第15話〔エミナー〕



第15話〔エミナー〕




「ふぅ~…」


イブレドは、大きくタメ息をついた。


僕は『ダシールのお姉さん』の事だと思った。

もっと詳しく知りたいと思い、イブレドに悪いとは思いつつ、


「あの…これって…もしかして、ダシールのお姉さんの…」


僕は、ダシールに貰った『ブローチ』をイブレドに見せた。


イブレドは、その『ブローチ』をじっと見つめ、改めて僕の顔を見た。そして小さな声で、


「なんだ、兄ちゃん知ってたのか……誰に聞いた?」


「すいません、チェスハさんに… 」


「兄ちゃんが、謝ることはねえよ。そうか……チェスハか、あのおしゃべり女め…」


「い、いや、チェスハさんは悪くないんです、僕がいろいろ聞いたから…」


「アハハ、大丈夫だ。チェスハを怒っているんじゃない。むしろ安心してるんだ。

チェスハが「エミナー」の事を他人に話すなんて、初めての事だからな。」


「エミナー?」


「ああ、ダシールの姉の名前だ…6年前に死んじまったがな…

ダシールには、姉が居たことは言ってねえ、なんとなく言いそびれてな。」


「はい…それもチェスハさんに聞きました。」


するとイブレドは、遠くを見るような目で、話し始めた。


「エミナーとチェスハは、本当の姉妹のように仲が良くてな、それこそチェスハは、エミナーを本当の姉のように慕ってた。

もちろん、エミナーもチェスハを妹のように可愛がってたよ。


でも6年前の事だ、城に『お手伝い』として働きに行っていたエミナーが、城の『遠征』に同行して遠征先の国で、たちの悪い伝染病にかかったらしいんだ。そして、そのまま死んじまったんだと。

遠征から帰ってきた衛兵に教えられたよ。


それを聞いたチェスハは、酷く落ち込んだな…。俺達以上かもしれない…

それ以来、チェスハの口から「エミナー」の名前は聞いたことがねえ。


それを兄ちゃんに言ったって事は、もう吹っ切れたのか、兄ちゃんの事を信頼してるかのどちらかだな。」


「そう…ですかねぇ…」


僕は、いつも明るいチェスハの、落ち込む姿が想像出来なかった。


そしてイブレドは、話を続けた。


「その『花飾り』はよ、実は「ハッコウ」から貰った物らしいんだ。

兄ちゃんに話したよな『ハッコウ』が、うちの宿に来たときの話。」


「はい、でも200年前の話ですよね?」


そう言いながら、僕は『ブローチ』をまじまじと見た。

とても200年経ってるとは思えない。綺麗に輝いていた。


「『ハッコウ』がドラゴンフルーツを食べさせてくれたお礼にと置いて行ったんだと。「もし、女の子が産まれたらあげて欲しい」って。


でもよ、うちの家系は男ばかりで、やっと産まれた女の子が「エミナー」だったんだ。

嬉しかったね~、やっと『ハッコウ』との約束が果たされたようでよ。


うちは相変わらすの貧乏だったが、エティマスが働きに行ってくれてたおかげで、なんとか生活は出来ていた。

エミナーが、今のダシールの年ぐらいになると、チェスハもよく遊びに来てたよ。


それから、エミナーが20才の頃、ダシールが産まれたんだ。

エティマスは子守りで働きに行けねえ、エミナーはうちの手伝いをしていたんだが、客が来ねえんじゃ金にはならねえ…


そんな時だ、城から声がかかったのは。「エミナーを城のお手伝いとして雇いたい」ってな。

まさに救いの手だと思ったよ。城に行けば、エミナーも食い物には困らねえ、給料もそれなりに出る。そりゃあ、離れて暮らすのは淋しいけどよ、同じ街だからいつでも会える、そう思っていたんだ。


でも…間違いだったよ、行かせるんじゃなかった。今でも後悔してる…その『花飾り』はエミナーが城に行く前、産まれたばかりのダシールに渡した物なんだ。自分の分まで家族と居られるようにってな。


