彼女はリーチェ様じゃない
シェイラが部屋に篭ってから四日目の朝。
俺たちが決めたことをシェイラに聞いてもらうべく、シェイラが部屋から出て来るのを待っていた。旅用に買ったシェイラとフェンリル用――紙にはカムイと名が書かれていた――の水を入れる革袋が無くなっていたとマクシモスが言っていたことから、俺たちが寝ている深夜か早朝に、毎日水を入れて部屋に篭っているのだと思う。
朝食も食べ終わり、荷物の確認もし、ある程度陽も高くなったころだった。あとはシェイラとフェンリル……カムイに伝えるだけの状態で二人が二階から下りて来るのを待っているのに、シェイラたちは一向に下りてこない。仕方なくハンナにシェイラたちを呼んで来てくれるように頼むと、ハンナを行かせてすぐにラーディ宛てに鷹と早馬を使った手紙が届いた。
「ラーディ、誰からだ?」
「えー……おや、アストリッド様からですね」
「アストリッド様? また託宣か何かが降りたのか?」
「さあ……わかりませんが、封を開けて読んで……」
ラーディが言いかけた、その時だった。
「皆ー! 大変! セレシェイラ様が! セレシェイラ様がお部屋にいないの! すぐに来て!!」
二階からハンナの叫び声が聞こえ、その場にいた全員で顔を見合せ、慌てて席を立ってシェイラの部屋へと急ぐ。部屋に着くとハンナは呆然としながらその場に立ち竦んでいた。
窓は開け放たれたままカーテンが風に揺れていて、ベッドは綺麗に整えられている。
テーブルの上を見れば、ハンナが用意していた服や果物が乗っていたであろう籠、俺やマクシモスに作ってくれたようなたくさんの小さな布袋と、ハサミの下には紙が置かれていた。
テーブルの下には靴が置かれていた。ラーディはその紙を持ち上げて読むと、悲しそうな顔をしながら溜息をつく。
「ランディ、これを」
ラーディに紙を手渡されてそれを一通り読んでから、皆に聞こえるように声を出して読みあげる。
「『皆へ
嘘ついてごめんね。私はどうしても一人旅がしたいの。
『リーチェ』の時のような狭い範囲ではなく、
この大陸のあちこちを自由に見てみたいの。
私がいた世界でも、一人で自分の国を旅したり
別の国を旅したこともあるから一人旅は慣れてるし、
それなりに護身術もできるしカムイもいるから
心配しないでください。
その巾着……布の袋は、皆に対するお詫びの印です。
使い方はジェイドやマクシモスが知ってるから、
二人に聞いてね。
水を入れる革袋、嬉しかった。
私たちのぶんもあるとは思ってなかったから。
マクシモスがくれたサンダルも嬉しかったよ。
履き心地がよくて、足にも負担がかからなくて。
ハンナ、嘘ついてごめんね。あのワンピースも、
着ていた服も、探してくれてありがとう。
皆が、『リーチェ』と旅をしたいのはわかってる。
でも、私は『リーチェ』にはなれないから……
皆の望んでいる『リーチェ』じゃないから、
このままカムイと一緒に旅立ちます。
本当にごめんなさい。
皆の安全な旅と幸せを祈っています。
女神フローレン様の御加護があることを願って。
セレシェイラ』」
「そんな……どうして……っ」
「ハンナ……」
俺が手紙を読み終えた途端にへなへなと座り込み、手で顔を覆って泣き出したハンナに、ラーディがハンナの背中をさすってやるとラーディに抱き付いた。何かを考えていたマクシモスは、思い出したようにポツリと呟く。
「もしかしたら、あの日、シェイラは旅支度をしてたのか?」
「マクシモス?」
「俺とラーディとランディで、フーリッシュが死んだ話をしに行った時のことだ」
その時のことを思い出しているのか、ラーディも顔を上げる。
「だから、ノックをしてもすぐに出なかったんですか……?」
「恐らく」
「だが、シェイラはいつこの屋敷を出たんだ? あのあとすぐか?」
「それはない。シェイラがサンダルのことを書いていただろう? あれは俺が翌朝渡したものだから、屋敷を出たとすればそのあとだ」
