〔「ただの太郎」でも、この世界を救えますか?〕

じんべい

第1話〔羽根の生えたヤモリ?〕



第1話〔羽の生えたヤモリ?〕



「浦島太郎」「桃太郎」「金太郎」「一寸法師…」は違うか。


とにかく、むかし話に出てくる有名人には「太郎」がつく名前が多い。


だからといって、「太郎」という名前を持っていれば、強く、立派になれるわけでもない。

そう思っていた。


彼女に出会うまでは…






「タロン、なるべく早く会いに来てね。じゃないと私、おばあちゃんになっちゃう…」


ミウは、大きな目に涙を溜めて、僕を見つめた。溢れそうになる涙を必死にこらえながら笑顔を作る姿を、僕は決して忘れないだろう。


大勢の人がいる中、その言葉の本当の意味を知っているのは、僕とミウだけの2人だけだった…







僕がその生物に出会ったのは、学校帰りのことだった。


いつもの道を、いつものように帰っていると、ふと、頭の上を横切る物体があった。


「なんだ?」と思い、上を見ると、なにやら黒い物が飛んでいた。


鳥とは違い、ゆっくりと羽ばたきもせず、まるで浮いてるように見えた。僕は、「コウモリか?」と思ったが、少し違った。


夕暮れ時に、よくコウモリは飛んでいたが、コウモリの機敏な動きとは違い、羽を動かさず、グライダーのように滑空していたのだ。


「まさか!?ムササビ?いや、こんな住宅街にムササビが住んでいるわけがない。」


僕の住んでいる所は、都会でないにしろ、田舎というほどでもない、住宅が建ち並び、ちょっとした住宅街である。確かに、山は近くにあるが、ムササビを見たという話は聞いたことがない。


