番外編2|〔ΦЯヵ、οΦΦξ″〕《タロウ、再び》

〔「ただの太郎」でも、この世界を救えますか?〕



番外編2〔ΦЯヵ、οΦΦξ″〕タロウ、再び



薄暗いトンネルの中、前方に見える光に向かって歩いた。

そして初めて来た時と同じように、眩しい光が全身を包んだかと思うと、僕は再び岩山の洞窟の前に立っていた。


「ハハハ…また来ちゃったよ…

一昨日、感動のお別れをしたばかりなんだけどな。まあ、こっちの世界は半年近く経ってるんだよな、たぶん…」


と、洞窟の入り口に、帰る時には無かった『立て看板』が立っているのに気が付いた。


「なんだろう?こんな看板は無かったよな?」



『Ω″кΠΨιЁヵΞφ「ΦЯヵ」ΙΙζΑЬΦΨ。』



その看板を見た僕は、


「あ!しまった!このままだと、文字も読めないどころか、話も出来ないじゃないか……

とりあえず、この世界の食べ物を食べればいいんだよな。水でもいいのか?

仕方ない…、湖の水でも飲んでみるか。」


僕は、岩山を下りると街へと続く道に出た。

初めて来た時ほどではないにしろ、帰る時より体が少し軽く感じた。


「よし、これなら少しはなんとかなるかも。」


僕が湖に向かって走ろうとした瞬間、まるで僕を迎えに来たかのように、正面から1台の馬車が現れた。


僕は一瞬、


「ロコナのおじいさん?」


と思ったが、馬車が近づくにつれ、それは間違いだと気が付いた。


乗っている男性は、おじいさんというより、青年だったのだ。


しかし馬車は、当たり前のように僕の隣に止まると、


「Дヱ、ΖχΕ”『ЁヵΖД』「ΦЯヵ」?」


「や、ヤバい…どうしよう…」


急に話しかけられ、手をバタつかせながら、あたふたしていると、その青年は何かに気付いたように、後ろの荷台から『リンゴ』を取り出し、僕に渡してくれた。


「φЫ、Φπ”εЗ。」


彼が、何を言っているのかわからなかったが、なんとなく「食べろ」といっている事はわかった。


僕は、彼にお辞儀をすると、リンゴをひと口かじった。


「う~ん、甘くて美味しい~。」


すると、その青年は、


「よかった。君が『伝説の勇者』「タロウ」なのか?」


「え?え??」


僕は、彼の言葉が聞き取れたのと、『伝説の勇者』という単語が出てきことに2回驚いた。


それに『伝説の勇者』は「オリアン」ということにしているので、


「い、いや、『伝説の勇者』じゃないけど、「タロウ」は僕です。」


と、だけ答えた。するとその青年は、


「やっぱり、君が「タロウ」か。僕の名前は「ミプレオ」、ロコナじいさんの孫なんだ。」


僕はビックリして、


「え!?ロコナおじいさんの孫!?」


そういわれて見ると、優しそうな目元がロコナのおじいさんになんとなく似てる。

短髪にガッシリした体型、まるで武○壮みたいだ。

するとミプレオは、ここまでのいきさつを話し始めた。



「ロコナじいさんは、前に起こった、『国民解放聖戦』を期に、この仕事を父さんに譲ったんだ。「わしの役目は終わった」ってな。

僕達の家系は、『伝説の勇者』を手助けする事が受け継がれているんだよ。


でも、今のユーリセンチには『勇者』が現れる必要もないし、国も栄えて仕事も増えた。人手も足らなくなって、父さんも働きに出てるんだ。その父さんが言ってたよ。


「『勇者』が現れるのは、国が危機におちいった時だ。あと1000年は現れないな。ハハハ、」


ってね。

でも、今朝、ロコナじいさんが、


「ミプレオ、「タロウ」が来るかもしれん、迎えに行って差し上げるのじゃ。」


って言ってね。「まさか」と思いながら来てみたら、君が居たからビックリしたよ。」


「そうだったんですか、ロコナのおじいさんは、元気なんですか?」


「ハハハ、元気も元気。「オサケ」を飲む度に『聖戦』の話が止まらないんだ。

「オリアン」や「黒龍」「猿姫」、中でも「タロウ」、君の話が1番長い…

もう、何度も君の武勇伝を聞かされたよ。」


「す、すいません…イメージと違ってガッカリしたでしょ…」


