番外編20〔帰郷〕


番外編20〔帰郷〕



イサーチェが僕の所に来て、約1ヶ月が経とうとしていた。

あまり長く居すぎると、今度はラウクン王子との年の差が開いて行くので、僕はイサーチェを『ユーリセンチ』に帰す事に決めた。


僕はイサーチェに帰るよう勧めたが、少し難色を示した。


快適なこっちの生活に慣れてきたのか、それとも母さんや智恵葉と別れるのが寂しいのか、それとも『倉雲兄弟』の事が引っ掛かっているのか、僕には解らなかったが、ラウクン王子が待っている事、そのラウクン王子に母さんに習った料理を食べさせる事などを伝え、なんとか帰る事を了承させた。


イサーチェが国に帰る事を知った智恵葉は、わかっていた事とはいえ、かなりの寂しさをにじませた。


母さんはというと、さすがに大人なのか、いつもと変わらない様子で、残り少ないイサーチェとの時間を楽しんでいた。


僕はあえて、イサーチェが帰る日を平日にした。

というのも、休日にすると、智恵葉が駅まで見送りについて来るのが目に見えていたからだ。


僕は、イサーチェが帰る日を決め、その日に国から駅まで迎えの者が来るという設定にし、駅までミウがイサーチェ送るということにした。


ひとつ心配だったのが、母さんがミウと一緒に来るかもしれないということだった。が、ちょうどその日は出掛ける用事があるということで、一緒に行けないということだった。ラッキー!


イサーチェがユーリセンチに帰る前の夜、みんなが別れを惜しむように話をしていた。


「イサッチ、王子様と幸せになってね。写真送って。」


何も知らない智恵葉は、これがイサーチェとの最後の話になるとは知らず、無邪気に語りかけていた。


「お姉様、どうかお元気で…」


もう2度と会えないかもしれないと知っているミウは、思わず声を詰まらせた。


「ミウ、あなたも体を大切にね。セラさん、太郎様、智恵葉様、どうかミウをよろしくお願いします。」


イサーチェは、僕達に向かって、深々と頭を下げた。


「ねえ、イサッチ、今日は一緒にお風呂入ろ。ミウお姉ちゃんも一緒に。」


「え、ええ。わたくしは構いませんが。」


「ええ!喜んで。」


イサーチェとミウは、喜んで智恵葉の誘いを快諾をした。


「やった~!ついでに一緒に寝てもいい?お母さん。」


「ごめんなさいね、伊佐江さん…この子ったらワガママばかり言って。」


するとイサーチェは、


「大丈夫ですわセラさん、わたくしも今日は智恵葉様と一緒に居たかったですもの。」


母さんは少し頭を下げると、


「ありがとうね、伊佐江さん。

智恵葉、伊佐江さんは朝が早いんだから、夜更ししちゃダメよ。あなたも学校があるんだからね。」


「わかってるって、お母さん。」


「ふ~…」


母さんはひとつタメ息をつくと、


「それじゃ、伊佐江さん、お風呂の前に明日持っていく物を準備しておきましょ。」


「はい!セラさん。」


そして2人はキッチン入って行った。

どうやら見本がてら、味噌や醤油、作り方を教えてもらった料理に必要な調味料を持っていくみたいだ。


その間、ミウと妹は、お菓子を食べながら、TVを見ていた。


僕はというと、自分の部屋に行き、明日の事を考えていた。


「明日は少し早めに家を出て、路地の前でミウ達を待つか…」


僕はここ数日、路地の前を通って帰っていた。

なぜなら、ユーリセンチに続く道が開いているかどうか確かめるためだ。

ちょうど2~3日前からユーリセンチに続く路地は現れていた。まるで『いつでも帰って来い!』と言わんばかりだ。

しかし、不思議な事に、その路地に入る人は1人もなく、まるでそこに道が在ること自体認識されていない様子だった。


今更だが、自分で考えた『イサーチェ年下作戦』なのだが、いざ帰すとなると不安が頭を過って仕方なかった。


「ラウクン王子…かなりビックリするだろうな…それに城のみんなも若いままのイサーチェを受け入れてくれるだろうか…

10年経ってるって事は、ナカリーやセオシルがイサーチェと同じぐらいの年になってるんだよな…

ま、まあ、僕の世界は年を取らない事になってるみたいだから、僕と一緒に居るイサーチェは年を取ってないってわかってると思うけど…

とりあえず、帰すのはいいとして、その後どうするかだよな。

学校に行くには時間的に余裕があるから、ラウクン王子とイサーチェが結婚式を挙げるまでユーリセンチに居ちゃおうかな?

