こんなものまで作っているとは思いませんでした

 デートしてから十日後、日本でいう六月になった。こちらでは六の月というそうだ。

 この世界も梅雨があるらしく、少しずつ雨が降る回数が増えてきていた。そのせいで湿気がすごいし、義足の接触部分や背中の傷が痛む。

 そんな中、以前から渡そうと思っていたものを父と兄に渡すことにした。


「お父様、お兄様。これを」


 インベントリから二人に渡したのは、浴衣だった。柄違いの濃紺で、帯は草蜘蛛グラス・スパイダーで、紐は木綿で作ったものだ。これらは書斎にもなっている私の向こうの部屋にあったもので、簡単に作れるものが紹介されていた雑誌を買ったものだった。

 もちろん、買ったのはだいぶ前だけれど、あの閉店セールをしていたお店で、だ。


「実花、これは……」

「浴衣です。手縫いをしている時間がなかったので、ミシンを使ってしまったのですけれど……」

「いや、ちゃんとできてる。それに、まさか浴衣をくれるとは思っていなくてな……」

「懐かしいよ……」


 父と兄が、懐かしそうな目をしてそれを見ている。二人とも家にいる時は、浴衣を来ている時があった。特に夏は暑いからと、夜は浴衣を着て寝ているという話を聞いていたから。


「これから夏になるのですよね? こちらの暑さはどのようなものかわからないのですが、よかったら着て寝てください。足りなければ、また作りますから」

「「ありがとう」」


 浴衣と帯と紐をインベントリにしまった二人が、私を抱きしめてくれる。そんなことをしていると、いつもドレスを作ってくれる商人が来たと、バルドさんが呼びにきた。


「新たに何か頼んだのですか?」

「ああ。実花も一緒に来るといい」


 父に促されて応接室に一緒に行くと、いつも我が家に来る商人が席を立ち、頭を下げた。


「侯爵様、ご依頼の品ができました」

「そうか。出来映えはどうだ?」

「わたくしどもはいい出来映えだと思うのですが……」


 そう言って商人が出したのは、長細く畳まれたもの。それを広げて見せてくれたのは、なんと小袖の着物、だった。


「着物……? ですか?」

「ああ。実花にと思ってな」

「え……」


 羽織ってみてくれと父に言われ、袖を通す。布地は草蜘蛛グラス・スパイダーの最高級の糸を使っているそうで、手触りは向こうの絹の着物よりもいい。しかも、刺繍ではなくきちんと織っていて、絵柄も向こうのものと遜色ないものだった。


「織るのはとても難しかったのですが、侯爵様が詳細な本を貸してくださいまして。それによりわたくしどもお抱えの者の技術もあがりました。お嬢様がお持ちの本だそうでございますね。貴重な本をお貸しいただき、ありがとうございます」

「……いつのまに……」


 まさか、ドレスだけではなく、着物まで作っているとは思わなかった。それに、絵柄もこの世界に馴染むようにという配慮からなのか、国立庭園で見た花があしらわれている。

 色も落ち着いた萌葱色で、ジークハルト様の色を意識させるものだ。この色も父が指定したのだという。

 他にも模様のない無地のものもあり、訪問着にも使えるようなものが一着あった。


「素敵なお色ですね」

「よくお似合いでございます」


 肩にかけたり袖を通したりしてその色を確かめる。というか、よく着物を作らせようと思ったわね、父よ……。


「実花、着てみてくれないか?」

「わたくしも、どのように着るのか見てみたいですね」

「お時間が大丈夫なようでしたら、着替えてまいりますが」

「はい、大丈夫です」


 是非にと商人に言われたので着物一式をアイニさんに持ってもらい、一旦部屋に戻る。そしてアイニさんたち侍女にどういったものか説明しながら、和装下着や襦袢、着物など、着用に必要な紐や伊達締めなどの小物を使って着て行く。

 帯は太鼓でいいかと結び、帯締めなどを使って着た。根付もあって、これはトンボ玉に近いものだった。


「まあ……素敵ですわ、お嬢様!」

「うなじが出るように、髪をアップにしてくれますか?」

「はい!」


 これならアップのほうがいいだろうとお願いし、最後にかんざしを刺してもらって準備完了。足袋や草履まで作らせているのには驚いたけれど、それらを履いて応接室に戻ると、商人やその場にいたバルドさんにも驚かれた。


