番外編19〔高楊枝?〕



番外編19〔高楊枝?〕



4人は楽しく話をしながら、食事をしていた。


その話の中には、当然『イサッチの帰郷話』も出てきた。


まだ目の前にいる『王子』の事で迷っているイサッチからは話は出なかったが、王子と零二の気持ちを全く理解していない智恵葉が、ミウや僕から聞いた話を、おもしろおかしく話していたのだ。


当然、お城にお手伝いとして住んでいた事、『ラウクン王子』と『倉雲王子』がソックリな事、イサッチが『ラウクン王子』を好きな事も話した。そして、もうすぐ国に帰る事も…


王子と零二は、智恵葉の話を笑顔で聞いていたが、2人ともどこか寂しそうな笑顔だった。


そんな、時折見せる寂しそうな笑顔に気付いたイサッチは、話の話題を変えようと、2人の家族の事を聞いた。


「それにしても、お2人は本当に仲がよろしいので御座いますね。でも、こんな所でわたくし達と食事をしててよろしいので御座いますか?

御家族の方々が心配なさってるのでは?」


すると王子は、ニコリと笑い、


「大丈夫ですよ、伊佐江さん。だいたい俺達2人たけで食事をすることが多いから、お互いの仕事が忙しい時は、1人で食べるよな、零二。」


すると零二は「ウンウン」と2~3回頭を上下に振ると、


「そうそう、たまに親父と一緒に3人で食べる事もあるけど、今、親父は田舎に帰ってるからな、ほとんど1人か、兄さんと一緒だな。」


今度は王子が、


「だから、こんなに大勢で食べるのは久しぶりなんだ。特に女性と一緒に食べるなんて、まず無いからな。楽しいよな、零二。」


王子の言葉に、ふと疑問を抱いたイサッチは、


「あら、お母様とはご一緒に食事はなされないので御座いますか?」


すると王子は、イサッチを見つめ、寂しそうに微笑むと、


「母さんはいないんだ…零二が生まれてすぐに亡くなったらしい。

もともと、体が弱かったって親父が言ってた。

俺もまだ1歳だったから、母さんの記憶は無いんだ。写真も無かったから、顔も知らない…」


すると、


「ガタッ!!」


「も、申し訳御座いません!!ぞ、存じ上げ無かった事とはいえ、嫌な事を思い出させてしまいました!」


と、イサッチは席を立つなり、膝に頭が付きそうなぐらい、深々と、頭を下げた。


すると王子は慌てて、


「ち、ちょっと伊佐江さん!いいですから!いいですから!座ってください。回りの人も見てますから…」


イサッチは「シュン」と頭を項垂れながら、イスに静かに座った。


そして王子は、自分達の事を話し始めた。


「さっき、『親父が田舎に帰ってる』って、零二が言ったよね?

もともと俺達は『日本人』じゃないんだ。」


すると、イサッチと智恵葉は驚き、2人を見た。


それもそのはずである。真っ黒い髪に黒い瞳、特別日本人離れしてる所も無く、だれが見ても日本人のイケメンだからだ。


すると智恵葉が、


「ほんとに~?髪も真っ黒だし、誰がどう見ても日本人だよ?」


すると王子は頭を触り、


「あ~、これね。これは染めているんだよ。本当はもっと薄い色をしてるからね。」


それを聞いた智恵葉は、


「じゃあ、金髪なの?」


今度は零二が、


「まあ、そんな感じかな?昔、親父が世話になった人がいてね、その人のおかげで『日本』に来れたみたいなんだけど、「目立たない方がいい」って言われて、子供の頃から染めているんだよ。」


