番外編7〔ラウクン王子の手紙〕


番外編7〔ラウクン王子の手紙〕



「ち、ちょっと待て~い!!」


僕は心の中で叫んでいた。


と、いうのも、そもそも僕の世界に来てしまった『イサーチェ』をすぐにユーリセンチに帰さなかったのは、この世界と異世界とにある時間のズレを利用して、ラウクン王子より年下にする事であって、こっちの世界で恋人を見つける事ではないからである。


僕は、内心焦りながらも、『スキヤキ』という滅多にない食事に夢中になっていた。


食事が終わり、片付けをしているイサッチに近寄り、


「ラウクン王子から手紙を預かって来たんだ。後で渡すね。」


と、さりげなく言った。

つもりだが、焦っている表情がバレないかヒヤヒヤしていた。


するとイサッチは、物凄く驚いた表情になり、


「え!?え!?て、手紙?ラウクン王子から、わたくしに!?え?でもなぜタロウ様が?

わかりました!この伊佐江、命に代えましても必ずやその手紙を受け取りに参ります。

ラ~ウ~クン、ラ~ウ~クン、ラ~ウ~クンお~うじ~…」


と、イサッチは僕の話を聞くと、鼻歌まじりにラウクン王子の名前を呟きながら、後片付けを続けた。


その姿を見て、僕は少し不思議に思った。


「あれ?いつものイサーチェだ…タクシーの運転手の話はなんだったんだろ?

