第3話〔異世界の住人〕



第3話〔異世界の住人〕



玄関を出ると、僕は小走りに走った。

そして路地裏に入ると、辺りを見回し、人が居ないのを確認して、ミウを手の平に乗せた。


「ミウ、変身していいよ。」


するとミウは目を閉じ、淡い光を放ちながら、どんどん大きくなっていき、少女の姿になった。


「おっとっと…。」


ミウが、僕の手の上で変身したもんだから、お姫様抱っこのようにミウを抱えていた。

見た目よりは軽く感じた。しかも柔らかい…


女のコの体って、こんなに柔らかいものなのか。と、少し感動すら覚えた。そして、すぐ近くにあるミウの顔を見て、


「やっぱり可愛いなあ、それにいい香りもする。」


などと思いながら、ミウの顔を見つめていると、


「タロン?」


ミウが不思議そうに喋った。


僕は、ハッとし、静かにミウを地面に立たせた。そして鞄の中から、妹のサンダル出して、ミウに履かせた。少し大きいみたいだが、無いよりはいい。


「タロン。」「タロン。」


ミウは同じ言葉を繰り返していた。

やはり、少女の姿になっても、この言葉しか言えないみたいだ。


するとミウは、僕の袖を掴み、歩き始めた。


「やっぱり、何処かに連れて行きたいのか。」


少し歩くと、ミウの足がピタリと止まった。


「どうした?ミウ?」


ミウは悲しそうな顔で、僕を見つめた。

すると、


「グ~~。」


ミウのお腹の音だ。


目の前には、ハンバーガーショップ、回りには美味しそうな匂いが漂っていた。


「食べたいのか?」


ミウがコクンとうなずく。


「そうだよな、朝ごはんもまだ食べていないしな。

よし、腹が減っては戦が出来ぬ。食べていこう。」


僕はミウの手を取り、ハンバーガーショップに入った。

ミウは初めてなのか、辺りを見回しながらついてきた。


とりあえず、ハンバーガーセット2つとナゲットを注文し、席についた。


ミウは初めて見るハンバーガーに釘付けだ。

指でつついたり、バンズを持ち上げたり、どうやら食べ方がわからない。らしい。


僕がハンバーガーを手に持ち、ガブリとかじりつくと、ミウは一瞬とまどったが、同じようにガブリとかじりついた。


すると、ミウの顔が満面の笑顔でいっぱいになった。

そして、ゴクリと飲み込むと、


「美味しい~!!タロンこれ何?」


ミウがいきなり喋り始めた。


「え!?え!??」


ビックリする僕をよそに、ミウはハンバーガーを食べ続けた。


「ちょ、ちょっとミウさん?」


僕はミウの手を掴み、ハンバーガーを食べるのをやめさせた。


「ん?どうしたのタロン?食べないの?」


「あ、いや食べるけど、それよりミウ、さっきまで喋れなかったよね?」


「あ~、私たちは、その国の食事をすると、食事をした国の言葉が喋れるようになるの。」


「じゃ、じゃあ、いままで何も食べてなかったの?」


「ずっとヤモリのままでいたから、雨水飲んだり…小さい、む…虫を……てた。

ちょっと~、そんな顔しないでよ~…」


「ゴメン、ゴメン、じゃあさ、「ターダのタロン」って何?ミウがずっと言ってたけど…」


ミウの顔が真剣になった。


「ターダのタロン…私たちの世界の言葉で、ターダは伝説、タロンは勇者って意味。つまり「伝説の勇者」

私は、その伝説の勇者を探しに来たの。」


「伝説の勇者?それってもしかして…」


「そう!タロンの事!」


ミウが僕を指差しながら言った。そしてそのまま話を続けた。


「実は、今、私たちの国が千年に一度の危機に晒されてるの。」


そう言うと、ミウは「ナゲット」を並べ始めた。


「私たちの国は元は大きな大陸だったの、でもある日、大地震で地面が割れ、まん中に大陸を残し、回りに湖が出来たの。」


するとミウは、ナゲットを1つまん中に置き、他のナゲットを少し離して回りに置いた。


