番外編22〔再会…そして…〕



番外編22〔再会…そして…〕



僕達は、人込みをかき分けるようにして城に向かった。


城の周りは、それはもうお祭り騒ぎで、誰1人としてイサーチェに気付く者はいなかった。


しかし、城の入口に近付くにつれ、僕達の周りがざわつき始めた。

それもそのはずである、10年経ったとはいえ、それより前から城に居た衛兵はたくさん居る。

城の周りに住んでいた人達はイサーチェの顔をよく見ているし知っている、もちろん10年間行方不明だった事も。

そのイサーチェが、今、まさに目の前に居るのだ、しかも10年前と変わらぬ姿で…いや、前よりも数段綺麗になって。


「お、おい…あれって…」


「ああ…確かに…」


「まさか…全然変わっていないじゃないか…」


「いや、むしろ若くなってるかも…」


「一瞬、見違えたぞ…」


「あの『ウワサ』は本当…」


僕がその事に気付いた時には、もう人込みの中では無く、いつしか人々は道を空け、城の入口へと続く1本の道が出来ていた。


しかも、僕の後ろに居たはずのイサーチェは、いつの間にか僕の前に陣取り、胸を張って一点を見つめていた。


今のイサーチェには、周りの声など一切入らず、目に写るのは、正門の向こう、正面玄関の階段の上にたたずむ1人の男性の姿だけだった。


そこに立っていたのは、10年間イサーチェの帰りを待ち続けた『ラウクン王子』だった。


ラウクン王子は、黄金の鎧を身に纏い、イサーチェを見つけるも、微動だにせず、イサーチェを見つめ続けていた。


イサーチェは、目に涙を浮かべながら、右足を引き膝を軽く曲げると、頭を下げ会釈をした。


それを見たラウクン王子は、何も発する事も無く、ただ小さく頷いた。


もはやそこは2人だけの世界だった。言葉を交わさなくとも、想いは通じあっていた。


イサーチェは、はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりとラウクン王子に近付いて行った。


さっきまでざわめきたっていた、周りの人達も、しんと静まり返り、固唾をのんでイサーチェとラウクン王子を見守っていた。


「コツコツコツコツ…」


静寂の中、石畳の上を歩くイサーチェの足音だけが響いた。


そんなイサーチェの足音に吸い寄せられるように、ラウクン王子も、ゆっくりと階段を下り、イサーチェに近付いて行った。


そして、2人は正門の所で向かい合い、足を止めた。


するとイサーチェは、着ていた真っ白なワンピースが地面に付き、汚れる事などおまいなしに、いきなり方膝を地面に着け、頭を下げると、


「ラウクン王子様、大変申し訳ございませんでした。勝手に連絡もせず、何日もお城の仕事を放り出してしまいました…

どんな罰でも、お受け致します。なんなりとお申し付け下さいませ。」


するとラウクン王子は静かな口調で、


「イサーチェ、よく無事に帰って来てくれた。そなたは、私が『タロウ』が居なくなって、寂しがってるのを見かねて、『タロウ』を探しに行ってくれたのだろう?

