私、仲間になりました。

草の香り。

咲き乱れる夏の花々。

風の匂い。

青い空にぽっかりと浮かぶ白い雲。


森から鳥の声が聞こえる。

今日は気持ちいいね。

みんな口々にそう言っている。


穏やかに時が流れていく。


「フニャァ(おっとすまない)!」


ハリーはふと我に返ったみたい。

バッタの死骸を背に、毛づくろいを始める。


私も羽をクチバシでつまんで手入れをする。

幼虫を食べたときにちょっと汚れちゃっていたから。

今のうちに綺麗にしておくわ。


胸の辺りを丁寧に手入れをしていると、ふと視線を感じた。

顔を上げると、緑色の大きな目が間近にあった。


「ピキィー(どうしたの)?」

「ニャアー(いや、何でもないさ)」


鼻をひくひくさせて私の匂いを嗅いだ。

そして目を細めて、鼻をぺろりと舐める。


「ニャア(ジミーを悲しませることはしないさ)……」


頭を振りながら、座り直した。


「ニャーゴ(屋敷に帰るか)?」

「ピュル(そうね)!」


私が答えると彼は背を向けた。


「ニャーゴ(本当に)?」

「ピュル(もちろん)!」

「ニャーゴ(ありがとう三代目)」


振り向いた彼の顔は何か安心したような表情に見えた。



玄関の扉はハリーでも開けることはできないらしい。

だから、人間が開けるその瞬間が屋敷へ戻る唯一のチャンス。

私たちは花壇の影からじっと待っている。


やがて一人の男がやってきた。

黒い執事服。

馬車の中にいた目付きの鋭い執事だ。

手には黒い包みを持っている。

彼は周りを警戒するそぶりを見せながら、玄関扉に向かっていく。


ハリーが口を開けて再び私を咥えようとする。

私は思わずびくっと身を震わしてしまった。


「ニャーゴ(オレ様が怖くなったか)?」

「ピュルル(少しだけ)……」

「ニャーゴ(オマエはもう仲間だ。絶対に食べない)!」


クロアリの群れがバッタの死骸を運んでいる。

そよ風が灰色の猫の黒いひげを揺らしている。


カチャッ――


玄関扉のドアノブを回す音。

私は頭を下げて彼が咥え易い姿勢をとった。 


「うおっ、びっくりした! この馬鹿猫がッ!」

「ブギャー!」


目付きの鋭い執事が叫んだ。

ハリーは威嚇するような声で鳴いた。

ハリーは私の体を咥えたまま螺旋階段を駆け上がる。

彼のお陰で私の姿は見られずに済んだみたい。

鳥かごから逃げたことが人間に知られると大騒ぎになるから。


「ブニャァー(オレ様はあの黒い服の人間が嫌いだ)!」


2階の廊下で私を下ろすなり、ハリーが吐き捨てるように言った。


「ピュルル(どうして)?」

「ブニャァー(オレ様を蹴ってくるんだ。他の人間がいないところで)!」

「ピュル(なぜ)?」

「ニャー(理由はわからないさ)!」


ジミーの部屋に戻る途中、向こうからメイド服を着た人間が歩いて来た。

咄嗟に近くの部屋に逃げ込む。

大きなテーブルのある部屋。


「ニャーゴ(ここは食事室だよ)」


彼はそう言って、茶色くて大きなテーブルに乗った。

私も少し羽ばたいて乗ってみた。


テーブルの真ん中には銀製の装飾品が並べられている。

イスは12脚。


「ピュルル(ずいぶん多くの人間が集まるのね)」

「ニャーゴ(いや、普段は旦那様と奥さんだけさ)」


長いテーブルの手前と奥、その真ん中にランチョンマットが置かれている。

奥が旦那様、手前が奥様、真ん中がジミーの席ということね。


「ピュルル(そろそろジミーの部屋に戻らないと)……」

「ニャー(そうだな)……」


そのとき、足音が近づいてきて――


ドアが開いた。

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