マジックバッグ
キアロたちが帰ったあと、お昼を食べながらカムイと旅に必要なものを相談する。
まずは私とカムイの旅装。私はともかく、カムイは絶対に必要だと思う。
特に人間になった時のあの装いだと超目立つので、シャツやズボンは必須。他にも雨避けの外套に、野営した時の防寒対策としての毛布。以前雨宿りした洞窟みたいな場所があるとは限らないしね。
次に食料と水。街の市場や道具屋で乾燥野菜や乾燥果物、あとは干し肉が売られていたのを見たのでそれを購入することに。
水は川や途中にある村などで汲めるし、飲み水や料理に使うのが不安なら、浄化すればいい。パンもこの世界の物は日持ちするのが多いからなのか、小説にあるような固焼きパンはない。
まあ、お米が普通に売られている世界なので、最初はパンを食べてあとはお米にすればいいだけだ。足りなければ、途中で買えばすむわけだし。
他には野営をする時のための鍋と、できた料理を入れるお皿やコップ、焚火用に小さめの魔導石。薪は森で拾えるからいらない。
ただ問題は、それら全てが入る鞄なんだけどね……。それをカムイに相談したら、思ってもみなかった情報がカムイから飛び出した。
「この国にあるかわからないが、冒険者が出入りするギルドには『マジックバッグ』という鞄が売られていたはずだ」
「マジか!」
カムイの言葉に、椅子から立ち上がって思わず叫ぶ。食料はともかく、木刀を持ち運ぶのに自作リュックだと不便だからだ。ただ、そのあとカムイに告げられた鞄の値段に、また椅子に座るとテーブルに突っ伏した。
なんと、マジックバッグのお値段は、一番小さいのでも金貨二十枚はするというのだから驚いた。
「……手持ちの金貨の枚数を考えると買えない値段じゃないけど、道中なにがあるか判らないし、木刀のためだけにマジックバッグを買うのもね……」
「そうだな」
カムイとシュタールに行った時も、大人数でここまで来た時も、ずっとリュックに入れっぱなしでここまで来たんだから大丈夫だろうということで、マジックバッグはスッパリ諦めることにした。……リュックに二人分の荷物が入るかどうかが心配だけどね!
「じゃあ、お父さん。旅に必要な物を買いに行ってくるね」
「ああ。ただ、食材も着る物も、必要最低限でいいから」
「わかった」
食事も終わり、時間は午後一時半。斜めがけの鞄をぶら下げて、買い物をするべく街へと繰り出した。
***
「ただいま~!」
「おかえり」
玄関に一旦荷物を置くと、カムイに声をかける。あー、重かった! ちょっと買いすぎたかもしれない。
乾燥野菜や乾燥果物は一瓶いくらという値段なのでウォーグのところで一番大きい瓶を各種一つずつと、二十センチくらいとその半分の大きさの片手鍋を一つずつ、コップと深皿を二つずつにお米を小さいサイズの麻袋を一袋(だいたい五キロくらい)を買った。その時ベルタに明日この国を出ることと家はキアロたちに売ったことを話すと、家を作った棟梁に門扉の設定変更をしてもらわなければいけないし、棟梁にはベルタが話しておいてくれるというので、キアロたちが来る時間を告げて店をでた。
次にパン屋に行くと、ロールパンサイズのものでバゲットに似た食感のパンがセール品になっていたので、それも一籠十個ぶんを買ってきた。そして肉屋で干し肉と、日持ちするというのでスモークしたハムとチーズも一緒に購入した。スモークハムとスモークチーズがあることに驚いた。
あとは外套や毛布を二枚ずつ、冒険者が着るようなシャツとズボンがセットで売られていたのでそれをカムイ用に三組と下着も三着ぶん。
それと、刀を袴の紐に直接差すのも不便になってきたので、この際だからと武器を扱うお店に行ってみた。刀を見せながら店員に聞いたところ、いいサイズの
それら買い物の全部の合計は、金貨五枚ぶんである。一番高かったのは、剣帯と刀のメンテの値段だったよ!
