第5話 テレパシーって地味に最強説。


 いつもの教室。いつもの2年B組。コンクリート造りの、真新しい校舎の一角にて一つだけいつもとは違う事。教師含め総勢19名。黒色、茶色、青色、赤、黄、緑、橙ーー珍しいものでピンク色など色とりどりの視線が交差し、しかし見合わせたように前を向く。

 その、視線の先にいるいつもとは違う事。違う者。ーー人物。

 現在高等課程二年次の五月上旬。珍しいと言えば珍しいが、実はこの学園ーー異能力ギフトを有する少年少女達が所属する、一地学園においては別段当たり前……と言えば言い過ぎだが本来であれば、唐突に異能が覚醒したなどの理由で途中転校してくる人物がいないとも言えないので、こんな浮き足立った空気にはならない筈ーーだと思う。

 男子はそわそわし、女子は格好の獲物を見つけた猫の如くその瞳を爛々と輝かせる。だがやはり共通するのは、落ち着かない深夜テンションだとかそんな感じ。

 こんな、初等部の頃を思い出すような面映ゆいような、こしょばいような感じをクラス全体で体験する必要などないのだ。そう、皆とて慣れている筈ーーーーなのだ。多分。


『転校生の糸田いとだ三月みつきです。短い間ですが、よろしくお願い致します』


 その言葉を皮切りに、怒涛の如くクラス中が手を一斉に上げた。バッッッ!と空気が煽られ、一筋の風を教室内に吹かせる。俺の位置からは見えないが、きっと恐怖を感じるであろう光景。


「はいはーい!因みに、一詞君とはどんな関係!?」

『遠縁の従兄弟に当たります』

「えっと、このテレパシーみたいなのが能力ギフトですか?」

『はい。幼い頃に声を無くしてしまった私に、神様は天啓とも言えるーーまさに《ギフト》を下さいしました』

「歳は!?」

『今年で一兄かずにいと同じ16になります』

「彼氏は!?」

『一兄以外考え難いですね』

「「「ぶっ殺すぞっっ!?」」」

「男子うるさいー……で、何処に住んでるの?もしかして……同棲?」

『ええ』

「「「キュアアアアァァァァアアアッッ!!」」」

「従兄弟従姉妹の関係だぞ!?」

「二葉ちゃんと言う存在がありながら!」

「そうだ!恨めしいぞっ!?」

「神は不平等だ………」

「聞けよ!?」

「じゃあ、三月さんはそこーー一詞の横がどうせ空くだろうから座って」

『はい』

「先生!俺が代わりに一詞のとこに座りますよ!」

「却下だ」

「先生!おもしろーーもとい三月ちゃんは新生活で不安をいっぱい抱えてると思うんです……だから、私がこの席を代わってあげようと思います!私が!」

「さっきアタシがそう促したなー」

「先生!なんなら私が席を変わりますが!?」

「窓際族が何言ってんだ」

「先生トイレ!」

「先生はトイレじゃありません」

『先生、結局私は何処に座れば?』

「さっきの一詞の横ってのは冗談だ。右端に席を用意しておいたからそっちに座ってくれ」

『はい』


 スルースキルがMAXどころか天元突破した我等が2ーBの担任、初の教育実習にて異能を開眼させたばかりの小学生を相手にした結果世の中の理不尽やら不条理を悟り、研修期間中の二週間で当時悪ガキだった奴らをあらゆる意味で更生させ、なんか逆に開眼しちゃった(笑)なんて逸話や、当時厨二病真っ盛りが無駄に多く集まったクラスを受け持ち、その小柄な体躯や童顔が災いし無駄に意味深な設定やら属性やらを付与された結果ストレスが原因で一種の夢遊病を発病した末に、何をやったのかは一切合切記憶に無いが気付けば周辺地域で【偽善的クラウンズ悪学デビル】なんて通り名がついちゃった(泣)と、割と波乱万丈な人生を送る高崎たかさきかえで数学女史(26)