ど~せあの王子の事だ。10年間待っていた想いが爆発して、ぐにイサーチェと結婚するだろうし。」


僕はラウクン王子に手紙を届けに行った時や、ラクが戦った『タロウ杯』の事を思い出していた。


「たしか、ラウクン王子に手紙を届けた時は、半日ぐらいユーリセンチにいたはずなのに、こっちに帰って来たら、2~3分しか経ってなかったもんな。学校に行くまで20分ぐらい余裕があるから…」


僕は大まかな時間のズレを計算した。


「3日ぐらいは大丈夫だな。それまでに結婚式を挙げなかったら、諦めて帰るとするか。」


次の日、僕は「学校でやることがある」とウソをつき、1人早めに家を出た。

そして、足早にあの路地に向かうと、壁にもたれてミウ達を待った。


僕がスマホをいじりながら待って居ると、2人の女性がこちらに向かって歩いてきた。ミウとイサーチェだ。


2人は初めてこっちの世界に来た時とは違い、キョロキョロと辺りを見回す事も無く、余裕すら感じられた。


ミウはトレード・マークだった『真っ白い』髪を黒く染めた。

というのも、ミウはこっちの世界に来た時から、その髪の色のせいで目立ちに目立っていたからだ。

ただでさえ可愛いのに、その上綺麗な真っ白い髪だと、目立つな!と言う方がムリだったのだ。

ミウもそんな回りの視線が嫌だったらしく、智恵葉から『倉雲くらうん兄弟』の話を聞いて、自分もこの世界に染まるため、髪を黒く染める事にしたのだ。

まあ、黒く染めたからといって、ミウの可愛さが変わるわけでもないのだが。


先に声をかけて来たのは、ミウの方からだった。


「お待たせ、タロウ。」


「お待たせ致しました、タロウ様。本当にいろいろとお世話になりました。」


と、続けてイサーチェが口を開いた。


僕はイサーチェに、


「いやいや、僕は何もしてないよ。ラウクン王子のために、わざわざこの世界まで、僕を探しに来てくれたイサーチェを家に泊めていただけだからね。」


「そ、そんな勿体ないお言葉、タロウ様や智恵葉様。何よりセラさんには大変お世話になって、いくらお礼を言っても足りないくらいです。」


イサーチェは涙目になりながら、僕の手を取りお礼を言ってきた。


いくら朝が早いといっても、通勤、通学の時間帯が近い、回りの視線が気になり始めた僕は、その視線を避けるように、ミウの手を取り路地に入った。


「ミウ、イサーチェ、それじゃ行こうか。」


僕とミウとイサーチェの体は一瞬にして、壁の中に吸い込まれた。


薄暗い路地を歩きながら、僕はイサーチェに『ユーリセンチ』に帰っても、驚かないように説明をしながら歩いた。


「あのさ、イサーチェ、ユーリセンチでは、僕の世界は『時間が止まってる』って噂が広まってたでしょ?」


イサーチェは辺りをキョロキョロと見回しながら、


「はい…しかし実際に来てみたら、わたくし達の国と同じように時間が流れておりましたわ。ただ、いろんな見たことも無い物がいっぱいで、驚きました。」


「ハハハ、確かにユーリセンチには無いものばかりで驚いただろうね。

ただ、『時間が止まってる』っていうのは、あながち間違っていないんだよ。」


「え?それはどういった…」


イサーチェは足を止め、僕に尋ねた。


僕も一旦足を止めたが、再び喋りながら歩き始めた。


「僕の国とユーリセンチでは、同じように時間が流れているように感じるけど、かなりのズレがあるみたいなんだ。」


「ズレ?…」


今度は足を止める事なく、イサーチェは聞き返してきた。


するとミウが、


「ほら、お姉様、私が初めてタロウを連れて帰った時の事を覚えてますか?」


「もちろん、覚えていますわよ。『タロン』を探しに行くと言ってお城を出てから、1年間も音沙汰無しだったものですから、みな心配していたのですよ。」


するとミウは首を横にふり、


「違うんです、お姉様。私はタロウを見つけて帰るまで1週間もかかっていなかったんです。」


「え?それはどういう…」


イサーチェは驚きながら聞き返してきた。


「実は、どうやら僕の国が1日経つとユーリセンチでは、だいたい3ヶ月ぐらい経つみたいなんですよ。だから、『時間が止まってる』って噂が流れたんだと思います。」


「そ、そんな事が本当に…?

