失礼を承知で申し上げますが

 王様と王妃様の話の内容は王太子殿下が語ったものとほとんど一緒だった。違う点はと言えば、王太子殿下たちを襲ったのは操られたような顔をした騎士で、その騎士は赤毛の女性の護衛騎士ということだった。

 それも不意討ちで襲って王太子殿下とヤグアスに怪我をさせ、恐怖で動けないレーテに叫ばれないように猿轡さるぐるわを嵌めたうえ、怪我をした二人は何の手当てもせずに三人をあの塔に幽閉したらしい。


 それが二週間くらい前のこと。よく死なずに保ったよね、殿下とヤグアス。


 その時は既に王様も王妃様も操られ、自身では助けたいと思ってはいても、それとは裏腹に体を動かすこともできなければ口から出る言葉も真逆のものであったらしい。


 そんなままならない歯痒い状況の中、文官を通してアストがレーテに会いに来たことを王様が聞いた直後に、それまで重苦しかった、操られたような感じがなくなったという。アストが何かしたのかと思ってこれまでのことを相談しようと慌ててアストに会いに来たら、瀕死で幽閉されたはずの王太子と護衛騎士が元気な姿を見せ、側にレーテを見つけた、ということだった。


「アストリッド殿がこの状況を打破したのだな?」

「いいえ、陛下。わたくしたち最高位の巫女で致しました」

「ふむ……。ということは、レーテも一緒に、ということだな。どんな方法で、と聞いてもよいか?」

「最高位の巫女のみに伝わる巫女舞いで、としか申し上げようがありませんわ」


 苦笑したアストに、王様はこれ以上聞いてはいけないと思ったのか、「そうか」と言ったきりそれ以上は何も言わなかった。そして私に視線を向けたのか、頭を下げている私の頭にビシバシ視線が飛んでくるのがわかる。


「して、彼は? どこかで見たことがあるような……」

「今は詳しくは言えませんけれど、ちょっとした知り合いですの」


 まーた余計なことを言ってるよ、アスト。あんまり余計なことを言ってほしくないんだけどな、なんて考えていたら、王様に「面をあげよ」と言われてしまった。この段階ではバレたくないんだけどなー、なんて内心で溜息をついて頭を上げると、王様と王妃様、二人にくっついて来た宰相らしき初老の男性が、私を見て一瞬考えたあとで息を呑んだ。


「ヴォールクリフ、殿……?!」

「そんな、まさか……」

「……そのヴォールクリフって方は存知あげませんが、私はそんなにその方に似てるのでしょうか?」


 発言を躊躇っていたら王様が頷いたのでそんなことを話す。まあ、嘘だけど。ガッツリ知ってるけど! そしてちょっと低いとはいえ女性の声だったからか、息を呑んだ三人は目を見開いて驚いたあと、何処かがっかりしたように溜息をついた。

 お父さんに似てると言われるのは嬉しいけど、何で溜息をつく。もしかして、本人だったら赦しを乞おうと思ってたとか? それこそふざけんなだよ。とか思っていたら。


「ヴォールクリフ殿は帝国の皇帝、レウティグリス殿の同腹の弟でな。そなたはその方に驚くほど似ておるよ。だが、よくよく考えればあれから二十年は過ぎておる。当時と同じ姿ではないはずなのに、な……」

「そうですか」

「そもそも、側妃が暴走をせねば、こんなことには……」


 そんな王様の言葉にカチンと来る。赦しを乞おうと思っていたらしい思惑が透けて見えたからだ。


「失礼を承知で申し上げますが、よろしいでしょうか」

「なんだ?」

「陛下のお話を聞く限り、側妃様が暴走をしたと仰いますが、それは陛下なり王妃様の管理なり、監視が甘かったからそうなったのではないんですか? 最初の段階で……側妃様が自国の人物にあれこれ声をかけた時点でなにかしらの策を高じていれば、他国の王族を殺めることも、自国の王太子を傷つけられることもなかったのではないんですか? それを怠ったのは陛下であり、王妃様であり、この国の怠慢だと思いますが」

「それは……」


 冷ややかな私の声に、事情を知っている人たちの肩が僅かに跳ねる。


「他国の王族の妻を殺したあげく、皇帝の弟とその子どもも未だに行方不明なんですよね? この国ではたかが一貴族である伯爵令嬢ごときが、他国の王族よりも身分が高いと仰るんですか? 王族の妻を殺めた時点で不敬罪、或いは反逆罪となり、その身分差から首を跳ねられたり一族郎党が処分、または処刑されていてもおかしくないはずです。そういった法律が厳しい他国ならば、下手をすると側妃をはじめとして一族郎党がとっくに処分されているでしょう。実際、とある国で起こった事件に於いて、不敬罪や反逆罪で処刑された話を知っていますし。それなのに側妃だけを幽閉? その一族郎党の土地が帝国に渡ったから安心できる? 随分と甘いことを仰るんですね」

「……っ」

「側妃様とその一族郎党の首を差し出したうえで、平身低頭して謝罪していたならば、それこそある程度は赦され、他国とすら取引できないような状況になっていなかったのでは?」


