それはカモイメロって花だね

 翌日。昨日は昼も夜も食べず、今朝になってやっと起きてきたおっさんや他の三人にご飯を食べさせながら、今日のお昼頃にこの家を見にくる人達がいることを話した。詳しい話は三人に聞いてと丸投げし、お昼ごろに帰ってくることと昼食にサンドイッチとサラダ、コンソメスープを作ってあるからそれを食べるように言って家を出た。

 あ、また朝食を食べ忘れた。


 活気のある街並みを冷やかしながら通りを歩く。昨日よりも遅い時間のせいか、そこかしこで旅人や冒険者の出で立ちをした人たちを見かける。


「よう、シェイラ。火炎草が手に入ったんだが、いるかい?」


 それらを見ながら歩いていた私にそう声をかけてくれたのは、ウォーグだった。火炎草という言葉に驚いたあとで笑顔を浮かべると、ウォーグと並んで歩く。


「本当?! ちょうど切らしたところだったから、頼もうと思ってたの!」

「お、そいつはいいや! 全部いるだろ?」

「もちろん! で、今回は何がほしいの?」


 いつものようにそう聞くと、ウォーグはちょっと考えながら口を開く。多分、道具屋の在庫を思い浮かべているんだろう。


「そうだなあ……。傷薬と魔導石の在庫がぼちぼち無くなりそうなんだが」

「魔導石の大きさは?」

「小さいのがいいな」


 その言葉にニヤリと笑うとちょうどウォーグの店に着いたので、一緒に中に入る。


「ウォーグさん、ついてるわね。これからギルドに納品に行くところだったの。余分にあるから、分けてあげる」

「そいつは助かる」

「交渉成立?」

「もちろん!」

「やった!」


 そう喜ぶと、ウォーグも優しい目をして微笑む。彼から火炎草をもらい、肩から斜め掛にしていた鞄から傷薬と小さい魔導石が入っている袋のうちの一つを渡すと、鞄に火炎草をしまった。


「それじゃ!」

「あ、シェイラ! これも持っていけ!」


 手渡されたのは、所謂ロールサンド。ロールパンのような丸いパンに野菜や肉が挟まっているパンだった。お腹が減ってたから、これはかなり嬉しい。


「ありがとう!」


 あとでまたくるからと言って道具屋を出ると、パンを食べながらギルドがあるほうへと歩き始めた。周りも同じように食べ歩きをしているから、それほど気にならない。

 ギルドに着くと窓口で依頼票と魔導石と傷薬を出す。傷薬は指定数量ぴったりだけど、魔導石はいつもの倍以上はある。大中小と様々な大きさに分けて袋に入れてあるから、仕分けは楽だろう。まあ、それだけの量の火炎草を渡されたし、アストたちが頑張ったんだけどね。


「……はい、確認できました。傷薬は大丈夫です。それと魔導石ですが……こんなにたくさんあるなんて、初めてじゃない?」

「まあね。実は弟子が二人できて、彼らに教えた結果がこれ。作ったのは大半が弟子たちなんだけど……出来はどう?」


 アストが作っていることは伝えてないし、キアロもスニルもアストの弟子みたいなもんだから、ある意味間違いじゃない。なんて言い訳をしながら、魔導石の確認を待つこと数分。

 その様子を見ていたんだけど、多分魔道具なんだろう……重さを量る天秤に似た道具に乗せては何かを確認してどかし、平べったい木の箱に仕分けしていた。


「はあ……。ほんと、薬の類いといい、魔導石といい、シェイラが持ってくる物は質がよくて助かるわ」

「あはは……ありがとうございます。それでですね、ちょっとお話があるんです」

「何かしら?」

「実は、訳あってこの国から旅立つことになりまして、そのお知らせを」


 そう告げると、受付嬢はがっかりした顔をして肩を落とした。


「そう……残念ね」

「こればっかりは仕方がないですよ。ただ、私がほぼ一人で引き受けていたものは知り合いにお願いしたので、今後は彼らがくるかと思います。その中には弟子たちもいますから、大丈夫ですよ。あとでまた顔をだしますので、その時に紹介します。まあ、多分、知ってる人間だと思いますよ」