「『聖戦』の頃、僕は他の国を旅していたから、噂だけは聞いていたんだ。「黒い悪魔」とか、「巨大な大男」とか 「黒龍以上の化け物」とかね。

「スライン将軍率いる3万の大軍を、たった1人で蹴散らした」って聞いた時は、どんな怪物が現れたのかって、信じられなかったぐらいだよ。


その姿を一目見ようと、ユーリセンチに帰って来たんだけど、もう「タロウ」は自分の国に帰った後だった。

もう会えないと思っていたから、こうして会えて嬉しいよ。

もし会えたら、お礼が言いたかったんだ。

ユーリセンチを救ってくれてありがとう。っね。」


「そんな、僕の力じゃないですよ。この国のみんなが頑張ってくれたからですよ。特にロコナのおじいさんには、本当にお世話になりました。「ありがとうございました。」って伝えておいて下さい。」


「OK!わかった。ロコナじいさんに言っておくよ。

ところで、タロウが来たということは、またユーリセンチに危機が迫っているのか?」


「いやいやいや、今日はちょっとラウクン王子に手紙を渡しに来ただけで、すぐに帰ります。」


「なんだ、すぐに帰るのか。もっと話を聞きたかったんだけどな。」


「すみません…帰って行かないといけない所があるから…」


「なんだ、それならそうと早く言え。またどこかの国を救いに行くんだろ?

じゃあ、こんな所で立ち話してる場合じゃないな、ラウクン王子に会いに来たのなら、城に行けばいいんだな?ほらほら早く乗った乗った。」


僕はミプレオに急かされるように馬車に乗り込んだ。


「しっかりつかまっていろよ。ぶっ飛ばすからな。」


「ん?なんか、このセリフ…どこかで聞いた事あるような…、うわぁ~!!!」


僕が少し考え事をしてると、物凄い勢いで馬車が走り始めた。


初めて来た時と同じ道を走り、城に向かった。


この道は、以前あった『橋』の反対側という事や『毒水』とされていた、湖のほとりを通るという事から、ほとんど人が通らなかったのだが、湖の水がキレイになった今、湖のほとりには所々に建物が建っていて、人も集まるようになっていた。


そんな湖のほとりを走り抜け、馬車は街へと入った。


街に入ると、馬車はスピードを緩め、ゆっくりと歩を進めた。


僕があまり目立たないようにと、ミプレオに頼んだからだ。


僕が居なくなって半年、街はさらに大きく、賑やかになっていた。


途中、『タンシェのパン屋』の前を通ったが、相変わらずの盛況ぶりで、店の外にも行列が出来ていた。『ジャム』の人気はいまだに衰えてないみたいだ。


街を抜け、お城に着くと、馬車を城の裏に止めて貰った。


今のままの格好では目立つので、ミプレオに荷台にあった、大きな布を貰い、マントのように羽織り、体をスッポリ包み込み込んだ。


そして馬車を降りると、ミプレオに別れを告げた。


「ありがとうございました。ミプレオさん、助かりました。」


するとミプレオは、


「お礼なんていい。僕は言い伝えを守っただけだよ。それに本当に君に会えて嬉しかったからね。」


「はい、僕もミプレオさんに会えて良かったです。ロコナのおじいさんに『オサケ』を飲み過ぎないようにと、伝えておいて下さい。」


「ああ、わかった。それじゃ元気でな。」


「はい、ミプレオさんもお体に気を付けて。」


僕が頭を下げると、ミプレオは馬車をゆっくり走らせ、手を振りながら去って行った。



「さてと、ここからどうするかな?一応ラウクン王子の友達だから、堂々と正面から入ってもいいんだろうけど、半年も経てば、僕の顔を知らない人も増えてるよなきっと…」


僕は城の裏門に向かい、草むらから顔を覗かせ、門番の顔を見た。


「あ~、やっぱり人が替わってる、見たことない人達だ。」


僕が、ガッカリしながら見ていると、その門番達が、いきなり「シャキ!」っと姿勢をただし、1人の衛兵に向かって敬礼をした。


「ん?誰か来たのかな?」


僕がその方向を見て見ると、アクビをしながら歩いて来る立派な鎧を身に纏った衛兵が居た。


僕は、その衛兵の顔を見ると、


「あれ?あれって、もしかして「セオシル」?