いろいろと考えながら見ていると、その生物はゆっくりと僕の4~5メートル先に地面に貼り付くように着地した。


その生物の体は白っぽく、頭はどう見ても「ヤモリ」だった。

飛んでる時に、黒っぽく見えたのは、どうやら逆光のせいだったみたいだ。

体長もヤモリを少し大きくしたぐらいで、ちょうど手の平と同じくらいに思えた。


しかし、ヤモリとは決定的に違う所があった。

それは手から足にかけての大きな幕のような物だ、その幕のような物は足から尻尾にかけても付いてるようだ。


僕は、初めて見る生物にビックリしたが、もっと近くで見たいという衝動にかられ、じりじりと近づいて行った。

あわよくば、捕まえたいと思っていたのだ。


ゆっくりと近づいたが、その足は、ピタッと止まった。

その生物と目が合ったからだ。というより、目が合ったような気がしただけなのかもしれない。


4~5メートル先にいるヤモリの目線など、ハッキリとわかるわけないからである。

気を取り直して、再び近づこうとすると、今度はそのヤモリが「コクリ」と頭を縦にふり、うなずいたように見えたのだ。


僕は「え?」っと 思い、再び足を止めた。

これもバカな話である、ほとんど地面に貼り付いている頭が縦に振れるわけがない。


そのことに気付き、ボーゼンとしていた僕をよそに、ヤモリは道を横切り、塀を一気によじ上った。

そして、てっぺんまで行くと、躊躇する間もなく空に向かってジャンプした。

手足を大きく拡げ、間の膜に風をはらみ、フワフワと宙に浮いている。

その姿は、まさにムササビだが、ムササビと違いスピード感が、まったく無く空を漂ってるようで、なにやら愛らしい。

弱い風が吹いても吹き飛ばされてしまいそうだ。


その姿を感心しながら見ていると、その生物は手足をバタつかせ、器用に方向転換をしながら、僕の方へ近づいて来た。


僕は避けようと思ったが、体に力が入らない。

いくら体を動かそうとしても、足どころか、指の一本も動かない。


なすすべもなく突っ立っていると、その生物はさらに近づき、僕の左腕にピタリと止まった。

そして僕の顔を見ると、静かに目を閉じ眠ってしまった。


僕は、その生物が腕に止まったことに、少しビックリしたが、不思議と嫌ではなかった。むしろ向こうからやって来てくれたのが嬉しかった。


ふと気付くと、いつのまにか体は動くようになっていた。

僕は、その生物の頭をツンツンと人差指で触ってみたが、まったく動じる事もなく、眠りについたままだった。


そして僕は、そのままヤモリを腕に付けたまま家に向かった。

歩きながら、何度もヤモリの頭を撫でたり、つついてみたりとしてみたが、まったく起きる気配もなく腕に貼り付いたままだった。


「ま、いいか。」


最初は気になっていたヤモリも、なぜか気にならなくなり、徐々にいつもの日常に戻り、家に着く頃にはすっかり忘れていた。



「ガチャ」


「ただいま~。」


僕は玄関を開け、家に入った。


「おかえり、ター君。ご飯が出来てるから、着替えて来なさい。」


キッチンから母さんの声がした。


「もう、母さんてば、その呼び方やめてって言ってるでしょ!」


「だってあなた、「太郎」って呼ばれるの嫌ってるじゃない。」


「あれは、外で母さんが大声で呼ぶから…

家の中は「太郎」でいいよ…」


「ハイ、ハイ、わかりました。さっさと着替えて降りてらっしゃい。」


最近、こんな会話が幾度となく続いている。


そう、僕は自分の名前が好きではなかった。僕の名前は「多田野 太郎」17才の高校2年生。


よく「苗字はないの?」というツッコミをされるが、何十回と聞いているから、あえてスルーします。

しかも「太郎」という、なんの変哲もない、今時の名前としては珍しく、よく名前の見本に書いてある事で、よくからかわれていた。


カッコイイ名前に憧れてはいたが、目立つのは好きではなかった。難しい年頃だ。


前に、母さんに「なんでこんな名前にしたの?」と聞いたことがあった。


母さんが言うには、父さんが「男の子が産まれたら、絶対「太郎」ってつけるんだ。」

と言ってたそうだ。

理由は、「日本男児に、これ以上の名前は無い!」とかなんとか。


僕の父さんの名前は「鉄人」テツトと読む。


名は体を表すというが、その名の通り、豪快で小さいことにはこだわらず、いつも「父さんのように強くなれ!」と口癖のように言っていた。


しかし、その父さんは、僕が中学生の時、風邪で肺炎をこじらせ、あっけなく逝ってしまった。


今は、父さんの生命保険のおかげで、困ることなく生活出来ている。

自分の体に自信過剰な父さんに、何かあったら困ると、母さんが少し多めの生命保険に入っていたようだ。


母さんの方が1枚上手だったということである。


僕はというと、名前の通り、成績も中の下、運動もそこそこ、目立つこともなく、ごくごく平凡で立派なモブキャラに成長していた。



いつもなら、そのまま2階の自分の部屋に上がるのだが、今日は違った。

母さんが僕を見て、


「あら、その腕…」


その言葉を聞き、ハッとした。そして僕は一瞬にして、帰り道の事を全部思いだしたのだ。

すぐさまヤモリの上に手を置き隠した。が、完全に見られたと思った。

母さんは爬虫類が大嫌いなのだ。


「な、何?母さん?」


平静を装ったつもりだったが、声は少し震えていた。


「袖のボタンが取れかかっているじゃない、後で付けるから、着替えたら持ってらっしゃい。」


「え?ボタン?」


袖を見てみると、確かにボタンが取れかかっていた。


「う、うん、わかった。」


僕は、ヤモリをおさえたまま、足早に部屋に入った。


「助かった~、絶対見られたと思ったよ。」


僕は服を脱ぐため、ヤモリの頭をツンツンと触り、


「おい、起きろよ。服が脱げないだろ。」


すると今まで微動だにしなかったヤモリは、目を覚まし、腕からピョンと飛んだかと思うと、僕の頭に着地した。


「お、おい!」


僕はすぐさま鏡を見た。すると、なんだか安心しきったような表情のヤモリの顔が頭にあった。


「ふ~、まあ、いいか。

でも、いったい何だろう?ヤモリじゃないよな。未確認生物?ヤモリの突然変異?狂暴ではさなそうだしな。とりあえず様子をみるか、名前を決めないとな。」


僕は、ヤモリを頭に乗せたまま、服を着替えた。


そして椅子に座り、ヤモリの名前を考え始めた。


「白いから「シロ」?いやいや、それじゃ犬だな。白いヤモリで「シモリン」?ゆるキャラだな… っていうか、コイツ、雄?雌?」


そこそこの友達もいる、そこそこの一般常識もある、立派なモブキャラな僕だが、ヤモリの性別など分かる知識を持ってるわけがなかった。

僕は、ヤモリを両手で掴み、顔の目の前に持って来た。


「なあ、お前、雄?雌?」


すると、ヤモリが、


「ミュッ…?」


「え!?」


僕は、ヤモリの鳴き声を初めて聞いた。いや、正確にはヤモリの鳴き声じゃないねかもしれない。何せ初めて見る生物なのだから。


「そうか、お前「ミュッ」って鳴くのか。

じゃあ、「ミウ」はどうだ?」


「ミュッ!」


ヤモリが返事をしたように思えた。


「よし、お前は今日から「ミウ」だ。」


すると突然!