「そうですか……。魔導石だけは相変わらず不足気味ですから、その方が残ってくださるのは有難いわね。……ああ、これが今回の報酬よ。傷薬は依頼票通りだけれど、魔導石は数も多かったし質も良かったから、色をつけさせてもらったわ。合計で金貨二十枚よ。確認して」


 いつもなら、今出した半分の量で金貨五枚から十枚行けばいいほうだ。それが倍の量があるとは言え、二十枚だなんて破格すぎる。これならキアロたちも喜ぶだろう。


「おー、いつもより多いですね。……確かにあります。弟子たちが喜びますよ、ありがとうございます。またあとで来ますね」


 受付嬢にお礼を言って一度依頼票が貼られている掲示板を見る。相変わらず魔導石の納品依頼と傷薬の納品依頼がある。その中に胃薬の納品依頼もあったので、四人を連れてきた時に依頼を受けてもらった方がよさそうだ。但し、早い者勝ちなので、傷薬は残っていない可能性もあるが。

 掲示板を確認し終えるとギルドを出て四人を迎えに行く。帝国に行く前にこの世界の時計を買わなきゃなー、なんて時計屋さんのウインドウを見ながら歩き、湖に向かった。

 湖に着いて四人が住んでる屋敷の建物に行くと、ちょうど中から出てきたので挨拶を交わし、キアロに魔導石の報酬を渡す。スニルはセレスを抱っこしている。


「キアロ、これが昨日作ってもらった魔導石の報酬ね。依頼票にあった数の倍あったのと、質がよかったからってかなりの額をくれたよ」

「そうなの?!」

「うん。依頼票を見たならわかると思うけど、報酬は金貨七枚のところを、金貨二十枚くれたから」

「「「「金貨二十枚?!」」」」


 四人ともそこに驚くのかよ。まあ、いきなりこの金額を稼ぐのは無理だとわかっているから、仕方ないのかもしれない。


「そう。私もギルドで確認したけど、ちゃんと二十枚あったから。あと、ギルドに行く前にウォーグさんに会って、火炎草ももらったから、それも渡しておくね。うちに行く前にウォーグさんとことギルドに行くから、しまってきなよ」

「そ、そうする。大金を持ち歩くなんて、怖すぎる」


 若干青ざめたキアロが慌てて屋敷の中へ戻っていく。それを待っている間にハンナの解毒薬作りはどうか聞くと、何とか作れたそうだ。あとは練習あるのみと話していたらキアロが戻ってきたので、全員で街へと行った。

 ウォーグの店に着くと私が旅に出ることと、彼らが私の代わりに納品することを伝える。何をどのくらい、どれくらいの間隔で納品するのか話し合ってからギルドへと赴き、そこで四人を紹介するとハンナとスニル以外は顔見知りだった。

 挨拶を終えると掲示板を覗き、試しに依頼を受けるようにいって彼らに依頼を受けてもらった。それが終わったので自宅へと向かう。


「ここだよ」

「木造の家なんですね」

「うん。これの前はレンガ造りの家だったんだけど、あまりにもボロボロで建て直してもらったの。その時に出た使えるレンガは、暖炉に生まれ変わったよ。……はい、どうぞ」


 門扉を開けて中に入るように促し、全員入ったところでまた閉める。まずは庭を紹介しようと先に裏へと回り、薬草と毒草を植えてある場所に案内した。どっちも種ができているのがあったけど入れ物がないのであとで回収することにし、次は温室へと行く。


「うわぁ! 素敵! 花がいっぱい!」

「そうですね。中には初めて見るのもありますが……セレシェイラ様、この白い花びらがたくさんあって真ん中が黄色い花はなんでしょう?」

「ああ、それはカモイメロって花だね。この国に来てから見つけたやつ。私の世界にも同じような花があって、私がいた国だとカミツレ、他の国だとカモミールって呼ばれてたよ」

