今後どうするか決めたの?

 案内された部屋に着くなりアストの顔を見てにっこり笑うと、私が何を言いに来たかわかったのかアストは顔をひきつらせ、心持ち青ざめながらも「申し訳ありません」と頭を下げた。


「あのさあ、アスト。私、一人旅がしたいって言ったよね?」

「それは……っ」

「それに、彼らの気持ちは汲み取るけど、私の意思はどうでもいい……そういうこと?」

「違います!」

「違わないでしょ? だって、私の気持ちを確認もせずに、彼らに私のいる場所を教えたんだから」


 笑顔を消して半眼でアストを見ると、アストはきゅっ、と唇を噛んで俯く。


「彼らは、『リーチェ』の記憶があるとは認めるてけど、私を……『黒木 桜』を認めてないの。特にキアロとラーディはね。キアロなんかはっきり『認めない』と言ったし、ラーディも口には出さなかったけど態度はそう言ってた。アストはそんな態度をしてる人たちと一緒に旅ができる? 悪いけど私には無理よ」

「サクラ……」

「やっちゃったことは仕方ないけど、二度と、私に確認もせずこんな勝手なことしないで」

「わかりました」


 しゅんとしながらごめんなさい、と言ったアストに、盛大に溜息をついて話題を変える。


「で? 今後どうするか決めたの?」

「はい」

「デューカスさんとはうまく行きそう?」

「はい。……えっ?!」

「え、何、その反応。隠さなくたっていいじゃない」

「あの、サクラ……?」

「王宮にいた時とか、アルブレク家の面々が気付いてるかはわかんないけど、二人が相思相愛なのは見ててわかるけど? てか、駄々漏れ?」


 私がからかうと、二人は……特に、アストは顔を真っ赤にしながらあたふたしている。それを横目に見つつ、ルガトと目を合わせる。


「ルガトさん、二人が結婚するとか婚約するとか、何の問題もないんですよね?」

「そうですな。ただ、半年以上待つことと、この国で婚姻を結ぶのは難しいですな」

「それは、アストが王妃だったから?」

「その通りです」

「他の国ではどうですか?」

「他の国で婚姻を結ぶにしても、やはり半年は待たねばなりませんが」

「どうして半年なんですか?」

「曲がりなりにも元王妃だったのです。もし半年待たずに婚姻を結び、すぐにお子ができた場合、どちらのお子かわかりますまい?」


 そうルガトに言われて納得する。日本でも女性は半年経たなければ再婚できなかったし、とある芸人がそのことで揉めてたことを思い出したから。


「私がいた国でも、同じことで揉めてた人がいたから納得です」

「おや、そうなんですか?」

「はい。尤も、女性が浮気した挙げ句に迂闊にも子供ができちゃって。でも、旦那さんの子供じゃないのに旦那さんの子供扱いで、って感じでちょっと複雑でしたけど」

「それはまた……ずいぶんと複雑ですな」

「本来ならもっと単純なんでしょうけど、法律のせいでそうなっちゃったみたいです」


 苦笑しながらそう言うと、ルガトは「この国はそこまで複雑ではありませんが」と苦笑していた。


「そう言えば、アストはどこに住むことになってるの?」

「しばらくは我が家に滞在していただくことになっています」

「ルガトさん家?」

「はい。わたくしも楽しみにしているんです」


 笑顔でそう言った、ルガトとアスト。その笑顔が似ていて、思わず


「二人の笑顔そっくりだね。まるで親子みたい」


 と告げると、二人は驚いた顔をして私をじっと見つめた。


「何? 私、変なこと言った?」

「いいえ。誰にも言ったことはないのですが……アストリッド様は……トリィは、私の末の娘なのです」

「……はい?」


 冗談のつもりだったんだけど、まさか本当に親子だとは思わなかった。デューカスもそのことは知らなかったのか、驚いた顔をしていた。


「トリィが七つの時、巫女の力が発現しましてな……それで女神の祝福を受けているとわかったのです。巫女の力が発現した者は、その家から出なければなりません。そして、巫女が家から出たことを秘さなければなりません」

「そうなんですか?!」

「はい。そして、場合によっては、死んだことにすることもあります」

「……アストは?」

「今は元気になりましたが、もともと体の弱い子供でしたのでな……この国よりも気候のいい場所で療養している、ということになっております」


 そんな事情があるなんて知らなかった。そう言えば、アストやレーテも『リーチェ』と同じように、よく熱を出して寝込んでいた気がする。もしかしたら、祝福を受けた子供はその力が安定するまで……体力がちゃんとつくまで、体に馴染ませるのが大変なのかも知れない。


「じゃあ、しばらくアストは親孝行、兄弟孝行だね」

「そうですわね。そのあとはわたくしたちもサクラと一緒に……」

「旅はダメだよ、アスト」

「どうしてですの?」

「アストの子供は王様の子供でもあるけど、ルガトさんにとっては孫なんだよ? ルガトさんは王宮で会ったかも知れないけど、アストのお母さんはまだ孫の顔を見てないんじゃないの?」

「……」


 黙ってしまったアストに助け船を出すように、今度はルガトが口を開く。


「そのことに関しては、大丈夫ですかな」

「どこをどうやったら大丈夫なんですか……」

「実は宰相を後任に譲って辞めて来ました」

「実は私も、騎士を辞めて来ました」

「………………はあっ?!」


 その後、ルガトとデューカスの二人から告げられた話に、私が王子たちを癒したり寝込んでいる間に一体何をやってたんだ、と頭を抱え込んだ。


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