あれから四日たった

 あれから四日たった。

 そのうちの三日間私はひたすら眠り続け、お腹が空いて目が覚めたらユースレスの問題以外はほとんど終わっていたのには驚いた。

 アストを助けたというよりも、アストに利用……もとい。巻き込まれた感じがしなくもないが、とりあえず黙っておく。今はアスト、私、布にくるまれた王子たち、ルガトが馬車の中にいる。馬車の外にはカムイ、デューカス、ルガトの護衛騎士二人が馬車を守っていた。



 私が王子たちを癒したり、癒し疲れて眠りこけている間に、王様やルガトはベアトリーチェとその叔父を調べ上げていた。


 ルガト曰く、ベアトリーチェの叔父は、この国では珍しく選民意識の強い人だった。自分よりも高い地位にある者には媚へつらい、下にある者は見下していた。当然のことながら、神殿関係者も見下していたらしい。

 そんな中、彼の姪を含む三人が王妃候補として王太子の後宮に入った。もともと姪と王太子は恋仲であると噂があったし、王も王太子もそのつもりで王妃教育を始めようとその準備をしている矢先に横槍が入った。


『ユースレスにいる今代の最高位の巫女は三人いる。過去にも巫女を王妃を迎えた記録がある。それならば、巫女を王妃に迎えてはどうか』


 と。

 その場にいた人は、姪の父親――自分の兄を含めて誰も反対しなかった。いや、王太子は反対を示していたが、結局は『是』と頷いた。王と王太子との間で何らかのやり取りをし、それを納得したうえで巫女を王妃に迎えたらしい。

 機密扱いになるからかその辺の詳しいことは教えてもらえなかったが。


 その話は兄を通してすぐに彼に伝わった。彼は『巫女ごとき平民の女を、なぜ王妃に迎えねばならい!』と激昂したが、兄は逆に『現王妃を愚弄するのか!』と弟を叱りつけた。当時の王妃が平民だったのは有名な話だったし、シュタール自体がそれほど身分を気にしない国風だったからだ。

 貴族は貴族、平民は平民。だが、税を納める領民や国民がいなければ、貴族も、王族ですらも暮らしてはいけない。

 そして、貴族も王族も、何らかの形で領民や国民に感謝を捧げてしるし、領民に混じって働いている貴族もいる。それを、この叔父は全くわかっていなかったらしい。

 叔父の言葉は瞬く間に社交界に広がりをみせ、いつしか王の耳にも入り、叔父にその罪を償わせるつもりでいたが逃亡。必死に探したもののどこに隠れているのかわからず、二年半も過ぎたころほとぼりが冷めたと思ったのか、叔父の姿があちこちで目撃され始めた。


 王は王太子に位を譲ったとは言え未だに健在であり、叔父の罪は未だに許されてはいない。逃亡したことでさらに罪が重くなっている。姿を現し始めたのならと慎重にことを運び、叔父を捕まえる算段が整ったころ、王妃と寵姫の周辺で異変がおき始めた。

 王妃や他の側室に付いていた神官はそのままなのに、寵姫に付いていた中級以上の神官がいなくなった。理由を問えば、『『滅びの繭 』が着くような危ない寵姫など、国を滅ぼしかねない』と言う。

 それを聞いたルガトは焦った。過去の文献によると別の国でも同じようなことがあり、いくつも滅んでいたからだ。

 神官と一緒に王に進言をしても、一笑に伏すばかりで埒があかない。それでもしつこく進言し、渋々ながらも王妃周辺や寵姫周辺のことを調べる許可をもらうと、まず寵姫周辺から調べ始めた。

 調べ始めた途端に寵姫周辺で叔父の影がちらつき、寵姫の部屋をこっそり調べれば即効性の毒と遅効性の毒が出てくる。調べるたびに毒が減っていることから使われているのは一目瞭然だが、別の話題からそれとなく王妃に問えば、『浄化してから飲んだり食べたりしている』と言われて安堵する。

 理由を問えば、納得の行く答えだったから一先ず安心するも、油断はできない。それに、遅効性の毒が誰に使われているのかもわからないため、安心はできなかった


 一方のベアトリーチェも、調べれば調べるほど埃が出てきた。叔父が見つからなかった二年半、ベアトリーチェは叔父のついた嘘を信じ、側室や王家の者しか使えない王領に叔父を隠していた。

 それだけでも罪は重いのに、彼女は自分にとって心地よい叔父の甘言に耳を傾け、王の寵愛を独り占めしているにも拘わらず、それ以上を……王妃の座を求めた。そして、それ以上の贅沢も。

 だが、王はそれに頷くことなく、側室という立場のままベアトリーチェを愛した。それ故に、ベアトリーチェは自分の立場も忘れ、どんどん我儘になって行った。王妃のアストリッドよりも先に、そして数多く王と肌を重ねているにも拘わらず、自分よりも先に王妃が子供を二人産んだという嫉妬心からかも知れない。


 最高位の巫女がどんな存在かをきちんと聞いていなかったベアトリーチェは、『王妃を亡き者にすれば、寵姫のお前が王妃になれる。王子たちを亡き者にすれば、自分の子供が王位につける』と言った叔父の甘言に耳を傾け、叔父がくれた毒をお茶会の席で王妃に盛った。