「へぇ……」


 カミツレ――カモミールには消炎、鎮痛、鎮けい、発汗、強壮などの作用があって、風邪、神経痛、リューマチ、腰痛、不眠症、小児ぜんそくに効き目があると、母方の祖母に教わった。あとは便秘、下痢、胃腸炎、腹にガスがたまって苦しい時にもよく効くとも。

 美容にもいいよと説明したら、「私も植えようかな……」なんてハンナが呟いていた。


 祖母は所謂生薬とか民間療法に詳しくて本当にいろいろ教わったけど、大人になってから改めて調べて日本で飲み物として飲んでいたのは、カモミール、ハトムギ、ドクダミくらいだ。だからこの世界に来てこの花を見つけて花屋さんで効能の説明をされた時、全く一緒だったから咲いているのと種を購入し、育て方も教わったのだ。

 乾燥途中だからまだ飲んでないけど、どんな味がするのか楽しみだ。ただ、緑茶の件はイプセンにも聞いたけど、イプセン自身は緑茶を知らなかったので、まだ見つかっていない。紅茶はあるのに緑茶がないのは本当に残念だ。帝国はいろいろある紅茶の産地の一つだとおっさんたちに聞いたから、帝国にあるといいなぁ……。


「お茶として飲むなら摘んだ花びらを乾燥させて、小さなスプーン一杯から二杯をポットに入れてから熱湯を注ぎ、五分たつと飲めるようになるよ」

「そうなんですね! 育てるのは難しいですか?」

「大丈夫だよ。めんどくさがりな私が育てられてるんだし、花屋さんに行くと花の苗や種が売ってるしそこで育て方を説明してくれるから、花屋さんに行ってから決めたらどう?」

「はい、そうします」


 マンガならば背後に花やらハートやらが飛んでそうな感じで喜ぶハンナを見つつ、温室をあとにして庭へと行く。

 ちなみに祖母によると、カミツレは消炎作用が強くて、日焼けした肌に塗ったりすると効果があるんだそうな。あとは、口内炎、咽喉炎には煎じ液でうがいをするといいらしい。この世界のやつでは試せていないから、同じ効果があるかわかんないけどね。

 あと、弱った植物の近くにカモミールを植えたり使ったあとの物を土の中に入れたりすると、弱っていた植物が元気を取り戻すと、祖母が言っていた。祖母曰く、『植物のお医者さん』とも呼ばれているんだとか。だからなのか祖母の庭や畑には、カミツレがたくさん植わっていたっけ。


 それはともかく、庭のほうは野菜と温室とは違う花を植えている。こっちにある花は馴染みのある花ばかりだったのか、ラーディがほぅっと息を吐き、胃薬の材料になる花をみて「これもですか……」と呟いていた。

 胃薬に使う花はゲンソウという名前で、白紫色の花で、開花は夏だそうだ。この世界だとちょうど今の時期だね。枝分かれした先に二、三個の花を付け、赤い筋が走っている花びらは五枚あり、がくも花びらと同じで雄しべは十もある。日本でいうところのゲンノショウコに似ている花だ。

 実はこの花、こっちの世界の花屋で見つけた時、その値段の高さに驚いた。最近はラーディも胃薬を作るようになったから、多分値段を思い出して溜息をついたんだろう。ひと株自体が大きいし、根っこを含めたその全てが薬になるんだから仕方がないのかも知れない。

 まあ、庭のほうは観賞用や薬の材料になる花、野菜とか節操なくいろいろ植えたからねー。植えた当時はまさかこんなことになるとは思ってもみなかったし。


 庭を案内し終えて中に入るとフェンリルの姿のカムイがいた。


「よくきたな。客人がいるが、気にせず見てゆっくりしていくといい」

「ありがとうございます」


 カムイの言葉にキアロが代表でお礼を言うと、カムイは窓際に行って寝そべり、日向ぼっこを始めた。それを横目に見つつ、ダイニングキッチンと暖炉を簡単に説明し、お風呂やトイレ、作業部屋を見せると全員ポカーンと口を開けた。