え!?そ、それじゃ、1ヶ月もここに居たら…」


「はい…ユーリセンチは10年ぐらい経っているんじゃないかと…」


僕は、その事を黙っていたことにイサーチェが怒っているのではないかと怖々と振り返り、イサーチェの顔を見た。

するとイサーチェは、かなり驚いたみたいで、


「じ、じゃあ…わたくしは10年もの間ラウクン王子を放っておいたという事に…?」


僕はすぐさま反論をした。


「『放っておいた』なんて人聞きの悪い。その点は大丈夫です。ちゃんと王子には伝えてありますから、10年間待っていて下さいって。」


するとイサーチェは何かを思い出したように、


「あ!ラウクン王子からの手紙!『何十年でも待っている 』とはこの事でしたの!?」


「ラウクン王子は言ってましたよ。『イサーチェが帰って来るまで国を大きくして立派な男になってやる!』って。『いつまでも子供じゃない事をイサーチェに見せつけてやる!』ってね。」


「そ、そんな…ラウクン王子は、もう立派な大人。わたくしごときが口を出すことなどありませんわ。」


「でも、ラウクン王子の『申し出』を断ったんでしょ?」


「そ、それは…わたくしみたいな年上の女性より、若くて綺麗な女性の方がラウクン王子にはお似合いと…思い…」


そう言うと、再びイサーチェの足が止まった。


僕は、前方に出口の光を発見すると振り返り、


「さあ、ここで問題です。」


「え??」


キョトンとするイサーチェをよそに、僕は話を続けた。


「あれから10年経ったユーリセンチ。今、ラウクン王子は何歳でしょう?」


イサーチェは、僕の質問の意味がすぐにはわからなかったが、少し考えると、


「ハッ!お城を出た時は27才…という事は、今は…」


「はい!正解!!イサーチェより年上になってしまいました~!

