旅の話ではなかったのか!

 怒りで顔を真っ赤に染め、私を睨み付ける王様。だが、その顔とは裏腹に怒気はあまり伝わって来ない。むしろベアトリーチェの護衛騎士の怒気のほうがすごいが、私に怒るのはお門違いってもんだ。

 だが、彼にくっついている『滅びの繭』が徐々に減って来てるから、反省、もしくはベアトリーチェに対して不信感を募らせ始めたのかも知れない。うん、いい傾向だ。


「なっ! セレシェイラ殿、どういうことだ! 旅の話ではなかったのか!」

「あら、旅の話よ? 私は旅の途中で王妃様に会い、助けを求められ、寵姫が何をしていたか暴露するためにこの場に連れて来てもらったんだもの。王妃様を……最高位の巫女の命を狙うということは、この国が滅ぶのと同義。巫女を狙い始めれば『滅びの繭』が出現し、巫女を狙った者にくっつくの。自ら側室全員に語った王様がそれを知らないわけじゃないでしょう?」

「っ!」

「それに、この場にいる神官たちなら私や王妃様と同様、ベアトリーチェやベアトリーチェの手の者についている『滅びの繭』が見えているはずよ。どう?」


 そう聞くと、神官服を着た者全員が頷く。


「『滅びの繭』が見えるだと?! 神官と同じ戯れ言を言うな!」

「上位の巫女になるほど見えるんだけどね。ふうん……王家には『滅びの繭』がどんなものか伝わっているはずなのに、王様はそれを信じず、進言されても一笑に付した、と?」

「当然であろう! 見えぬものなど私は信じぬ!」

「へえ? てことは、臣下や民の王様に対する愛情や尊敬、敬愛、ベアトリーチェや側室様の愛情すらも、見えないから信じないってわけだ」


 意地悪くそう言うと、王様は言葉に詰まり俯いてしまった。宰相に至っては、器用に片眉を上げて私を面白そうに見ている。が、よく見ると肩や唇がピクピク動いているから、笑いたいのを我慢しているといった感じだろう。

 酷いな、宰相さん。意地悪は言ったけど、それほど変なこと言ってないと思うんだけどなぁ。


 はあ、と溜息をついて王様を見る。


「もし、『滅びの繭』がどんなものかわかったら……見えたら、『滅びの繭』の存在を信じる?」


 そう聞くとベアトリーチェはガタガタと震えだし、アストは演技ではない本当に驚いた顔をし、神官たちも「そんなはずは」とざわめいている。

 ごめんねー。

 私、普通じゃないからできるんだよー。

 あの設定がそのまま活きるとは思わなかったよー。

 などとアストや神官たちに対して内心申し訳なく思っていると、王様がはっきりきっぱり宣言した。


「女神フローレンに誓って信じる」

「あっそ。だったら、きっちり、フローレン様に誓ってもらいましょうか……ね!」


 ね、と言うと同時にトンと錫杖を床に打ち付けると、錫杖から目映い光が溢れだして部屋中を照らす。その光が消えた途端、自分の姿を見たベアトリーチェやベアトリーチェの手の者から悲鳴があがった。

 『滅びの繭』が具現化したことに驚いたアストは玉座から立ち上がり、見えていなかった人たちは初めて見る『滅びの繭』に驚愕している。あー、アストに嫌われたかなあ。まあ、嫌われたら嫌われたで仕方ない。


「これが……この毛玉のようなものが?!」

「そう、『滅びの繭』よ。巫女を狙っただけでこうなるの。尤も、女神の逆鱗に触れたんだから、ベアトリーチェの姿は当然なんだけどね。これでわかったでしょ? 『滅びの繭』を知らなかったとは言わせないわよ?」

「……知識としては知っていた。だが、こんなふうになっているとは……私の勉強不足、認識不足だった」


 申し訳ない、と謝罪した王様が私に頭を下げそうになったので、慌ててそれを止める。ユースレスのバカ王と違って、この王様は見所がありそうだ。

 王様は私から視線を外し、ベアトリーチェに冷たい視線を向けて怒りをあらわにする。


「ベアトリーチェ、何ということをしてくれたのだ! 我が国を滅ぼすつもりか?!」

「本当ですわね。それにしても……見事に全身真っ黒ですわね、ベアトリーチェ様」

「し、知らないわ! 何ですのこれは! 誰か取って!」

「あんたが心から反省したり謝罪したりしない限り取れないわよ、それ。尤も、あんたが謝罪したところで王妃様が許すとは思えないし、フローレン様もお許しになるとは思えない。それに、あくまでもしらを切るつもりなら、こっちにも考えがあるわ。カムイ!」


 カムイの名前を呼ぶと、カムイは肉声を使って侍女を私の横に並ぶように言った。肉声で話すフェンリルは本当に珍しいのか、神官たちは「高位の……」と呟いている。ほう、カムイは本当に高位のフェンリルだったのか。そんな高位のフェンリルが、異世界から来た私にくっついていていいんだろうか。

 そんなことを疑問に思いながらも私の横に並んだ侍女を見ると、その侍女もベアトリーチェと同じくらい『滅びの繭』がくっついている。


「さあ。そなたの知っていることを、【正直に】【全てを話せ】」

「……は、い。わたくしは、そこにいるベアトリーチェ様に頼まれ、王妃様の食事や飲み物に毒を盛っていました」

「毒だと?! 毒味役は何をしていた!」

「毒味役はきちんと仕事をしました。毒味役から渡された食事に、わたくしが王妃様にお持ちする間に毒を入れたのです。飲み物も、王妃様にお出しする直前に入れていました。でも、いくら王妃様に毒を盛っても死んでくれませんでした」