僕は、その衛兵「セオシル」をよく知っていた。

あの戦いが終わり、城に来ることが多かった僕は、よくこの裏門を利用していた。

その時、この裏門の門番をしていた1人が、この「セオシル」だったのだ。

何度も顔を会わすうち、喋るようになり、友達になっていた。



僕は、セオシルが1人になるのを見計らって、草場の陰から名前を呼んだ。


「セオシル…セオシル…」


セオシルは、微かに聞こえる、自分を呼ぶ声に気が付いたのか、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

そして、ちょうど僕の方を向いた時に、手を上げ手招きをした。


「セオシル、セオシル、こっち、こっち。」


「誰だ!そこに誰か居るのか!?」


セオシルは、腰に付けていた剣を抜きながら、近付いて来た。


僕は、スッポリ被っていた布から顔を出すと、両手を上げながら、ゆっくりと草むらから出た。


「セオシル、僕だよ。タロウだよ。」


セオシルは、一瞬ビックリして、立ち止まったが、すぐに、


「え!?タロウか?本当にタロウなのか?!」


「うん、久しぶりだね、セオシル。」


セオシルは抜いていた剣を鞘に収めると、走って抱き付いて来た。


「久しぶりだな!タロウ!元気だったか?お前が帰った日は、王子に付いていたから、見送りに行けなかったんだ。いきなり帰るんだもんな、ビックリしたよ。」


「ゴメン、ゴメン。僕の方こそ急に帰って、王子に挨拶も出来なかったから、心残りだったんだ。

それにしても、立派な鎧だね。もしかして出世した?」


「アハハハ、出世なんてもんじゃないぞ。今、俺はラウクン王子の『側近』だからな。」


セオシルは胸を張りながら言い放った。


「え!?側近!?」


「ああ、どうだ!凄いだろう。」


『側近』と言えば、王子の右腕とも呼べる存在、頭が良いだけではなく、強さも必要だ。

セオシルは、たしかに頭が良かった。しかし『側近』になれるほど強かったかというと、それほどでもなかったはずだ。

僕は疑問に思い、セオシルに聞いてみた。


「でもセオシル、よく側近に指名されたね。」


「何を言ってる、俺が側近になれたのは、全部タロウのおかげなんだよ。」


「へ?僕??何かしたっけ?王子にも何も言ってないけど…」


「ほら、お前が言ってたじゃないか?『重心』やら『バランス』だっけ?」


「『重心』?『バランス』?」


「ホラホラ、お前が俺にイタズラしてた『アレ』だよ。」


「『アレ』? あ~、『膝カックン』の事?」


僕は、セオシルが門番をしている頃、よくイタズラをしていた。

「ピシッ」と背筋を伸ばし、立っているセオシルの後ろに隠れながら近付き、長い棒で膝裏を「チョン」と押すのである。


するとセオシルは、「カクッ」となり、力なくその場に座り込むということを、幾度となくくり返していた。やられる度に、足に力を入れ、姿勢を正すセオシルだったが、必ず「カクッ」っと、しゃがみ込んでいた。

あるときは、セオシルをイスに座らせ、僕が人差し指で『おでこ』を押さえると、イスから立ち上がれない。といったマジックまがいの遊びもしていたのだ。


ユーリセンチの衛兵における『強さ』の基準は、ズバリ『力』だった。

前の国王の側近だった『シクサード』がいい例だ。

大きな剣を、力で操り全てをなぎ倒す。そういった強さが主流だったのだ。


かつて『ジプレトデン王国』の『スライン将軍』も、その『剛』強さで知られていたが、初代猿姫を妻にしたことから、『柔』の強さも加わり、『死神』の称号も与えられたのだ。