「後は、そのお世話になった人にいろいろ教えてもらいながら、生活して来たってわけ。」


王子が零二の話に付け加えた。


「まあ、それは大変で御座いましたね。その『お世話になった』御方は今、どちらに?」


イサッチの問い掛けに零二が、


「それが、ここ何年も連絡が取れなかったみたいなんだよな~、俺達は、その人に会った事もないし。」


「でも、何日か前に、親父の故郷に『その人』が現れたって噂を聞いたみたいで、今、会いに行っている所なんですよ。」


と、王子がさらに付け足した。すると智恵葉が、


「お兄さん達の故郷ってどこ?日本じゃないなら外国だよね?」


と、尋ねて来た。智恵葉の問い掛けに、零二は困ったように、


「それがね智恵葉ちゃん、俺達にもわからないんだよ。」


「親父は教えてくれないし、「お前達の故郷は、ここ『日本』だって言うし。まあ、俺達も日本の記憶しかないから、俺達もここが故郷だと思ってるけどね。」


「あ!そうそう、なんか『小さな国』って事だけは、昔教えてくれたっけ。それより伊佐江さん、兄さんに話があったんじゃない?」


イサッチは「ハッ」としながらも、智恵葉をチラッと見た。

それに気が付いた零二は、


「智恵葉ちゃん、ドリンクバーの、1番美味しい組み合わせを教えてあげようか?」


と、智恵葉に聞くと、


「うん!教えて!教えて!」


智恵葉は席を立つなり、零二の腕を掴み、ドリンクバーへと引っ張っていった。

零二は智恵葉に引っ張られながらも、王子にむかってウインクをし、親指を立てた。


それを見た王子は、


「まったく、あのバカ。変な気遣いしやがって…」


と、言いつつも、正面に座っていたイサッチを見つめた。



「それで?伊佐江さん、話って?

そういえば、今日「心が迷子」って言ってましたよね…」


王子はイサッチを見つめながら、静かに口を開いた。


「あの…その……」


さっきの雑談とは違い、真剣な眼差しの王子に、イサッチは、言葉が上手く出てこなかった。


すると王子は、


「さっき智恵葉ちゃんが言っていた、「国に帰る」という事と何か関係が?」


イサッチは小さく頷くと、


「はい…、太郎様に進められて…、あ!太郎様というのは、智恵葉様のお兄様のことで、わたく共が大変お世話になった方で、料理の勉強の為、1ヶ月間だけ太郎様のお屋敷でお世話になっているんです。

その1ヶ月ももうすぐ終わりを迎えるのですが、なんと言うか…その…か、まだ帰りたくないというか…」


「ここの生活が気に入りましたか?」


王子が問いかけると、


「あ…は、はい…そ、それも御座いますが…」


「他に何か理由が?」


するとイサッチは、伏せていた顔を上げ、王子を見つめると、


「は、はい!あ…貴方様に、で…出会ってしまって、王子様の事が…頭から離れなくなってしまって…」


「じゃあ、帰らなくていい。ずっとここにいて欲しい!」


王子は、イサッチの話を遮り、自分の気持ちを伝えた。


王子の思いもよらない告白に、イサッチは動揺し、


「で、でも、わたくしには、お城に帰って『ラウクン王子』のお世話をするというお仕事が…」


さらに王子はイサッチの話を遮ると、


「『ラウクン王子』というのは、俺に似ている王子の事ですよね。

小さい国とはいえ、お城にはたくさんのお手伝いさんがいるはずです。

伊佐江さん1人が居なくても、支障は無いはずですよね?そうでしょ?」


「で、でも…ラウクン王子は小さな頃からお世話をしていて…か、可愛くて、愛おしくて…」


「そんなのは『愛情』じゃない!ただの『母性本能』でしょ?

それにその王子だってもう子供じゃないはずだ。

いつまでも伊佐江さんが世話を焼いていると、その王子がダメになってしまう。大人になれば、自分で好きな人を見つけ結婚もする…」


この時、イサッチは『ラウクン王子が結婚』という言葉を聞き、酷く動揺した。


「ラララララ…ラウクン王子は…」


「歌ってる場合じゃない!俺は真剣なんだ!

俺はラウクン王子がどんなヤツか知らない。

でも、俺なら伊佐江さんを1人で他所の国になんか行かせない、1人なんかに絶対させない!」


「で…でも…ラウクン…」


なかなか煮え切らないイサッチに対して、王子の態度が一変した。


「ふ~、そもそも伊佐江さんは、その「『ラウクン王子』をどう思ってるの?『ご主人様』?『恋人』?『子供』?