ついでにギルドに寄ってマジックバッグがあるか見てきたけど在庫が切れていて、入荷は五日後だと言われたので諦めた。そしてお値段は、一番小さいので金貨二十五枚もして、カムイに聞いた値段よりも高かった。
その理由を売り子をしていたギルド職員に聞いたところ、どうやら仕入れ先の関係で国によって値段が違うらしく、一番安い国で金貨五枚なんだそうだ。仕入れ先は私が聞いたことがない国名(『リーチェ』の記憶にも引っかからなかった)だったので、南か東にある国なんだろう。
あれだ、流通の距離が延びるとコストがかかって値段が跳ね上がるのと同じ理由だと思う。車なんてないから馬車での移動だろうし、ましてや盗賊がいる世界だから、護衛費や馬の餌代込みで遠くなるぶんコストがかかってるに違いない。
それはともかく。
「本当に必要最低限の物しか買ってこなかったよ。まあ、それでも結構あるけどね」
「十分だ。ありがとう」
人間の姿に戻ったカムイに手伝ってもらいながら荷物を中に運び入れ、食材はテーブルの上に、その他は下に置く。
「あ、そう言えば。桜、兄上から預かっている物があるんだ」
「伯父様から?」
おっさんからの預かり物だと? また子供服とかじゃなかろうな……嫌な予感しかしねぇ!
私の内心を他所に、カムイは部屋から出ていく。夕飯をどうしようかなぁ、と今ある食材を思い浮かべていると、カムイが戻ってきた。その手にあるのは四角い箱。「どうぞ」と蓋を開けたカムイに促されて見れば、中には直径二センチくらいの大きさで楕円形の、薄紫色の宝石がついたペンダントがあった。
……別の意味で嫌な予感がするのは気のせいか……?
「あの……お父さん、これは何かな?」
「桜が買い物に行く前に話してた、所謂マジックバッグだよ。但し、帝国の王族や貴族は鞄ではなく、アクセサリーをマジックバッグの代わりにしている」
「…………はい?」
「聞かれる前に先に言っておくが、この石はアマティスタという名前の宝石で帝国で採れるものなんだが、この大きさは必ず王族に献上されるものだ。貴族が使用できるのは、この半分以下の大きさだけだ。それをペンダントやイヤリング、ブレスレットに加工してマジックバッグの代わりにしている。そして、中には何も入っていないから安心して」
「……いやいやいや! そんなこと聞いてないし、そういう問題じゃないでしょ?! どう考えたって、『バッグ』よりも高価でしょうが!」
「ああ、高価だよ。この大きさのアマティスタだと、一番大きいマジックバッグの三倍以上はするから」
おおぅ……普通のペンダントかと思いきや、まさかのマジックバッグでした! だからあのおっさんたちは何もない所から服を出してたのか、と妙に納得した。って、そうじゃなくて! 三倍以上の値段だと?!
「……なんで伯父様がペンダントを持ってた挙げ句、そんな高価なものを私にくれるのよ?」
「もともと、このペンダントはリーチェのものだったんだ。リーチェが産まれた時、大きくなったら自分の大事な物をしまえるようにと兄上がお祝いとしてくれたもので、ボルダードを経由してセレーノから戻ってきたら、リーチェに渡すはずだった。だが、リーチェは帝国に戻ってくることはなく、ペンダントはそのまま城にある私たち夫婦の部屋に残された」
「……」
『リーチェ』のものだったというのはちょっと複雑で、思わず溜息がでる。
「そして兄上曰く、この家の場所を知ったのは月姫様の託宣からで、そこに私がいることを知った兄上は私に渡すつもりで持って来たそうだ」
「……だけど、私が一緒にいた。今はごく一部とはいえ、『リーチェ』の記憶を持つ私が」
「そうだ。桜のことは託宣でも知らされていなかったらしく、ここで紹介されてびっくりしていた。だから兄上は私ではなく、『帝国にくるならば、その旅に必要になるだろうから桜に渡すように』と私に預けた。解毒薬のお礼も兼ねているそうだよ」
カムイの話に苦笑する。フローレン様から聞くか、巫女舞をした時に私の存在は知られているわけだから、それを帝国に知らせないのはおかしい。もしかして月姫様ってば、わざと知らせなかったんじゃなかろうか。
