毒を盛られてるよ、伯父様

「ただいま~」


 リビングダイニングに続くドアを開けたら、そこはお通夜だった。つーか、ホラーだった。出かけた時よりもおっさんたち四人の唇と頬が腫れて、かなりヤバいことになっていたからだ。

 そのせいであんまり喋れなかったようだ。……うん、私のせいだけど、反省も後悔もしないし、自業自得だ。


「カムイ、顔がヤバいよ。うちにあった傷薬は飲まなかったの?」

「あ……!」

「……その顔は忘れてたんだね」


 傷薬の存在を忘れていたらしいカムイに溜息をついて左小指から指輪を外すと、四人に座るようにいう。中級でも治せるけど時間がかかりすぎる(傷薬だともっとかかる)から、一瞬で治せる最高位の巫女の力を使うことにした。


「先に言っとくけど、ここで体験したことは秘密ね。あと、毒消しはできるけど病気は治せない類いの力ものだから、そのつもりで」


 そう前置きしてからまずはカムイの左頬を右の掌で包むと、心の中で癒しを発動する。


【彼の者の傷を癒し、苦痛を取り除きたまえ】


 祈りが終わると共に右手が淡く光り、それと同時に全身も淡く光って、髪をふわりと持ち上げる。私の体の中から、最高位の巫女の力が溢れる……んだけど、なんだかいつもと違ってフローレン様の神気じゃないような……?

 内心それに首を傾げつつも一瞬でカムイの傷を癒すと、他の三人が息を呑んだ。


「桜……ごめんよ。ありがとう」

「反省してるならいいよ、お父さん。で、話があるから、三人が終わるまで待ってて」

「いいよ」


 そんな会話をしたあとで先にザヴィドとロドリクを治すと(二人からも謝罪された)、おっさんは涙目になりながら私を睨んだ。やだなー、元凶なんだから最後になるのは当然じゃないか。涙目のおっさんなんて、可愛くないやい。


「伯父様? そもそも自分が悪いんだから、そんな顔をしないの!」

「うぅ……」

「ちゃんと治すんだからじっとしてて。それとも、治すの止めようか?」

「それは困る……」

「でしょ?」


 おとなしくしててと告げ、癒しを発動してからすぐに眉間に皺がよる。彼の唇と頬は簡単に治ったけど、なぜか内臓がボロボロだったからだ。

 まるで、アストの子供たちを癒した時の状況に似てる。一人だし大人だからまだ楽だけど、食べながらじゃないとちょっとキツい。


「お父さん、朝食に出したパンって残ってる?」

「残っているよ」

「なら、悪いんだけどそれをちょうだい。あと、冷蔵庫にジュースが入ってるから、それも」

「……スープと腸詰め肉も残っているから、それも用意しよう」


 私の顔つきと言葉に何かを察したのか、カムイから他の食料のことも言われた。よくよく考えたら朝食を抜いたから、お腹も空いてるんだよね。ただ、帝国から来た人にしてみれば、わけがわからない状況でして。


「桜? どうした?」


 困惑した様子のおっさんから質問が飛ぶ。


「あのね……毒を盛られてるよ、伯父様。それも長期間に渡ってね。そのせいで内臓がかなり痛んでる。単刀直入に聞くけど……私の世界の物語とかだと、毒の耐性をつけるために王族や貴族が少量の毒を飲むことがあるんだけど、伯父様も耐性をつけるために自分で飲んだクチ? それとも、知らない間に盛られた?」

「……毒、だと? 確かに王族――我が国だと王族やそれに近しい者は耐性をつけるために少量を長期間に渡って、しかもたくさんの種類を飲むことはあるが……そのせいか……?」