まあ、いいか。あとでミウに何があったのか聞いてみよう。」



今日は、イサッチと母さん、ミウと妹のペアでお風呂に入るみたいだ。


イサッチと母さんが、お風呂に行っている間、ミウに今日の事を聞いてみた。


「ミウ、スーパーどうだった?凄かったでしょ?」


「凄いなんてものじゃなかった。初めてこの世界に来たときは、遠くまで行けなかったから、まさかあんな凄い場所があるなんて、夢にも思わなかったわ。」


「アハハ、イ○ンぐらいで驚いちゃいけないよ。この街では大きい方のスーパーかもしれないけど、他の街にはもっと大きなスーパーや、遊園地があるんだから。」


「え!?あのスーパーより大きなお店が?…遊園地??」


「あ、うん。まるで違う世界に行ってるような…」


僕はその時、あることに気が付いた。


「って、あれ?まてよ。僕はリアルに異世界に行った訳だし、ミウとイサッチは違う世界に来てる訳だし、これって『リアル体験型アトラクション』って事か?」


などと、どうでもいいことを考えてしまった。


僕があれこれ考えていると、


「どうしたの?タロウ?」


ミウが心配そうに尋ねて来た。


僕は少し頭を振り、


「ううん、なんでもない。ちょっとユーリセンチの事を思い出してた。」


するとミウが、思い出したように、


「そういえば、ラウクン王子には会えたの?」


「うん。学校に行く前にお城に行って、ラウクン王子に昨日の手紙を渡して来たよ。

ユーリセンチは、もう半年近く経っていて、ラウクン王子も、凄く心配してたみたい。半年間も何の連絡なかったら、心配もするよね。」


するとミウは驚いた様子で、


「え!?もうそんなに経ってるの?」


僕は1度大きくうなずき


「正確な時間はわからないけど、こっちの世界の1分がユーリセンチの2時間ぐらいみたいなんだ。

僕が王子に手紙を渡してる間、たぶん4時間ぐらいユーリセンチに居たと思うんだ。でも帰ってきて時計を見たら、たった2分しか経ってなかったからビックリしたんだよ。

でも、これでハッキリしたよ。イサーチェがこの世界に1ヶ月居ると、ユーリセンチでは約10年の『時』が流れるって事がね。」


「ということは、タロウの『イサーチェ年下計画』も成功するって事ね。」


ミウは僕の話を聞いて、嬉しそうに答えた。



「そういえばさ、城の裏門を門番していた『セオシル』って衛兵がいたの覚えてる?」


ミウは少し考えるような仕草をすると、思い出したように、


「もちろん、覚えているわよ。真面目だったけどあまり強くなかったっていうか、タロウがいつもからかってばかりいたでしょ。」


「ハハハ、まあ、そうなんだけどね。

なんと、驚く事にあのセオシルが王子の側近になっていたんだよ。」


ミウは今日1番驚いたような顔をして、


「ウソ!?あのセオシルが?」


「僕もかなり驚いたよ。今では衛兵の中で1番強いんだって。僕のイタズラも無駄じゃなかったって事さ。」


僕は少し自慢げに話をした。


ミウは何の事だか全くわからない様子で首を傾けた。


まあ、普通に考えれば、イタズラと強さが結び付くハズがない。


ふいにミウがポツリと呟いた。


「ナカリー元気にしてるかな…?」


ミウがホームシックになるのも無理はない。いきなり全く違う世界に家族や友人と別れて暮らすことになったのだから。


そんなミウに、僕は1つの提案をした。


「次の休みにさ、ユーリセンチに行ってみない?」


「え?本当に!?」


一瞬嬉しそうな顔をしたミウだったが、すぐに顔が曇った。


「でも、何年も経ってたら何となく気まずいというか…」


確かに、自分は歳をとらず相手だけが歳をとってると、何となく気まずいのだろう。特に女性は…


そんなミウに僕は、


「明後日が祝日で、学校も休みだから、少しの時間ならいいんじゃないかな?

たぶん2年ぐらい経ってると思うけど、2年ぐらいならそんなに容姿も変わらないんじゃないかな?」


するとミウは少し考え込むと、


「う~ん、女のコの2年は結構変わるかも…ナカリーも年上になってるんだよね。」


「まあ、確かにね。あまり長居をするとボロが出ちゃうから、様子を見に行くぐらいの感覚で、ね。」


「そ…うだよね。今、行っとかないと、それこそ何十年も経っちゃうもんね。」


「よし!じゃあ決まり、明後日行ってみよう。」


その時ミウは何かを思い出したように、


「あ!でも、その日は、お姉さまのメガネが出来る日で、スーパーに取りに行くって、お母さまが言ってたよ。」


「え?そうなの?でも、母さんが一緒でメガネを取りに行くだけなら、大丈夫だと思うよ。

あ、そうだ!こうしよう。ユーリセンチに行った後、僕達もイ○ンに行ってみない?

イ○ンで母さん達と合流すればいいんだから。」


「ホント!?嬉しい!もう一度行きたいと思ってたの。」


と、言いながら、僕に抱き着いて来た。


と、その時タイミングを見計らったように、階段の下から母さんの声が響いた。


「ミウちゃん、智恵葉、お風呂に入りなさい。」


「は~い!お母さま。」


ミウは部屋の扉を開けながら答えた。そしてそのまま、


「じゃあタロウ、お風呂に行ってくるね。また後でね。チュッ…」


と、投げキッスをしたかと思うと、恥ずかしそうに部屋から出て行った。

そのまま下には降りず、智恵葉の部屋に呼びに行ったみたいだった。

すぐに2人の楽しそうな話し声が部屋の前を通り過ぎて行った。


ミウと妹が、階段を下りてお風呂に行ったと入れ違いに、イサッチが息を切らして僕の部屋に入って来た。


「ガチャ。」


「ハァ、ハァ、ハァ、…タ、タロウ様…ラ、ラウクン王子のて…手紙は…」


よほど慌てて来たのだろう、着ているネグリジェははだけ、胸元から下着が見えている。乾ききってない無造作に束ねられた髪の毛、荒い吐息、ほんのり紅く染まった肌…

な、なんだかエロい!


