番外編5〔ジャムパン、食パン、恋の予感〕
番外編5〔ジャムパン、食パン、恋の予感〕
一通り、目的の買い物を済ませた3人は、食料売り場に行った。
「す、凄い…これが全部食べ物なのですか?」
イサッチは体ごとぐるりと一周回り、驚きを見せた。するとミウがパンを置いてあるコーナーを見つけ、
「見てください、お姉さま。パンだけでこんなに種類が…それに1つ1つ、袋に入っていますわ。」
「あら、本当。それにどれも美味しそう。」
ミウとイサッチがパンの前で話をしていると、カートを押した母さんがやって来た。
「あら、どうしたの2人供、気に入ったパンがあった?」
母さんの問い掛けに、イサッチが、
「あ、いや、あまりにもたくさんあるので、凄いなってミウと話をしていたのです。」
すると母さんはニッコリと笑い、
「気に入ったのがあれば、明日の朝食用に買いましょ。」
「え!?いいんですか?お母さま。」
ミウが嬉しそうに尋ねると、
「ええ、もちろんいいわよ。太郎や智恵葉のも買わなくちゃいけないからね。」
「ありがとうございます。お母さま。
お姉さまは何になさいます?」
「う~ん、何と言われても、これだけあると…ん?」
イサッチはパンの前をウロウロしながら考えていると、あるパンの前でピタリと足が止まった。
「あの…セラさん?この「ジャムパン」というのは、あのジャムパンのことでございますか?」
「え?ああ、そうよ。今朝食べたのは、パンに塗って食べたけど、そのパンはパンの中にイチゴジャムが入っているの。」
母さんの説明を聞いたイサッチは、
「じゃあ、
と、ジャムパンを手に取った。
「ミウちゃんは、どのパンにする?」
母さんの問いかけに、少し考えて、
「あの、お母さま。タロウはどのパンが好きなのですか?」
「太郎?あの子はね、『ツナマヨサンド』かな。まあ、パンが好きというより、『ツナ』が好きなんだけどね。」
「つな?」
ミウが不思議そうに聞いて来ると、
「『ツナ』っていうのはね魚の事なのよ。」
するとミウは、ビックリして、
「え?!お魚をパンに挟んで食べるんですか?」
「ええ、まあ、そういうことになるのかしらね。でもね、ミウちゃん。この『ツナ』って、パンにだけじゃなく、なんにでも合うのよ。
缶詰めも買って帰ろうかしら。
あ、あと太郎は、こういった『お惣菜パン』も好きよ。」
そういうと、母さんは『焼きそばパン』と『ウインナードッグ』を手に取った。
さらにミウはビックリして、
「おかずがパンに挟んである!」
「ふふふ、いいでしょこれ、おかずとパンが一緒に食べられるのよ。」
そのやり取りを聞いていたイサッチは控えめな口調で、
「あ、あのセラさん?
「もちろんいいわよ、何か気になったのがあったかしら。」
するとイサッチは、母さんが手に持っていた『焼きそばパン』を指さしながら、
「あ、あの…その『焼きそばパン』というのが、とても美味しそうに見えて…」
「あら、これが気に入ったの。じゃあ2つかいましょ。ミウちゃんも選んでいいわよ。」
「じ、じゃあ、私はタロウと同じパンを…」
ミウは恥ずかしそうに答えた。
「う~ん、と、太郎はミウちゃんが持ってる『ツナサンド』と、この『タマゴサンド』にしようかな。」
「じ、じゃあ、私もその『タマゴサンド』を。」
するとイサッチが、
「智恵葉さまはどのパンが好きなのですか?」
「智恵葉はね、もっぱら食パン派なの。食パンにいろんな物をつけて食べるのが好きみたい。
例えば、この『ピーナッツクリーム』とか『チョコレート』とか、『バター』に砂糖をかけて焼いたりしてるのよ。あ、そうそう、チーズを乗せて焼くこともあるわ。」
すると、その話を聞いていたイサッチが、
「あ、あ、あの…大変言いにくいのですが、
「アハハハ、そんなにかしこまらなくてもいいから、もう、家族みたいなものなんだから。」
するとミウが、
「でもお姉さま、そんなにたくさん食べれるのですか?」
すると母さんが、ミウの肩をポンッと叩くと。
「大丈夫よ、ミウちゃん。『食パン』も『ジャムパン』も何日も日持ちちするのよ。
袋に数字が書いてあるでしょ。その日までは美味しく食べられます。って事なの。
例えば、その『ジャムパン』だと、『賞味期限』が25日って書いてあるでしょ。今日は20日だから、あと5日は大丈夫ってわけ。」
するとミウとイサッチはビックリして、
「そんなに長く食べられるのですか?」
「タンシェのパンは2日もすればカビが生えてくるから、すぐに食べないといけなかったのに…」
「私もよくは知らないんだけど、1つ1つ、袋に入っているからじゃないかしら?」
するとイサッチは、ポンッと手のひらを叩き、
「きっとそうですわ!セラさん。ユーリセンチに帰ったらタンシェに教えてあげないと。」
「フフフ、さて、それじゃ『パン』はこれぐらいにして、夕飯の材料を買いに行きましょ。」
