番外編11〔奇策〕
番外編11〔奇策〕
僕は、部屋にあった木の板をくり抜き、色を塗り、即席の盾を作った。
有り合わせの物で作ったので、色むらや汚れが目立ったが、逆にそれがいい感じにも見えた。
僕の行動を不思議そうに見ていたミウ達だったが、信じてくれているのか、何も言わずに見守ってくれていた。
色が乾く間、僕はラクの前に行き、オリアンとの戦い方を話した。
「いいかいラク、オリアンは多分本気で来ると思う。なにしろ一番弟子のセオシルに勝っちゃったんだから。オリアンにはこれといった『癖』も『弱点』も見当たらない…しかもスピードは半端なく早い。
僕の考えた作戦は、確実な根拠はないんだ。
もしかしたらオリアンにまったく通用しないかもしれない。それでもいいかな?」
ラクは、僕の手を力強く握ると、
「もちろん大丈夫だよ!セオシル様に勝てたのだって、タロウお兄ちゃんのおかげなんだから、なんでも言って、僕に出来る事ならなんでもするから!」
「よし!わかった!僕の考えが正しかったら、オリアンは動けなくなるはずなんだ。
ただ、その時間は、長くて10秒、早ければ2、3秒かもしれない、しかもオリアンはラクのすぐ目の前に居るはずなんだ。その迫力はハンパじゃないかもしれない。
でも、動きが止まったその一瞬をつき、オリアンに一撃を加えるんだ。どう?出来そう?」
するとラクは大きく首を横に振り、
「ううん、「出来そう?」じゃなくて、「やる」でしょ。
僕だって、オリアンさんに他のみんなと一緒に訓練を受けて来たんだよ。ここまで来たんだ、簡単に負けてたまるかってんだ。」
その言葉を聞いたミウは、大きな目を潤ませ、
「ラク…本当にたくましくなって…もう立派な『
と、思いながら、ラクを見つめていた。
そしてついに、その時がやって来た。
控え室から僕達が出てくると、大勢の人達が居て、揉みくちゃにされる…。
と、思いきや、一般人は1人も居らず、代わりに衛兵達がズラッと並び、闘技場の入り口まで道を作ってくれていた。
それは、ラクがケガをしないようにと、ラウクン王子が命令したことであった。
王子は、ラクだけではなく、殺到した民衆が将棋倒しになり、ケガをしないようにと考えた配慮でもあった。
ラクは前を行く衛兵2人の後を歩いた。しかし、前回のように、小さく屈みながらではなく、胸を張り、堂々とした足取りで、衛兵達が作ってくれた道を歩いた。
衛兵達は、ラクが目の前に来ると小さな声で
「ラク、頑張れよ。」
「ラク、オリアンを倒して来い!」
「負けるなよ、ラク!」
「オリアンに一泡ふかせて来い!」
「俺達、衛兵の力を見せつけて来い!」
と、思い思いのエールをラクに送った。
中には拳を差し出し、ラクと拳を合わせる衛兵の姿もあった。
今や、ラクとオリアンの戦いは、ラク個人だけではなく、衛兵代表としての戦いでもあったのだ。
オリアンに勝つという事は、ユーリセンチの衛兵達が『世界最強軍団』として全世界から認められる。
そういった意味のある戦いでもあったからである。
ラクが闘技場に入ると、セオシルに勝利した時よりも、さらに大きな声援が闘技場に響き渡った。
オリアンはすでに闘技場の真ん中に立っており、その鋭い眼光は、ラクをすり抜け、まるで僕の事を見ているようだった。
ラクが登場し、僕と目が合ったオリアンは、鋭い眼光のまま、「ニヤリ」と笑みを浮かべた。
その瞬間、全身を覆う藍色の毛が少し逆立ち、太陽の光を浴びて、まるで『闘気』を纏ったように見えた。
その凄まじい迫力は、ラクも感じていたが、一歩もひけを取らず、「僕を無視するな!」とばかりに睨み返していた。
僕はオリアンの『笑み』を見て、
「あちゃ~バレてるよ。僕がここに居るのがバレてるよ…セオシルと戦った時、ラクに入れ知恵したのもバレてるよな…」
まあ、そんな事はどうでも良かった。ここまで来たら、僕の考えた作戦が上手く行く事を祈るばかりだ。
そして、いよいよ…
「両者!中央へ!!」
審判の声が響いた。
「ラク、頑張れよ!」
「ラク、気を付けてね…」
「ラク…お父さんとお母さんは、お前を誇りに思っているぞ。」
「お兄ちゃん、頑張って!!」
ラクは家族の声援に後押しをされ、1歩1歩オリアンの待つ中央へ歩いて行った。
オリアンはラクが目の前に来ると、
「ラク、よくセオシルを倒したな。お前の師匠のおかげで俺も本気を出したくなった。」
その時、オリアンはラクの持っている盾に気が付いた。
「ん?なんだそりゃ?木の盾だと?少しでも軽くして、俺のスピードについて来る作戦か?