「ガチャ!」


いきなりドアが開き、妹が入って来た。


「もう!お兄ちゃん!!さっきからずっと呼んでるの、気付かなかったの!?」


「お、お前…い、いきなり入って来るなよ!」


僕は、両手に持ったミウを反射的に頭に乗せ、そのまま両手で押さえた。そして今度こそミウを見られたと思った。

すると妹が、


「お母さんが、早く降りて来いって、ずっと言ってるのに!」


「わ、わかった、わかった。すぐに行くから… 」


すると妹が、僕の不自然なポーズを見て、


「何やってるの?あ!頭になんか隠してるんでしょ!」


「な、何も隠してないない!」


「うそ!何か隠してる。」


妹が、どんどん近づき、僕の手をどけようと掴んだ。


「ん?なんか生臭くない?」


妹が僕の手を嗅ぎながら言った。


「あ、あ~、そういえば、帰りにヤモリに触ったかなぁ~。」


すると妹は、すぐさま距離を取り、叫びながら部屋を出た。


「お母さん!お母さん!お兄ちゃんがヤモリに触ったって!!」


妹も母さん同様、爬虫類が大嫌いなのだ。

すると下から母さんが、


「ター君!ご飯の前に、お風呂に行きなさい!!」


叫び声ともとれるような声が聞こえてきた。


妹は、中学3年生。こんな兄でも嫌うことなく、喋りかけてくれる、いい妹だ。


僕はミウを再び顔の前に持っていき、


「でも、おかしいな?絶対見られたと思ったけどな。」


僕はミウを鼻に近づけ臭いをかいだ。確かに少し生臭い。


「よし、お前も一緒にお風呂に行くか。」


そして僕は大胆な行動に出た。ひとつの疑問を確かめる為だ。

その疑問とは、「もしかしたら他の人には見えないのかも…」という事だった。


バカげた話だと、自分でも思ったのだが、

あの爬虫類が大嫌いな妹が、頭にヤモリを乗せた兄を見て、あれぐらいのリアクションで済むわけがない、そう思ったのである。


僕はミウを頭に乗せ、階段を降りて行った。もし、見つかったとしてもオモチャで押し通そうと心に決めていた。


僕はドキドキしながら、妹と母さんの居るキッチンの前を通った。

すると2人の視線を感じ、目を合わせると明らかに「気持ち悪い~」という表情をしていた。


僕は苦笑いを浮かべながら、頭をかくフリをしてわざとミウを2人に見せるようにした。

すると母さんが、あきれたように、


「ほら、さっさとお風呂に行きなさい。」


こっちが拍子抜けするぐらいの返事が帰ってきた。


「やっぱり見えないのかも…」


僕はそのままお風呂に行き、頭に乗せたまま服を脱ぎ、とりあえずミウを壁に貼り付かせ、体を洗った。


それからミウを手の平に乗せ、石鹸で軽く洗ってやった。


洗われるのが嫌なのか、それともくすぐったいのか、ミウは体をくねらせ抵抗した。そしてジャンプをし、また頭に飛び乗った。


「ええい、仕方ない。」


僕はそのまま、ぬるま湯を頭からかぶり、ミウの石鹸を洗い流した。


よほど頭の上が気に入ったのか、何度下ろしても、すぐに頭の上に乗ってきた。


仕方ないのでそのまま湯槽に入り、体を温めた。


お風呂から上がると、僕はミウの臭いをかいだ、生臭さは取れ、石鹸のいい匂いがした。


「よし、これなら大丈夫だろう。」


僕は、ミウと自分の体を拭き、服を着た。


そして、そのままキッチンに行き、ご飯を食べた。

まさか目の前で、2人が大嫌いな爬虫類を頭に乗せて、ご飯を食べているとは夢にも思わないだろう。

ミウはというと、頭の上が気持ちいいのか、また眠りについていた。


そして部屋に上がると、ミウが寝てるのをいいことに、手を広げてみたり、膜を触ってみたり、いろんな角度から見たりしたが、結局「ヤモリみたい」という事しかわからなかった。


そしてその日は、諦めて寝る事にした。

さすがに、頭の上は気になるのでミウを隣の枕元に置き、一緒に寝た。



次の日の朝、僕は小さな寝息と石鹸のいい香りで、目が覚めた。


「ん~?なんだか、いい匂いがするな~。」


目を開けてみると、すぐ鼻先に白い髪の美少女が、僕の布団に入って寝ていた…


「え?え~~~~!!??





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