リーチェ様
外見の質素な見た目と同様に馬車の中は豪華とは言えないものの、クッションだけは最高だった。私の目の前には微笑みを浮かべたラーディが座っていて、私の隣には女性騎士のマキアが座っている。ちなみに、御者をしているのはジェイランディアである。
「で? これから我らの家に行くって言ってたけど、どれくらいで着くの?」
「すぐに着きます」
ラーディの言葉に唖然とした。
「はあ? すぐに着くのに馬車?!」
「すぐに着くと言っても、馬車で三十分ほどかかりますが」
「あ、そういうことか。まあ、歩くよりはよかったかな。荷物が重かったし」
持っていた荷物を叩くと、ラーディとマキアは私の荷物を見た。荷物は斜め掛けにしている布製の大きな鞄と、一メートルほどの長さの筒状の物である。
「すごい荷物ですね」
「出かけたくなかったけど、出かけるところだったのよ。そのあと適当に付き合ってから道場に行く予定だったの。出かけずに済んだし、道場に行こうと踵を返したら召喚に巻き込まれた、ってわけ」
「そうだったんですか。それで、ドウジョウと言うのは?」
「武道の練習をするところ、かな」
どうやって説明するか考えるものの結局はそのままの意味だよねと思ってそう伝えると、二人は目を見開いて驚いた顔をした。
「リーチェ様が」
「武道?!」
「何よ、別に変なことじゃないでしょ?」
「だ、だって、巫女様自らが武道を習うなど!」
「あのさー。今の私は、謂わば異なる世界から召喚された余所者なの。それを忘れてない?」
苦笑しながらそう言うと、二人は眉を下げて「あ……」と黙ってしまった。
「別に責めてるわけじゃないの。そのことも踏まえて、いろいろと話したいんだけど」
「でしたら、今お話をされては」
「ラーディ様の口振りから、この場にいない人たちもいるはずよね? だったら、全員揃ってから話す。私も聞きたいことがあるし、また話すの面倒だしね。それでいい?」
そう聞くと二人が頷いてくれたので、その話は終わりとばかりに黙る。外を見ようと窓のあるほうに顔を向けたが、馬車の窓にはカーテンが引かれ、外の様子が見えなかった。様子を見たかっただけに、少し残念。
この国――ユースレスは、ヴェルトール大陸の西にある。大陸の大きさは、地球上で言えばユーラシア大陸くらいでユースレスの大きさはドイツくらいだから、大陸の大きさを考えれば小さいほうだ。
私が『リーチェ』だった時、狭い世界しか知らなかった。神殿を出て各地を回っていた時もユースレス内の、尚且つ神殿の周辺の街や村や王都のみで、ユースレス以外の国やそれ以外の街や村に行ったことはない。だから見て見たかった。この国を、この大陸を歩いて見たかったのだ。
今なら――この国の巫女ではなくなった『黒木 桜』なら、自由にどこにでも行ける。問題は、地図の正確さと、一人で生活できるほど稼ぐことができるかと、こいつらだった。
「リーチェ様、着きました」
カタン、と揺れて止まった馬車の外から扉が開けられると同時にラーディにそう声をかけられて、考えことをしていた私は我に返る。ありがと、と声をかけて外に出ると、目の前には三階建てのアパートくらいの大きさの茶色っぽい建物があり、周りを見渡すと木が生い茂っていた。雰囲気的には森の中のお屋敷、といった感じである。
玄関とおぼしきほうを見ると、やはり見知った顔の三人がいた。一人は女性で、あとの二人は騎士か剣士と言った佇まいだ。
歩き始めた三人のあとを、物珍しさからキョロキョロしながらくっついて行くと、突然前からドンッ、という衝撃があった。
「リーチェ様ぁぁぁぁ!」
「うわっ?! っと……ハンナ?」
誰かにぶつかったのかと思って謝ろうとしたら、眼下に金髪が見えた。その金髪には、覚えがある。顔を見るとさっきまで玄関に佇んでいた女性で、まるで漫画のような目幅涙を流したハンナが抱き付いていた。女の子なのに、目幅涙はないだろうと苦笑する。
「リーチェ様、リーチェ様!」
「えっと……」