 因みに、独身である。


「じゃ、質問タイムはまた一限目の休み時間なー。ほらそこ、HR始めるから席に付け」


 横目に、三月が『よろしく』と万人を魅了する微笑を素面に貼り付け、左隣の女生徒が声にならない声を上げているのを見た。


「あーあと、糸田ー……じゃなくて一詞君?」

「はい?」

「後で職員室な?」

「…………はい」


 因みに、このクラスにおいて【独身】【嫁ぎ遅れ】【結婚】はNGワードである。例え、脳内であってもだ。

 先生の異能ギフトは確か単純な強化系だった筈だが……何故にテレパシー的な能力を持っているのか不思議でならない。


「じゃ、HRを始めようか……議題は当然、【区内統技祭】についてだ」

『【区内統技祭】……ですか?』

「ああ、そうだ。詳細は省くが……まあ、簡単に言えば「何でもありの体育祭」ーーと、思ってもらえればいい」

『はあ』

「これはまあ、他区ーーひいては世界中に『能力者の学校って?』『危険じゃないの?』もっと言えば『ちゃんと管理出来てんの?』などなどを大々的にアピールする場でもある」

『めんどくさい大人の事情って奴ですね』

「そうだな、これが一月後……6月上旬にある【六花町統技祭】となると規模が跳ね上がるんだがーーまあ、あくまで区内での催しだ。どちらかと言うと、地域住民との繋がりを念頭に置かれている」


 小さく、無論無能力者との関係もな。と、漏らしたのを複数人が聞いた。


「その点、私達は楽だよ〜。なにせ、【B組】だかんね」

『?B組だと何が違うのですか?」

「あれ、鷹結会長から聞いてない?六花町の殆どの学園、殆どの学年で【B組】ってのは、【無能力者】を意味するんだよ〜」


 勤めて明るく言ったのは、クラス委員である来栖田くるすだ花音かのん。茶色い馬の尾を遊ばせ、巨乳でも眼鏡でもないが外見とは裏腹に真面目な性格の女生徒だ。


『無能力者……ですか?』

「うん、そう。正確には、【A組】と【B組】だけどね。aとb、abnormal。いつしか、この二文字が無能力者と落第生を指す言葉になっちゃったんだよ。無能力者と言っても、普通の人となんら変わりないのにね」


 本末転倒だよね。と、儚げな笑みを此方へと向けて来る。ーー何故俺に?


『因みに、委員長はどちらで?』

「おぉう、結構グイグイ来るねぇ〜!嫌いじゃないぜ!えとね、これは一地学園だけなのか分からないけれど……【A組】が無能力者8、で落第生ーーと言うか落ちこぼれだね。が2【B組】が無能力者2で、落ちこぼれが8の割合だよ」

『だとすると委員長は落ちこぼれ……?』

「まあ、正しくは異能ギフトを上手く使えない奴。だけどね〜。私の異能ギフト念動力サイキックに近いモノなんだけれど、ちょっと力の制御がね……」


 そう言って、掌を横ーー左端より数えて一つ目の列の前から三番目……つまり俺に向かって突き出してきた。


「『為すが儘にリンク・ライクス』」


 教室内ーー吹くはずのない木枯らしが、細くたおやかな掌に螺旋を描きながら集まっていくーーやがてそれは渦を巻き、いっそ不自然なまでの力を宿した小さな竜巻ハリケーンが生み出される。

 掌上にて球状に纏まった竜巻はしかし、その本来の力を抑えつけられてか、波打つように円を描きながら動き出す。


「うぉっおおおぉぉぉっ!!?」


 ーーーー不意に、パアァンッ!

 空気が、空間が割れる音。割れて喪われてしまった空間を埋めるように、補うように、力の奔流がそこ・・に流れ込む!

 ……そう、丁度、俺の頭上すれすれに。


「ね?」

『確かに……今、途中で渦が崩れたーーいえ、乱れた・・・気がします』

「これ結構纏めんのしんどいんだよね〜パワーボールって知ってる?握力鍛えるやつ。多分、あれが一番近いんだけどね、どうしても溢れ出す力の方が大きいと言うか……こう言うのは、単純な握力だけで押さえつけるもんでもないしね」

「それより誤ってくんない!?」

「ああ……春先でまだちょっと寒いのに窓割っちゃってごめんね?」

「違う!確かにそこもそうだけどそこじゃない!」


 どうせ掃除屋クリーナーが明日にでも直すだろうからね!


