第4話 少女未満幼女以上の裸ワイシャツの威力は控えめに言って異常。


 「ただいま〜」


 高級とは名ばかりの、二人で住むには広々とした印象があるが、三人で住むとなると狭くなる。そんな感じの白塗りのマンションの玄関をゆっく〜〜り開ける。別に、家族中が氷河全盛期だとか、そんな感じの理由ではない。ただ、怖いだけだ。恐ろしいのだ。切に。


「兄さん」

「ひゃいっ!!」


 靴紐を解く最中、不意に後ろから声を掛けられる。固く、鋭い声。ーーちょっと怒ってる?怒ってるよね?


「私、言いましたよね?」

「は、はい……」

「今、何時ですか?」

「じ、17時です……」

「はい?」

「17時ですっはい!」

「私が連絡したのは?」

「わ、私の記憶が確かであればあれは13時前後でありまするけれども、既読を付けたのは14時前後と言いますかあれですわ」

「なんです」

「全面的に私が悪いです本当にごめんなさい」


 土下座よりも上位の謝罪姿勢ーー五体投地である。犬のするアレだ。仰向けになって全てを曝け出した感じのやつ。見えないが、二葉さんの目が覚めきっている気がするーーまあ多分気のせいだろう。ふと、横に立て掛けてある鏡が目に入る。横長の、珍しい意匠の鏡。そこには、仰向けで割と無様と言うか、都市部の真ん中にてこれを晒せばあっという間にネットニュースのトップを飾るであろう多分今年の思い出ある意味ワースト10に入ると言うか穴があったら入りたいと言うか。


「兄さん」

「…………はい」

「言いたい事は?」

「写メ撮るのやめてくだはる?」

「違いますよ、兄さん?」

「ふぇ?」


 違うーー何が?

 二葉は、面を下げ、ともすれば悲しむような雰囲気を醸し出しながら………こう告げた。


「犬は語尾に『ワン』を付けないと♡」


 予想より斜め上キタァーーーーッ!!


「は!?いや……ちょっ……それは、」

「兄さん」

「うん?」

「『ワン』…………でしょ?」


 加虐じみた、サディスティックな表情を見せる二葉。頰は上気しており、時折その華奢な体がブルル!と痙攣する。因みに、胸は微動だにしない。


「さぁ……さあさあさあさあ……っ!!」

「えぅ………やめて下さい……ヮッ」

「あ!?なんてっっ!?」

「やめて……下さい……ワンッ……」

「違うでしょう兄さん………っ!」

「ワン?」

「『俺は二葉様に調教されたい駄犬だワンッ!是非とも!是が非でも卑しき雄犬にして畜生にして厚顔無恥にして破廉恥な犬(笑)にして欲しいんだワオォーーーーンッッ!!』………でしょ?」

「正気かっ!?ーーーーあだめだ狂気の目だ」


 普段なら琥珀の如く透き通った茶色い瞳も、今ではよく分からない濁ったドロドロが渦を巻いている。雪のように透き通った肌は火照り切っており、指先まで真っ赤だ。淑女にあるまじき表情を貼り付け、「はぁ……はぁ……」と、短く荒い息を繰り返す。


「お、俺は……ヮッ」

「えぇ!?聞こえませんネェッッ!?」

「お、俺は二葉様に調教されたい駄犬だワンッ!是非とも!是が非でも卑しき雄犬にして畜生にして厚顔無恥にして破廉恥な犬(笑)にして欲しいんだワオォーーーーンッッ!!」


 二葉様は、ご苦労様です♪と満面の笑顔のまスマホのホームボタン辺りを押した。ピロリン♪なんて音が鳴り、録画が停止された事を告げてくるーーーーーーっ!?


「ちょっ待て!それはマズイ!それはダメだ!色々と!」

「ダメです。兄さんは明日のニュースの一面を飾るのですよ」


 俺は仰向けのまま二葉様ーーじゃなくて二葉と正面に向き合う。何故姿勢を正さないのか。ただ忘れていただけだ。決して、駄犬として屈したわけではない。


「もう、お婿に行けない…………」

「私が貰ってあげますよ」


 割と深く心を傷つけられたと言うかバックリ抉られたと言うか、兄としてはほとほと情けないのだが、傷心どころか壊心的な感情を言葉に載せ、ハーレム物だとほぼほぼ出てくるであろう有名なセリフと共に吐き出した。ーーのだが、割とノータイムで返答が。全く、妹は末恐ろしいぜっ!


「ーー所で二葉さん」

「はい、まだ聞きたいことが?あ、お婿さんに貰ってあげるのは勿論嘘でーー」

「いえではなく。…………何故に裸ワイシャツ?」


 視線を戻した先にあったのは、人外じみた美貌。肩までかかる幻想掛かった銀髪に子犬を思わせる茶色い瞳。小柄で、華奢で、脆く、儚げな少女は、ブカブカのワイシャツに包まるように着られていた。そのシミひとつないシャツの襟元から覗くなだらかな双丘には本来隠すべきものはなく、視線こそ顔と髪に向いてはいるものの姿勢が低い故に、しゃがんで俺の頰を突いてくる二葉のシークレットゾーンが見えてしまう。本人とてそれを自覚しているのか、脚を広げたり閉じたりして、此方の劣情を誘ってはくるもののーー笑止千万!

 その程度の誘いは!見飽きたものがある!


「で、本題なんだけど」

「ああはい。えーとですね……」


 たっぷりねっとりとした視線を向けてくる二葉をスルーし、電話で呼びかけて来た本題を問いかける。

 対して返ってきた言葉は、二葉のものではなかった。


『ご迷惑をお掛けしました、兄さん・・・


 そこにいたのは、粒子舞う神秘的な銀髪に親しみを感じさせる茶色い瞳。小柄で、華奢で、手足はブカブカのワイシャツに隠されて見えないが恐らく細く、 二人並ぶと瓜二つでーー

 そして、裸ワイシャツだった。

 何?流行ってんの?

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