「うーん……確かにそれもあるんだろうけど、ちょっと違う。なんていうか、強い毒を急激に、しかも大量に摂取した状態っていうか……」


 血を吐いたことはない? とおっさんにしか聞こえないような小さな声で聞けば、サッと顔色を変え、瞬きすることで肯定した。


「そっか。……治しておこうか?」

「治せるのならば。ただ……耐性がなくなるのは困る」

「なるほど。でもそれは大丈夫。材料さえあれば解毒薬が作れるよ。他の巫女たちから聞いたんだけど、どうも私が作る薬は全般的に他の巫女たちが作るのよりも効きがいいみたいだから、一日一回、寝る前の服薬で効くよ。それを渡そうか?」

「そんなに強力な解毒薬を……作ってくれるのか? 俺はあんなことしたのに……?」


 殴られたのがよっぽど利いたんだろう。やり過ぎたかなと思うものの、それはそれ、これはこれ。それに私は怒りが持続するほうじゃないし、謝罪して反省した人にまたくどくど言うほうじゃない。


「反省したから謝罪したたんでしょ? 二度としないんでしょ? それならいいよ。あと、あの呪文みたいなのを私に教えてよ。それでこの話は終わり! 言ってくれれば、自分から小さくなるから」

「ありがとう……それから、すまなかった」

「もういいよ。じゃあ、やるよ。……と言いたいとこだけど、ここじゃ無理。上でやろうか。寝ててもらったほうが伯父様にも負担はかからないし、私もやりやすいから」

「わかった」


 一旦力の発動を止め、そんなやり取りをして二階に上がり、昨日用意した部屋に行くと布団はそのままだった。その布団を入口付近によけ、新しく布団を引っ張りだしながら、護衛の二人に声をかける。


「二人のうちのどっちでもいいんですけど、お父さんに言って水とコップをもらってきてくれますか?」


 そうお願いをすると、ロドリクが下に行った。敷き布団を敷いておっさんに寝てもらい、お腹に両手をあてる。


【彼の者の毒を浄化し、傷を癒したまえ】


 そう念じて力を発動するも、傷が癒えても、猛毒なのか毒がなかなか抜けてくれない。念のため解毒薬も飲ませたほうがいいかと悩み始めたタイミングで、料理を持ったカムイと水とコップを持ったロドリクが戻ってきた。


「お父さん、悪いんだけど、作業部屋に行って、茶色の巾着を持ってきてくれないかな」

「そこまで……。わかった」

「ごめんね」

「わかってる。兄上を頼む」

「りょーかい」


 私とカムイのやり取りに護衛の二人は顔を見合わせて不安そうにしている。茶色の巾着には解毒薬が入っていて、カムイはそれを知ってるから、すぐに取りに行ったのだ。


「桜様……先ほどの会話から何が起こっているのかわかるのですが、何をしているのか聞いてもいいですかな?」

「……伯父様、話していい?」

「いや、俺が話す」


 ザヴィドの質問に対しておっさんは、三ヶ月くらい前から時々血を吐いていたことと、私がその毒抜きと内臓の治療をしていることを話すと二人が息を呑んだ。そこにカムイが戻ってきて、解毒薬と水をおっさんに飲ませると、ザヴィドとロドリクの眉間に皺がよる。


「大丈夫ですよ、二人とも。今、兄上に飲ませたのは、桜が作った解毒薬です」


 そう説明したカムイに二人はホッとした顔をしたものの、今度は心配そうな顔をする。私の邪魔をせずに黙っててくれることが有難い。


 そして、パンやらスープやらを食べ、たまに小声で話す四人の雑談を耳にしながら、ほぼ全力で癒し続けること、三十分。


「ふう……。はい、終わり! 今は神気に中てられて体力的にしんどいだろうから、しばらく寝てて」

「……ああ、そうする。あり、が、……」


 よっぽど疲れたのか、話の途中で眠ってしまったおっさんに布団をかけ、水を浄化してから三人を促して先に階下に下りてもらう。空いた食器はカムイが片付けてくれたので、手ぶらだ。