僕は、セオシルに『人の体の重心』について話をしたことがあった。

まあ、全てマンガで見たままの受け売りだったのだが。


人の体には重心があり、その重心をずらせば、簡単に転ぶという事や、力が無くても重心はずらせる事。

興味を持ったセオシルは、もっと知りたいと聞いて来たので、


人の関節は曲がらない方向がある事、相手の力を利用し相手を倒す。

『合気道』や『カウンター』だ。


戦う相手が、ばか正直に力任せに突っ込んで来れば来るほど、これらは有効になるはずだ。


もともと頭の良かったセオシルは、これらを自分なりに解釈をし、トレーニングをしたところ、いつの間にか衛兵の中で1番の強さを誇るようになっていたのだ。



「それにしても凄いね、もしかして『オリアン』や『チェスハ』とも戦った事があるの?」


「もちろんあるよ。初代猿姫の『エミナー』が月に1度ユーリセンチに来るようになってから、毎月ちょっとした大会が行われるようになったんだ。


その時、城の代表としてオリアンと戦ったんだけど、まだあのスピードにはついて行けなかったよ、捕まえてしまえば、勝つ自信はあったんだけどな。」


「あのオリアン互角って事?無茶苦茶凄いじゃん。」


「互角じゃないだろうな、オリアンの本気はあんなもんじゃない…


ところでタロウ、今日は何をしにここに来たんだ?俺に会いに来たんじゃないだろ?」


「そうそう、本題を忘れてた。実は『イサーチェ』の事で、王子に話があったんだよ。」


「え!?お前、イサーチェの居所を知ってるのか?イサーチェが急に居なくなって、王子が探しまくっているんだよ。」


「実は、イサーチェは今、僕の家に居るんだ。どうやらミウの後を追って来たらしくて…」


セオシルは、僕の言葉に驚きながら、


「ミウの後を?でも、あの洞窟は、誰も通れなかったんだぞ。」


「たぶん、僕が思うに、ユーリセンチの未来にイサーチェが関係してるんだと思う。まだ理由は言えないけど。

イサーチェは、僕の家で元気に暮らしている。ただ、すぐにユーリセンチに帰る事が出来ないんだ。その事を王子に伝えに来たってわけさ。」


「なんだ、イサーチェの事を知らせに来たんなら、正面から来ればいいのに。『タロウ』を知らないヤツなんて、この国には居ないぞ。」


「いや…なんか知らない人も増えてるし…それに王子にイサーチェの事を伝えたら、すぐに帰らないといけないんだ。だから、なるべくコッソリと王子に会いたいんだけどな…」


「なんだ、そうなのか。それならそうと早く言え。俺に任せろ、なんたって俺は王子の側近だからな。ついでに王子をビックリさせてやろうぜ。

最近、面白い事が無かったから暇だったんだよ。」


「『ビックリ』って?一体何をするつもりなんだい?」


「フフフ、サプライズってヤツさ、まあ、俺に任せておけ。

ほら、早くその布を頭に被れ。」


僕はここに来た時のように、布を頭から被り、誰だかわからないようにした。

そして、セオシルは縄で僕の体を縛った。


「タロウ、痛くないか?」


「うん、大丈夫。で、これからどうするの?」


「フフフ、お前をこのまま、王子の前に突き出す。イサーチェ誘拐犯としてな。」


「うわ~、悪趣味~。そんな事して、側近を解雇されても知らないよ。」


「へっ、その時は、その時さ。」


そして僕は、セオシルに連れられ、城の中に入って行った。


城の中に入るやいなや、若い衛兵達が近付いて来た。


「セオシル様、どうしました。こいつは何者ですか?」


するとセオシルは、軽く微笑みながら、


「城の庭をうろついていたのでな、怪しいと思い、取っ捕まえてやった。」


「さすがセオシル様。歩いているだけで、不審者を捕まえるとは、大したものです。

後は、われわれに任せて下さい。」


そう言うと、若い衛兵の1人が僕に近付いて来た。と、その時!


「バカヤロウ!うかつに近づくんじゃねぇ!」


セオシルが、若い衛兵を一喝した。そして続けざまに、


「今は、こうして俺が縄を持ってるからいいけどな、こいつを取り押さえるのは、俺でも一苦労したんだぜ。

お前らが、束になっても勝てっこねえ!

