ドレスが届いたようです
二日後は婚約発表があるという日のお昼過ぎ。昼食後のお茶を飲んでいる時、父宛に手紙が届いた。
この世界の手紙は訓練された鳥型の魔獣が運ぶか、魔法陣が描かれた紙に手紙を乗せると相手に届くという。といっても、間に郵便局のような場所があって、そこからその家に対応した魔法陣に手紙を乗せると相手に届くというシステムになっているようだ。
直接やり取りもできるそうだけれどそれはよほど親しい間柄(婚約者など)だけで、基本的にはその場所を通すらしい。
配達間違いなどはないのかと聞けば、夜会や茶会などの大量な招待状を除けば普段はそれほど多いわけではないし、魔物を使う人のほうが多いそうなので間違いはないという。さすがに招待状は量が多すぎて魔物だと運ぶのが大変だそうなので、その場所を通して配達(?)してもらっているそうだ。
今回は鳥型の魔物が運んで来たようで、カナリヤのような色をした小鳥は、父が手紙を読むのをおとなしく待っている。
「ふむ……」
手紙を一通り読んだ父は短い返事を書いてそれを鳥に渡すと、一声鳴いて空へと舞い上がった。それを見送った父はもう一度手紙に目を通すとそれをテーブルの上に置き、私に目を向けた。
「実花、殿下がこれからいらっしゃるそうだ」
「え、殿下がですか? 何をしにいらっしゃるのでしょうか」
「二日後の婚約発表の時間の確認と、ドレスができたそうなのでそれを持って来るそうだ」
そこで一旦口を閉じた父は、その場に控えていたバルドさんとアイニさんに目を向ける。
「と、いうことだ。発表があるまで内密にな」
「畏まりました。お嬢様、ご婚約おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
二人にお祝いを言われて、照れてしまう。それに今からジークハルト様が家に来ると思うと、胸がドキドキしてくる。
「まあ、お嬢様ったら。お顔が赤いですわ!」
「え……」
「殿下がお見えになると思って照れていらっしゃるのですね」
「……」
……ドキドキしてたらそれが顔に出てしまっていたらしく、アイニさんにからかわれてしまった。
***
「いらっしゃいませ、殿下」
「ああ。アイゼン、ドレスを届けに来た。ミカ嬢、久しぶりふだな」
「はい、お久しぶりです、グラナート殿下」
ジークハルト様がいらっしゃるということでドレスを着替えて髪を整えられ、父や兄、バルドさんと一緒に出迎えた。そして応接室へと行くと挨拶を交わし、ソファーに座るとすかさず紅茶やお菓子が配られる。
それが終わると父がバルドさんをはじめとした使用人たちを下がらせた。
「早速だが、時間の話をしたい。のだが、先に」
婚約発表の時間の話をする前にジークハルト様は姿勢を正すと、向かいに座っていた父を見た。
「では、改めて。モーントシュタイン侯爵、そなたの珠玉の令嬢であるミカ嬢を、私の伴侶に迎えたい。お許しいただけるだろうか」
「光栄でございます。我が娘でよろしければ」
「ありがとう」
何を話すのかと思って見ていたら、そんなやり取りをして驚く。まさか「娘さんをください」的なことをするとは思っていなかったのだ。
夕食の時にどうしてそんなやり取りをしたのかと聞くと、この世界にもそういうやり取りと王の宣言があって、初めて婚約が成立するのだという。
本来はこんな急にはやらないし父とは既に済ませていたけれど、私も交えてもう一度お願いしたいと父に話していたのだそうだ。
それはともかく、何時にお城に行けばいいかなどのタイムスケジュールを聞き、打ち合わせが一通り済んだころ。
「それで、贈り物なのだが、ミカにはこれを着てほしいのだ」
インベントリから取り出したのは大小様々な箱だった。中身は婚約発表の時やその後の夜会で着るドレスや靴、装飾品が入っているという。
「当日、そのドレスを着て来るのを楽しみにしている」
そうして箱を渡されたのだけれど、ジークハルト様が帰ったあとで確認したら、どれも素敵なドレスとそれに合わせた靴、装飾品だった。
閑話休題。
ジークハルト様から渡された箱を片付けている時に商人が来てしまって残りのドレスや装飾品、靴や鞄などを置いて行ったのだけれど、それがまずかった。