これでもう、イサーチェが断る理由はなくなりました。そうでしょ?イサーチェ。」


イサーチェの表情が一瞬明るくなったが、すぐには暗い沈んだ表情に戻った。


「しかし…10年間もお城の仕事を放っておいたお手伝いのわたくしを、ラウクン王子が待っているはずが…

わたくしは、お城の中でラウクン王子のお世話が出来ればそれだけで十分幸せなのです。

それ以上は何も…」


「お姉様…」


ミウはイサーチェの手を取り、体を寄せた。


僕は再び前を向き、歩き始めると、


「ユーリセンチに帰ってどうするかは、イサーチェとラウクン王子が決めてくれたらいいよ。

イサーチェが今のまま、お手伝いさんでも構わない。

僕が、ラウクン王子と約束したのは、10年経ったらイサーチェをラウクン王子の元に『無事に返す』って事だったからね。」


僕達3人は大きな光の前に立つと、


「さあ、イサーチェ。ここから先は『ユーリセンチ』だよ。」


そう言いながら、僕は一足先に、光の中に飛び込んだ。


続けてミウとイサーチェも、手を繋いだまま、「エイッ!」と掛け声をかけ、光の中に飛び込んだ。


一足先に光を抜け、洞窟の入口に出てきた僕は、振り返り2人が出てくるのを待った。

2人が出て来たのを確認すると、僕はズボンのモモの辺りを左右両手でチョコンと摘み、右足を少し引きながら、お辞儀をすると、


「ようこそ!イサーチェ。10年後のユーリセンチへ」


と、挨拶をした。


その姿を見たミウは「プッ…」と吹き出し、


「タ、タロウ…それって…」


僕は「えへへ…」と照れ笑いを浮かべながら、


「覚えてる?ミウ。僕が初めてユーリセンチに来た時に、ミウがこうやって歓迎してくれたんだよね。」


「もちろん。覚えているわ。タロウがついて来てくれて、本当に嬉しかったのよ。」


ミウは僕の腕に、自分の腕を絡ませると、すり寄ってきた。


僕とミウが『キャッキャウフフ』としているのをよそに、イサーチェはあまりの変わりように度肝を抜かれていた。


それもそのはずである、イサーチェが城を出たのは、ミウが僕を追いかけて来た時と同じ時期、

すなわち、まだこの洞穴は、ただの岩山の洞窟の1つでしかなかった頃だ。

しかし今は記念博物館となり、大勢の人が『奇跡の洞穴』を見に全国から見に来ているのだ。


イサーチェはあまりの変わりように、


「タ、タロウ様…ほ、本当にここが、あのユーリセンチでございますか?ミウが入っていった、岩山の洞窟なのでこざいますか?」


と、体ごとクルクルと回り辺りを見回した。

そして、回りすぎて目を回し、尻もちをついてしまった。


「あたたたたたた…」


「大丈夫?イサーチェ?」


僕は手を伸ばしたが、恥ずかしいのか、イサーチェは僕の手を握らず、1人で立ち上り、


「はぁ~、よく手入れの行き届いた床ですこと…思わず滑って転んでしまいましたわ。ホホホ…」


と、わざと大きな声で転んだ事をごまかした。


しかし、回りにいた人達は、なんの反応もなく、洞窟に向かって手を合わせる人、オリアンとラクの銅像を触る人、お土産を見る人など、それぞれを楽しんでいた。

イサーチェの事など存在してないかのように。


しかし完全に無視をされると、それはそれで逆に恥ずかしかった。

イサーチェは、思わず隣に居た女性に声をかけた。


「あ…あの…そこまで気を使われると、その…逆に恥ずかしいのですが…」


イサーチェは、まわりの人が、自分が転んでしまった事に対して、気を使い見て見ぬふりをしてくれているのだと思っていたのだ。


「あの?もし…?」


イサーチェは、話し掛けた女性が、あまりにも無視をするものだから、肩を叩こうと、女性の肩に手を置いた。すると、


「ヒイイイイ!!!!」


なんと、イサーチェの手は、女性の肩をすり抜け、一気に床までたどり着いたのだ。


イサーチェは慌てふためきながら、その場に座り込んでしまった。


しかし、回りにいる人達は、しゃがみ込んでいるイサーチェをものともせずに突っ込んで行き、イサーチェの体を、どんどん通り抜けて行った。


「ぎょえええええええ~~!」


最初はイサーチェの驚く様子が面白く、見ていた僕とミウだったが、さすがに可哀想になり、近づき声をかけた。


「イサーチェ、大丈夫?ゴメン、ゴメン。言ってなかったんだけど…」


僕がイサーチェに説明しようとしたとき、ミウがイサーチェの手を取り、僕に向かって、イタズラっぽく笑った。


「お姉様、大丈夫でございますわ。すぐにお馴れになりますから。さあ、お立ちになって、こちらに来て下さいますか?」


と、言うやいなや、ミウはイサーチェの手を引き建物の中を走り始めた。


「それ~!!」


「こ、これミウ、はしたないい~~~!!?」


イサーチェが驚くのもムリはなかった。ミウはあえて人の多くいる場所に突っ込んで行ったのだ。


「ミ、ミウ~~~~!!!!!」


「アハハハハハハ!!」


少しの間、ミウの笑い声とイサーチェの悲鳴が建物の中にこだました。


が、すぐにイサーチェの悲鳴は、笑い声へと変わった。


「アハハハハ!ミウ、なんですのこれは?変な気分ですこと…」


「でしょ!お姉様!病み付きになるでしょ?

私、もう1度やってみたかったのですよ。」


「確かに、病み付きになりますわ。アハハハハ…」


この2人、やはりよく似ている。実は本当の姉妹ではないのかと思ってしまう程だ。


などと、僕が2人を見ながら思っていると、1人の男性に目が止まった。

明らかにミウとイサーチェを目で追っている、認識出来ないはずの2人の姿を…


年齢は40…いや、30代だろうか?背が高くガッシリとした体型…

と、その時、僕の視線に気付いたのか、その男性の目が合ってしまった。

その男性は、僕と目が合うと、ニコリと微笑み軽く頭を下げた。

その行動見て、僕は「え?!」と思ったが、すぐあることを思い出した。


「そうだ!いるじゃないか!僕がこの国に来て、誰にも認識されなくても、必ず気付いて助けてくれる人が!」


思い出した瞬間、僕は思わず走り出していた。


「ミプレオさん!!」


「お帰り、タロウ。イサーチェを連れて来てくれたんだね。」


優しく微笑むミプレオは、立派な青年になっていた。


「さあ、行こうか。ラウクン王子が首を長くして待っている。」


「はい!ミプレオさん。またよろしくお願いします。」


僕はミプレオに頭を下げると、走り回っていた2人を呼んだ。


「お~い!ミウ!イサーチェ!そろそろ行くよ~!!」


「ハ~イ!」


僕の呼び掛けに、元気に答えるミウに対して、イサーチェは、


「ハ…、ハイ…ハァハァ…ハァ…ち、ちょっと待っておくれやす…」


と、なぜかテレビで覚えた『京都弁』で答えた。


そして、イサーチェの回復を待って、僕達はラウクン王子の待つお城に向かった。



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