こいつは俺が直接ラウクン王子の所に連れて行く。

お前らは、持ち場に戻って警戒を怠るな。こいつの仲間が居るかもしれないからな。

わかったら、さっさと行け!」


「は!了解しました。」


若い衛兵達は、一礼すると四方八方に散らばり、持ち場に戻った。


2人きりになると、僕は顔を上げ、セオシルを見た、


「へ~、凄いなセオシル。本当に偉くなったんだ。」


僕は、縛られたまま、からかうようにセオシルに呟いた。


「へへへ、まあな。でも、俺が強くなったんじゃない…他の連中が弱いだけだ。

これだけ国が大きくなると、媚びを売ってくる国はあるが、攻めてくる国なんか1つも無い。

かりに攻めて来たとしても、ジプレトデンの『スライン将軍』が飛んでくる。こちらには『オリアン』『猿姫』さらには『黒龍』までいるからな。俺達は、ハッキリいって飾りみたいな物だ。」


少し落ち込んだように話すセオシルに、


「いいじゃない、飾りでも。ラウクン王子にはセオシルが必要だったんだと思うよ。

オリアンや猿姫より、セオシルに側に居て欲しいから、『側近』に選んだんじゃないかな?」


「え…そうなのか?」


「そうだよ、もともと『武』のスライン将軍、『頭脳』のラウクン王子、でしょ。

2人が手を取り合ったからこそ、これだけ国が大きくなったんだから、『頭脳』の側近は強さより賢さだよ。それにラウクン王子の悩みや相談に乗ることが出来ないとダメだからね。

僕はセオシルがピッタリだと思うな。」


「ハハハ、本当にお前は、人をおだてるのが上手いな。

そうだな、俺にしか出来ないよな。俺が立派にラウクン王子を支えてやるよ。

よし!それじゃあ、その王子をビックリさせに行くか。」


「そうだね、ラウクン王子も早くイサーチェの事知りたいだろうからね。」


そして僕達は城の中を進み、ラウクン王子の部屋の前まで来た。


ここに来るまでの間、何回も警備の衛兵に止められそうになったが、セオシルの姿を見ると、すぐに道を空け、簡単に通してくれた。




「コンコン…」


「セオシルです。王子、今、よろしいでしょうか?」


「お~、セオシルか、いいぞ。入れ。」


「ガチャ…」


「失礼します、王子。先程、城の庭にて怪しいヤツを捕まえました。いかが致しましょう?」


「何!?怪しいヤツ?そいつは今、どこに居る?」


「はい、縛り上げてここに連れて来ております。

どうやら、イサーチェさんの失踪に関係があるものと…」


「何だと!イサーチェだと?!!よし!ここに連れて来い!私が直々に尋問してやる!!」


「ハ!かしこまりました!

ほら!こっちに来い!」


セオシルは持っていた縄を引っ張り、僕をラウクン王子の前まで連れて来るとひざまづかせた。



「ほう…貴様がイサーチェの居場所を知っているのか、顔を見せて見ろ!!」


ラウクン王子は、頭からスッポリと被っていた僕の布を、物凄い形相でひっぺがした。


「おら!!イサー…チェ……は?……あれ?……」


「こ、こんにちは、ラウクン王子…」


「タ、タロウ?!……」


「お、久しぶりです、ラウクン王子。この間は申し訳ありませんでした。急に帰る事になって、お別れもまともに出来なくて…」


まったく訳がわからず、パニックになった王子は、セオシルに


「セオシル…こ、これは一体…どういう……」


するとセオシルは、シャキッと背筋を伸ばし、


「ハ!申し訳ありません!!イサーチェさんが居なくなって以降、王子の元気が無かったので、タロウが城に戻って来たのを利用し、王子をビックリさせようと、2人で共謀致しました!」


すると王子は、ボ~ゼンとした表情で、2~3歩下がると、イスの上に、「ドスン」と腰を降ろした。


「ご、ごめんなさい。ラウクン王子。でも、セオシルは落ち込んでる王子を、少しでも元気付けたくて…けして悪気があった訳じゃ無いんですよ。」


すると王子は、一瞬僕を睨み付けると、


「プッ!ウワッハッハッハッハッハッハハハハハ…!!!」


ラウクン王子は、お腹を抱えて笑いだした。そして、


「アッハハハハ…これは1本取られたな。

ハハハ、あ~、久しぶりに大声で笑ったよ。どうやら私は間違っていなかったようだ。セオシルを『側近』にして正解だったようだな。

国を納める者として、1番身近なお前までにも心配をかけてしまった。

守るべきは国民全て!落ち込んでる場合じゃないな。目が覚めたよ、礼を言う。セオシル。」


それを聞いたセオシルは、姿勢を正したまま、


「いえ!自分の方こそ、王子に悪ふざけのような事を行い、大変申し訳ありませんでした!!