えぐっ、えぐっ、と泣きながらハンナがしがみついて来ていて少々苦しいのだが、相変わらずだなぁと頭を撫でてあげていると、こめかみに青筋をうっすらと浮かべたラーディが笑顔を浮かべたまま私からハンナをベリッと引き剥がした。
「ハンナ、いい加減にしなさい。感動の再会は中でもできるでしょう?」
「でもラーディ! リーチェ様なんですよ?! アストリッド様の託宣をお聞きしてから、どんなにわたしがお待ちしていたことか、ラーディは知ってるでしょ?!」
ほー。先程のひっぺがしといい、お互いの名前を呼び捨ててることといい、これは……。うひひ、ちょっと二人をからかってやろう。
「あらー、やっとくっついたのねー」
「は?」
「え?」
「お互いに好き好きオーラをだしていたから周りにはバレバレなのに、本人たちは隠してるつもりなんだもの、見ててやきもきしてたのよねー」
「いえ、あの……」
「えっと……」
「で? 子供はできた?」
ニヤリと笑ってからかうと、二人して頬を染めた。おお、なんと初々しい反応なんだ。変わっていない二人が嬉しい反面、少し寂しくもある。ちらりと騎士組のほうを見ると、微笑ましいといった感じの顔をしているジェイランディアたち、眉間に皺を寄せている人、無表情な人と、その反応は様々だ。
眉間に皺を寄せている人は、多分私の言葉遣いになんだろうなあ、と思う。何せ『リーチェ』とは全く違うから。
中に入って話しましょうと言ったラーディに促され、私は皆のあとをくっついて行く。「お茶の用意をしてきます」とハンナはその場を離れ、ラーディたちに連れて来られたのはソファーとテーブルがある部屋だった。
どこに座ろうかとキョロキョロしていると、ラーディは一人がけのソファーを勧めてくれたので、肩から荷物を降ろして足元に置くとそっと息を吐いた。
私から見て左側のソファーにはジェイランディアとマキアが、右側のソファーには剣士風の二人……騎士のキアロとマクシモスが、正面にはラーディが座った。
ジェイランディアは、紫の瞳に肩甲骨くらいまである栗色の髪を、瞳と同じ色の紐で後ろで一つに束ねている。当時は神殿騎士団長だった。
隣のマキアは、紺色の瞳にショートボブの黒髪の女性騎士。騎士だけあって全体が細い印象ではあるが、出るところは出、引っ込むところは引っ込んでいる美人さんである。女性初の副団長にまで登りつめた女性だ。
キアロは、グレーの瞳に赤い髪を短く切り揃えている。普段はやんちゃ坊主といったムードメーカー的な感じだが、今は眉間に皺を寄せて私を睨むように見ていた。
キアロの隣のマクシモスは、水色の瞳に濃紺色の、耳に届くくらいの少し長めの髪をしている。そして無口。相変わらず無表情ではあるが、その分彼は目や態度に出るので無表情でも感情は読み取れるのだ。彼も副団長になった人である。
キアロもマクシモスも、『リーチェ』が殺された日、神殿警護があると言った二人だ。
正面のラーディは、青い瞳に腰まである銀の髪を、ジェイランディアと同じように黒い紐で一つに束ねている。
「お待たせいたしました」
ノック音のあとで扉が開き、ワゴンを押して入ってきたのはハンナ。目はまだ赤いものの、今は笑顔を浮かべていたので安心した。ハンナは緑の瞳と金色の髪の、『リーチェ』付きの侍女の一人だった。全員に紅茶と摘まみとなるお菓子を配り終えると私の側に来ようとしたので、それを制してラーディの側に行くように告げる。
「ですが、リーチェ様」
「いいから、ラーディ様の側にいなさいって」
「……わかりました」
しょんぼりとした顔をしたハンナに内心で謝りつつも、一旦全員の顔を見回す。
「さて。どうしようか」
「……オレは、こいつがリーチェ様だなんて認めないからな!」
いきなりソファーから立ち上り、私を指差してそう言ったのは、眉間に皺をくっきりと作っていたキアロだった。
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