「最初は橋を何本も作り、対岸とも行ったり来たりしてた。

でもそのうち、湖の水が真っ赤に染まり、しかも真っ赤なドラゴンが住み着くようになってしまったの。」


するとミウは話を止め、


「ねえ、タロン。この黒い水は何?」


どうやら「コーラ」が気になるようだ。


「ああ、それは「コーラ」と言って…」


僕は説明するより、飲んだ方が早いと思って、


「まあ、飲んでみてよ。美味しいから。」


ミウは飲もうとするが、ストローが初めてらしく、困った顔で僕を見つめた。


「息を吸い込むように、こうやって飲むんだ。」


僕はストローに口をつけ、コーラを吸い込んだ。


するとミウも真似をして、思いきりコーラを吸い込んだ。


「ブッ!ゲホッ!ゲホッ!!」


思いきり吸ったせいで、気管に入ったらしく、咳き込みむせた。

すると、「バンッ」とテーブルを叩いて立ち上り、


「タロン!これ「サタン」じゃない!こんなもの女のコに飲ますの!?」


「え?「サタン」?」


悪魔のような名前だ。


「サタンはね、大人にならないと飲んじゃダメなの。子供が飲むと、骨が溶けるのよ。知らないの?」


どうらや「サタン」は「炭酸」の意味らしい。


「ま、まあ、落ち着いて、座って。」


僕はミウを、なだめながら席に着かせた。

回りのテーブルが、ざわついてたからだ。


そういえば、父さんに聞いたことがある。コーラが日本に初めて入って来た時に、子供が飲み過ぎるのを止めるため、さっきミウが言ってた事を散々言われたって。


「ミウ、この国は大丈夫なんだよ。少しずつ飲んでみて。」


するとミウは、少し飲んで、顔をしかめ、少し間をあけ少し飲みを繰り返した。


「うん、慣れると甘くて美味しい。」


再びミウに笑顔が戻った。


「それでどこまで、話をしたっけ?」


「湖にドラゴンが住み着いたってところ。


「そうそう、そのドラゴンが暴れ回って、橋を壊し始めたの。今では1本しか残ってないの。

それから湖の回りの町や村もドラゴンに襲われたわ。」


「ミウの所は大丈夫だったの?」


「私の街は、不思議とドラゴンが襲って来なかったの。なんでも国の真ん中にある、大きな樹がドラゴンの大好きな樹じゃないか?って言われてる。

真っ赤な大きな実が成るの、たまにドラゴンが食べに来てるみたい。

「ドラゴンフルーツ」って、みんな呼んでる。


それから、私たちの国はどんどん栄えて、立派になっていった。

でも湖より外の人達は、それを妬んだわ。そして、何度も争いを仕掛けて来たの。

でも、橋が1本しかないから攻めて来れないの。お城の衛兵達が橋を守っているから。

船で渡ろうとしたら、ドラゴンに襲われる。湖に落ちたら、死んでしまうのよ。湖の水は毒水で、飲むと全身が真っ赤になって、体が言うことを効かなくなり、そのまま溺れ死んでしまうの。」


ミウは、ひと息つくかのように、コーラをひと口飲んだ。

そして、再び話を始めた。


でもね、国王はホントに優しい方で、ドラゴンに襲われた町や村を回っては、品物を調達したり、仕事を与えたりしてくれたの。


実は…、私も湖の外で住んでいたの。弟や妹達も多く、食べ物に困って居たとき、国王と王子様が来て、「お城で働かないか?」って言ってくれて、それで今はお城で働いて、お金を村に送ってるの。」


僕は、涙を浮かべながら、両手でミウの手を握りしめ、


「ミウ…苦労したんだね~…」


「ううん、街もお城の人達もみんな優しいから、全然平気だった。友達もたくさん出来たし。」


嬉しそうに話すミウを見て、僕はふと、疑問にかられた。


「ん?ミウ?今までの話を聞いてると、別に勇者は必用無いんじゃない?」


「も~、タロンたら、慌てん坊さんなんだから~。ここからが本題。

実はねタロン、最近その湖の水がだんだん減って来てるの、湖の水が無くなるとどうなると思う?

