第29話〔願い事〕
第29話〔願い事〕
次の日、僕は朝からチェスハの店に居た。
ミウとデートするときは、いつもこの店を待ち合わせ場所にしているのだ。
時間の指定は無く、2人が揃うと出掛ける事にしていた。
だいたいは、僕が早く来て、チェスハの相手をしてるのが、いつもの事だった。
「なあ、タロウ。もう新しい食べ物は出来ないのか?」
「もうネタ切れですよ。食べ物自体は、たくさん知ってるけど、作り方知らないし…
でも大丈夫だと思いますよ。基本的な事はイブレドさんや、エティマスさんもわかってますし、あとは、どの食材をどうするかだけですから。発想しだいですね。」
「へ~、そんなもんかね~。まあ、確かにパンに卵をつけて焼くなんて考えもしなかったな。」
チェスハさんは、僕が持ってきた「フレンチトースト」をかぶりつきながら言った。
「チェスハさんだって、いつもやっているじゃないですか。」
「へ!?ははしはほおひほ?はっへはひ!はっへはひ!」
「違いますよ、武器ですよ、武器。」
僕はチェスハさんと、食べながら話す機会が多いせいか、食べながら話すチェスハさんの言葉が、なんとなくわかるようになっていた。
「ふひ?…ゴックン。…ふう…、武器と料理は違うだろ、食べられないし。」
「そういう事じゃなくて、同じ鉄でも、長く薄くすれば『剣』になるし、小さくすれば『手裏剣』に、他にも形をかえれば、『金棒』や『盾』にもなる、小さく尖らせて矢の先に付ければ『弓矢』にもなる。
これって、チェスハさんが鉄を料理していろんな物を作ってると同じ事なんですよ。」
「鉄を料理ね~、タロウってたまに変な事言うよな。」
「まあ、どちらも『職人』って事ですよ。
チェスハさんだって、僕の言った事を参考に『花形手裏剣』を作ったじゃないですか。」
「アハハ、確かにな。あれは良かった。大ヒット商品になったからな。
武器に見えないのがまたいいんだよな。
エミナーが、ジプレトデンに持ち帰ったおかげで、ジプレトデンからも注文が殺到だ。忙しいったらありゃしない。」
「今の状況を見てると、そうは思えないんですけど…」
「メリハリだメリハリ。働く時は働く、休む時は休む。これも立派な仕事のうちだ。
それにタロウと話をしてると、また新しいアイデアを出してくれそうだからな。」
「やっぱり…そっちがメインなんでしょ。もう無いですよ。」
「そんなことないだろ、ほら、あれはどうだ?なんだっけ?ほら…なんか逃げる時にばらまくやつ…」
「『まきびし』ですか?」
「そうそう、『マキビシ』!あれなんかネックレスにしたらオシャレじゃないか?」
「いやいやいや、あんなもの首にぶら下げたら、首が傷まみれになりますよ。
しかも鉄だから重いし、それに相手が裸足ならまだしも、靴を履いてるから、あんまり意味ないかも。
それより、この『花形手裏剣』に付いている丸い石をネックレスにした方がいいんじゃないですか?色も綺麗だし。
いざとなったら、糸を切ってばら蒔くんです。
こんな石の上なんて、まともに走れませんから。」
「お~!そりゃいい!髪飾りとセットにしても売れるじゃないか!
やっぱりタロウは、ひと味違うな~!このこの~!」
「いたたたた!チ、チェスハさん、く、苦しい…」
いつもの如く、チェスハさんは僕の頭を抱え、胸に押し付けた。
そして、これもいつもの如く、ナゼかちょうどその時、ミウが店にやって来るのだ。
「こんにちは~。」
「あ!」
「あ!」
「お待たせタロ…ウ…… こら!タロウ!何してんのよ!チェスハから離れなさい!」
ミウは僕の手を引っ張り、チェスハから引き離した。
「い、いや違うんだミウ…チェスハがいきなり…」
というようなやり取りが、毎回繰り返されているのだが、今回は違った。
「こんにちは~。」
「あ!」
「あ!」
「フゥ…… もう、2人ともホントに仲がいいんだから、ほらほらチェスハ、タロウが苦しがってるよ。」
するとミウは、静かに椅子に座り僕達を見つめた。
いつもと違うミウの態度に、やってることが恥ずかしくなったのか、チェスハは僕を離し、
「コホン…あ~、いらっしゃい、ミウ。タロウが待ちくたびれてたぞ。」
「ごめんね、タロウ。遅くなっちゃった。」
「いやいや、ミウが遅いんじゃないよ、僕が早すぎたんだ。」
「タロウ…」
「ミウ…」
僕とミウは、見つめ合いながら、お互いをかばいあった。
「オ~ッホン!だから、店の中ではイチャイチャしない!
