目覚めたらまた別の天井だったらしい

「実花、お昼だよ」


 父の声で起こされ、意識が浮上する。目を開けると先ほどとは違う天井だった。しかも部屋自体も変わっているような……。いつの間に? と内心首を傾げながらも体を起こしてから周囲を見渡せば、そこは眼鏡をしていなくてもわかる、見慣れた内装で固まってしまう。


 異世界に来たはずなのに、どうして自宅の寝室内にあったクローゼットや箪笥があるのだろう……?


「……っ」

「実花?」

「う、そ……。どうして……?」

「…………それは、実花が住んでいたマンションの部屋の内装そのものが、私たちと一緒にこの世界に来てしまったからだ」

「ええっ?!」


 父の説明に驚く。そんなことなどあるのだろうか。


「それはどういうことですか?」

「いろいろと説明してあげたいが、まずは熱を測ろうか。そして先にご飯を食べてから薬を飲んで、説明はそのあとにしよう」

「……はい」


 私を落ち着かせるような柔らかい話し方で声をかけられて父に手渡されたのは、リビングにある救急箱に入っていたデジタル体温計だった。……本当にどうなっているのだろう。説明してくれるというのだから、食事をしたり薬を飲んだりしながらそれを待とう。

 そんなことを考えている間に熱を測ると、三十七度台に落ちていたもののまだ八度台に近い。それを見た父も「まだちょっと高いな……」と呟き、私を抱き上げようとしたのでストップをかけた。


「お、お父様、一人で歩けます!」

「昨日捻挫して、まだそんなに足首が腫れていて碌に歩けないのにか?」

「あっ……そうでした……!」


 父に指摘されるまで、それほど痛みがなかったせいか森で足を挫いたことを忘れていた。殿下にも『手当てをした』と言われたのに……。仕方がないので素直に父に抱き上げられて隣の部屋へ連れて行かれると、そこにあったのは私が借りていた部屋のDKよりも広くなっていたものの、内装は私がこの世界に来る直前までいたそのままの状態の光景が広がっていた。

 しかも、シェーデルさんに引き続き父にまで子供のように縦抱っこされるとか……!


 ――私、あと数年で三十になるのですが……この歳で父に抱っこされるとか……恥ずかしすぎる! 父よ、私がまだ子供だと勘違いしていませんか……?!


「……」

《おお、ミカ》

『あら。おはよう、お姫様』

「お? 起きたか。ご飯できてるぞ。尤も、作ったのは親父だけどな」

「…………」

「おーい、実花? 実花ちゃーん? 反応して?! 僕をシカトしないで?!」


 キッチンはそれほど広いわけではなかったのにそれが広くなっていて、私の家にはなかった六人掛けのテーブルと椅子のセットがあった。そこには兄とシェーデルさんが腰掛け、アレイさんは料理と一緒にテーブルの上にいる。

 料理はミートソースのパスタと野菜スープ、半熟卵がのっているサラダ、ロールパンとバターとマーマレード、飲み物はコーヒー。私の席らしき場所にはコーヒーの代わりに生姜入りの柚子茶が置かれていて、パン用の取り皿と思われる小皿もあった。ミートソースのパスタはペンネである。

 非常に見覚えのある食材だし、数日前に買い出しして来た食材の一部に思えるのだけれど、父は一体どこから持って来た食材なのだろう……。そして周囲を見渡せば、バスルームとパソコンなどが置いてある部屋に続く扉もあるのだけれど……同じなのだろうか。

 同じなら、せめてあとで汗を流したい。……使えるのならば、だけれど。

 そんなことを考えていたら兄に呼ばれ、目の前で手を振られて我に返る。


「……これ……どこから出て来た食材なのですか……? 朝の食材もそうですが、この世界にあるものなのですか……?」

「ん? 一部の食材はこの部屋からだな。この世界には似て非なるものはあっても、全く同じものはないし」

「どなたが作ったのですか?」

「だから親父だってば」

「お父様が……」


 兄の話を聞いていなかったことを申し訳なく思いつつ、父が作ったことに驚く。そして、食材がこの部屋のものだということも。

 そういえば父は料理が得意で包丁の使い方や料理を教わったことを思い出し、唖然呆然とはこのことかと現実逃避めいたことを考えているうちに椅子に下ろされ、父も椅子に座ると号令をかける。


「よし。全員揃ったことだし、それでは食べようか。いただきます」

「『《いただきます》』」


 私以外の前にはそれなりの量が器に盛られ、私は食欲がないことを見越してか、パスタやサラダはワンプレートに盛られていた。パンは一つの籠に入っていてトングが添えられ、個々人で取ればいいようになっている。


「実花、冷めないうちに食べなさい。食欲がないなら残していいから」

「あ……いえ。この量でしたら食べきれます。いただきます。…………美味しい」

「そうか。よかった」


 少しボーッとしていたのだろう……父に声をかけられ、慌てていただきますをするとパスタを食べる。その味はトマトの酸味と玉ねぎの甘さ、ひき肉の味がぎゅっと凝縮された、私好みの味だった。

 どうして父は私の好みの味を知っているのだろう……そんなことを考えながらパンを一つ取って食べつつ、父と兄を盗み見る。


 二人はパーティーや社交界で着るような夜会用のスーツに近い服を着ていた。ネクタイはアスコットタイで、楕円形の月長石ムーンストーンがあしらわれたネクタイピンで留められていた。

 これは二人の誕生日プレゼントにと買ったものだったからよく覚えている。そして父は180センチ越え、兄は190センチ近い高身長と整った顔立ちをしているからか、その出で立ちは二人にとてもよく似合っていた。

 ……そういえば、パーティーに行くと父は妙齢のご婦人方に、兄は独身女性に常に囲まれていた。ついでにいえば、姉二人も父や兄ほどではないが、独身男性に囲まれていた。

 母に至ってはその性格の悪さが顔や態度に出ていたのか、男性どころか御婦人方にすら遠巻きに敬遠されていた。

 私も168センチと平均以上の身長はあるけれど、常に秘書という立場で控えていたか知り合いの女性と一緒に壁の花と化していたので、囲まれた経験はない。……カナシクナンテナイデスヨ。


 そしてシェーデルさんたちを見ると、アレイさんは私よりも小さいお皿のワンプレートに小さく切られたパスタとサラダとパンが乗せられているものを食べていて、シェーデルさんはどうやってその身体に入っているのかわからないけれど、きちんと食事をしていた。

 骸骨だから食べているものが見えるのかといえばそんなことはなく、口に入れたあとは何も見えなかった。量は兄と同じくらいありそうだ。


(……本当に、どうなっているの……アレイさんとシェーデルさんって……。特にシェーデルさんは)


 思わず遠い目をしそうになるけれど食事中だからとなんとか我慢をし、出されたものを食べ終わると薬を飲むように言われて飲んだ。


「さて……どこから話したものか……」

「先にここに来た経緯や、どうして私が借りていた部屋の内装などがそのままあるのか、それをお聞きしたいのですが……」

「そうだな……そのほうがいいだろうな……」

「たくさんあるなら、紙に箇条書きにしたらどうだ? 先にそれに答えて、疑問が出て来たらその都度メモを取って最後に質問すればいいんじゃないか?」


 兄の提案にしばらく考えたあと、それに頷く。メモ用紙やペンがパソコンが置いてある部屋にあると言えば兄が持って来てくれたのでそれを受け取ると、質問内容をメモに書き、兄の提案に従って父と兄にメモを見せる。



 メモを見た二人が話してくれたのは、アレイさんたちですら驚く内容だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る