私の部屋に移動したあと、ジークハルト様からいただいたドレスを除き、商人からのドレスを嬉々として片付けていたアイニさんが然り気無く私に合わせたのがそもそもの始まりだった。ジークハルト様に「着て見せてくれ」と言われて着たのだけれど……。
「うむ! いいな、そのドレスは!」
「装飾品もお嬢様に良くお似合いですわ」
さすがは殿下ですなと父に言われて、とても機嫌よく頷いているジークハルト様。
確かに素敵なドレスだし鏡に映った私を見たけれど、似合っていると思った。そして今度は夜会用のドレスも着せられたけれど、これも素敵だった。
これで試着も終わりだと今まで着ていたドレスを着ようとしたところで、シェーデルさんがとんでもないことを言い出したのだ。
『ミカ様~、どうせなら、他のドレスも着てみない?』
「……は?」
「おお、それはいいな! 全てとは言わないが、是非俺も見てみたいぞ!」
というジークハルト様の一声で、着せ替え人形よろしくファッションショーもどきが始まってしまったのだ! それに嬉々として乗ったのが父と兄、侍女たちだ。
「アルジェント様、このお色はどうでしょう?」
「いや、こっちがいいって。これを着てみて」
「旦那様、こちらはどうでしょう?」
「それよりもこれはどうだ? この色なんかいいんじゃないか?」
ノリノリでアイニさんが兄や父に聞いているけれど、それを兄と父がこっちがいいだのそっちがいいだのと私にドレスをあてがい、意見を交わしている。
《この菓子は美味しいのう》
「ミゲルに伝えておきましょう」
『あーん、アタシも着せ替えてほしいーー!』
「スパルトイ殿、それは無理があるだろう?」
『いいじゃないの、言うのはタダよね?』
アレイさんはマイペースでお菓子を食べているし、シェーデルさんも着替えたいと言っていて、頭痛がしてくる。ジークハルト様にバレたら困るのはシェーデルさんなのに。
「ミカ嬢、これはどうだろう? 装飾品もセットになっているようだが」
「まあ、素敵ですわ、殿下! お嬢様、こちらもお召しになっては……」
ジークハルト様もノリノリで、誰も止める人がいない。
……誰かこのカオスな空間を何とかしてください……!
そんな私の願いが届いたんだろう。一度退室していたバルドさんがおかわりの紅茶を持って来た。室内の状況と私の困った顔を見たバルドさんは、アイニさんや侍女たちを叱り、父と兄を諌めてくれたのだ!
「ありがとうございます、バルドさん」
「どういたしまして」
ようやく室内も落ち着き、テンションが高かった侍女たちは項垂れているし、父や兄どころかジークハルト様まで沈んでいたので苦笑してしまう。
「……すまなかった、ミカ嬢。疲れさせてしまった」
「構いませんし、それほど疲れていませんから大丈夫ですよ」
本当は精神的に疲れたけど、肉体的にはそれほど疲れたわけではないからそこは否定したのだけれど、ジークハルト様は納得していないのか、眉間に皺が寄っている。
「本当に大丈夫ですよ?」
「……ミカ嬢がそう言うのなら」
不満そうにしつつもやっと笑ってくれたので笑顔を返すと、さらにその笑みは深まったので安堵したのと同時にまたドキドキしてしまう。
(本当に、私はどうしちゃったんだろう……)
ジークハルト様と一緒にいると嬉しいし楽しい。また一緒に出かけたくなる。
(婚約したら、またどこかに一緒に出かけたいな……)
そう思えることが不思議だった。
ドレスなどをクローゼットに戻し、ジークハルト様は紅茶を飲みながら父や私と何時にお城に行けばいいかの確認を始めた。最初に話しているとは言え、確認は大事だもの。
時間も決まり、発表の時のドレスはともかく、夜会用のドレスの着付けはアイニさんと一緒に先日紹介してくれた女官の三人がしてくれるというので、それに頷く。しばらく雑談をしたあとジークハルト様が帰るというので、玄関までお見送りしたのだけれど。
「ミカ。婚約が成立したら、またどこかに出かけないか?」
ジークハルト様からまた誘ってくださるとは思っていなかったし、同じ気持ちでいてくれてことが嬉しかった。
「はい。楽しみにしています」
「ああ!」
私の返事に破顔したジークハルト様は、嬉しそうな顔をして帰って行った。
――バルドさんや父、兄がいるというのに額にキスを残して。
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