そんなことで、俺のスピードについて来られるなんて思うなよ。
手加減抜きで行くぞ!お前の本気を見せてみろ!!」
ラクは、後ろに吹き飛ばされそうな『圧』を受けながら、必死で僕の言葉を繰り返し唱えていた。
「動きが止まったら、一撃…
動きが止まったら、一撃…
動きが止まったら、一撃…」
それでは~!!これより『タロウ』の名を賭けて、『オリアンタロウ』対『ラク』の戦いを始めます!!!!
審判の叫びと共に、観客から割れんばかりの『ラクコール』が響いた。
それは闘技場のみならず、外に居る人も叫んでいる人が居るほどだった。
審判が2人の前に立ち、
「2人とも『タロウ』の名に恥じないよう、正々堂…」
審判が喋っているにもかかわらず、オリアンは審判を睨み付け、
「おい…御託はいいから、さっさと始めようぜ、こっちは今にも飛びかかりそうになるのを、必死で我慢してるんだ…
つべこべ抜かしてると、お前をぶん殴って、勝手に始めるぞ!」
すると審判は、少し後退りをし怯えながら、
「そ、それでは両者離れて…」
そしてオリアンとラクはお互いに背を向け、所定の位置に歩いて行った。
その様子を特別席からみていたスラインは、
「おいおい、オリアンのヤツ本気じゃねえか!ここまで『闘気』がビリビリ来やがる。」
「本当か?スライン将軍?」
何も感じないラウクン王子は、不思議そうにスライン将軍に聞いた。
「ああ、本当だとも。俺にはわかる、周りの空気がピリピリしてんだ…
目の前に立っている、あの小僧も大したもんだぜ。普通のヤツなら腰を抜かすか、逃げてるはずだからな。
今のオリアンなら、うちの兵隊1万でも勝てねえだろうな…」
『豪将』と呼ばれたスライン将軍でさえ、見たこともない『闘気』をオリアンは放っていた。
そして、闘技場のボルテージが最高潮に達した時、審判が叫んだ!
「1本目!始め!!」
審判の合図と共に、津波のような声援が闘技場を包んだ。
しかし、その声援は、驚きと共に一瞬にして静寂に変わった…
そこに居る誰もが目を疑った。
オリアンがピクリとも動いてなかったのだ。
オリアンの超スピードは誰もが知っていた。
観客のみならず、僕や、ラク、特別席で見ていた、ラウクン王子やスライン将軍は、そのスピードを生かし、一瞬にしてラクとの距離を詰め、勝負を決めると思っていた。
しかし、それはオリアン本人も同じだった。
一瞬にして距離を詰め、ラクが盾を構える暇なく一撃を決めるつもりだったのだ。
オリアンは自分の体に起きている異変に訳がわからず、困惑していた。
「な、な、なんだ?か、体が動かねぇ……」
そして、自分の足が震えていることに気が付いた。
「な、なんだと!?足が震えてるだと?!
どうなってんだ!ちくしょう!!俺が…怯えているのか?」
オリアンの異変は、スライン将軍にも伝わった。
「ガタッ!」
「な、なんだと!あのチビ、オリアンに何をしやがった!?」
「どうしたというのだ、スライン将軍?」
「オリアンのヤツが…怯えてる…」
スライン将軍のあまりの返答に、
「ま、まさか!?あのオリアンタロウだぞ!」
「俺だって信じたくねえさ、でもあんなに慎重なオリアンの姿は、初めて見た!」
この日のオリアンは今までにないぐらい最高潮だった。気力も充実し、僕が帰って来た事も知り、間接的とはいえ、戦う事にもなった。
そのためオリアンの集中力は半端なものではなくなったのだ。
1本1本の毛先まで、神経が研ぎ澄まされ、オリアン自身も初めて味わう感覚だったのだ。
しかし、その集中力が、というより野生の本能だろう。
オオカミならではの野生の本能、無意識に危険を察知し、オリアンの意思に反し、体が止まってしまったのだ。
まったく動かない両者に対し、観客がざわついて来たかと思うと、ついにはヤジが飛ぶようになった。
「オリア~ン、もしかしてビビってんのか~!!」
「そんなにラクが怖いか~!」
オリアンは声のする方向を睨み付け、
「うるせえ!!ぶっ殺すぞ!!!黙って見てやがれ!!」
そう怒鳴ったかと思うと、
「フフフフ…アッハハハハ…!!!!」
大声で笑い出してしまった。
「おもしれえ、おもしれえよ、あの野郎…
一体どんな武器を作ったんだ?見せて貰おうじゃねえか。
その時、消えていた『闘気』が前にもまして、強く放たれた。
それはスラインだけでなく、闘技場に居るすべての人が感じる程の熱気に満ちたものだった。
オリアンの『野生の本能』よりも、戦う事への『興味』の方が勝った瞬間でもあった。
次の瞬間!