 だが、たった一滴で死ぬと聞かされていた毒を王妃に盛っても王妃は死なない。それならばと王妃付きの侍女の婚約者をその毒の効能を確かめるために毒を使って殺し、泣いている侍女に近づいて『婚約者を殺したのは王妃だ』と嘘をついて王妃を憎むよう仕向け、毒味が終わったあとでこれを使えば復讐ができると毒を渡して使わせたものの、それでも王妃は死ななかった。

 ならば王子たちを先に殺そうと、王が雇った乳母たちの家族を監禁して『王や王妃に言ったり、いうことを聞かなければ家族全員を殺す』と脅し、王子たちに毒を盛らせようとしたものの、乳母たちは一向に毒を盛らない。それならばと、乳母たちが持っていたミルクと王子たちを奪い、それに遅効性の毒を数滴混ぜて飲ませた。

 乳母たちは家族が殺されてしまうかも知れない恐怖と戦いながら、毒入りミルクを王子たちに飲ませないよう、監視の目を潜り抜けながら毒が入っていないミルクを飲ませ、ベアトリーチェや監視が側にいる時は、本来入れる筈の毒の量を一滴だけ入れて残りはこっそりと捨てて王子たちにミルクを飲ませていたらしい。

 謁見の間の出来事は、監視者にせっつかれて仕方なくミルクを飲ませ、監視者やベアトリーチェの目を欺くための演技だったらしい。……すっかり騙された。二人には悪いことしたな、と胸が痛かったが。



 ――ルガトは『そんなことが表沙汰になれば、愛想をつかされるだけなんですがね。狂ってるとしか言いようがありません』とぼやいていた。



 結局、叔父は前王妃に対する不敬罪もあって即日処刑され、ベアトリーチェは侍女の前で自分が婚約者を殺したことを白状させられたあと、王様に許しを願って手を伸ばしても一瞥されることもなかった。

 そして叔父を王宮に勝手に手引きし招き入れたこと、王領の無断使用、王妃暗殺未遂、二人の王子暗殺に関わったとして、ベアトリーチェもまた即日処刑された。


 侍女はベアトリーチェに利用されたことを知り、王妃暗殺未遂に関わったことを王様とアストに詫び、アストに許され止められたにも拘わらず、隠し持っていた毒を含んで自殺してしまった。

 そして王子たちの乳母は毒を飲ませたものの『滅びの繭』の量や毒を飲ませた回数、家族の命を盾に脅されていたことで情状酌量され、王宮の乳母を辞めることを処罰とした。乳母たちの家族は監禁先でかなり衰弱してはいたものの無事に保護され、助け出された。

 ちなみに乳母たちはルガトの屋敷で侍女として雇い入れることこととなり、そこで一生懸命働いているという。


 乳母たちはともかく侍女は正直に話したし、アストたちに許されたんだから自殺しなくてもいいんじゃないのかなとも思ったりもした。

 だが、ルガトによると両親は他界しているうえに婚約者も殺され、王宮に留まろうと王宮を辞めようと王妃暗殺未遂に関わったという話はどこに行っても付いて回るといったことから、一生そんなレッテルを貼られるよりは……と思ったのかも知れない。

 ……今となってはもうわからないが。


 アストも王と話し合い、王子たちの状態と女神の託宣から離婚が受理された。王子たちの亡骸は『王墓ではなく自分の故郷で……』と願ったアストに、王様は苦しそうな、辛そうな、悲しそうな顔をしながらも全てを了承したと、私はご飯を食べながらルガトやアストから全てを聞かされた。

 その後、事件以降ずっと王宮に留まっていたルガトが「一旦屋敷に帰ります」と言い、ついでにアストたちは自分の屋敷にしばらく滞在させ、私とカムイをデューカスの屋敷まで送ると言ったので、現在はルガトが用意した馬車の中にいるというわけだった。


「それにしても……よかったんですか?」

「何がですかな?」

「王様。二人の王子とアスト、寵姫までいなくなってかなり沈んでましたけど」

「構いませんよ。散々私どもが苦言を呈したのに、それにずっと耳を貸さなかった罰です」

「……それは手厳しいですね」


 ルガトの言葉に苦笑しながらも、私は王子たちの紅葉の手をつつきながら、四日前の……眠る直前のことを思い出す。



 ――あの日。枕に突っ伏して肩を震わせていた私は、ぶっちゃけた話、大声で笑っていた。

 アストとルガトの女優・俳優っぷりがあまりにもおかしくて。しかも二人共王様に負けず劣らず悲壮感たっぷりな顔をしていたし、扉の中から聞こえたアストの泣き声は本当に泣いているように聞こえたから、笑いを堪えていたのだ。

 近衛騎士さんと話している時も、女官さんが部屋に案内してくれている時も、唇を噛んで笑いを耐えていた。おかげで唇は泣くことを耐えるように震わせることもできたし、笑っちゃいけないと思ったからそれに耐えるように眉間に力を入れていたから涙目にもなり、近衛騎士さんたちに泣いていると思わせる事ができた。

 カムイに『気づかれたらどうする』と何度も怒られたが、一人にしてくれと女官さんに言ったためかいつの間にか寝ていた私が起きた後で「その日の夜は誰もこなかった」とカムイが教えてくれた。


 そもそも、王子たちを死んだことにしたいんですが、と言ったのはルガトだった。


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