そもそも愛しているの?」


いきなりの質問に、イサッチは顔を真っ赤にして、


「ア…アアア愛…?!」


王子はかまわず話を続けた。


「もしそれが伊佐江さんの『愛』だとしたら、大したことないですね。

だってそうでしょう?いくら顔が似てるからって、1度会っただけの奴に気持ちが揺らぐなんて、その『ラウクン王子』の事を何とも思っていない証拠ですよ。」


するとイサッチは、態度が変わった王子に対して、少し涙ぐみながら、


「か、顔だけでは御座いません、王子(おうし)様は、お優しい…」


王子はまたもイサッチの話を遮り、


「迷子に優しくするのは当然の事です。仕事ですからね。

もし、もし仮にその『ラウクン王子』が顔だけじゃなく、性格もソックリなら、そのラウクンてヤツも大したこと無いんじゃないですか?」


するとイサッチは、「キッ!」と王子を睨み付け、「バン!」とテーブルを叩き、立ち上がると、


「そ、そんな事はありませぬ!ラウクン王子は国中の人から慕われる素晴らしい御方はです!」


すると王子もイサッチを睨み付け、


「ほらみろ!俺とは全く違うじゃないか!俺はただのデパートの警備員だ、誰からも慕われていないし、城もない!

顔が似てるからって、人格まで押し付けるんじゃない!迷惑なんだよ!」


イサッチは、『ラウクン王子』をバカにされた事と、優しいと思っていた王子が実は違っていた事に対して、目に涙を浮かべながら、


「わ、わかりましたわ!貴方がそんな人だったとは!少しでも『ラウクン王子』に似ていたと思っていた自分が情けない!


あ~!わかりました!帰ります!すぐにでも国に帰ります!」


すると今度は、王子が立ち上がるり、イサッチに顔を近付けると、


「あ~、帰れ帰れ、あんたみたいな迷子の名人が、デパートに来られたらこっちが迷惑だ!国に帰って『王子様』の頭をナデナテしてろ!」


さすがに店内で言い合っている2人に気が付いた零二と智恵葉は、何事が起きたのかと思い、ドリンクバーから帰ってきた。


「ち、ちょっとイサッチ、どうしたの?」


智恵葉がイサッチに聞くと、


「どうもこうもありませんわ、こんなお人だとは思ってもみませんでしたわ!」


と、「プイッ」と王子の顔から目を反らした。

すると零二も、


「に、兄さんも、落ち着いて…」


「へ、俺は落ち着いてるよ。この『オバさん』に本当の事を言ってやっただけだ。」


「オバ…オバさんですって~!!

智恵葉さま!帰りましょう!こんな所には1秒たりとも居たくありませぬわ!

お代は自分でお支払いいたします!」


イサッチは、持っていた500円玉を1枚テーブルに「バン!」と叩きつけた。


その光景をみた王子は「フッ」と笑い、


「伊佐江さん、それじゃ足りませんよ。フフフフ。今日は俺達が奢るって言ったんだから、お金はいいですよ。」


イサッチは、恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にしながら、


「いいえ!そのような訳にはいきません!あ…後で太郎様に預けておきます。零二様!お金を取りに来てくださいませ!」


「は、はい。」


イサッチの勢いに押され、零二は思わず返事をした。


「さ、智恵葉様!参りますよ!」


イサッチは荷物を抱え、智恵葉の腕を掴み、店を出ようとした。その時、零二が、


「い、伊佐江さん、家まで送りますよ…」


その声を聞いたイサッチは、振り向くと、


「いいえ!結構です!あなた方のお世話にはなりません!」


と、言い捨て店を出た。


残った王子は、「フ~ッ」と大きくタメ息をつくと、イスに腰を降ろし上を向いた。

そんな王子を見た零二は、


「ち、ちょっと兄さん、何やってんだよ?なんで伊佐江さんとケンカなんか…

兄さん、伊佐江さんの事、好きじゃなかったのかよ?俺は相手が兄さんだから、伊佐江さんの事を諦めたんだぜ。」


すると王子は静かに口を開いた。


「なあ、零二…城の生活ってさ、沢山の人が居て大変な事もあるんだろうけど、きっと楽しいんだろうな。『ラウクン王子』ってヤツも優しそうだしな。

もし、伊佐江さんがこっちに残ったとして、それ以上の幸せを、俺達が与える事が出来ると思うか?」


すると零二は困った顔をし、


「それはそうだけど…兄さんは平気なのかよ、伊佐江さん、もう2度と会えなくなるんだぜ…」


「俺達のワガママと伊佐江さんの幸せ、どっちが大切か考えるまでもないだろ。」


「……」


零二は反論することが出来なかった。


その頃、イサッチはトボトボと、夜の歩道を歩いていた。


店を出た直後は、足早に歩いていたイサッチも、徐々にユックリになり、少し寂しそうな表情になっていた。


「ねえ、イサッチ、一体何があったの?あの人に会いたかったんでしょ?

