表現泥棒 in OSAKA 年末スペシャル
りょうま
泥棒との再会
「また、梅田駅界隈で
表現泥棒が出没したみたいだ」
吉岡警部は飲み飽きたインスタントコーヒーを
チビチビと舐めながら
署の休憩室でクシャれた新聞紙に
目を落としていた
曾根崎警察署に勤務している吉岡警部は
八年前、梅田HEP横の大栄食堂で
昼食をパクついているときに舞い降りてきた
最&高なパキパキに固められた"えらくナイス表現"を思い浮かんだのだが
その五秒後
同じくランチをしにひょっこり現れた
表現泥棒にその表現を盗まれただとか
それからとは言うもの
憎き表現泥棒をふん捕まるため
銭形警部の如く追い続けているだとかなんとか
うんたらかんたら云々云々
「また表現泥棒ですか。年末だというのに
最後までしぶとい奴ですねぇ」
若人の錦戸巡査は
コレといって気にかけることなく
吉岡警部の脇にある冷蔵庫から雪印コーヒーパックを取り出し
口に咥えていたストローをぶすりとさしこんだ
パックの側面には「ニシキド」と書かれたポストイットを貼り付けている
「ここ二週間で被害が八軒も起きている
年末調整でもあるのか。せわしい奴め」
「この時期くらいゆっくりさせてほしいですねぇ
あ、そういえば。今夜ですよね?定例飲み歩き」
吉岡警部と錦戸巡査の間で
謎にブームが来ている”定例飲み歩き”というものがある
一軒目は某牛丼屋である程度腹を埋め
その後、懐からそれぞれ諭吉を出し合い
二枚の諭吉が硬貨に変わるまで飲み歩き続けるといった
なんとも絶妙にケチな大人のお遊戯である
「ん、ああ。そうそう。嫁さんが今夜、忘年会らしくてな
お前。今日は朝まで付き合えよ」
「じゃあヘパリーゼくらい奢ってもらいましょうかねぇ」
錦戸は、少年のようにくしゃっと笑い
二○一七年最後の金曜日の夜が始まった
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年末の金晩ということもあり
お初天神通りは仕事納めのサラリーマンや
大学生などで小魚の如くわんさか溢れていた
「オレ、こんな感じに人の大群を見ると爆弾を投げたくなるんですよねぇ。グレネードというか」
「お前それ、先週 心斎橋筋でも同じことを言ってたぞ」
あれ、おかしいですねと錦戸は首を傾げる
「そういえば今日金曜日でしたっけ。ワーカホリックの席、空いてますかねぇ」
「どうだろうなぁ。あそこはいつも読めん」
新御堂筋沿を梅新方面に歩くと
右手に"ワーカホリック"という
素敵な紳士淑女が集う仄暗い洒落たバーがある
彼らの中では飲み歩きの
レギュラーと化しており二軒目に挟むか
三軒目に挟むかと毎度会議するのだが
いや寧ろ、どのタイミングで
挟んでも間違いないじゃないのかという着地で
それ以来、当日の足の流れで決めているという
その日は珍しく一軒目の時点で
二人の足はワーカホリックに向かっていた
金晩の喧噪とは裏腹に
バーの入り口は相も変わらず
日常と非日常の境界線を静かに張っており
小さな光を灯しながら彼らを待ち構えていた
地下へと続く階段を一段ずつ降り
別世界の扉を開けると暗がりの中から
程よい音量の小洒落たジャズと
ネクタイを綺麗に結んだマスターが出迎えてくれる
吉岡と錦戸はマスターに軽く挨拶をし
いつもの隅にあるソファにゆったりと腰をかけ
さぁ、何から飲もうかと
二人して棚に並んでいる瓶に目を流した
そういえば、ここのマスター
店の棚作りからキッチンまで
全部自分で作ったんだったなと
二人して感心していると錦戸がピクリと動いた
「吉岡さん!あいつ!表現泥棒ですよ!」
彼が指差す方を見ると
どこかで見たことがある憎き男が
カウンターに座っていた
ベタベタな緑の王道風呂敷を首に巻いている
焦りに満ちた表現泥棒がブランデーを舐めていた
吉岡は叫んだ
「きさま!表現泥棒め!ここであったのも数年目!逮捕してやる!」
「ま、まってくれ!お会計が先だ!」
泥棒も戦闘態勢になっていたようだが
片手にはクレジットカードを持っていた
「会計なら仕方ないな」
「そうだろう?ここで変に動いてみろ
クレカがエラーになり双方最高にめんどくさい
ことに巻き込まれるだろうに」
一括でと指を一本出し
マスターに伝える表現泥棒
渡されたレシートに
律儀にサインをし控えを財布に丁寧に直す
「個人事業主も大変だ。レシートを毎回保管しなければならない」
「泥棒も個人事業主に当てはまるのか
よく開業届けをだせたものだな」
まあな。と言い
泥棒はテクテクと出て行った
吉岡はさてと、と再び棚に並んだ瓶に目を流し
今宵の一杯目を選んでいた
「吉岡さん!何をしてるんですか!
追いかけないと!」
表現泥棒 in OSAKA 年末スペシャル りょうま @ryoma3939
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