ピンクの『滅びの繭』
私が馬車を降りて周囲をさり気無く見回した途端思ったのは
(うわぁ……何、ここ……すっごく異常なんだけど……)
だった。
帝国や他国から輸入できない以上、確かに『滅びの繭』が漂っているのはある意味正しい。のだが、形は確かに『滅びの繭』ではあるものの、色が黒ではなくピンクなのが凄く気持ち悪い。
「気色悪……」
「何がですの?」
「これ。ピンクの『滅びの繭』」
「ピンクの……ですか? わたくしには見えませんけれど……」
馬車から降りるアストに手を貸しながら小さく呟くと、アストがそう返して来た。でも、返って来た言葉はアストには見えないというものだった。それを聞いていたレーテも小さく頷いている。
「あー……。確かに変な感じの繭だし……ちょっと待って」
最高位の巫女であるアストやレーテに見えないということは、他の人には全く見えないだろう。それに私にだけ見えるということは、多分フローレン様ではなく世界の理が私に力を
城の連中の死角になるように背中を向けて杖を出すと、トンと軽く地面を叩く。その光景が見えたのか、皆顔をひきつらせていた。
「……なんですの、これ……」
「形は『滅びの繭』なんだけどね……。でも、フローレン様の怒りじゃないっぽいよね、これ」
「そうですわね。フローレン様の波動を感じませんもの」
「そうですね。わたしもフローレン様の波動を感じませんわ」
アストに続いてレーテもそう言ったから確実だ。確かに私もフローレン様の波動は感じないし、どちらかと言えばあの水晶の波動に似ている気がする。ただ、どの神の波動なのかわからないのが不気味だ。
「もしかしてこれ、浄化できる、かも」
「桜、そんなことが可能なのか?」
「カムイは感じない? あの水晶と同じ波動を」
そう聞くと、カムイは考える素振りを見せる。
「ふむ……言われてみれば、確かに感じる」
「でしょ? ということで、手伝ってね、アスト、レーテ」
「構いませんが、どこで浄化しますの?」
「一旦別室に控えたあとで迎えが来るはずですから、そこでやったらどうかしら?」
レーテの提案に頷くと、一旦杖をしまってアストの後ろに控える。杖をしまったことで繭モドキも見えなくなったようで、アストたちが不思議そうに私を見たけど、私にだってわかんないんだから、こっち見んな。
そして慌てて出迎えに来たこの国の文官らしき人のあとに続いて歩き、控えの間らしき場所に案内した文官らしき人は「少々お待ちいただけますでしょうか」と言って部屋から出て行く。
それを見計らって元神殿騎士たちが入口付近に張り付き、デューカスが窓の付近に張り付く。カムイもそれにならって入口付近に座ると、私とアストとレーテの三人で杖を出した。
浄化は繭が見えなくてもできるし、私が見えているから問題はない。んだけど、見えないとやりにくいとアストとレーテが言うので、また繭モドキを見えるようにした。
「基本的にこの変な『滅びの繭』の浄化のやり方は、最高位の巫女が使える浄化のやり方と一緒だから。ただ、範囲が広いから、全部消しきれるかどうか……」
「それなら巫女舞をしますか? 広範囲で大規模な浄化をする時にやるあの舞いを。何度か三人でしたわよね?」
当時を思い出したらしいレーテの提案に、私とアストはしばらく考えてから頷く。範囲は城の周辺だけのような気がするし、三人で舞えば簡単にこの範囲に入ってしまうからだ。
最高位の巫女が舞う巫女舞の動きは、日本の神社で巫女さんが踊る神楽舞に近い。神楽舞のようにたくさんの道具は必要なく、杖さえあればいい。なぜならば、神は巫女の体に、神の力は杖に宿るからだ。
三人で呼吸を合わせて静かに舞う。時折杖で床をトンと叩く音、衣擦れの音、三人で杖を合わせる音以外はほとんど音がしない。
元神殿騎士たちはその懐かしさと神々しさに自然と背筋を伸ばし、昔の役割を思い出したのか周囲を警戒し始め、初めて見た者はその美しさと素晴らしさに見惚れて自然と祈りを捧げる型になっている。
内心それにクスリと笑いながら、私は首筋にチリチリとしたものを感じてチラリとアストとレーテを見る。アストには女神フローレンの気配が、レーテはその妹神といわれている女神の気配がしていた。
妹神が降臨することも珍しいのに、私に降りて来た神が誰だかわからない。でも、二人の女神の神気にすごくよく似ているけどそれ以上に力強いことから、私に降りて来てるのが世界の理なんだと思った時には三つの神気が混じりあって波紋を広げ、周囲に広がった。
「これは……フローレン様と月姫様が降りているのはわかる。だが、桜に降りている神は一体……」
『ふむ……この娘の力の源は、世界の理と言ってはおらなんだか?』
私の体から発せられたのは壮年男性の渋い声。相変わらず映画みたいだよなあ、なんて思いながら周りを見ると、その神気の強さ故か皆の顔が青ざめていた。
そりゃそうだよね、女神二人に世界の理だもん、普通の人には辛いかもねー。と言うか、何で世界の理が降りて来たのかわからない。
それは皆も思ったことだったようだけど、『あとでフローレンに説明させる』と言ったその人は、三人であっという間にピンクの『滅びの繭』もどきを消して私たちの体から離れた。
「あら……? 何か重苦しい雰囲気と気持ち悪い感じが無くなりましたわね」
「そうですわね。これで少しはよくなりますかしら」
と、レーテとアストがそんな話をしながら三人同時に杖を消した時だった。扉がノックされて先ほどここまで案内してくれた人が顔を出し、一緒に誰かを連れて来た。それを見たアストと殿下とレーテが慌てて礼をすると、初老の男性と女性が二人の側に寄って来て抱き締めたのだ。
「父上……?」
「王妃様……?」
殿下とレーテ、二人の呟きに何とか声をあげずに頑張り、私も慌てて礼をするのだった。
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