東の地より旅をして参りました

「陛下、ただいま戻りました」

「お帰り、アストリッド。後ろの方がそうなのかな?」

「はい。東の大陸の異国よりいらした最高位の巫女様ですわ」

「まあ、アストリッド様。この方がそうですのね!」


 馬車の中でアストに教わった礼をしながら三人のやり取りを聞いていたんだけど……今、このお嬢様はアストのことを名前で呼んだか? アホだろ、こいつ。自分が寵姫だからと高をくくってるのか、やっちゃいけないことをしやがった。ちらりと目線のみを上げれば、王様も、宰相らしき人も眉をしかめている。


 そりゃそうだよねえ。王様はまだこのお嬢様に発言を許してないし、王様と宰相が出迎えている以上、非公式とはいえ公式な出迎えと同じようなものだもん。それに、いくら公爵令嬢で寵姫と言えど王妃のアストよりも格下の側室。王か、よっぽど親しい間柄ならともかく、親しくないなら私的な場所以外で名前を呼ぶのはマズイ。

 そもそも、ある程度期待していたとはいえ、側室を連れて来る王様のほうがおかしいんだよ。それとも、お嬢様が我儘を言ったクチか。どっちにしろ、眉をしかめた程度にとどめて諌めたりしないとこが甘い。つつく材料にさせてもらうよ、王様。


「異国の巫女殿、発言を許す。おもてを上げよ」

「はい、ありがとうございます」


 王様の許可が下りたので姿勢を真っ直ぐ伸ばす。周りの人たちも礼を解き、真っ直ぐ私を見ている。カムイはおとなしく座っている。

 王様は私の顔を見ると、ふわりと笑って中年男性を紹介してくれた。隣にいるお嬢様の紹介がないことから、先ほどのことを怒っているらしいのは何となくわかった。それでもお嬢様はそれに気づかず「ベアトリーチェですわ」と勝手に名乗り、王様の笑顔が一瞬怒りに変わった。

 こりゃ、王様の愛情が少しだけ下がったか? ざまあ、と内心笑いながらも表情は崩さない。


「宰相のルガトと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。お初にお目にかかります。東の大陸の、さらに東の地より旅をして参りました、サクラ・クロキと申します。このフェンリルは、私と共に旅をしてくれているカムイと申します。旅の途中で出会ったのですが、私の護衛もしてくれています。西の大陸の方々ですと私の名前は呼びにくいと聞き及んでおりますので、どうぞ、私のもう一つの名のセレシェイラとお呼びくださいませ」


 綺麗なお辞儀をすると、周りからほうっと溜息が漏れた。


「セレシェイラ殿か。一つ伺いたい。見たことのない格好をされておられるな」

「これは私の国に伝わるもので、最高位の巫女のみが着ることを許された巫女装束なのです。王妃様から王宮に連れて行ってくださると伺い、慌ててこちらの装束を着たのです。私の国では、王族の方とお会いする時の正式な格好でもありますので、不作法とは存じますが何卒ご容赦くださいませ」

「そうか、セレシェイラ殿の国の巫女装束なのか。我が妃、アストリッドとはどのような知り合いかな? この国では、最高位の巫女は神殿から出られぬと聞き及んでいるが」

「あら、そうなんですか? 私がいた国では、最高位の巫女も民と同じように一人で普通に買い物をしたり、旅をしたりしておりますよ。……ああ、語弊がありますね。私は普通ではなく、良くも悪くも破天荒な巫女と言われてましたので、私が知らないだけで、もしかしたら東の大陸と西の大陸では最高位の巫女の扱いが違うのかも知れませんね」


 一旦区切り、あんたの国みたいに過保護じゃねーんだよとちょっと裏の意味を込めると、神殿関係者が俯いた。うわ、マジか。本当に過保護だったのかと少々呆れる。


「王妃様と知り合ったきっかけは、私がこの国に来たばかりの時に助けていただいたのです。お恥ずかしい話ですが、お金をすられてしまって宿も取れず、食べ物も買えず、飲まず食わずの空腹で道端に倒れていたところに手を差しのべてくださいまして。私はともかく、フェンリルには悪いことをしてしまいました」


