マシナリー・ボイス

馬祖父

序章

 ――私の声だ。

 そう思ったときクレア・グリーンフィールドは英国で、ネットに放流されたライブ映像を見ていた。

 彼女の見る画面の奥では、極東の島国で少女が華やかな衣装を着て、飛び跳ねながら歌っていた。

 いや、彼女は人間ではないから、少女というのは少しおかしかった。

 画面の向こうのソレはhumanoid Interface Elements――つまりhIEとは広義の意味での人型ロボットだ。

 hIEはすでに全世界で普及している。日本のミームフレーム社の超高度AI『ヒギンズ』が開発した人類未到産物レッドボックス行動適用基準Action Adaptation Standard Class』によるhIEの標準化が、hIEの爆発的な普及をもたらしたからだ。AASCは開発から十年足らずでhIEの普及率を人間の人口に対して十%近くまで引き上げていた。だから二千九十年の現代でhIEを見ない日はない。そして人間がやっていることを道具にやらせたいというユーザーの欲求を受け止めるように、hIEが歌を歌っていることは珍しくもない取り組みだった。そもそもhIEに限らず、人の歴史をたどれば道具に歌わせるという試み自体、二十世紀から行われていて、二十一世紀の初頭には大きなムーブメントさえ起こしている。

 そして歴史に倣うように欧米諸国で普通、hIE歌手が人間の歌手より人気になることはない。二十世紀でさえ好評だったクラシック音楽が実は機械が作曲だと知れると酷評にさらされたように、人の振る舞いを平滑化してしまうhIEは個性に乏しいと批判され、何より機械は人のノウハウをトレースしているに過ぎない、魂のないただの蓄音機だと罵られる。hIEに魂はないから、そうした感情的な、文化活動という人間の領域を犯しているhIE歌手はどうあっても受け入れられないのだ。

 だが、画面の向こうの少女の姿をしたhIE、『HAL』は世界を震撼させていた。まるで人間のようにも見える彼女の振る舞いは、hIEは人間のように完全には振る舞えないという常識を根底から破壊していた。

 映像が彼女をアップにして、機械というには生々しすぎる薄桃色の唇を映し出していた。紅潮する頬が、心から今この瞬間を楽しんでいる少女のように見えて、hIEに魂はないという常識を忘れさせる。

 HALはニュースで津波TSUNAMIのようだと伝えられていた。人の力では抗えないほどの大きな波を頻繁に経験している日本から津波という言葉が全世界に伝わったように、HALは全世界をその大波で飲み込もうとしていた。

 クレアにとってHALの存在はそれでもニュースの一つに過ぎなかった。歌手を目指す彼女にとって、HALは焦りを感じさせはするが、人間の歌手がいなくなってしまうようなものでもない。

 だが、HALの歌声を聞いたとき、クレアは自分の声のように聞こえた。まるで、もう一人の自分が画面の向こうにいるように思えて気味が悪かった。

 それはよくある錯覚だと思った。類似点を抜き出して、自分自身でバイアスをかけてそう誤解することはよくある。そう思ってみると、HALはクレアと体の骨格や造形が似ているように思えた。

 そうではないと、HALとの決定的な違いを探そうとするほど類似点が浮き彫りになった。声紋を鑑定して照合率が九十八%を超えた結果を見たときが決定的だった。

 彼女の声がすでにHALの声として世界に響き渡っているのだとしたら、歌手を目指す彼女にとってそれは絶望でしかなかった。

 クレアは十四歳の子供らしい短絡さで、行動を起こした。彼女の目は極東の島国に向いていた。

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