ほらほら、あんた達『デート』に行くんだろ?さっさと行って来い。
店の中でカップルがイチャイチャしてると、客が入れないじゃないか。」
「アハハ、客なんか滅多に来ないくせに。」
「なに~!ほらほら、商売の邪魔だ。さっさと行け!」
チェスハはホウキを振りかざし、僕とミウを店の外に追い出した。
「またな、タロウ!ミウ!」
「じゃあ、また!」
「またね、チェスハ!」
僕とミウは手を振りながら、チェスハの店をあとにした。
店を背にし、歩き出した僕は、
「さようなら…チェスハ…」
と、うつむきながら、小さく呟いた。
そして、ミウは僕の呟きが、聞こえたのか聞こえていないのか、何も言わず、ただ僕の横を歩いているだけだった。
少しの沈黙の後、口を開いたのはミウだった。
「今日は晴れて良かったね。」
「う、うん。で?今日はどこに行くの?」
「う~ん、まだ内緒かな?エヘヘ。」
ミウはイタズラっぽく振り向きながら言った。
そのあまりの可愛らしさに、
「やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ…」
と、思った僕は、
「あ、あのさ、ミウ…昨日の話の続き…」
するとミウは、またも話を遮り、
「あ~、ホントに今日は天気で良かった………
知ってるよ…タロウ……お家に帰るんでしょ…?」
「ミウ…知ってて…」
「いつかはこの日がやって来ると思ってた…
タロウも家族が居るんだもんね。
離れ離れは、やっぱり寂しいよね…」
「ミウ…」
「私もね、もう少しで家族と離れ離れになりそうだったから、よくわかるんだ。タロウが助けてくれたから、良かったんだけどね。
タロウが死んだと聞かされて、お城に閉じ込められた時は、本当に辛かった、このままみんなと離れ離れになるかと思うと、生きている意味さえ無いと思った。
でも… タロウは生きていた、私を…家族を助けてくれた。
だからね、タロウ、タロウの言うことなら、何でも聞くよ。もう時間がないかもしれないけど、何でも言ってね。」
「ミウ…、ミウ、あ、あのさ…」
「ん?な~に?」
「い、いや…何でもない…」
僕は「一緒に行こう」と言う、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
やっと家族と一緒に暮らせる事になったのに、また家族と引き離す事は出来なかったからだ。
もしかしたら、ミウも同じ気持ちだったのかもしれない、たまに僕の顔を見ては、何かを言おうとするが、すぐに口を閉じる事が何度かあった。
しばらく歩くと、見覚えのある景色が見えてきた。
「あれ?ここって…」
ぐるりと囲まれた、長い柵の横を歩きながら、
「ねえ、ミウ?連れて来たかった場所って、ここなの?」
「うん!だって、タロウとチェスハが2人きりで行った場所なんだもん。私もタロウと、2人きりで来たいな。って。」
そこは、ドラゴンフルーツの木があった場所だった。
僕がチェスハに頼み込み、連れて来てもらい、ドラゴンにさらわれ、初めてオオカミ族に出会った。つまりは、この物語の始まりのような場所だ。
今は、ドラゴンフルーツの木は移動され、回りにあった大きな溝も埋められていた。もちろん見張りの衛兵はたっておらず、誰でも自由に出入り出来るようになっているのだ。
前に来たときは、木や溝があってわからなかったが、改めて見ると、目の前には広大な景色が広がっていた。
少し下には城が、その向こうには街が、さらにその向こうには、かすかだが湖が見える。
「凄いな、あんなに遠くまで見える…」
「でしょ。私の1番のお気に入りの場所なの。」
「え!?お気に入りって、ここに来たことがあるの?」
「うん、もう何年も来てないけど、私がお城に来たばかりの頃、チェスハと一緒に来た事があるの。」