僕はイサッチから目を反らし、


「イ、イサーチェ…し、下着、下着が見えてるから…」


と、指をさした。するとイサッチは、すぐに「ハッ」と我に返り、


「し、失礼致しました、タロウ様!お見苦しい物を見せてしまい…」


と、後ろを向き服装を直した。


僕はイサッチの支度が出来たのを確認すると、鞄の中から、ラウクン王子の手紙を取り出し、イサッチに手渡した。


すると、イサッチの顔はさらに紅潮し、手紙を受け取るやいなや、その胸に抱き締めた。


「あ~、ほんのりラウクン王子の香りが…」


僕はそんなイサッチに、


「ラウクン王子が物凄く心配していたよ。黙って居なくなったからって…」


「ら、ラウクン王子がわたくしごときの心配を?も、勿体ない御言葉…」


イサッチは感動するも、ラウクン王子からの手紙を抱いたまま、読もうとはしなかった。


「イサーチェ、手紙は読まないの?」


僕の問いかけに、イサッチは少し表情を曇らせ、


「王子様からの手紙は、とても嬉しゅうございますが、も、もし黙って出て行った事に対してお叱りの手紙だと思うと、もしくは「もう帰って来なくてよい!お前の代わりはもう見つけておる!」とかの内容かと思うと、怖くて…」


そんなイサッチに、


「アハハ、考えすぎだよ。大丈夫、大丈夫。ラウクン王子がそんな事を言う人じゃないことはイサーチェが1番よくわかってるじゃない。でしょ?」


するとイサッチは、小さくうなずき、手紙に目を通した。


するとイサッチの目に、みるみる涙が溢れ出し、


「タ、タロウ様~!!王子がラウクン王子が、わたくしが帰って来るのを何十年でも待ってる。だって~!!!」


と、喜びのあまり、僕に飛び付いて来た。

僕とイサッチは、勢いのあまりベッドに倒れ込んだ。

倒れ込んだ後も、イサッチは僕の胸で、小さな女のコみたいに泣きじゃくった。

僕は、そんなイサッチの頭をナデナデしながら、


「ほらね、イサーチェ。ラウクン王子は怒ってなんかなかったでしょ。それにイサーチェが帰って来るのを1番に思っているんだよ。

まったく…僕の胸じゃなく、ラウクン王子の胸に飛び込んだらいいのに…」


と、その言葉を聞いたイサッチは、「ハッ」っと我に返り、跳び跳ねるように、ベッドから降りた。


「し、失礼致しました!タロウ様!わ、わたくしったら、一度ならず二度までもお見苦しい姿を…」


「アハハ、気にしてないよ。それよりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「はい、何で御座いましょう?」


僕は、スキヤキを食べていた時に話に出ていた「タクシーの運転手」の事を聞いた。


「ほ、ほら、さっきスキヤキを食べている時に、「今日タクシーに乗った。」って言ってたでしょ。

それで、そのタクシーの運転手がイケメンだとかなんとか、イサーチェの事を見てたとか。イサーチェはどう思ったの?」


するとイサッチは、ラウクン王子からの手紙を胸に抱き締めたまま、


「え?ああ、タクシーの話ですか?物凄く静かで快適で、ユーリセンチの馬車とは比べ物にならないぐらい素敵な乗り物でしたわ。」


「え?いや…タクシーの話じゃなくて…その運転手の話なんだけど…」


「ああ、運転手さん?そういえば、雰囲気はラウクン王子に少し似てたかしら。

それがどうかしまして?」


僕はイサッチの予想外のあっけらかんとした答えに戸惑いをみせ、


「え?あ、ああ…い、イサーチェは、その運転手の事を『いいな』って思ったりしないの?…た、例えば、す、好きになったりとか?」


するとイサッチは、少し驚いたように、


「え?わたくしがラウクン王子以外の人を?御座いませんわ!わたくしが初めてお城にお仕えした時に、ラウクン王子の可愛らしいお姿を見て、「あ~、わたくしは一生涯このお方にお仕えしよう。」と心に決めたのですから。」


