うわぁ……馬車とかないわー

「王都なのに、なんだか活気がないような……」

『……』


 さっきここに着いたんだけど、カムイに『王都』と聞いていた割には思ったよりも人通りが少なく、屋台もそれほど出ていないせいか活気がない。住民や冒険者らしき格好をした人もちらほらいるけど、まだ私が住んでたあの街のほうが活気があったくらいなのが不思議だ。


「カムイ、伯父様から何か聞いてる?」

『詳しくはわからないが、病が流行っているとは聞いている』

「病ねぇ……」


 この世界にはお風呂があるから、基本的な衛生観念はあると思う。ただ、カトラリーを使用するせいか手を拭くことはあっても手洗い・うがいをしていると聞いたことがないし、お風呂自体も全世界に浸透しているわけではなく、ごく一部の国や王侯貴族だけの場合もありそうだ。その辺をカムイに聞いてみた。


「この国に限った話ではないんだけど、帝国って一般市民……平民や庶民にもお風呂って普及してるの?」

『貴族は個人で所有している場合もあるが、侯爵以上の王侯貴族はともかく、伯爵以下の貴族全部や平民にまで普及しているわけではない。尤も私が王宮にいたころの話だから、今はどうなのかわからないが』

「そっか。その辺は伯父様に聞くとして……誰が迎えに来てくれるんだっけ?」

『ザヴィドとロドリクだと聞いているが……まだ来ていないようだ』


 カムイが王宮にいた時期を考えると、既に二十年以上前の話になる。二十年あれば、下級貴族だけじゃなく庶民にまで普及しててもおかしくはないよねぇ。

 そんな話をしつつ、人間の姿だと目立つから(未だに行方不明扱いだかららしい)と、フェンリルになっているカムイに案内されてきた場所は、待ち合わせに使われるような大きな噴水がある広場だった。その隅にあるベンチに座り周囲を眺めていたのだが、待ち合わせをしているらしい人が数人とカップルが数組いるだけで、待ち人らしき人影はない。



 カムイと旅をしてきて十日。三日ほど雨に降られたけど、順調な旅だった。

 野営では焚火をしながら交代で休んだし、雨が降った日は街で宿をとって一泊し、のんびり過ごした。もちろん、カムイは人間の姿になって、だけどね。

 ボルダードと帝国との国境にもなっている運河では釣の道具が売られていたのでそこで一式買い、釣り人がいる所に交じりカムイと一緒に釣をした。初めてやると言っていた割に大物を数匹を釣り上げて周囲を驚かせ、盛大に喜んでいたカムイに内心嫉妬しつつ、小さいサイズは街で売られていた串に刺して焚火で焼いて食べたりもした。

 大物は二人では食べきれなかったので、料理して他の釣り人に振る舞ったら喜ばれた。帝国には大小様々な川や湖と海があるそうなので、また一緒に行く約束もしたよ。

 え? 私の成果? もちろんボウズだったとも! だから銛のほうが得意なんだって!

 運河を渡って帝国内に入り、野営の設営中に日本のよりも二回りでかいイノシシに襲われ、命を奪うことに内心震えながらもカムイと二人で撃退した。それを捌いて焼肉やステーキにしたり、鍋も作った。

 捨てるのは勿体無いし、食べきれなかったものはカムイのマジックアクセサリーに入ってますが、何か。

 カムイのアクセサリーは特注品で、時間が経過しないものらしい。落ち着いたら、私のペンダントも時間が経過しないようにしてくれると言っていた。その値段を聞いてちょっとビビったよ……さすが王族、オ カ ネ モ チ デ ス ネ 。

 ちなみに、イノシシを捌いたのは私だったりする。剣道の師匠がサバイバル好きで、修行と称して師匠が狩ってきたイノシシを捌くよう言われて無理矢理手ほどきをされ、泣きながらやりましたとも。……いい思い出だよ、ちくしょう。


 カムイの背に乗って移動したり、時には景色を堪能しながら一緒にのんびり歩いたり。そんな日々を送りながら帝国の王都に着く直前の町で、カムイは王宮に直接行くわけにはいかないからと、城(正しくはおっさん)に手紙を届けることができる鷹便というのを使い、手紙を出した。

 手紙が来るのを待っている間に町の散策や珍しい食材を買っているうちに返事が来たので、それに従って町に一泊し、王都に来たわけだ。


「一応、時間の指定もされてたんだよね?」

『ああ。時間的にそろそろ来るはずなんだが……。ああ、来たようだ』

「え? 来たの? どこ……って……え゛っ」


 あそこだ、と示された場所を見ると、二頭立ての馬車には御者が一人と騎乗している護衛らしき人が四人、こっちに向かってくるのが見えた。一般市民に顔バレしたくないのか、全員外套のフードを目深に被っていた。……おおぃ、そんな派手に出迎えるなんて聞いてないよ?!