「チェスハと?」
「うん。お城で働き始めたばかりの頃、失敗して怒られて、庭の隅で泣いていたら、剣を届けに来たチェスハに声をかけられてね。」
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回想シーン
「ん?どうした?何かあったのか?」
「いえ…なんでもないです…」
「おや?初めて見る顔だな?あたしはチェスハ、街で『武器屋』をやってる。まあ、親父の店だがな。」
「チェスハ…さん?私はミウと言います。最近お城で働き始めて…」
「なんだ?なんだ?どうせ失敗して起こられたんだろ?」
「どうして、それを?」
「あたしの友達もな、よく怒られて、あたしの店に愚痴をいいに来てたよ。もう、死んでまったんだけどな…」
「死んだんですか?若い方ですか?」
「ああ、3年前だ。国王の遠征について行って、遠征先の国で流行りの病にやられたんだと。20才だった。妹が生まれたばかりで、喜んでいたんだけどな。
あ!そうだ、お前、これから時間あるか?」
「え?「今日はもう仕事に来なくていい」って、言われました…けど…」
「じゃあさ、これからいい所に連れてってやる、ついて来い!」
そう言うと、チェスハはミウの手を取り、ドラゴンフルーツの木がある場所に向かった。
もちろんこの頃から、柵はあり、入り口に衛兵も立っていた。しかし、木の警備という簡単な仕事は、いつも若い新人がやらされ、そこを通る事は、チェスハには朝飯前だった。
ドラゴンが出現する時間もほぼ決まっており、その時間を外せば、絶景が見られるのである。
「うわ~!凄~い!」
ミウは落ち込んでいた気持ちが、一気に晴れたような気がした。
「どうだ?凄いだろ?あたしもな、その友達に連れて来てもらったんだ。それにな、夜はもっと凄いんだ。」
回想シーン終わり
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「と、いうことがあったの。」
僕は心の中で、
「チェスハさん…この頃から男を手玉に取ってたんだ…しかも、それを伝授したのが、エミナーさんだったなんて…さすが猿姫というかなんというか…」
僕が1人で、あきれ返っていると、ミウは話を続けた。
「でも、良かったよね。エミナーさんが生きていて、エミナーさんが初めて帰って来たときのチェスハの顔ったら…ウフフ。」
「僕はエミナーさんが、初代『猿姫』だった。って聞いた時は驚いたな。チェスハさんが『猿姫』だったと知った時も驚いたけど…」
「ウフフ、この国の女性は強いのよ~!」
ミウが可愛い顔で睨んで来る。
確かに、頭に浮かんで来る女性といえば、「チェスハ」「エミナー」を筆頭に「メイド長、イサーチェ」「エティマス」「ストリア」「タンシェ」さらに「ダシール」「ニーサ」まで小さいのにしっかりしている。
「そういえばそうだよね。だからこの国は良い国になってるのかな?アハハ。」
「それから、ここの景色はこれだけじゃないんだよ。
まだ時間があるから、お弁当食べようか。作って来たんだ。」
そう言うと、ミウは持っていた鞄からお弁当箱をとり出しフタを開けた。
「あ!それは!」
僕が驚くのも無理はなかった。その箱の中に入っていたのは、まぎれもない『ハンバーガー』だったのだ。
「これ?ミウが作ったの?」
「うん!でも…形は似てるんだけど、中の肉がわからないから、ハムを厚く切って、焼いて挟んだの。でも、やっぱりあの時の美味しさにはかなわないわ。」
僕はミウの肩を「ガシッ」と掴み、
「ミウ…約束するよ。必ず必ず戻って来る。その時は『ハンバーガー』を持って来るから、また一緒に食べよう!」
そしてそのままミウを抱きしめようとした瞬間!