まず、湖に住んでいるドラゴンが居なくなって、橋を渡らずに街まで来れるようになる四方八方からね。

噂によると、野蛮な獣族達が、湖の水が減っている事に気付いて、他の国々から、仲間を集めているって。

その獣族の中でも1番強いオオカミ族のリーダーの「オリアン」が先頭に立っているから、お城を守るために勇者の力が必用なのよ。衛兵が何十人かかっても倒せないらしいの。

お願いタロン、力を貸して。」


僕は話を聞いて、少し怖くなり、


「で、でも、ホントに僕が勇者なの?僕は力も強くないし、ケンカもしたことないんだよ。」


「大丈夫、お城には古い言い伝えがあって、「湖の水が飲み干される時、異国の地より竜を連れたタロンが表れ、我が国を救うであろう」って。

だから、私だけじゃなく、たくさんの人が世界中に「タロン」を探しに出たわ。」


「僕は「タロン」じゃなくて「タロウ」なんだけどな。それに竜も知り合いに居ないし…」


「ううん、私は信じてる、絶対貴方が「タロン」だって。

だって、私がヤモリの時、タロンにしか私の姿が見えなかったでしょ。

それに、ヤモリってちょっと竜に似てない?」


「ま、まあ、そう言われれば…って、いいの!?それで…?」


「お願い、タロン。優しくしてくれた国王や王子、なにより街に住んでいる友達を助けて…、戦いに巻き込まれたら、ただじゃ済まない、弟や妹達が両親も危なくなるかも…」


もはやミウの目からは、涙がこぼれ落ちる寸前だ。


「わ、わかった、わかったよ。僕がどこまで出来るかわからないけど、力になるよ。」


僕は正直、不安で一杯だった。でも、もしかしたらマンガでよくある、異世界に行くと、主人公のステータスがMAXになったり、伝説の剣が与えられたりと、

そんな事が少なからずあるのではないかと、思っていたのだ。


「ところでタロン?その鞄は、ボロボロだけど、どうしたの?」


ミウがいきなり、鞄に興味を示した。


「あ、これね。これは父さんの形見なんだ。このヨレヨレ感が好きで、母さんに無理を言ってもらったんだよ。中身も父さんが使っていた物が、まだ入っているんだよ。」


「ふ~ん、そうなんだ。タロンのお父さんってどんな人だったの?」


「父さんはね、とにかく強くて、豪快だったなぁ。なにより僕たち家族に優しかった。」


すると、ミウが少し顔を赤らめ、モジモジしながら、


「ね、ねえ、タロン?昨日、お風呂で私の体を洗いながら、触ってたでしょ。ど、どうだった?」


回りのテーブルがまた、ざわつき始めた。


「あ!あ~、よ、幼稚園の時の事ね!」


僕は大声で、とりあえず苦しい言い訳をしてみた。

そしてすぐに、


「ほ、ほらミウ。早く行かないと湖の水が無くなっちゃうよ。」


「まだ大丈夫よ。ここに来るまでは、かなり残ってたし。」


ミウは何もなかったかのように、コーラを飲み干した。


僕は回りの目を気にしながらも、


「そういえば、どうやってこの世界に来たの?」


すると、ミウは考えながら、


「私にもわからないの。タロンを探して歩いていたら、岩山に洞窟があって、もしかしたらこの中に隠れているんじゃないかって、入って行ったらいつの間にか、ここに居たの。そしてある建物から、「ターダのタロン」って声が聞こえて、行ってみると、タロンがみんなから「ターダのタロン」って呼ばれていて、「見つけた!絶対この人だ!」って思ったの。」


やはり間違いなく、ミウは異世界からやって来たのだ。もはや疑う余地もない。

まあ、ヤモリから女のコに変身した時点で、この世の物ではないと確信していたが。

僕は、早くその異世界に行ってみたいという衝動にかられていた。


「よし、僕も早くミウの世界が見たくなったよ。行こう!ミウ、君の世界へ!」


僕は、「よし、決まった!」と思いながら席を立った。しかし、ミウは席を立たず、上目使いで僕を見ながら、ハンバーガーを包んでいた紙を見せた。


「まだ欲しいの?」


僕が訪ねると、小さくうなずいた。やっぱり可愛い…


「じゃあ、お昼ご飯用に持って行こう。」


僕はハンバーガーを2つテイクアウトにし、ミウに渡した。

するとミウはハンバーガーを小脇にかかえ、学校の近くまで行き、見たことない路地に入って行った。


「こんな所に路地なんてあったっけ?」


そこは僕が、毎日学校に行くときに通ってる道だったが、初めて見る道だった。

不思議に思いながらも、僕はミウの後ろについて行った。


気が付くと、薄暗かった路地が白くなり、眩しい光に包まれていた。


そして、ミウの姿が見えなくなった瞬間、目の前に見たこともない広大な景色が広がっていた。


すると、目の前に居たミウが振り向き、可憐なお辞儀をしながら、


「ようこそ、タロン。私達の世界「ユーリセンチ王国へ。」




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