一国の王子として、そなたにそんな心配をかけた自分自身が情けない。

そなたはに罪は無い、さあ、頭を上げて立ちなさい。」


イサーチェはラウクン王子の言葉を聞くと、顔を上げたが、すぐに下を向き、


「し、しかし、そ、それではお手伝いの『おさ』としての示しがつきませぬ!どうか罰をお与え下さい!どんな事でもラウクン王子のおっしゃる通りに致します!」


ラウクン王子は「やれやれ…」という表情で頭をかくと、


「わかった。イサーチェ、そなたがそこまで言うのなら仕方がない。罰を与えてやろう。

とりあえず立ちなさい。」


イサーチェは、ゆっくりと立ち上り、ラウクン王子を見つめた。そして、


「なんなりとお申し付け下さいませ…」


するとラウクン王子は、


「イサーチェ、先程そなたは、私の言うことを何でも聞くと申したな?」


「はい…なんなりと…」


すると今度はラウクン王子が、いきなりイサーチェの前に方膝を着き、頭を下げると、


「イサーチェ!私と結婚してくれ!私の妻になってくれ!この頼りない私を側で一生支えてくれ!」


イサーチェは、いきなり自分の前にひざまづいたラウクン王子の姿に驚き、


「え!?は??ラ!ラウクン王子!あ、頭をお上げ下さい!」


するとラウクン王子は、


「嫌だ!そなたが結婚を承知してくれるまで、ここを動かん!!」


その言葉を聞いたイサーチェは、子供の頃のラウクン王子を思い出し、今のラウクン王子とその姿が重なった。

子供の頃のラウクン王子は、よく駄々をこねて、イサーチェを困らせていたのだ。


一瞬、「ポカン」としたイサーチェだったが、子供のように駄々をこねるラウクン王子を見て、


「プッ、ラウクン王子…子供のように駄々をこねてはいけませぬ、あなた様はこの国の王様になる御方なのでございますよ。」


するとラウクン王子は、


「構わん!そなたが妻になってくれぬのなら、王様になんぞならん!

それにそなたは先程申したはずだ!『どんな事でも言うことを聞く』とな。」


イサーチェは困りながら、


「そ…それは…」


すると静かに見守っていた人々の中から、


「お~い!イサーチェ!結婚してやれよ。

あんたみたいなしっかり者がラウクン王子の側にいてくれたら、俺達も安心だ!ラウクン王子だけだと、どうも不安でいけねえ。」


僕は声のする方向を見た。イブレドさんだ!


すると、その声を発端にあちこちから声が飛ぶようになった。


「アハハハハ、ちげえねえ!イサーチェさん、俺達からも頼むよ!」


「あんたになら、この国の女性代表を任せられるよ!」


「お姉様!わたくし達、お手伝いからもお願い致します。どうか王子と結婚してあげて下さい!

王子は、この10年間、1日たりとも『お姉様』の事を想われなかった日はありません!」


その声の主は、ミウの友達の『ナカリー』だった。


イサーチェは声のする方向を見ると、


「も、もしかして『ナカリー』?」


ナカリーはイサーチェが居なくなった後、『おさ代理として、城のお手伝い達を束ねていたのだ。


わたくし達一同もラウクン王子と同様、お姉様の帰りを待ちわびておりました。」


ナカリーは右足を少し引き、軽く膝を曲げ、頭を下げた。


その横には、セオシルに似た男の子と、ナカリーによく似た小さな女の子が立っていた。


すると、ラウクン王子は、


「ほら、周りの者もああ言っておるではないか。どうか、私の妻になってくれ!」


王子は方膝をついたまま、右手を差し出し、イサーチェが掴むのを待った。


すると、どこからともなく『イサーチェ』コールが沸き起こった。


「イッサーチェ!イッサーチェ!イッサーチェ!!イッサーチェ…」


その声援に後押しをされ、イッサーチェは自分の右手を少し動かした…が、すぐに元に戻した。


その動きを見ていたラウクン王子は、


「イッサーチェ…そなたは私の事が嫌いなのか?」


イッサーチェは首を横に何度も振り、


「ま、まさか…そのような事は御座いません!わ…わたくしも貴方様の事が…す…好きに御座ります。

そ、それからわたくしの名は『イッサーチェ』ではなく『イサーチェ』で御座います。」


「お、おう…そうだったな。イサーチェ、私の事が好き…ならば…」


すると、イサーチェはラウクン王子の言葉を遮ると、


「し…しかし、ラウクン王子には、わたくしのようなオバサンより、もっと若くて綺麗な娘の方が…お似合いかと…」


すると、今度はラウクン王子がイサーチェの言葉を遮り、


「ハハハハ、イサーチェよ、そなたがオバサンなら、私はオジサンではないか。タロウから聞いておるぞ、今や私の方が年上なのであろう?