それに、そんなつもりでおっさんに解毒薬を渡したんじゃないんだけどなぁ。まあ、カムイに突っ返すのも悪いし、その気持ちは嬉しかったので有り難く頂戴することにした。
「そうなんだ……。うんわかった。いろいろ複雑だけど、もらっておくね。ありがとう、お父さん」
「お礼は兄上に言ってあげて」
「そうする」
カムイからペンダントを受け取り、お礼を言う。テーブルから一旦荷物をどかし、カムイと雑談しながら夕食の準備を始めた。
そして夕食を食べたあと、カムイの分の着替えなどを先に渡し、残った自分の毛布や着替え、乾燥野菜や木刀、鍋や食器類を先にしまう。薬類は明日纏めてしまうようにして、今日は寝ることにした。
……そういえば、カムイに自分のマジックバッグ……いや、ペンダントがあるか聞くのを忘れてた。それも明日聞くことにしよう。
そんなことを思いつつ眠って起きた翌日、早朝に目覚めたので先に庭を見回る。キアロたちに扱えないものをチェックして種ができていたらそれは収穫し、あとは廃棄かラーディに渡すことにする。
尤もそんな植物はほとんどなくて、せいぜい胃薬の材料になるゲンソウくらいだろうか。カモイメロはどうしよう……。どの道、種や薬を入れる瓶を買ってこないと足りないので、ついでに花屋さんに寄っていろいろ聞いてみよう。
外のチェックが終わったのでまずは各種薬草の種の収穫、それが終わったら朝食の用意をする。ご飯を食べながらマジックバッグ代わりのアクセサリーのことを聞けば、カムイも持っているというではないか! さすが、帝国の王族!
ちなみにカムイのもペンダントタイプのものらしい。そしてあの子供服は『リーチェ』に渡すものだったそうだ。……『リーチェ』が家族に愛されていたことにホッとする。
「じゃあ、お父さんのぶんの服や毛布をしまう必要はないの?」
「ああ」
「なるほど。なら、料理を作る関係上、食器は私が持つことにするよ」
「頼む」
食事が終わったあと、洗濯をしてから市場に出かける。そして瓶を必要なぶんだけ買い込み(それでも十個以上はあった)、花屋に寄ってカモイメロとついでにゲンソウのことも聞いてみた。どっちも木製の植木鉢で持ち運べるというのでそれを買い、予備に二つの種を――特にカモイメロを多く買って帰った。
――そしていろいろ準備をしてから家の掃除をし、忘れ物がないかを確認して眠った翌朝。
お弁当としてロールパンサンドと塩むすびを作り、それぞれ葉っぱにくるんでから布で包むと、ペンダントの中に入れる。腰に剣帯をして刀をそれに固定すると、ペンダントを首にかけた。
「お父さん、そろそろキアロたちがくるだろうし、行こうか」
「ああ」
「合流地点は湖に向かう途中にある分かれ道でいいんだよね?」
「そうだ。では、あとで」
「うん」
フェンリルの姿を街中で見せたくないカムイは、キアロたちがくる前に家から先に出た。
そして門扉を開けて待つこと数分。キアロたちが先に来たので挨拶を交わしていると棟梁が来たので、どっちにも紹介する。棟梁がキアロたちに門扉の説明と設定を変えている間に、敷地内を見る。
過ごしたのはほんの数ヶ月だったしいろいろあったけど、なんだかんだと楽しかった。
「シェイラ、終わったぜ」
棟梁の言葉に振り向く。
「棟梁、いろいろとありがとう」
「おう。他の国に行くんだってな。道中気をつけろよ?」
「はい。キアロ、スニル。セレスを育てるのに大変なこともあるだろうけど、ラーディたちやアストと協力して、頑張ってね」
「「はい」」
「皆に『元気でね!』って伝えて。……じゃあね!」
門扉から出ると、手を振って歩き出す。そのまま街を出てカムイとの合流地点に着くと、林の中にいたらしいカムイが私のところに走ってきた。
「行こうか」
カムイのその言葉を合図にその背に乗ると、ゆっくりと走り出した。
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