 アストとの出会いを話すと、クスクス笑われた。だが、裏を返せば、あんたの国はスリがいて物騒だ、奪われた金返せと言ってるようなもんだから、護衛騎士たちは笑わずに眉をしかめているのが面白い。それを表に出さず、微笑む。


「そうか、それはそれで面白そうな話ではあるが、災難であったな。せっかく我が城にいらしたのだ。是非セレシェイラ殿のこれまでの旅の話を聞きたいものだが」

「構いませんよ。助けていただいたお礼に、皆様や王妃様を交えてお話したいのですが……陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なにかな?」

「私はまだこの大陸に来て日が浅いですし、この大陸に来て初めて王族の方々に会うので、正しいかどうかはわからないのですが……」


 そう前置きしつつ嫌みの一つでも言ってやるかと口を開く。


「私がいた国では、王の隣に並び立つのは王妃となっておりますし、王の許しなく発言を許されるのは王妃のみとなっています。私が出会ったのはこの国の王妃様と伺っておりますが、陛下の真横にいながらに何の咎めもなく、陛下の許しもなく勝手に喋っている女性はどなたでしょう? まさか、アストリッド様が王妃様ではなく、そちらの女性が王妃様でしょうか? それとも、こちらの大陸や国では王の許しがなくとも発言していいとか、王妃でもない方が王の隣に並んでも何の咎めもなければ問題もないということでしょうか?」


 無邪気さを装ってそう聞いた途端、お嬢様は自分の立場や言葉を思い出したのかサッと青ざめ、王様や宰相、周りの空気が凍る。おお、お嬢様を諌めなかった嫌味が通じたらしい。

 空気を凍らせるくらいなら、お嬢様が発言した時に諌めておけっての。それにお嬢様や、今ごろ立場を弁えても遅いよ? 王様や宰相はキレ始めてるから。

 何も言えない三人に、とりあえず凍った空気を解いてやるかと口を開く。


「なにぶん、東の大陸の中でも、田舎者の部類に入るので。もし不愉快な思いをさせてしまったのなら、申し訳ありません」

「……いや、構わぬ。セレシェイラ殿の言う通り、我が国もそなたの国とだいたい同じだ。ベアトリーチェは、ちょ……側室でな。少々我儘なうえ、常識を知らぬのだ」

「あら、そうなんですか。側室ごときが陛下の真横に並んだり、王妃様のお名前を勝手に呼んだりと分を弁えぬ……おっと、失礼致しました。口が過ぎました」


 寵姫と言いそうになってすぐに側室と言った王様に睨まれ、とりあえず嫌味の途中で言葉を切って謝罪するも、悪びれもしない私に宰相は面白そうな、楽しそうな顔をした。なるほど、宰相はお嬢様の行動、或いはお嬢様自体が嫌いなようだ。


 謁見の間で話そうと言った王様にちょこちょこついていく。王様は宰相とこそこそ話したりアストに話しかけたりしているが、ベアトリーチェにはほんの少し話しただけで、あとはほとんど無視していたのが面白かった。

 当然のことながら、ベアトリーチェは膨れっ面だ。それがちょっと笑える。途中で「ベアトリーチェも話を聞きたいと言っておるが」と王様が聞いて来たので、構いませんよと答えて謁見の間に向かう。


 さあ、いよいよ本番。背中のチリチリ具合が今や最高潮だ。やばい、謁見の間に入った途端いきなり降りて来そうだ。頼むから侍女に話をさせてから降臨してくれと思いつつ、王やアスト、ルガト、ベアトリーチェのあとに続いて入る。私の後ろには、カムイが言うことを聞かせている、アストの侍女とデューカスを含めた護衛騎士がついてくる。

 謁見の間を見ると護衛騎士と思われる者、神官服を着た者、赤子を抱いている身分が高そうな女性が二人いて、その後ろには侍女らしき人が二人いる。赤子を抱いている女性の服装がアストやベアトリーチェが着ているような上質な生地のドレスと同じことから、多分赤子を抱いている二人が残りの側室なんだろうとあたりをつける。

 側室の後ろには『滅びの繭』をうっすらと纏った侍女がいる。悔しそうな恨めしそうな顔をして赤子を見ていることから、やっぱりお嬢様の手の者が乳母になってるんだな、と思った。急いでよかったと、とりあえず安心する。先はどうなるかわからないが。