罰は受けます。何なりとお申し付け下さい!!」


すると、王子は「ニヤリ」と笑い、


「ほう…いい心掛けだ。それでは申し付ける。仮にも王子であるこの私を騙したのだからな。厳しい罰を与えてやる。」


それを聞いた僕は、


「そ、そんな、王子!セオシルは、ただ王子の事を思って…」


するとラウクン王子は、僕の言葉を遮り、


「タロウは、黙っていろ!

いいか、セオシル。ここに居る不審者タロウを、出来る限り精一杯もてなせ!この私の弟と思ってな!失礼があってはならんぞ。わかったな!」


すると、いままで顔の表情がひきつっていたセオシルは、一気に笑顔になり、「ビシッ」と敬礼すると、


「ハイ!かしこまりました!その罰!このセオシル、この命に替えましてもまっとうさせて頂きます。」


そう言い残すと、セオシルは王子の部屋を後にした。


セオシルが居なくなると、僕はゆっくりと立ち上り、体に巻いてあったロープを自分でほどいた。

そして王子に深々と頭を下げた。


「王子…ビックリさせて、申し訳ありません…」


「な~に、いい刺激になったよ。

ところでタロウ、先程セオシルが言った、「イサーチェ」の事も嘘だったのか?」


「い、いやそれは本当です。イサーチェさんの事を伝えに、王子に会いに来たんですよ。絶対に王子が心配してると思って…」


「ほ、本当か!?タロウ!!イサーチェの居場所を知っているのか!?」


「はい。イサーチェさんは、今、僕の家に居ます。」


「何だと!タロウの国に居るというのか!?

