初めて王城に行くらしい

 翌日、アレイさんとシェーデルさんの寸法を測り、アレイさんにどのようなな服が着たいか聞いたついでに、兄と父の採寸もする。そしてこの世界の騎士が着ても大丈夫な布地や糸などがほしいと言えば、父が懇意にしている商会(この世界ではデパート的な場所を商会というそうだ)に連れて行ってくれた。そこで必要な布や糸などを購入した。

 そしてまずはシェーデルさんにあげる騎士服を作ろうと型紙を起こして裁断し、手で縫っていく。ミシンを使いたかったのだけれど、布地に合う色のミシン糸がなかったので断念したのだ。購入した糸をミシン用の糸巻きに巻いてもよかったのだけれど、肝心の芯になるものがなかったので、今度兄に【無限増殖】で増やしてもうらうつもりだ。

 ちなみに、騎士服やアレイさんの服のデザインは、コスプレイヤーをしていた友人に押しつ……いえ、いただいた本を参考にしてほしいからと二人に見せたところ、これがいいと指差していた。どちらも「これ縫って!」と言った友人のために作ったことのあるデザインだったので、簡単に型紙に起こすことができたのはよかった。


 作法や常識、ダンスや魔法などの練習をしつつ、時間のある時に二人の服を縫っていた。手縫いだから結構時間がかかったけれど、【裁縫師】の職業補正なのか手縫いにしては早く、そして綺麗に縫うことができたのには驚いた。

 さすがにミシンほどの速さはなかったけれど、そのおかげで王城に行く日までには二人分の服が出来上がった。アレイさん用の服は糸があったので、ミシンで縫ったから早く出来上がったのも助かった。

 それに、考えていたこと――【白魔法】の【シールド】と【マジック・シールド】をかけたあと、兄から【状態維持】の魔法を教わっていたのでそれを出来上がった二人の服にかけたのだ。もちろん、失敗する可能性も考えて巾着を作り、それを実験と練習代わりにかけて成功したので、服にもかけたというわけだ。


 そんなことをしながら過ごしていた十日後。

 常識も魔法も作法も大丈夫だと、バルドさん、アイニさん、父と兄が太鼓判を押してくれたので、王城に行くことになった。そこで父と兄がどんな仕事をしているのか、私の手伝いは何をするのかを説明してもらうことになった。

 二人が私の手作りのお弁当が食べたいというので、護衛二人の分も含めた数人分で尚且つ多めのサンドイッチとおかずを用意した。シェーデルさんとアレイさんはヒト型になっているから、いつも以上に食べそうだったのもある。

 王城に着いて父と兄のあとをついて行く。ちらちらとこちらを窺ってくるメイド服の人や執事服の人、殿下のお付きの人と同じデザインの騎士服を着た人たちの視線や、あちらこちらから聞こえるひそひそ話が正直鬱陶しい。


「実花、ここだよ」


 しかめっ面で溜息をついたところで、父に苦笑されながら案内されたのは、一階にある日当たりのいい部屋だった。そしてその室内の惨状を見て、自分の仕事がなんなのか、何となくわかったような気がする。


「お父様、お兄様……。この惨状は一体なんでしょうか? 足の踏み場もないようですけれど」


 そう問い質すと二人は不自然に視線を逸らし、アレイさんとシェーデルさんは唖然としながら室内を見回していた。確かに室内は歩く場所もあるし、テーブルやソファーもある。

 けれど、綺麗になっているのはそれらの部分や執務机と思われるところの一部分だけで、他は全くといっていいほど汚いし、山積みの書類の山が幾つもあったのだ。


「「……」」

「はあ……。私の仕事ですが、まずはここの書類整理でよろしいですか?」

「……ああ」

「……お願い」

「畏まりました」


 わざとらしく溜息をついて書類整理をしていく。そして集中して片付けをしていたら、外から鐘の音色が三回聞こえて来た。その音に顔を上げると、父や兄も顔を上げていた。


「ああ……もうそんな時間か。実花、今、鐘が三回鳴っただろう?」

「はい」

「あれはお昼の合図なんだ。次に鐘が三回鳴るまでお昼休憩になる」

「だいたい二時間くらいだよ」


 父と兄の説明に、もうそんな時間なのかと驚く。そして休憩が二時間もあることも。


「でしたら、テーブルを拭いて、そこに料理を並べますね。お湯はこの部屋にありますか?」

「沸かさないといけないけど、あるよ。今から僕が沸かすから、実花は茶器の用意をしてくれる?」

「はい」


 父がテーブルを拭いてくれるというのでお願いし、兄がお湯を沸かしている間に茶器と料理の用意をする。次からは私が一人で使えるようにと兄に使い方も教わった。

 テーブルを拭き終わったあとでランチョンマットを敷き、サンドイッチやおかずが入っている籠やフォークを全員の前に置く。おかわり用は皆が取りやすいよう、二ヶ所に置いた。