「うわぁ……馬車とかないわー……勘弁してよ……。逃げたり他人のふりしたりしていいかな……」

『無理ではないか?』

「デスヨネー……」


 遠い目をしながら、明らかに私とカムイを認識したうえで近づいてくる黒い色の馬車を眺める。派手な装飾はなく、思ったよりも地味な馬車ではあるけど、それでも馬車だけに目立つ。騒がれるのは嫌だなぁ、なんて周囲を見渡すと、ここにいる人は誰もこっちを気にしていないようだった。……なんで?

 そんなことを考えているうちに馬車が近くに停まり、護衛の二人だけがフードを取った。その顔は、騎士服の色は違うけどザヴィドとロドリクだった。馬から降りた二人は優雅にその場に跪く。


「ヴォー……カムイ様、桜様。お迎えにあがりました。こちらの馬車にお乗りください。城までお連れいたします」

『桜、行こう』

「……はーい」


 ザヴィドがカムイの本名を言いそうになって睨まれ、慌てて言い直したのがなんとも笑えるけど、馬車に乗るのを抵抗したところで無駄な努力なので、素直に従い乗り込む。馬車に乗り込む時、ロドリクにエスコートされたよ。

 私が乗ると、続いてカムイが跳び乗ってくる。そしてすぐに馬車の扉が閉まると人間の姿になり、座席に座った。


「桜。立っていると危ないし馬車を出せないから、座りなさい」

「……あっ、はい」


 外とは違う馬車の豪華な内装とカムイの行動に見惚れ、そこにいた人物に固まっていたら注意されてしまった。慌てて座ると私に注意した人物が壁を三回叩く。その直後に馬車は静かに走り出したので、改めてその人物を見て溜息を吐く。


「おっさんがなんでここにいるかな……」

「おっさん……」


 馬車に乗っていたのはおっさんだった。私のおっさん呼びにショックを受けたのか、微妙に顔を顰めているのが笑える。


「あ、すみません。つい本音が」

「本音なのか。というか、それが地か?」

「そうですよ? 言葉遣いが悪くてすみませんねぇ」

「いや、構わない。……怒っていたときの話し方でわかっていたが……おっさんとはな……」

「私との年齢差はともかく、どんなに若く見えたとしても、子供がいるんなら世間的な年齢はおっさんでしょうが」


 そんなことを指摘すると、ガックリと項垂れた。二人に直接年齢を聞いたことはないけど、カムイもおっさんもいい年齢だろうに、外見は三十代前半か後半くらいにしか見えない。

 だから人間になったカムイと歩いている時、しょっちゅう兄弟に間違われた。まあ、女性は十代後半、男性は遅くとも二十二くらいまでに結婚するのが当たり前の世界だから、実際もそれくらいの年齢だろうし。

 それはともかく。


「つーか、なんでここにいるの? 皇帝がいちゃいかんでしょうが。襲われたり暗殺されたりしたらどうすんの」

「……心配してくれるのか?」

「伯父さんなんだから当然でしょ? 最高権力者なんだから、ほいほい外に出歩くなよ。襲われたら護衛が苦労するでしょうが」

「ははっ、すまん。だが、護衛は少数精鋭の中でも優秀な者を連れて来ているし、今回はどうしても俺が出向く必要があったんだ。そこは許してくれ」

「ああ、僕と桜がいるからですね?」

「ああ」

「ふーん……。つまり、お父さん……ヴォールクリフの帰還を知らせるのと私の存在を隠す、或いは私の存在を知らせたい、ってこと?」

「察しがいいな。ほぼ正解だが、桜の存在を隠したいんだよ」


 おっさん……嫌な言い方だな、おい。『今は隠したい』ってことは、いずれは明らかにしたいってことだよね? また厄介ごとに巻き込まれるのは目に見えているじゃないか!


「のちのち私の存在を明らかにして、厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしいんだけど」

「それをさせないために、俺が来たんだよ、桜。俺の後ろ盾があると知らしめるために、な」

「それでも、察しの悪いおバカな貴族くらいいるでしょ?」

「もちろんいるが、そういった輩は大抵下級貴族で、察しの悪い者は城勤めなどできないのがこの国だ。気をつけるなら、夜会や茶会だな」

「ふーん……。まあ、知り合いでもないのに近づいてくるような奴は、徹底的にシカトするからいいや」

「しかと、とは?」

「ああ……無視っていえばわかりやすいかな?」


 なるほどと頷いた男二人に、異世界なんだなぁとなんとも微妙な気持ちになる。


「いろいろと聞きたいことがあるだろうが、城に着いたら説明する。それまで待ってくれるか?」

「了解」

「あと、桜が出してくれたお菓子をまた食べたいのだが……」

「……貴族のお嬢様かよっ!」

「そうは言うが、この国には甘味自体が少ないんだよ。それに、妻や子供たちにも食べさせてやりたいし……」


 ……やっぱりいたよ、子供が。いたんならあんなことするなよ! と内心で突っ込みつつ、「材料があるなら」と了承した。


 そして二人と雑談したり、王都の様子を見つつも馬車に揺られること三十分。窓からちらりと見えた城の周囲とその造形に、思わずあんぐりと口を開けた。


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