城の待遇は良かったらしい、たまに帰って来ては話してくれたよ。

でも…ダシールが1才になる前、『遠征』に行ってエミナーは死んじまった……」


イブレドは下をむいたままだった。


僕は「イブレドさんにツライ事を思い出させてしまったな…」と少し後悔をした。


「そう…だったんですね…。そんな大切な物を、やっぱり受け取れませんよ。」


僕はそう言い、『ブローチ』をイブレドの前に置こうとしたが、イブレドは首を振り、僕の手を押し返した。


「いいや、これはダシールの気持ちだ。エミナーは関係ねえ、兄ちゃんには本当に世話になった。

ダシールだけじゃねえ、受け取ってくれれば、エミナーも喜ぶ…」


イブレドは僕の手を握り締めたまま、そう言った。


僕は小さくうなずき、話を『遠征』に戻した。


「そのエミナーさんが、亡くなった『遠征』って亡くなったのはエミナーさんだけなんですか?」


イブレドは、グラスを揺らし、中のサタンを回しながら、


「いいや、エミナーだけじゃねえ、他にも何人か伝染病で死んじまったらしい、体力のねえ『女』『子供』ばかりだとよ。


その遠征から帰って来た時の街は凄かった…街全体が泣いてるみたいだったよ。

国王と王子は1軒1軒、死んだ家族が居る家を回って、詫びると同時に、「生活費を支援する」と約束して回った。街の中だけじゃねえ、湖の外の獣族の家まで回ったらしい。

もちろん、俺の所にも来た。「守ってやれなくてすまなかった。」と頭を下げてくれたよ。生活費の支援もな。だからこうして今でも宿をやって来れたんだ。

あと、ダシールも15才になれば城で働かせてくれる事も約束してくれた。」


「え!?」


僕は思わず声をあげてしまった。


「ん?どうした?兄ちゃん。」


「い、いや…さっきイブレドさんが、「城にエミナーを行かすんじゃなかった」って…」


「ん?ああ…そうだ…言ったよな。でも、相変わらずの貧乏だ、ダシールにも、ろくな物も食べさせてやれねえ…

城に行けば食事はちゃんとしてる、躾や教養も教えてもらえる。

俺達が我慢すれば、ダシールは幸せになれるんだ…」


イブレドは涙を流した、それは、悔し涙でもあった。エミナーに続き、ダシールも離れて暮らさなければならないという、悔しさから出た涙だった。

僕はイブレドさんに、


「でも、今はこんなに繁盛してるから、ダシールはお城に行かなくて済むんじゃないですか?」


「まあ、そうなんだがな…。そうもいかねえんだ。さっきのは、全部建前なんだ、俺だってダシールまで手離したくねえ…エミナーの二の舞になったら、俺達は生きて行けねえよ…


実はな、国王との約束があるんだ…生活費を支援する代わりに、ダシールをエミナーの代わりに城で働かすってな。」


「そ、そんな!それじゃダシールちゃんが可哀相じゃないですか!」


「ダシールはもう知ってるよ。15になれば、城で働くってな。

俺達みたいな家族は、街に大勢いる。

みんな国王に『恩』がある、国王が居なかったら、今の俺達は無かったかもしれねえ…

家族が離れるのはツライが、国王には逆らえないんだよ。」


僕は、イヤな予感がだんだん大きくなってきているのを感じていた。


「イブレドさん、次の遠征って、いつかわかりますか?」


イブレドは、天井を見ながら考えた。


「そうだなぁ~、城に馬車が、かなり集まっているから、もうすぐだろうな。

あ!そういえば、今回の遠征は少し違うって衛兵が言ってたのを聞いたぞ。」


「違う?」


「ああ、城の近くに森があって、木の実を採りによく行くんだが、そこでパトロールしていた衛兵達の話し声が聞こえたんだ。」


ーーーーーーーーーーーー



衛兵1「おい、聞いたか、今回の遠征は家族も連れて来いだとよ。」


衛兵2「ああ、知ってる。この国にいるとヤバイんだろ?連れて行けないやつは、どこかに避難させろって言ってたよな。」


衛兵1「せっかく今回は女達があんなにいるのに、嫁と子供が居たら旅の途中に、遊べやしない…」


衛兵2「まあ、そう言うな、女達のおかげで俺達は楽して金が手に入るんだからな。国王側に付いて良かったぜ。」


衛兵1「橋の完成も間に合いそうだしな、バカなオオカミのビックリした顔が目に浮かぶぜ、ハハハハ」



ーーーーーーーーーーーー



「だとよ、俺には何の事やらさっぱりだったぜ。」


「橋の完成…?」


僕は直感的に、今ある橋とは別に、脱出用の橋だと思った。今ある橋の回りには、オリアンの仲間たちが見張っているからだ。

そして、衛兵達が家族も連れて行くということは、遠征中この国に何かが起こるかもしれない、1人の衛兵が『避難』という言葉を使った事に、僕は引っ掛かった。


そして国王に対する疑念が、確実なものに変わっていった。


僕がイブレドと話をしている頃、城ではミウと家族が、涙の再会を果たしていた。


しかし、その涙は国王の言った通り『歓喜の涙』ではなく、重く苦しい『絶望の涙』であった。




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