「お母さま、今日のおかずは何にします?」
すると母さんはニッコリと笑い。
「ウフフフ、今日はね、太郎も智恵葉も、たぶんこの国の人ほとんどが好きなおかずよ。」
イサッチはその言葉を聞いただけで喉が鳴った。
「そ、そんな凄いおかずが?…」
「ええ、『スキヤキ』って言うの。み~んな大好き。だから『スキヤキ』。」
母さんは自信満々に2人に言った。するとミウが、
「どんなお料理か想像出来ないけど、物凄く美味しそう。」
イサッチも、
「そ、そうですわね。は、早く買い物を済ませて帰りたくなりましたわ。」
すると母さんも、
「私も想像したら、早く帰りたくなったわ。買い物を済ませて早く帰りましょ。」
それから3人は、お肉コーナー、野菜コーナーを回り、スキヤキの材料を買って行った。
もちろん、ミウが楽しみにしていた『コーラ』も買った。
そして、その間も、イサッチの口が閉じる事はなかった。
それから3人は、今日の買い物をすべて終え、全員両手一杯に袋を抱えながら、デパートを後にした。
「セ、セラさん…結構重いですわ…」
「そ、そうね。少し買いすぎちゃったかしら、2人が一緒だと、楽しくてつい…」
さすがの母さんも、疲れが見えてきていた。
「ミウちゃんは、大丈夫?」
母さんの問い掛けに、ミウは、
「ハイ、大丈夫ですわ。お母さま。でも、ちょっと足が重い…かな?」
「そうね。今日は荷物が多いから、『タクシー』で帰りましょ。」
「たくしー?」
「たくしい?」
ミウとイサッチが首をかしげていると、母さんは、乗ってきたバスが止まった場所とは、正反対の方向に歩き始めた。
するとイサッチが、
「セラさん?あの大きな馬車には乗らないのですか?」
すると母さんは、クルッとイサッチの方を向き、
「帰りは小さな馬車に乗るのよ。荷物も運んでくれるし、なにより家のすぐ近くまで運んでくれるから楽チンなの。」
「へ~、本当の馬車みたい。」
と、ミウが変な感心をした。
「馬は居ないんだけどね。フフフ。」
と、母さんも負けじとツッコミを入れた。
そして3人がタクシー乗り場に行くと、1台のタクシーが目の前に現れ、
「ガチャ。」
と、いきなり後ろのドアが開いた。
「ひっ!?…」
それに驚いたイサッチが、2、3歩よろけるように後退りをした。
「おっと。」
母さんが、よろけたイサッチを掴み、
「大丈夫?伊佐江さん?」
「あ、ありがとうございます。セラさん。ビックリしちゃって…」
するとそこにタクシーから降りて来た運転手が、
「大丈夫ですか?お客様。すいません、いきなりドアを開けてしまって。お怪我はありませんでしたか?」
するとイサッチは、
「は、はい…大丈夫…ですわ…」
と、しどろもどろになりながら、その男性を見つめながら答えた。
するとその男性は、
「よかった。」
と、ひと言だけ答え、ニコリと笑うと、トランクを開け3人の荷物を次々とトランクの中に積んでいった。
そしてトランクを閉め終わると、
「さあ、どうぞ。お乗り下さい。」
と、今度は助手席のドアも開けてくれた。
「じゃあ、私が前に乗るから、伊佐江さんとミウちゃんは後ろに乗ってね。」
母さんの指示通りに、ミウとイサッチが後ろの席に座ると、
「お客様、ドアが閉まりますので手を挟まないようにしてください。」
と、振り返りながら、開いているドア側に座ったイサッチを見ながら言った。
「は、はひ…」
イサッチは何の事だかわからなかったが、両手を合わせ、胸の前でギュッと握りしめた。
それを見た運転手は、後ろのドアを静かに閉めた。
「ガチャ…」
「ひ!ひぃ~!ま、また勝手に動いた~…」
イサッチは、思わず隣に居たミウに抱きついた。
その声を聞いた運転手は、
「す、すいません!ビックリさせてしまって…」
すると、助手席に座っていた母さんが、
「フフフ、いいのよ運転手さん。この人、ちょっと臆病な所があって。
伊佐江さん、大丈夫?」
すると3人の目線を感じたイサッチは、顔を赤くしながも、
「え、ええ。大丈夫で御座いますわ。少々驚いただけですから。」
と、平静を装うと、続けざまにどや顔で、
「これも妖精さんのお仕事ですものね。頑張って下さい。妖精さん。」
それを聞いた運転手は、
「妖精さん?」
と、小声で呟いた。
それを聞いたイサッチは、
「あら?知らないのでありますか?」
と、今日、母さんに聞いたばかりの話を運転手にした。
すると、運転手は、
「妖精ですか。素敵ですね。きっとお客様も優しい方なのでしょうね。」
と、イサッチを見つめながら、ニッコリと笑った。
イサッチは、その優しそうな笑顔を見ると、少し照れながら、
「い、いえ…そ、そんなことはありませんわ…」
と、うつむきながら言った。
運転手は前を向くと、帽子のつばを持ち、真っ直ぐに被り直した。そして、
「どこまで参りましょう。」
と、助手席にいた母さんに聞いた。