「う〜ん、禿げてないから大丈夫だよ👌」

「👌じゃねーよ!?ストレスで禿げるわ!」

「そこうるさい。どうせ、いつもの事だろうが。後、お前も無闇矢鱈に異能ギフトを使うな」

「はぁい。すみませんでした」


 不承不承といった感じで、来栖田が明後日の方向を向きながら席に座る。高崎先生に睨まれたので俺もしぶしふ座ることにする。

 座っても尚、おっかしいなぁ〜と手首を回しながら首を傾げる来栖田。信頼だよ、信頼っ!って感じでまた空砲が来るのかと身構えたが、ただの確認のようだ。

 ーーーーただ、まぁ。

 来栖田のその、寂しそうな横顔は正直、見たくなかったな………


 そもそも、異能ギフトの殆どが神秘を汚し、科学を馬鹿にするようなモノーーなのだが、委員長のように現段階では不可能だが、いずれ科学的に・・・・・・・証明出来るであろう・・・・・・・・・異能ギフトにおいて最も大切なのが理解である。

 例えばテレパシー。以心伝心と言う言葉があるように、双子、或いは何処ぞのテニス漫画のようにシンクローーひいては共感覚と言うものがある。説明が雑だが、早い話それを数段飛ばしで出来るようになったのが所謂テレパシーなのだ。

 念動力の話に戻るが、つい数年前まではロシアに超能力の専門学校があったと聞く。流石に、労せずして超能力じみた能力を得られる時代においては時代の波に飲まれるしかなく、いつしかそう言ったものの話を聞かなくなったが、もしかすると委員長の異能ギフトの手助けになったのかもしれない。しかしまあ、これはあくまであくまの話。IFだった話を蒸し返した所で結局それは委員長の助けになるはずも無く、安易な自己逃避でしかない。

 それに極論を言えば、仮に委員長が念動力を“もの”にしたとしても、先程わざと濁していた部分ーー差別についての問題はぬぐい切れぬものではないだろうし、下手すれば伸びた鼻をへし折ってやろうーーなんて不穏な考えを持ち出す馬鹿がいないとも言えない。

 故に、仮に使えても使えなくても、この【区内統技祭】において一応参加こそ義務付けられてはいるものの、A、B組に所属するその殆どが採点や救護、後は放送などーー裏方に回っている。徹している。

 かく言う俺も、都合により無能力者・・・・のレッテルを貼られて今まで生きてきた。差別と区別の区別とやらは、嫌と言う程身に沁みたものがある。


 だからだろうか、それでも尚一人だけ「他人とは違う」と、無意識に驕っていた事への罰なのか、歩を捻りとる形で、意識をもかち割るような、完全な不意をついたその発言。


『え?』


 鈴を鳴らすような音が頭の中に響くのを、クラス中が感じ取った。


『一兄は能力ギフト、』


 声を出そうとしたが遅かった。そもそも、大声を出したところで頭の中に直接届く声をなんてものを阻止出来る筈がない。


『……使えますよね?』


「「「え?」」」


 皆の視線が一斉に此方を向く。前も後ろも横も斜めからも。

 38の視線に晒されながらも沈黙を保っていると、再び同じ疑念の声。


「「「ーーーーえ?」」」


「はぁ……」溜息を吐く。誤魔化すか、誤魔化さないか。正直、このクラスならば誤魔化すのは勿論最悪黙らせる事さえ可能だ。

 ……今後の学園生活に支障が出る範囲で。


「“設定”は……どうしたよ……」


 だから俺は、一先ず責任転嫁する事にした。先程自己逃避に否定的な意見を示したものの、一瞬で掌返しだ。自分でやっていていっそ惚れ惚れする手際の悪さ。

 まあ取り敢えず?元凶に文句を言うとしよう。


「なぁ……三月さん……?」


 それはつい昨日、散々言い聞かせた事……だろうが……っ!

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