優しくていい人みたいだけどな?零二さんも面白いし。」


ケンカの理由がわからない智恵葉はイサッチに聞いた。


するとイサッチは、


「あの人は『ラウクン王子』を侮辱したのです。「大したことない奴」って。…でもね…智恵葉様…」


「なにそれ!そんな事言ったのアイツ!?イサッチが王子様の事を好きなの知ってるくせに?ひど~い。」


智恵葉は激怒し、イサッチの言葉を遮った。

するとイサッチは、


「ち、違うのよ、智恵葉様。あの御方は、本当に優しい方なのです。」


「どこがよ!ちょっとイケメンだからって許される事と、許されない事があるの!イサッチの好きな人を侮辱したのなら、イサッチを侮辱したのと同じ!しいてはイサッチを大好きなあたしを侮辱したのと同じ事なんだから~!」


するとイサッチは微笑み、


「ウフフフフ、ありがとう御座います。智恵葉様。わたくしも智恵葉様の事が大好きで御座いますわ。

しかしですね、わたくしはあの御方を嫌いになったわけでは御座いません。むしろ感謝していますのよ。」


「へ?なんで?さっきケンカしてたのに?」


イサッチの言っている意味が全く理解出来なかった智恵葉だった。


「あの御方は、自分を悪者にしてまでも、わたくしをラウクン王子の元に帰そうとしたので御座いますから。

迷っていたわたくしの心を、自ら嫌われるのを覚悟で導いて下さったのです。」


すると智恵葉は驚いて、


「え!?じ、じゃあやっぱりあのお兄さん達って、いいイケメンだったの?」


イサッチは微笑み、大きく頷いた。


「はい!あの御兄弟はとてもステキなイケメン御兄弟ですわ。」


智恵葉は少し難しい顔をし考え込むと、


「でも、それだけお互いの事がわかってるのなら、別にケンカなんかしなくても…」


「フフフ、智恵葉。『高楊枝』ですわ。」


「へ?『高楊枝』?」


話の見えない智恵葉はイサッチに聞き返した。


「ほら、智恵葉、前に仰ってたでは御座いませんか、『据え膳食わぬは武士の高楊枝』って。」


すると智恵葉は思い出したように、


「あ、あ~あの『高楊枝』?」


「はい、いいイケメンの御誘いは断ってはダメなので御座いましょ?

自分を悪者にしてまでも、わたくしの事を心配してくださったのなら、その御誘いに乗らないわけにはいきませんもの。そうで御座いましょう?智恵葉様。」


智恵葉は頭がこんがらがって来た。


「え?え~っと、つまり、お兄さんは、イサッチの事を思って、わざと嫌われるような事を言って、イサッチはそれがわかっているのに、キライなフリをしたの?

だから、お互いの事が嫌いじゃないのにケンカしたって事??」


するとイサッチは、またも微笑み、


「智恵葉が、もう少し大人になられて、いろいろな経験を御積みになられればわかって来ますよ。」


「もう~!イサッチったら~、あたしはもう大人だよ~!」


「ウフフフ、智恵葉。自分で『大人』と言っているうちは、まだ『子供』なので御座いますよ。

と、どなたかが仰っていました。

さあ、遅くならないうちに帰りましょう。『ハンバーグ』の作り方を、セラさんに教えてもらわないと。」


すると智恵葉は、「う~ん…」と首を傾け、


「『大人』って、面倒臭いんだね~、あたしはまだ子供でいいや。

あたし、イサッチの作った『ハンバーグ』が食べたい!早く帰ろ!」


「はい!智恵葉、そう致しましょう。」



そして2人は近くでタクシーを拾うと、僕達の待つ家に帰って行った。



それから数日後、イサッチが、『ユーリセンチ』に帰る日が訪れた…



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