「実花、お湯が沸いたよ」

「ありがとうございます、お兄様」


 熱いからというのでポットにお湯を入れてもらう。アイスにしようと思ったのだけれど、まだ安定して氷を出すことができないのでそのままだ。

 紅茶も配り終え、さあ食べようかというタイミングでノックの音がした。父が返事をして相手が返し、父が頷いたので私が扉を開ければ、そこには殿下がいた。今日は騎士服ではなくアスコットタイの貴族服で、腰に剣を着けていた。髪は結ばれていない。


「失礼する。アイゼン、午後はアルを……、……ミカ嬢、か?」

「はい。こんにちは、グラナート殿下。ご無沙汰しております」

「……ああ、久しぶりだな」


 半分近く片付いている室内と私のドレス姿、ヒト型になっている二人の姿を見て、目を丸くしていた。習った通りにスカートをつまみ、軽く膝を曲げてお辞儀をすると、殿下は感心したような顔をして頷いていた。謁見の間ではカーテシーが基本だけれど、普段はこの作法でいいそうだ。


「父か兄にご用でしたら中へどうぞ。お昼がまだでご予定がないのでしたら、ご一緒にいかがですか? 構いませんよね、お父様」

「……いいのか?」

「ええ。殿下、こちらにどうぞ」


 ちらちらとテーブルの上を見ていた殿下に昼食を勧めると、目を細めて頷く。相変わらず不機嫌そうな顔をしているけれど、先日とは違ってそこまで機嫌が悪いわけではないようだ。

 私のぶんを殿下に渡して全員に先に食べるように言い、私はお皿を持って来てそこに食べられる分だけサンドイッチやおかずを乗せる。

 サンドイッチの中身はハムとチーズ、卵、ツナマヨ、照り焼きチキン。おかずはポテトサラダ、ソーセージ、唐揚げ、エビのフリッター、ミニトマトとブロッコリー。

 便宜上そう言っているけれど、ツナと照り焼きのたれ以外はどれもこの世界にある食材で作ったもので、味や見た目が近いからそう言っているだけだ。マヨネーズも兄が広めたようでモーントシュタイン家だけではなく、王城や貴族、果ては庶民にまで広がっているというのだから驚いた。

 そして紅茶を淹れなおし、食事をしながら全員の紅茶やおかわりを聞いて、籠やお皿に入れていった。私がそんなことをしている間、殿下と兄と父は午後の仕事の話をしていた。どうやら一人、具合が悪くなって帰宅してしまったためか執務が滞りはじめたらしく、兄の手が必要だからとそのお願いに来たらしかった。


「ごめん、実花、僕は午後から殿下のところで仕事をすることになった。片付けは後回しでいいから、父上の仕事を手伝ってくれるかい?」

「わかりました。お父様、休憩が終わったら指示をくださいますか?」

「もちろんだよ」


 そんな話をしていると、殿下が不思議そうに私と父、兄を見る。


「ミカ嬢が、文官がやるような仕事をするのか? いや……できるのか?」

「できますよ。そのための教育もしましたし。元々、向こうの世界でも私たちを手伝ってくれていましたから、問題ありません」

「そうか……」


 そんな話をして席を立ち、ランチョンマットや空いた籠をインベントリにしまい、フォークや食器をワゴンに乗せて移動する。室内に食器を洗ったりお湯を沸かしたりできる簡易キッチンが備え付けられているので、非常に助かる。

 私の後ろでは男性三人が仕事の話や政治の話などをしていたけれど、私が聞いていい話ではないと思ったので、そのままにしている。

 一度食器の水滴を【生活魔法】で出せる風で吹き飛ばし、ワゴンにコーヒーを淹れて乗せ、お菓子も添えて三人の前にそれぞれ置く。ちょうど話が途切れたタイミングだったので、父に話しかけた。


「お父様、目の前の庭を見て来てもいいでしょうか?」

「ちゃんと二人の護衛を連れていくんだぞ? あと、ここからだと見えないが、窓の側に椅子とテーブルがあるんだ。疲れたらそこで休みなさい。鐘が鳴ったら戻って来てくれ」

「はい」


 父に許可を取るとテーブルの場所も教えてくれた。目の前の庭以外には行かないと約束し、どこにテーブルがあるかを確認する。ちょっとはしたないけれど、アレイさんかシェーデルさんに先に外に出てもらい、私たちのぶんの飲み物とお菓子を受け取ってもらうことにし、アレイさんがやってくれるというのでそれを実行した。

 そしてシェーデルさんと一緒に外へ行こうとしたら、殿下が声をかけて来た。


「外へいくのか? なら、私がエスコートと案内をしよう」

「え……」


 その言葉に驚いて殿下を見ると、また微妙に耳の先が赤かったので首を傾げる。そして兄と父を見れば、二人とも目を丸くして殿下を見ていた。……本当にいいのだろうか。


「よろしいのですか?」

「ああ」


 確認すれば、殿下は頷く。そして私に腕を差し出して来たのでおずおずとそこに自分の手を乗せると、殿下は私を伴って窓際近くにある大きな扉を開け、そこから外に出た。


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