 

 宇佐美は恥ずかしさからそれをなるべく視界にいれないようにし、武尊はマナーを弁えて後ろを向いている。健二はガン見している。

 

「さて、結構ピンチね」

 

「そっすね」

 

「このままじゃ押し切られて負けるぞ」

 

 健二が毒づく、それは誰もが気付いていた。そして手の打ちようが全く思いつかないのも皆同様だった。

 しかし九重はあっけらかんと言って除ける。

 

「問題ないわ、後半で逆転すんだもの」

 

「「「はあ?」」」

 

 健二と武尊、宇佐美の素っ頓狂な声がハモる。

 ついでに思わず祭を直視した宇佐美は、その姿を見て赤面しながらまた目を逸らした。

 

「向こうが金の力で来るなら、こっちはそれを上回る金の力で捻じふせればいいのよ」

 

 祭が大変悪い顔をしている。

 宇佐美達が訳の分からない顔をしていると、フィールドの外にトレーラーが3台停まっているのが見えた。

 少なくとも試合前には無かった物だ。

 

「あの、九重さん……あのトレーラーは?」

 

 宇佐美が尋ねる。すると祭は途端に機嫌が良くなり、ふふんと少ない胸を張り上げて威張る。

 

「よくぞ聞いてくれたわ宇佐美君、あれは私が用意した切り札。あそこの一台には宇佐美君の『ハミルトン』が入ってるわ」

 

「僕……の、ハミルトン」

 

「ええ、そうよ。宇佐美君のハミルトン。そして残りの二台には私とクイゾウのラガーマシンが入ってるわ。

 悪いけど、武尊君と健二君は乗りなれた教習所の機体を使って頂戴」

 

「いいぜ」「OKやで」

 

「それじゃ、傲慢チキでナルシズム全開の気に食わないエセ貴族を叩きのめすわよ!」

 

 思いの外、祭も漣理に対しては鬱憤が溜まっていたらしい。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 用語解説

 

 フルバック……バックスポジションでは一番後ろにつく最後の砦。

 

 サッカーで例えるとゴールキーパーの役割になる。

 フルバックは唯一、クォーターラインより自陣側からならキックでボールを前に出すことが許されている。

 そのため、キックゲームでのキッカーに選ばれる事が多い。

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