無口なマクシモスがこんなに長く話すのは珍しいが、マクシモスは最初からシェイラに付いていくと言っていたから、かなり落ち込んでいるんだろう。
「オレのせい、なのかな……」
「キアロ」
「オレが認めないって言ったから……」
「それを言ったら、僕のせいでもありますよ、キアロ」
「だけど!」
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう!」
俺が怒鳴るとキアロとラーディが黙り込む。自分自身を落ち着けるように溜息を吐くと、ラーディを見る。
「シェイラを探さなければならないが、今は後回しだ。それで、ラーディ。アストリッド様の手紙には何て書いてあるんだ?」
「あ……はい。
『わたくしの都合で、わたくしのゴタゴタに
シェイラを巻き込んでしまいました。
シェイラは今、わたくしの王子たちを癒すため、
シュタール王宮にいます。
癒しが終わったあと、シェイラを離宮かアルブレク家に
留まるよう手配しておきますので、
できるだけ早くアルブレク家を訪ねてください。
アルブレク家の者にラーディ様たちが行くことを伝えます。
アルブレク家にはイプセンがおります。
ラーディ様なら、アルブレク家もイプセンも
ご存知でしょう?
必ずいらしてください。詳細はその時に
アストリッド』
って……! シュタールですか?!」
「おい、馬で飛ばしても、丸二日間かかる場所に何でいるんだ?! ラーディ、日付は?!」
「アストリッド様の手紙の日付は、二日前です」
「二日前って……シェイラがシュタールに着くの、早すぎないか?」
「そもそもさ、セレシェイラはどうやって移動したんだろ?」
俺とラーディの会話に、キアロは不思議そうに呟く。
「だってさ、馬や幌馬車はそのまま残ってたよな? セレシェイラに移動手段なんてないし。徒歩でシュタールに行くにしたって、王宮まではどんなに急いだって七日はかかるしさ」
「もしかして……フェンリルの背に乗ったんじゃないのか?」
マキアの呟きに、全員が「あ!」と声を上げた。
「森から帰って来た時も、シェイラがぐったりしてる時も」
「ああ。フェンリルの背にいたな」
皆で頷く。
「なら、こうしている場合ではありませんね。すぐにこの屋敷を発ちましょう。皆は出発の準備を。僕はちょっと裏庭に行ってきます」
「裏庭? なぜだ?」
「昨日、薬草と毒草に種ができていたのを見つけたんです。薬草はともかく、毒草は貴重です。もしどこかに定住するのであれば、いずれ種が必要になるでしょうから」
「なら、ついでに土と一緒に、薬草と毒草の苗自体も持っていかないか?」
「そうですね。ただ、裏庭の籠を使うとなると、隙間から土が溢れてしまいます」
「ラーディ、籠に布を入れてから土をいれたら? セレシェイラ様が使った布が余っているみたいですもの」
泣き止んだハンナの言葉にラーディが頷くと、それぞれ誰が何をするか決めて行く。毒草の見分けはラーディにしかわからないからラーディが、薬草はマクシモスとマキアがやることになった。
薬草の種はハンナの袋に、毒草の種はラーディの袋に入れて、どっちがどっちか、皆が区別出来るよう袋に印をつけることにする。残った俺とキアロ、スニルで出発の準備をする。
尤も、スニルには幌馬車に乗っていてもらうだけで、動き回らないように釘をさいておいたが。
皆の準備があらかた終わったころには昼近くなり、とりあえず休憩を兼ねた簡単な昼食をとった。
幌馬車の御者にはキアロが、俺とマクシモスとマキアが騎馬、他は幌馬車の中へ入ると、屋敷を出発した。
――彼女はリーチェ様じゃない。今度は間違えない。
それぞれが同じ思いを胸に抱き、シュタール王都へと向けて旅立った。
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