「消えた…?」
観客の1人が呟いた。
まさに一瞬の出来事だった。観客が呟いた瞬間、オリアンはラクの目の前に立ち、まさに木刀を降り下ろす瞬間だったのだ。
しかし、ラクも負けてはいなかった。
ラクのまた、集中していた。僕のアドバイスのお陰とはいえ、手の届かない場所にいたと思っていた『セオシル』に勝った事が、自信に繋がったからだ。
ラクもヤモリ属性とはいえ、『獣族』だ、人の目には追えないスピードでも、ラクの目には、しっかりとオリアンの動きが見えていた。
しかも僕の指示を、呪文のように唱えていた為、オリアンの変化にも動揺することなく、僕の言った事を実行した。
「オリアンが動いたら、盾をオリアンの目の前に出す!!」
ラクはオリアンが動いた瞬間、丸い盾を前に突き出した。
「へ!こんな盾!粉々にぶっ壊し…て…う…」
しかし、オリアンはまたもピタリと動かなくなり、次の瞬間、
「ウオ~~~ン~~~…!!!」
ラクから目を離し、上を向いて、遠吠えを始めてしまった。
ラクは、
「動きが止まったら一撃…
動きが止まったら一撃…」
会場中が静まり返り、その場に居た全員が「ポカ~ン」とし、オリアンの遠吠えだけが響く中、ラクの木刀がオリアンの頭を捉えた。
「ヤ~!!!」
「ポカッ!」
「あ痛て!」
「よし!」
僕は思わず、小さくガッツポーズをした。
僕の考えた『作戦』、いや、それは『作戦』と呼べるものでもなく、まさに賭けだった。
オリアンを、一瞬でも止める方法を考えていた時、オオカミの事を思い出した。
野山を凄いスピードで駆け回るオオカミも、必ず立ち止まらなければならない時がある。
それが『遠吠え』の時だ。僕の中では、満月に遠吠えをするイメージがある。狼男も満月を見ると変身するという。
『満月』『遠吠え』『オオカミ』この3つのワードが出てきた時、僕の頭の中に、
「オリアンに満月を見せたら、もしかしたら…」
という、突拍子もない考えが頭に浮かんだのだ。
ただ、確実に止まるという保証はなかった、何故ならこの世界には『月』が存在しない。星空は何度も見たが、月は1度として出なかったのだ。
それで、僕は木の板を丸く切り、黄色い色を塗り、月に見立ててラクに持たせたのだ。
まさに一か八かの大勝負…しかし僕達はそれに勝った。
静まり返った会場に、審判の声がこだました。
「勝負あり!!ラク!!!」
その瞬間、物凄い歓声と共に、笑い声が沸き上がった。
「アハハハハハ、オリアン、何やってんだ!」
「『ワオ~ン』だって?なんだありゃ?」
ボーゼンとするオリアンだったが、同じようにボーゼンとしていた者が居た、特別席のラウクン王子とスライン将軍だ。
「ス、スライン将軍…い、一体何が起きたというのだ?」
「い、いや…ま、まったくわからねえ…あの小僧、一体どうやって…」
ボーゼンと立ちすくしているオリアンの元に、ファンやアイガなど仲間がが、オリアンの元に駆け寄って来た。
「オ、オリアン?い、一体何があったっていうんだ!?」
「あの小僧、何しやがった!」
その時、
「プッ!アッハハハハハハハハ!!いや~、参った参った。」
オリアンが、またも笑い出したのだ。
「止めろお前ら、ここに立っていいのは、俺とラクだけなんだぜ。」
「で…でもよう、オリアン…」
ファンが心配そうに呟くと、
「ゴン!」
「イテ!」
オリアンが木刀でファンを叩いた。
「バカかお前ら、俺が本気で負けると思ってんのか?邪魔だ、さっさと出ていきやがれ。まだ勝負はついてねえ!」
ファン達は心配そうな顔をしながらも、その場から離れ、自分達の席に返った。
「おい!審判!2本目だ!早くしろ!!!
ラク!次はこうは行かねえぞ!」
オリアンは捨てゼリフを残し、ラクから離れ元の位置に歩いて行った。
歩きながらオリアンは考えていた。
「俺も知らなかった俺の弱点だと…、あの野郎、黙ってやがったんだな。試合が終わったら、とっちめてやる。」
「タロウ!!!」
ミウが喜びながら、僕に抱き付いて来た。
「やったよ!ラクが勝ったよ!!」
「うんうん、こんなに上手く行くとは思ってなかったんだけどね。ラクが頑張ったからだよ。ただね…」
「ただ?…」
ミウは僕から離れ、僕の顔を見つめた。
「オリアンは、同じ過ちは2度としない、すぐに何らかの手を打って来るはずなんだ。
それにラクが対応出来るかどうかが、勝負を決めると思う。」
「ラク…」
ミウが僕の手を握りしめ小さく呟いた。
「頑張れ…ラク…」
いろんな思いが交錯する中、2本目の合図を、審判が叫んだ。
「2本目!!始め!!!」
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