「嘘ですわ! わたくしは、そんなことしていません!」

「ベアトリーチェ様、少々黙っていていただけますかな? それから?」


 宰相が冷ややかにそう言うとベアトリーチェは口をつぐみ、侍女と同じように顔を青ざめさせながらカタカタと震える。


「ど、毒は、ベアトリーチェ様自らが手に入れておりました。王妃様を交えたお茶会の席で、それを使って自ら毒を入れたこともあります。それでも死なない王妃様に業を煮やしたベアトリーチェ様は、王妃様が離宮に赴くと聞き及び、馬車の中で殺しなさいと言ってナイフをくれました。その機会を窺っておりましたが、常に護衛騎士の家の侍女が付き添い、なかなか機会がありませんでした。唯一の機会であった王宮へ行く馬車の中ではこちらの巫女に邪魔をされ、このような髪型にされてしまった挙げ句に急に眠くなり、気づいた時には王宮に着いていました。王妃様を殺したあとは、ふ、二人の王子殿下を殺しなさいと言って、陛下がや、雇った二人の乳母に毒を持たせました。この二人は、元々ベアトリーチェ様に忠誠を誓っていたし、ベアトリーチェ様が産んだ子供に王位についてもらいたかったので、素直に頷きました」

「し、知らない! 陛下、わたくしは知りません! 誰かの陰謀ですわ!」

「最悪ね。全身に『滅びの繭』をくっつけ、これだけの証拠があるのに、まだ自分は知らないって言うなんて。ねえ王様、こんな身勝手なバカ女のどこが良いわけ?」

「……っ」


 言葉に詰まる王様は、眉間に皺を寄せて何かを思案しながら手を握りしめ、グッと我慢している。


「陛下、言葉を話すフェンリルの言霊は強力です。その言霊で『正直に全てを話せ』と言ったのですから、この侍女の話は嘘ではないでしょう」


 追い討ちをかけるように宰相がそう言うと、王様は何か決意したのかベアトリーチェにさらに怒りの目を向け、冷ややかに見下ろしていた。どうやら王様は、完全にベアトリーチェを見限ったようだ。そりゃそうだよね。まだ赤子とは言え、自分の後継ぎを殺すと聞かされたんだもん、そりゃ見限るわ。


「ベアトリーチェ、そなたを後宮から出し、幽閉する」

「陛下?!」

「当然であろう?! 寵姫とは言え、側室が王妃を狙い、王子を殺そうと企てたのだ! しかも最高位の巫女を! 首をはねられないだけ有難いと思え!」

「そうですな。反逆と捉えられても仕方のない行いですからな。王子が亡くなったとなれば、たとえ寵姫や公爵令嬢と言えど、部屋の中やお付きの侍女や護衛、そして一族郎党全てが徹底的に調べられるとわかっておいでですかな? ベアトリーチェ様」


 宰相にそう聞かれたベアトリーチェは、俯いて肩を震わせるといきなり笑いだした。その笑い声が狂気染みていて、何だか怖い。しばらく笑ったベアトリーチェは目に涙を滲ませながら顔を上げ、アストを睨み付けた。


「ええ! わたくしがやりましたわ! 叔父様に『王妃にしてあげよう』と言われてその方法を教わり、全てわたくしが指示しましたの! それなのに失敗ばかり! せっかくこの女に毒を盛りましたのに、何で死にませんの?! 一、二滴で死ぬ猛毒ですのに!」

「あら、当然ですわ。食べる直前、飲む直前に食器に手を触れ、浄化してから食べておりましたもの。ちなみに、最高位の巫女ならば誰でもやることですわよ?」


 ベアトリーチェの言葉に、宰相は近くにいた騎士――あとで聞いたら近衛騎士だと教えてくれた――に耳打ちすると、騎士は短く返事をして謁見の間の扉に近いほうにいた集団に向かって行く。そして私は、内心アストの言葉に頭を抱える。


 うえ、マジか。私は今までそんなこともせずに飲んだり食べたりしてたよ。それとも、無意識に浄化してたのか? いや、それはないな、うん。そこまでチートだとは思いたくない。

 尤も、ハンナがそんなことをするはずもないし、アストを慕っているデューカスやイプセンが、アストを敵に回す行動をするとも思えないが。


 ベアトリーチェの言葉を聞いた王様は、短く「全員捕らえよ」と言い、それを聞いた警護をしていた騎士たちは、『滅びの繭』がくっついている人をそれぞれ捕まえて行く。

 それを見ていると突然、私の背中がびくんと震えた。途端に溢れ出した女神の神気に、それを察した神官たちはその場に跪く。


「……来る」


 神官たちの行動に謁見の間にいる人たちは唖然とし、私が呟いた言葉に王様や宰相が首を傾げているが、今や私の状態は答えるどころではない。

 目を瞑って錫杖を一際高く打ち鳴らし、背筋を真っ直ぐ伸ばして女神の神気を纏い始める。


「セレシェイラ、殿……?」

「一体何が……」


 私の突然の行動にわけがわからないといった感じの王様と宰相は、おろおろとアストを見つめている。


「陛下、ルガト様。託宣が下ります」

「託、宣……?」

「女神フローレン様が、シェイラ様の身体に降臨なされます」


 そう説明してから跪いたアストに倣い、謁見の間にいた人たちも驚きながら次々と跪いて行く。ふわりと持ち上がる髪は徐々に虹色に染まり、姿は巫女装束から白いドレスへと姿を変え、全身から眩い光を放ち始める。謁見の間にキラキラ光るものが辺りに充満すると同時に足が床から離れ、宙に浮く。



 ――私はそれを、まるで映画を見ているような感覚で、他人事のように眺めていた。


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