 ……まあ、乾燥途中の物とか、薬やら日焼け止めの塗り薬とかがところ狭しと並んでいるからね。


「……すげっ。これ全部、薬っすか?」

「そうだよ。傷薬はもちろん、解毒薬に胃薬、風邪薬や日焼け止めの塗り薬もあるよ。他にもあるけど、ほとんどがオリジナルの薬だから外には出してないし、多分、説明してもラーディにも作れないんじゃないかな」

「例えばどんな……」

「鎮痛剤……痛み止の丸薬や湿布薬だね。試しにやってみる? ……のはあとにしようか。先に部屋を案内しちゃうから」


 そう言って一旦作業部屋を出ると、二階を案内した。部屋とロフト、布団がしまってある場所を説明したら「すごい!」としか言われなかったので、その辺は割愛。

 で、再び作業部屋に戻ってきて鎮痛剤と湿布の作り方と材料をラーディに説明したんだけど……結局ラーディはそれらを作れなかった。材料の一つに癒し草というのがあってそれを擂り潰した液体が必要なんだけど、それをうまく摘出できなかったのだ。

 ちなみに、癒し草はほうれん草みたいな形の薬草で、裏の森でカムイが見つけたやつだったりする。

 がっかりしたラーディを促して作業部屋を出るとダイニングへと行き、四人にお茶とお菓子を配る。カムイにも声をかけたけど、いらないと言ってまた寝そべった。ごめん、もうちょいの辛抱だ。


「まあ、こんな感じの家だよ。買うにしろ、管理するにしろ、キアロたちが扱えないものは持っていったり処分したりするし、外にあるものを含めた全部、キアロたちがそのまま使っていいから。温室や庭の世話も、難しいのは置いてないから、そこは安心して。その辺りの返事はいそがないから」

「はい」

「あと、キアロとスニル。明後日は予定ある? ないなら私がそっちに行くから、その時に傷薬を見せてほしいの。今、自分が作れる最高のものを用意してほしいな」

「わかりました」


 そこで話は打ち切り、しばらく雑談をしたあと四人は帰っていった。途中まで送りがてら街で見つけた高さ十五センチ、幅が五、六センチ位の高さの四角いガラスビンと、それに貼りつけるための紙と糊のセットを買った。

 紙と糊のセットには糊を溶かすための木の平べったい箱がついていて、そこに水を入れて糊を溶かし、その中に紙をくぐらせてからビンに貼ると五分で乾くという優れものだった。

 ついでに一番安い時計も買って自宅に戻るとビンの用意をし、乾いた紙に傷薬とか解毒薬とか一目でわかるようにしておく。もちろん、薬草なんかの種もある。

 その中に薬や種を入れると、棚に置いてから夕飯を作り始めた。ビンに入れた薬は、旅に出る時に持って行くつもりだ。巾着だと不安があったしね。

 そしてようやくおっさんたち帝国組の面々に庭を案内したその日の夕飯の時、おっさんたち三人が「明日帰る」と言い出した。


「まあ、仕方ないよね。すぐにっていうのは無理だけど、できるだけ早く用事を片付けて、お父さんと一緒に必ず帝国に行くから」

「ああ、わかった」

「あと、これを渡しておくね」


 夕飯前に用意した解毒薬が入ったビンをおっさんに渡す。


「これは?」

「ビンに貼りつけてあるものに書いてあるけど、解毒薬だよ。数えたわけじゃないから正確な数はわからないけど、百コ近くはあると思う。帝国に行った時にまた渡すから、それまでそれで凌いでね。一日一回が基本で、ちょっと変だなって思ったらすぐに飲んで」

「わかった。桜、ありがとう」


 それから帝国に行くまでの日数とかの話をし、夕食後にあの変な呪文を教わって、無事(?)に小さくなれました。解除の方法も小さくなるより先に教わり、おっさんやカムイに可愛がられる前に元に戻ったらがっかりされた。


 おっさんたちが帰ったら、カムイにはその姿で甘えようと思ったのは内緒だ。



 そして翌日。

 トラになったおっさんと護衛の二人は、世が明けきらないうちに帝国へと帰った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る