「○○の○○までお願いしますね。」
「かしこまりました。」
運転手は丁寧に受け答えをすると、タクシーを静かに走らせ始めた。
少し走ると、そのあまりの静かさに思わずイサッチが、
「セラさん、先程の『ばす』も快適でしたが、この『たくしー』というのは比べものにならないぐらい快適ですわ。」
するとミウも、
「本当に静かですわ、お姉さま。まるで走っていないみたい、道の上を滑っているようですわ。」
その会話を聞いた運転手は、
「ありがとうございます。この辺りの道路はキチンと整備されていて、信号もあまり無いので走りやすいんですよ。」
と、前を向いたまま話した。すると母さんが、
「へ~、そうなんですか。いつもは『バス』を使っているからわからなかったわ。」
「タクシーは初めてなんですか?」
運転手が問い掛けると、
「ええ、今日は『お友達』と、息子の『お嫁さん』が一緒だから、ついつい買い物をしすぎちゃってね。重たいからタクシーを使っちゃった。」
「そうだったんですか。僕はてっきり三姉妹だと思ってました。あまりにも仲が良く見えたもので。って!息子!?」
運転手はビックリして、母さんを見ると、すぐに前を向き直した。
「す、すいません。取り乱しました。
みなさんお若いから、てっきり全員独身かと…」
すると母さんは、頬に手をやり、
「あらやだ、嬉しい。お上手ね。あなただって若いじゃない。いくつなの?」
「25になります。」
それを聞いたイサッチは心の中で、
「ラウクン王子と同じくらいの年なんだ…」
そして母さんは、
「ねえ、運転手さん。運転手さんは彼女いるの?」
すると運転手は、いきなりの質問に焦ったように、
「え?え?な、何でですか?」
「ねえ、いるの??」
運転手は焦りながも、キリッと背筋を伸ばし、
「い、いえ、まだませんが…。」
「それじゃ、例えば、一回り近く年上の女性って、恋愛対象になるのかしら?」
すると運転手は、また焦りながら、
「え?は?な、何の事ですか?」
「例えばよ、例えば。」
するとまた平静を装いつつ、キリッと前を向き、
「そうですね、好きになった人であれば、年は関係ないと思います。少なくとも、僕は気にしません。」
と、言い終わると同時に、バックミラーで、チラッとイサッチを見た。
と、運転手は、その行動をごまかすように、
「そろそろ到着します。」
「あら?もう?早いのね。」
と、母さんが驚いていると、
「平日のこの時間は、車も少ないからスムーズに走れるんです。
バス代よりは高くつきますが、家のすぐ近くまで行きますから、荷物を持って歩く事を考えると、タクシーの方がお得ですよ。時間も有効に使えますからね。
もちろん、重い荷物は僕が家まで運ばせて頂きます。」
「あら、優しいのね。今度から買い物はタクシーにしようかしら。」
「はい、是非ともよろしくお願いします。」
そしてタクシーは、家のすぐ近くにある少し広い場所に停まると、
イサッチの方を向き、
「ドアが開きます。お気をつけてお降り下さい。」
と、声をかけた。と同時に「カチャ」今度は静かにドアが開いた。
イサッチは運転手に軽く頭を下げると、
「ありがとうございました。楽しかったですわ。」
と、運転手に言ってタクシーを降りた。続いてミウも、
「とても快適でした。ありがとうございました。」
と、同じように声をかけ、タクシーを降りた。
そして母さんが、料金を払いタクシーを降りると、急いで運転手も降りてきて、トランクに積んであった荷物を軽々と全部持ち、
「荷物はどこに置きましょう。」
と、母さんに尋ねた。
「ちょっと待ってね、すぐに玄関を開けるから。
玄関を入った所に置いてもらえると助かるわ。」
と、言いながら鞄からカギを出し、カギを開けると玄関のドアを大きく開いた。
そして運転手は、荷物を玄関の奥に置くと、すぐに外に出て、玄関前に立っていた3人の前に立つと帽子を取り、
「本日はご乗車頂き、ありがとうございました。またご利用下さい。」
と、深々と頭を下げながら言った。
そして、頭を上げると、クルッと体を回転させ、停めてあるタクシーに向かって走って行った。
すると母さんが、大きな声で、
「またね!運転手さん!」
と、叫んだ。それに気付いた運転手は、「ピタッ」っと足を止め、こちらを向くと、再度深々と頭を下げた。
それにつられて、イサッチとミウも、深々と頭を下げた。
その光景を見た運転手は、軽く手を振ると、また体を回転させ、タクシーに向かって走って行った。
運転手が乗り込むと、タクシーは静かに走り出し、すぐにその姿は見えなくなった。
そして、タクシーを見送る3人の中に、途中で振り返り、手を降ってくれた運転手に答えるかのように、小さく手を振るイサッチの姿があった。
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