 冷たい声で問えば、両陛下も、案内して来た文官らしき人も、近衛騎士らしき人たちも黙りこむ。

 こんなことを今更言ったところで過去は変わらないけど、口から出た言葉は止まらなかった。私の側にいたカムイから怒りが伝わって来てたから。

 ただ、私の話に黙っていられなかった人が一人いた。


「貴女は我らが何もしなかったと仰るか!」

「これは私の憶測になりますが、帝国側から側妃様の首、または身柄を渡せと通達され、それを断った。或いは無視をした。もしくはそれ以外のことで対応したけれど対応が杜撰だった。だからこそ帝国から戦争を仕掛けられ、帝国をはじめとした周辺諸国から未だに赦されることなく、現在の状況に至っているのではないんですか?」

「……っ!」


 宰相らしき人が怒りの声をあげたけど、私の言葉に身に覚えがあるのか、その人は言葉を詰まらせて俯き、手をギュッと握った。


 この国の人にしてみれば、側妃が勝手にやったことだと思っているのかも知れないけど、その側妃を野放しにしたのはこの国の上層部だ。この国の極刑が幽閉なのはわかるけど、他国から――特に帝国側からすれば、同腹の弟の妻が理不尽にも殺され、弟とその子どもが行方不明のままなんだから、幽閉だけで済ませたこの国の上層部に怒っていたとしても不思議ではない。

 交渉はお互いに何度もしたとは思う。でもその対応が甘かった、或いは杜撰だった。だから帝国側は戦争に持ち込んだ。そしてこの国は側妃の行動を軽く考えた結果が未だに続く、この状況なんじゃないのか。


 それに、帝国に渡ったという側妃の実家はこの国に知られることなく、帝国側はとっくに処刑してるんじゃないのかな、って気がする。実際はどうなのかわからないが。


 そんなことを考えていたら、王様は小さく溜息をついたあとで、訪問者全員に聞こえるように話し始めた。


「確かに我らの判断は甘かったのであろうな……今更言ったところで言い訳にもならぬが。して、アストリッド殿はレーテに会いに来られたと言うが、レーテはアストリッド殿の側におる。どうされるつもりだ?」

「どうするも何も、王太子殿下からそのあたりは聞き及んでおりますから、陛下がお許しくださるならば、偽の王太子殿下を追及させていただきたいですわ。もちろん、側妃様のことも。それでよろしいかしら、カムイ様」


 打ち合わせの通りアストが私に向かって話しかけたので頷くと、王様達は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「カムイ? 男性のような名前ではあるが、その方は女性なのではないのか?」

「確かに女性ではありますけれど、こちらにも明かせぬ事情はありますの。ことが終わればカムイ様自身から説明があるはずですわ。……そうですわよね?」

「そうですね。今話したところで混乱するだけでしょうし」


 また小さく溜息をついた王様は、「そうだな」と言ってアストと打ち合わせを始める。ふと足下を見れば、カムイとの打ち合わせ通り、カムイが私の足に乗せて何やら呪文みたいなのを呟いていた。

 それが終わった瞬間、誰にも気付かれることなく、私はカムイの躯へ、カムイは私の体へと入れ替わる。いつもと違う低い視線がなんだか新鮮で、キョロキョロしないようにするのが大変だった。

 アストと王様の打ち合わせも終わり、王様たちは来た時同様にこそこそと部屋から出て行くと、呼ばれるまでまたそこで待った。しばらくたってから私たちも呼ばれたので、呼びに来た人のあとにくっついてその部屋を出る。少し歩いたところで、夢に見た赤毛の女性が視界の隅に入り、そのことをカムイに伝えることにする。


 カムイと身体を入れ替える話をした時、何かあった場合どうやってカムイに伝えればいいか念話のやり方を聞いていた。カムイ曰く、伝えたい相手を思い浮かべて話せばその相手に伝わるのが念話だそうで、それを実行した。


『カムイ、あの曲がり角の隅にあの女性がいるよ?』

「女性が? ……確認した」


 私の声を真似て(どうやったのか、私の声にそっくりだった)小さく呟いたカムイの声が聞こえたのか、背中を向けて歩き出した女性に向けて、全員が立ち止まって冷ややかな視線を投げかけるも、すぐにまた歩き始める。


 私とカムイの正体を知ったら、皆どんな反応をするんだろうね。そのままでいるのか、或いは離れて行くのか。

 離れて行くなら仕方ないと思ってるし、そういう意味では住むところを別々にしたのは正解だったと、今ならそう思う。


『桜、今回のことが終わったら、一緒に帝国に行かないか?』

『どうして?』

『私が桜が生まれた話をしたら、兄上が桜に会いたがっていたからだ』

『へぇ……そうなんだ。帝国に行くのは、お父さんと二人で旅をしながら?』

『そうだ』

『そうね……時々、フェンリルじゃないお父さんと一緒に歩いてくれたり、私が赤子だった時の話をしてくれるならいいよ』


 そんな話をしたのは昨日の夜のこと。カムイがそう言ってくれたことが嬉しかった。


 それを思い出していたら、いつの間にか謁見の間みたいな場所に来ていて、アストと私とカムイの姿を見た中にいた人たちから、小さなざわめきがおこる。


(アストもカムイも、どんな決着を見せるんだろう)


 フェンリルの中にいるから、人間の体にいた時よりもアストやカムイから怒りが伝わって来る。そして、その場にいた偽王太子からは怯えが、赤毛の女性からは怯えと恋する気持ちと――



 ――レーテに直接ではないにしろ危害を加えたからなのか、赤毛の女性とその護衛騎士らしき人物には本物の『滅びの繭』がくっついていた。


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