 まあ、すぐに昼食の用意しなきゃなんないんだけどね。

 三人を見送ってから布団を隣の部屋に運ぶと、それを干して下へいった。


「お父さん、いろいろありがとう。料理なんて大変だったでしょ?」

「そんなことはないさ。あと、兄上を治してくれてありがとう」

「内臓がボロボロなのに放置はまずいし、放置して何かあったら寝覚めが悪いから」


 そんな話をしながら紅茶の用意をして三人に配る。ついでにクッキーの残りも出すと、またもや三人は嬉しそうにクッキーを食べ始めた。私はそのまま昼食の用意をしながら、三人とお話です。


「で、桜。話ってなんだい?」

「帝国に行く前提で話すんだけど、この家と仕事をどうするか、って話。さっきアストんとこでキアロやスニル、ラーディに会ってさ、私がやってる仕事を割り振ってきたんだよ。その時にキアロとスニルが家を探してるって言ってたから、この家を買うか管理してもらう提案してきたんだけど、どう思う?」

「その二人は、昨日赤子に祝福を与えた夫婦かい?」

「そう。赤ちゃんもいるし、街中にも近いからいいかな、って。薬のでき具合にもよるけど、中級になってるなら、ここの作業部屋も、外の薬草類や温室内のも扱えるしね。昨日その話を相談しようと思ってたんだけど……。事後承諾みたいな形になってごめん」

「それは構わない。桜がお金を出したんだから、桜の好きにしたらいい」


 敢えて昨日のことは触れずに先に謝ると、カムイは苦笑しながらそう言った。ザヴィドとロドリクはなぜか恐縮してる。


「いや、確かにお金は出したけど、お父さんの家でもあるから相談してるんだよ。それでね、明日の昼すぎにキアロ夫婦と、ラーディとハンナが見学にくるんだけど……伯父様たちをどうしようかと」

「なるほど」

「それに、あの様子だと、多分伯父様は明日も寝て過ごすことになると思うんだよね。フェンリルのカムイがいないのはおかしいから、お父さんにはフェンリルになってもらうしかないけど、伯父様も含めてザヴィドさんとロドリクさんをどうしようかと」


 血を吐いてたおっさんは『帝国の皇帝』という立場上、あまり眠れてない気がする。ほぼ全力で癒したとはいえ、あんなに簡単に眠るなんて、どう考えても内臓の痛みとかで寝不足になってるとしか思えない。


「よくよく考えたら敵対している国の中にいるんだから外に出すわけにはいかないし、見学者が帰るまで、三人にはあの部屋にいてもらうことになっちゃうかも知れないけど、いい? 私が使ってる部屋以外の二つは全く同じ造りだし、『お客さんの具合が悪くて寝てる』ってことと、『この部屋と同じだよ』って言っちゃえばすむ話だと思うんだよね……」

「なるほど……。二人はどうしたい?」


 カムイの問いかけに、二人が自分の意見を話す。


「ヴォールクリフ様、桜様。我らはそれで構いませんぞ」

「そうですね。長い時間いるわけではないのでしょう? 私も構いませんよ」

「そうですか。ごめんなさい。それから、ありがとうございます」


 急に客を連れてくることに対する謝罪と、提案を呑んでくれたお礼を言って、三人と雑談しながら昼食を作って振る舞った。


 もう一度アストのところに出かけることを告げて家を出ると、まっすぐに向かう。湖につけば魔導石を作り終えたらしいアストとキアロ、スニルがぐったりしながらお茶を飲んでいた。食事はこれかららしい。

 キアロとスニルに、お客さんの具合が悪くて眠っているからその部屋は見せられないことと、その部屋と同じ造りの部屋がもう一つあるからそっちしか見せられないことを詫びた。そしてラーディにも伝言を頼むと、二人は頷いてくれた。

 魔導石の依頼の報酬は


「キアロ様とスニル様の二人がそのほとんどを作りましたから、わたくしはいりませんわ。全額、彼らにお渡しくださいな」


 とのアストの太っ腹な言葉に従うことにし、もし火炎草が手に入ったら渡すと約束して湖をあとにした。


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