「え?で、でも母さん達の話だと、いい感じだったとか…」


「そ、それはわたくしも女性ですから、殿方に見つめられれば、恥ずかしくもなります。特にラウクン王子に似ている人なら尚更で御座いますわ。」


僕は「ホッ」と胸を撫で下ろし、


「なんだ、イサーチェがタクシーの運転手を好きになったんじゃなかったのか。」


するとイサッチはさらに驚いた表情になり、


「だ、誰がそのような事を!?わたくしはラウクン王子一筋に御座います。」


「だからぁ、それをラウクン王子の前で言えばいいのに…」


「めめめめ滅相も御座いません!ラウクン王子にわたくしのような年増など…」


「また、年の事を気にする~。まあ、イサーチェの気持ちが変わってないのを聞いて安心したよ。それじゃラウクン王子の為に、一杯料理を習わなくちゃね。」


「はい!先程頂いた『すきやき』も作れるようになれるよう頑張りますわ!」


「うん、そうだね。頑張って。」


イサッチは、ラウクン王子の手紙を抱いたまま、ニコニコしながら僕の部屋から出て行った。


イサッチが部屋から居なくなると、僕は倒れ込むように、ベッドに座った。


「良かった~、イサッチに好きな人が出来たんじゃなくて…

まったく、母さんったらなにやってんだか…ちゃんと料理を教えているのかな?」


と、ふと、スキヤキを食べながら、母さんの言った事が頭に浮かんだ。

それはイサッチが、「『スキヤキ』を作ってラウクン王子に食べさせたい」と言った時の事だ。


「『スキヤキ』自体は焼いて煮込むだけだから簡単なんだけどね。『割下』を作る材料が、伊佐江さんの国にあるかしら?特に『お醤油』はこの国独特の物だからね~。」


僕はユーリセンチを思い出していた。


「確かにユーリセンチには『醤油』みたいなのは無かったな。醤油って確か『大豆』から出来てたっけ?簡単に作る事って出来ないかな?


僕はおもむろにパソコンを立ち上げた。『醤油』の作り方を調べる為だ。


インターネットで調べてみると、


「ん?なんだか作れそうだぞ。大豆さえあれば、あとはユーリセンチにあるよな、『麹』は『ドラゴンフルーツ』でなんとかなるかも。

ついでに『味噌』の作り方も調べてみた。材料はほとんど同じで、どちらも時間がかなり掛かるということだった。


しかし、時間に至っては10年間というかなりの時間がある。

とりあえず僕は『醤油』と『味噌』の作り方を紙に書き出した。コピーをしてもよかったが、ユーリセンチに入ると字が消えそうなので、1番原始的な手書きにしたのだ。


「明後日行くときに、大豆を買って持って行ってみよう。ユーリセンチに大豆と同じものがあれば、変化せずそのままの状態のはずだ。

もし無くても何か代わりになるものに変化するはずだから。」


僕は『1万円』がユーリセンチの通貨に変化したときの事を思い出していた。


ミウがお風呂から上がって、再び僕の部屋を訪れた時、その事を話した。


「明後日、ユーリセンチに行った時、ミウが友達やチェスハと会っている間、僕はイブレドさんや、ファンさんに会って、『醤油』と『味噌』の作り方を教えてくるね。」


ミウは、僕が『醤油』と『味噌』の作り方を知ってる事に驚き、


「す、凄い凄い!タロウって何でも知ってるのね。大好き!」


と、尊敬の眼差しで僕を見つめ、抱き付いてきた。シャンプーの匂いだろうか、いい匂いが体を包み込んだ。僕はミウの腕の中で、


「インターネットの事は、もう少し内緒にしておこう。」


と、もう少しだけ優越感に浸ろうと思ってしまった。


そんなよこしまな考えにバチが当たったのだろうか、僕がさらに頭を悩ませる事になるとはその時は思ってもいなかった。


そして、何事もなく2回夜が明け、僕とミウは『ユーリセンチ』に、母さんとイサッチは『デパート』に、そして関係ないが、妹の智恵葉は友達と『映画』を見に行く日がやって来たのだった。


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