しかし、タロウの国行くには、あの洞窟の壁を通らねば行けぬはず、何人もの人が試したが、誰1人として入れた者は居なかったはずだ。」


「はい、その通りです。でも1人だけ通った人が居たでしょ。」


「1人だけ…?」


「僕をこの国に連れて来た『ミウ』ですよ。」


「お~、ミウか。確かにミウだけは、何故か壁を通る事が出来た。

ん?確か、今、ミウはタロウの所に、チェスハの使いとして行っているはずだが?会わなかったか?」


「会いましたよ。いきなり来るからビックリしたんですよ。今、ミウも僕の家で暮らしてます。」


「ほう、それは良かった。ミウもタロウが居なくなって落ち込んでいたからな。」


「実は、ミウが僕の国に来るとき、コッソリとイサーチェさんが後を付いて来てたみたいなんですよ。」


「何?イサーチェがミウの後を?」


「イサーチェさんに聞いたんですけど、僕が居なくなって、王子に元気が無くなったから、僕に会ってこの国に帰って来るように説得しようとしたみたいなんです。」


「イサーチェにまで心配をかけていたのか、本当に私は情けないヤツだ…」


「王子、そんなに自分を攻めないで下さい。どうやら『あの壁』は、この国の未来に関係した者だけが通る事が出来るみたいなんですよ。

ミウが僕を連れて来た事で、この国は大きく変わったでしょ?」


「確かに、タロウが来てからというもの、前国王の悪事も潰え、さらに『ジャム』や『オサケ』『マヨタロウ』のおかげで国は何倍にもなった。

ということは、イサーチェがこの国の未来に関係してるということか?」


「やっぱり『マヨタロウ』のままなんだ…」


僕が小さく呟くと、


「ん?何か言ったか?」


「い、いやいや、何でもないです。

確かにイサーチェさんは、この国の未来に関係があるかもしれません。

それどころか、王子の未来にも大いに関係があると思います。」


「私の未来に?それは一体どういう事だ?」


「その答えの前に、1つだけハッキリさせたい事があるんですけど…」


「ハッキリさせたい事?なんだ、言ってみろ。」


「王子はイサーチェさんを愛してますか?」


すると王子は、ビックリしたように、


「な、なんだ、突然…。」


「いいから答えて下さい。その返事次第では、イサーチェさんが帰って来る時期が変わって来るんです。」


僕は、真剣な眼差しで王子を見つめた。すると王子は、


「どうやら、真面目な話みたいだな。だとすると、こちらも真剣に話さないと失礼にあたるな。

ああ、私はイサーチェを愛している。妻にしたいと思っている。

どうだ、これで満足か?」


その答えを聞いた僕は、笑みを浮かべ、


「はい、ありがとうございます。イサーチェさんは、必ずこの国に帰って来ます。ただ…」


「「ただ…」なんだ?」


「ただ、今すぐに帰って来る事が出来ないんです。ミウが僕をこの国に連れて来るまで1年掛かったように…」


「なんだ、そんな事か。私はイサーチェが帰って来るなら、何年でも待つぞ、1年か?2年か?」


「えっと…じ、10年…」


「何!?じ、10年!?だ…と…」


一瞬、戸惑った王子だったが、すぐに笑顔に戻り、


「フフフ、面白い。私のイサーチェに対する愛が、たった10年で変わるものか!それどころかこの国をもっと豊かにして、イサーチェをビックリさせてやる。」


「ありがとうございます、王子。その言葉を聞いたら、きっとイサーチェさんも喜ぶと思います。」


「ついでにこれも伝えておいてくれ。「私は年齢の差なんて気にも止めていない。どうか私が死ぬまで側に居て欲しい」とな。」


「王子…気付いていたんですか…イサーチェさんが、歳の差を気にしていた事…」


「もちろんだ、愛した女性の事だからな…」



「王子!!!」


「な、なんだ?いきなり大声を出して?」


「年齢の事なら、任せて下さい。必ず僕がイサーチェさんを説得して、笑顔で王子のお嫁さんになるようにしてみますよ。」


「そうか、タロウがそう言うのなら任せよう。イサーチェの事を頼んだぞ。」


「はい、責任を持って。

それから、一応、もしお城に王子が居なかった時の為に、手紙を書いて来たので渡しておきますね。」


僕は鞄から、ミウに書き直して貰った手紙を出すと、王子に手渡した。


ラウクン王子は、すぐに目を通し、読み終わると「フフフ」と、笑みを浮かべた。そして、


「ミウも幸せそうで、なによりだ。タロウ、イサーチェ共々、ミウの事も頼んだぞ。」


僕は、王子が何を言っているのかわからなかった。手紙には、イサーチェの近況や僕の所に来た理由、すぐに帰れない事などを書いたはずだった。

しかし、後でわかった事なのだが、手紙の終わりに、ミウが王子や家族、友達に向けて、メッセージを付け加えていたのだ。

そのメッセージとは「私、ミウは今、タロウの家族と一緒に、幸せに暮らしてます。わがままを許してくれた、お父さん、お母さん、本当にありがとう。ラウクン王子、本当にお世話になりました。ナカリーやチェスハにも、私は幸せに暮らしていると伝えておいて下さい。」


という一文だった。

ラウクン王子は手紙を元のように折り畳み、机の引出しにしまうと、


「ところでタロウよ、せっかく来たんだ、ゆっくりして行ってくれ。

そうだ!歓迎会をやろう!スラインやエミナーも呼び寄せようではないか。」


「い、いやいや。ちょ、ちょっと待って下さい。

実は、すぐに帰らないといけないんですよ。行かないといけない所があって…」


実はこの時、僕は結構焦っていた。

この国に来てから、正確な時間はわからなかったが、たぶん2時間位は経っているはずだ。

僕の世界ではどのくらいの時間が経っているのかは、まったくわからなかったのだ。

王子は僕の焦りがわかったのか残念そうに、


「なんだ…そうなのか?そういえば、今日はキチンとした服装をしているな。タロウの国のパーティーにでも出るのか?」


「ははは、違います…そんな良いもんじゃないですよ。毎日学校に勉強をしに…

え~っと、お城で言うところの『訓練』かな?」


「ほう…タロウほどの強さでも毎日訓練か、私らも見習わないとな。

それでは、あまり引き留めておくのも申し訳ない。

でも、少しだけ待っててもらえるか?

イサーチェに手紙を書きたい。」


「はい。わかりました。イサーチェさんも喜ぶと思います。」


ラウクン王子は机に向かうと、イサーチェに思いの丈を綴った。





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