「あ!タロウ!あれ見て!!」
と、ミウが僕の後ろを指差した。
「え?なに?」
僕はミウから手を離し、後ろを向いた瞬間、
「え゛!?」
僕の目に映ったのは、金色に輝く夕日が、湖の向こうに沈んで行く光景だった。
しかもその夕日に照らされ、湖だけでなく、街や城、夕日に照らされるすべての物が金色に輝いていたのだ。
「凄い………」
言葉に出来ないというのは、こういうことを言うのだろう。僕は、言葉もなく、ただただ見とれていた。
「凄いよミウ、こんな景色、初めて見たよ。ミウが1番のお気に入りにするのがわかる。」
「フフフ、凄いでしょ。でもね、私のお気に入りは、こんなもんじゃないんだよ。」
ミウはイタズラっぽく笑い、僕の腕に抱き着いて来た。
そして、しばらく2人で夕日が消えるまで見ていた。
夕日が湖の中に消えて行くと、僕はミウの言うまま、草むらの上にシートをひき、ミウと2人で寝転んだ。
徐々に辺りが暗くなり始めるのと同時に、見上げた空に、ポツポツと星が輝き始めた。
そして、回りが真っ暗になったと同時に、僕は思わず声をあげた。
「うわ~~~!!すっげ~~!!!」
それは、見たこともない空一面に輝く無数の星達だった。
手を伸ばせば届きそうで、今にも降って来るんじゃないかと錯覚まで起きるような、自分の体が宇宙の中に放り出されたような錯覚まで起きていた。
「どう?凄いでしょ。私の1番。」
ミウが寝ながらこっちを向き、話しかけてきた。
「うん、凄い…凄すぎる。」
僕はミウの手を握り、再び空を見上げた。
すると、
「ん?あれ?あれって、もしかして『天の川』?」
僕はミウに、
「ねえ、ミウ。あれってもしかして『天の川』かな?」
と、光の川を指差しながら言った。
「アマノガワ?」
ミウにはピンと来てないようだ。
僕はミウに寄り添いながら、指を空に向けた。
「ほら、あそこに小さな星が一杯集まって、川のように見えるでしょ?
僕の国では、『天』の『川』と書いて『天の川』って言うんだ。
「私達は『ドラゴンの足跡』って呼んでる。ドラゴンが通った跡なんだって。あの『ドラゴンの足跡が見えるこの頃は、ドラゴンがよく出るから気を付けなさいって言われてたよ。」
「そうなんだ…それからね、天の川には1つの『物語』があって、川を挟んで暮らしている、恋人どうしの『織り姫』と『彦星』が一年に1回だけ、7月7日に川の真ん中で会えるんだよ。
僕の国では、その日を『七夕』って言うんだけど、その日に『願い事』を書いた紙を笹の木に吊るすと、願いが叶うって言われてるんだ。
っていうか、あれ?あれ?あの三角って…」
僕は七夕の話をしながら、天の川を見ていると、天の川を挟んで輝く3つの星を見つけた。
そして、その3つの星は、見覚えのある三角の形を作っていた。
「あれって『夏の大三角』?て事は、今は夏?」
ミウは、1人でブツブツ言っている僕を不思議そうな顔で見て、
「どうしたのタロウ?『ナツ』って?『ナツの三角』って?」
「ねえ、ミウ。この国って寒くなる?雪は降る?星は動く?」
僕の問いかけに、少し戸惑いながらも、
「雨が降ったら少し寒くはなるけど、ほとんどはこのくらいかな?星は動くよ。しばらくしたら、あの『ドラゴンの足跡』も見えなくなってくるから。それから『ユキ』って何?」
「『雪』っていうのは白くて冷たい小さな氷みたいな物。寒くなると空から降って来るんだ。」
「ねえ、タロウ。タロウの世界って、今日が『タナバタ』なのかな?」
「え?…う~ん、どうだろう?まだだと思う。でも、この世界では、こんなにハッキリと『天の川』も『夏の大三角』も見えるから、『七夕』なのかも。」
「じゃあ『願い事』したら叶うかもしれない?」
「うん!きっと叶うよ。」
「神様、どうか私の願いが『アマノガワ』に届きますように…」
「ミウ、何をお願いしたの?」
「ウフフ、ナイショ。言ったら叶わなくなるかもしれないでしょ。
それより、タロウ…、タロウにお願いがあるの…いい?」
「もちろん!天の川ほどじゃないけど、ミウの願いならなんでも!」
「ありがとう、タロウ。じ、じゃあね、き、今日は、あ…あ…朝までずっと…い、一緒に居て……」
真っ赤になったミウの顔を、満天の星がほのかに照らした。
「も…もももも、もちろん。」
僕は握っていた手に、思わず力が入った。
そして僕とミウは、満天の星達が見守る中、この国に来て、初めて一夜を共にした。
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