 それ以外にも、そこかしこに『滅びの繭』を纏った人がいる。幸いにも神官たちの中に『滅びの繭』を纏った人はいないし、護衛騎士たちも『滅びの繭』を纏った人はいない。……ベアトリーチェの護衛騎士を除いて。


 王とアストが、二段高い謁見の間の玉座につく。その後ろには二人の護衛騎士がついた。

 当然、アストの護衛騎士はデューカスだ。当たり前のように王の隣に並ぼうとしたベアトリーチェに王がサッと手を振ると、ルガトと王の護衛騎士は引き摺るようにしてベアトリーチェを玉座から下ろした。

 その光景が珍しいのか、アストも謁見の間にいた人たちも呆気にとられ、ベアトリーチェも何がなんだかわからないという顔をして呆然と佇んでいる。

 こりゃ、王様は完全にキレたな。或いは完全に愛情が冷めたか。いい気味だと内心ほくそ笑みながら礼をすると、王様に「旅の話をしてくれ」と言われたので顔を上げる。


「話をする前に、本当にセレシェイラ殿が最高位の巫女かどうか確かめたいのだが」

「構いませんが……どなたの杖と見比べますか?」

「我が妃、アストリッドと」

「あら、王妃様は最高位の巫女様だったんですね。お知らせくださらないとは、ずいぶんお人が悪い」

「隠していたわけではありませんのよ? 言う機会を逃してしまっただけですわ」


 私は何にも知らないよというふりをしていたら、アストがふふふと笑いながら茶目っ気たっぷりにノッてくれた。感謝、アスト。


「では、わたくしから先に」


 微笑みを浮かべたアストが手を振ると、最高位の巫女の証である、女神と同じ錫杖がその手の中に現れる。女神像を見たことがある者ならば、その錫杖が同じだとわかるので、謁見の間にいる人たちはほうっと溜息を溢す。


「次は私ですね」


 アストと同じように手を振って錫杖を出すと、錫杖に反応してるのかますます背中がチリチリしてきて女神の神気が高まる。謁見の間のあちこちからは息を呑む気配がする。多分、神官服を着た人たちが、女神の神気が急に高まったせいで息を呑んだんだと思う。

 頼むよー、まだ降臨しないでよー、と願いながら王様ににっこり微笑むと、王様は頷きながら「試すようなことをして悪かった」と言った。


「為政者であれば、当然のことです」

「そう言ってもらえると助かる。さて、セレシェイラ殿。今度こそ旅の話を」

「はい。さて、どのお話にしましょう……」


 うーん、と考えるふりをして、呟くような声で「カムイ、準備をお願い」と言うと、『わかった』と頷いていつでも動ける体勢を整える。


「こんな話はどうでしょう? 旅の途中に寄った、ある国のお話です」

「面白そうだな。それで頼む」


 おー、許可がおりました。この話で完全に目を覚ましておくれ、王様。まあ、今更遅いけど。


「畏まりました。ある国に、三人の側室を持つ王様の国がありました。その国の王妃様は、珍しいことに最高位の巫女様でした」

「ほう? 我が国と同じなのだな」

「……でも王様は、王妃様ではなくある一人の側室を愛しておりました。所謂、寵姫です。もともとその側室を王妃にしようと王様も国の重鎮達も考えていましたが、誰かが『幸い、今代の最高位の巫女が三人いるのだから、そのうちの一人を王妃様として迎えてはどうか』と言い出しました」


 ちらりと宰相を見ると、ん? という顔をしながら何か考えている。恐らく、我が国の話と似てるな、と思っているのだろう。


「当時王太子だった王様は、父である王様の言葉に異を唱えることもせずに王妃様に会い、王妃様にその話をしました。王妃様はその話を承諾し、王様のもとへと嫁ぎました。ですが、王様に嫁ぎ、寵姫の存在を知った途端、王妃様は苦しみました。自分が嫁いで来てしまったために、二人の邪魔をしてしまった、と。でもそれは王妃様のせいではありません。なぜなら、『最高位の巫女を王妃に迎えてはどうか』と言った人が悪いからです。でも、王妃様はそれに気づきません」