「おお……そのように着るのですな……。なんとお美しい。とてもよくお似合いでございますよ」

「ありがとうございます」


 父が元いた国の民族衣装だと説明していた。着るのが大変だということも。


「とてもよいものを見せていただきました。それに、わたくしどもにも、いい刺激となりました。ありがとう存じます」

「いや。こちらこそ無理を言ってすまなかった」

「いえいえ。もしまた必要とあれば、作らせていただきますので」

「その時はぜひ、お願いしよう」


 双方ほくほく顔で頷き、父がバルドさんに請求書をもらっていた。こちらでも請求書があり、それに従ってバルドさんが支払いに行くのだとか。

 どうやら兄と父が広めたらしく、支払いの間違いなどや金銭の揉め事が減ったと商人が喜んでいたのだから、いいのだろう。


「久しぶりに着ましたけれど……おかしくはないですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「とてもよく似合っているよ」

「ええ。素敵なお召し物ですね、お嬢様」

「あ、ありがとう」


 父や兄、バルドさんに褒められて照れてしまう。すぐにでもドレスに変えたかったのだけれど、しばらく見たいという父と兄の要望に従い、着物で過ごした。

 そして兄に庭に行こうと誘われ、エスコートされながら歩いていると、上から影が差した。


「なんでしょう……?」

「あ、この気配はグラナートだな。何かあったのか?」


 よく見るとグリーンの体色のドラゴンで、翼は白い鳥のもの。以前見たジークハルト様が竜体となった姿だった。それを目で追っていると庭の広い場所に降り立ち、人型となったジークハルト様がそこにいた。


「アル、ミカはいるか? ……ミカ、か?」

「はい、ジークハルト様。こんにちは」

「ああ。それにしてもその姿は……?」

「これは私たちがいた国の民族衣装なのです。父が作ってくださいました」

「ほう……?」


 もの珍しそうに着物を眺め、私の周りをくるくると回りながらその姿を見て、しきりに頷いたり、溜息にも似た吐息をついていた。


「とても綺麗で、よく似合っている」

「……ありがとうございます」


 黒髪だともっと映えるのだけれど、それは言ってはいけないことだし、どうしようもない。なのでそこは黙っておく。


「今日はどうしたんだ?」

「そうだった。ミカに見せたいものがあるのだ」

「見せたいもの、ですか?」

「ああ」


 ジークハルト様がインベントリから出したのは、白いコートだった。


「これは……」

「ホワイトベアの毛皮で作ったコートなのだが、カチヤが『一度袖を通してもらい、きついところがないか聞いてきてください』と言ったのでな……持って来た」

「そうなのですね。ただ、この格好ですと着れませんし……」

「急ぎではないから、明日登城した時に持ってくればいいだろう」

「では、そうさせていただきますね」


 コートを預かり、インベントリにしまう。兄は「そのまま東屋に行って待っていろ」と家の中に入って行ったので、ジークハルト様と一緒に東屋へと向かう。


「ミカ、素敵なものだが、なんというのだ? ドレスとは違うようだが」

「着物というのです」

「ほう、キモノというのか。ドレスとは違った美しさがある」


 私をエスコートしながらそんなことを言うジークハルト様に、言われ慣れていないせいか照れてしまって、頬が熱くなる。そんな様子の私を見て、ジークハルト様は可愛いと仰る。


「ミカ……」


 急に立ち止まったジークハルト様に驚き、私も一緒に立ち止まる。するとそのまま抱きしめられた。


「あの……ジークハルト、様……?」

「どんどん可愛く、そして綺麗になっていくミカが眩しい……」

「え……んっ」


 そんなことを言いながらうなじを撫でるジークハルト様に、ゾクリとした何かが這い上がる。


「早く婚姻し、一緒に住みたい……」

「もう……。まだドレスなどの準備も終わっておりませんし、あと少しの辛抱ではありませんか」

「そうなのだが……」


 ふう、と溜息をついたジークハルト様に、軽く唇を合わせるだけのキスをされる。

 最近のジークハルト様は、二人きりになるとこうしてキスをしてくることが増えた。それはそれで嬉しいのだけれど、誰かに見られたらと思うと、気が気ではない。

 かと言って二人きりならというのも危険な気がする。


「まあ、準備も順調に進んでいるし、俺たちが住むための部屋の準備も整ってきているからな。一度内装について見てもらいたいのだが……いいか?」

「はい」


 もう一度キスをしたジークハルト様にエスコートされ、東屋へと向かう。途中で訓練をしていたらしい魔物たちに会ったので、一緒に東屋へと向かった。

 兄と一緒にバルドさんが来て、お茶やお菓子の用意をし、みんなで話をしているうちにお昼となり、ジークハルト様はお昼を食べると、王城へと戻って行った。


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