頼む!この通りだ、私の妻になってくれ!」


ラウクン王子は再び頭を下げた。しかも今回は、地面に頭が付くのではないか?というほど頭を下げたのだ。


それを見たイサーチェは、ビックリして、


「ラ!ラウクン王子!そ、そのような事をしてはなりませぬ!国民皆が見ておられるので御座いますよ。頭を…頭をお上げ下さい!」


そしてイサーチェは、ラウクン王子の肩を掴むと、ヒョイ、と持ち上げ、ラウクン王子を立たせた。


「お?おう!?」


一瞬、地面から足が離れた事にビックリしながらも、立ち上がったラウクン王子は、無言のままイサーチェの瞳を真っ直ぐに見つめ続けた。


「フゥ~…、わかりました。こんなわたくしで宜しければ、あ…貴方様の…つ…妻に…よ…宜しく…お…お願い…」


「お~!!イサーチェ!愛しておるぞ!!」


ラウクン王子は、そう叫ぶと、イサーチェを強く抱き締めた。


すると、周りから歓声がこだました。


「うおお~!!!!!!」


「これでこの国も安泰だ~!!」


「おめでとう!イサーチェ!!」


「よかった!本当によかった…お姉様…」


そして再び『イサーチェ』コールが沸き起こった。


「イッサーチェ!イッサーチェ!!イッサーチェ!!!…」


そしてイサーチェも、


わたくしも貴方様の事を愛しております…」


そう呟くと、イサーチェもラウクン王子を強く抱き…


「ミシッ…ペキッ…」(鎧)


「ヘ?ミシッ?ペキッ?」(イサーチェ)


「ガッ…」(ラウクン王子)


「ガクッ…」(ラウクン王子)


抱き締められたラウクン王子は白目を向き、イサーチェに寄り掛かるように倒れ込んだ。


「ラ?ラウクン王子?」


イサーチェがラウクン王子の異変に気付き、顔をみてみると、ラウクン王子は、白目を向き、口から泡を吹いて気絶していた。


「ラウクン王子!ラウクン王子!!」


イサーチェはラウクン王子の体を揺すったが、何の反応もなく、意識を取り戻そうと、頬を平手打ちしようとした。


少し離れて見ていた僕だったが、その僕だけが何が起こったのか理解していた。


そして僕は、すぐに2人の元に駆け寄り、振り上げた右手を掴み、イサーチェに小声で呟いた。


「も~…イサーチェったら、あれほど『力を入れて抱き締めたらいけない』って言ったのに…それに今のイサーチェが、張り手なんかしたら、王子の首が折れちゃうよ…」


「タ…タロウ様…王子がラウクン王子が…」


半べそになりながら僕を見つめるイサーチェに、


「大丈夫だって、ちょっと気を失ってるだけだから。鎧を着ていて助かったよ、普段の服ならどうなっていたことか…」


そんな僕に気が付いた、オリアンとセオシルが、


「タロウ?」


「タロウなのか?」


そして、僕はおもむろに、


「も~!ラウクン王子ったら~!イサーチェがお嫁さんになってくれるのがわかって~!嬉しさのあまり~!気を失うなんて~~!!」


と、わざと大声で叫んだ。そして辺りを見回し、オリアンとセオシルに目が合うと、


「オリアン~、セオシル~、ラウクン王子を城の中に運ぶの手伝ってくれない~?」


すると、セオシルが衛兵に向かって、


「お!おい!お前達!ラウクン王子を御部屋まで運んで差し上げろ!」


「はい!!」


すると、数十人の衛兵達が、ラウクン王子を抱え城の中に入って行った。


僕達も、その騒動に紛れて城の中に入ろうとした。


「ほら!早く!イサーチェも!」


イサーチェは僕達の後に続いたが、すぐに足を止め振り向くと、ざわつく国民に向かって、


「あ…あの…ごめんなさい!せっかくのお祭りを…」


と、深く頭を下げた。


すると、


「いいって、いいって。イサーチェさんのせいじゃねえよ。それにこれからは、正式な婚約の祝いだ!そうだろみんな!」


「そうだ!そうだ!あんたら2人の婚約祝いだ!盛り上ろうぜ!」


「おおお~~~!!!!」


そして三度みたび『イサーチェ』コールが沸き起こった。


「イッサーチェ!イッサーチェ!!イッサーチェ!!!イッサーチェ!!!…」


イッサーチェは再び頭を下げると、ラウクン王子を追いかけ、城の中に入って行った。



「だから、わたくしの名は『イッサーチェ』ではなく『イサーチェ』と申し上げてるのに…」


と、1人呟きながら…



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