 そっとアストを見ると、唇に手をあてて目を見開いたあとで目だけを細め、笑みを作る。気づかなかったんだね、アスト。あの時は言わなかったけど。


「王妃様が嫁いでから三年、いろいろなことがありました。王妃様は王子様を二人産みましたが、王様は寵姫の話ばかり聞き、王妃様や残り二人の側室の話を碌に聞きもせず、三人はほとんどほったらかしの状態でした。そんなある日……そうですね、三ヶ月くらい前からでしょうか。突然、王妃様の命が狙われだしたのです」


 この国の現状と同じような話に、ベアトリーチェ以外の『滅びの繭』をくっつけた人は、顔を青ざめさせて行く。


「もちろん、最高位の巫女を害するとどうなるか知っている人たちは、そんなことをいたしません。でも、王様の寵姫はそれを知らないか、或いは忘れたかのように王妃様を狙いました。過去の栄光にすがり、自分こそが王の隣にいるのが相応しいとばかりに、狙い続けました」


 正面の玉座を見ると、王様とアストは驚いた顔をしている。アスト、役者だねえ。女優になれるよ。

 そして、この話が誰のことを指しているのか察し始めた人たちは、徐々にベアトリーチェの手の者から距離を取っていくと同時に、護衛騎士はじわじわとその者たちの側に寄って行く。いい仕事しますね、騎士さん。


「でも、側室がどんなに頑張ろうと、自分の手の者を使おうと、王妃様は死んでくれません。あまりにも頻繁に狙われて命の危険を感じた王妃様は王宮から離れ、離宮へと逃れました。二人の王子様も連れて行こうとしましたが、王様は許してくれませんでした。そんな王妃様は、見たことのないほど大きなフェンリルを連れた旅の巫女と出会い、その巫女に助けを求めました。旅の巫女はそれを快諾し、王妃様や王妃様の護衛騎士、王妃様の侍女、旅の巫女、旅の巫女が連れていたフェンリルと一緒に王宮に戻ろうとしましたが、王妃様は馬車の中で寵姫の息のかかった、或いは買収された侍女に襲われそうになりました。それを助けたのは、旅の巫女とフェンリルでした」


 そこまで言うと、デューカスの眉間に皺が寄り、今にも動こうとしている。デューカスに視線を合わせてじっと見ると、デューカスはハッとした顔をして、またじっとしてくれた。宰相に至っては、完全に話の筋が見えているのか、呆れた顔をしながらも冷ややかな目を王様やベアトリーチェに向けていた。


「王宮についた旅の巫女は、王様や宰相様、寵姫に会い、謁見の間に連れて行かれました。その場にはお城に勤めているたくさんの人たちがいました。旅の巫女は王様に乞われるまま旅の話をしましたが、それは旅の話と称した、寵姫が王妃様に何をしたかの暴露話だったのです。謁見の間にいた人たちは、その話が進むにつれて誰のことなのか気づき、徐々に寵姫の手の者から離れて行きます。でも、寵姫を溺愛している王様や寵姫、寵姫の手の者たちはそのことに気づきません。そのことに呆れた旅の巫女は、王妃様を助けるためにその場にいた寵姫にこう告げたのです」


 アストは錫杖を持ったままわくわくした顔をし、王様は怪訝そうな顔と続きを楽しみにしている様な顔をしている。ひた、と睨むようにベアトリーチェに視線を向けたあとでニィッと笑うと、ベアトリーチェはびくりと身体を震えさせた。


 さあ、お嬢様。お仕置きの時間だよ。あんたがアストに何をしたのか知ったうえで、その代償をきっちり払ってもらおう。


「女神フローレン様の祝福を受けし最高位の巫女を殺そうとするなんて、本当にバカよね。女神の祝福を受けた最高位の巫女を殺すということは、女神の娘を殺すのと同じこと。それはつまり、この国を滅ぼすことと教わらなかったのかしら? それとも忘れちゃった? 覚えられなかった? おバカな寵姫、ベアトリーチェ様?」

「あ、あ、……っ」


 冷ややかな視線をベアトリーチェに向ける。宰相がサッと手を上げると護衛騎士たちが一斉に動き、ベアトリーチェの手の者を拘束して行く。そのことに驚いた王は玉座から立ち上がって私を睨み付けた。


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