恋人たちに足して一

今川 巽

第1話 

居候のゲイカップル

赤の他人の信子さんのアパート


のんびりとした内容です。


ああ、寒いなあ、今夜はお鍋にしようかと思い、雪生は夕飯の支度を始め

た、もうすぐ恋人が帰ってくる、おいしいものを作ってあげないと、最近仕事

が大変そうだからと、朝、出かける時の洋司の姿を思い出した。

 「あっ、ビール、いや、発泡酒、あったけ」

 慌てて冷蔵庫の中を確認すると一本あった。

 これでも十分、いけるぜといった恋人、洋司の言葉を思い出す、そのとき、

玄関から音がした。

 「お帰りなさい」

 玄関に向かうと、おーいと野太い声がしてドアが開いた。

 「雨だよ、参ったなあ」

 「えっ、本当、だったら、信子さん、傘を持ってたかなあ」

 「大丈夫だろう、なかったらコンビニで買うんじゃないか」

 「いいや、そんなことしないよ、面倒だって濡れて帰るよ、信子さんは、そ

ういうところは面倒くさがるんだよ」

 「まあ、いい、それより腹が減った」

 「うん、先に食べようか、信子さん、遅くなるみたいだし」

 「そうか」

 少し残念そうな洋司の声に、やっぱりなあと雪生は思った。

 二人きりで食べるのもいい、だが、もう一人家主の信子のがいないと楽しく

ないのだ。

 「なあ、雪生、物件、アパート探しの件だが」

 「あっ、どうしたの」

 どことなく歯切れが悪いのは気のせいではない、雪生は言葉を待った。

 「もう少し先でもいいんじゃないか、その、慌てなくても、いや、金がない

ってわけじゃないんだよ」

 その言葉に雪生は内心、ほっとしながら、そうだねと頷いた。

 「いや、信も言ってたじゃないか、飛びついて変な場所だったりしたら引っ

越すのも大変だし、慌てることはないって」

 「そ、そうだね」

 甘えてるわけじゃないと言いたいけど。

 「もう、四ヶ月近いし、近所の人は俺たちのこと信子さんの親戚か、恋人だ

って思ってるんだろうな」

 「だろうな、まあ、本人は喜んでるみたいだが」

 「俺たち、駄目人間、社会人失格ってやつかなあ」

 その言葉に、洋司の顔、表情が固まった、三十半ばというのに顔つきはむさ

いおやじなので、妙な貫禄がある。

 「家賃や食費は出してるじゃないか」

 その言葉に雪生は黙り込んだ、確かに金は払っている、住まわせてもらって

いるから払っている、だが、それは万札を片手の数だ。

 男二人の生活費、光熱費、水道代、生活するには色々とかかるのに、普通な

ら足りないぐらいだ。

 「居心地がよすぎるというのも困るな、ヨウちゃん」

 「う、うん、いや、俺も今、仕事が順調だし」

 「それより、雪生、モデルというのはどうなんだ、信のやつ心配してたぞ」

 「えっ、心配って」

 「顔がいいからな、おまえ、熱心なファン、ストーカーとか、よくドラマと

か、ネットであるだろう」

 思わず笑ってしまいそうになる、大げさだよと、アイドルや芸能人じゃある

まいし。

 「そ、そうか、でも、今でもおまえは、そこらの男よりは」

 「馬鹿馬鹿しい、俺は洋司に、いや、信子さんにもだけど、二人にもてるだ

けでいいよ」

 「そ、そうか」

 少し安心したように恋人が笑う、そのとき、玄関から、ただいまーと元気な

女の声が聞こえてきた。



人は見た目がなんとかだというが、その言葉を洋司が実感したの学校を卒

業し社会に出てからだ、自分か女に興味がない、好きになれないと気づいたの

は、そして三十を過ぎても独り、恋人がいない独身ということで周りから、ち

ょっと怪しいんじゃないという目で見られる。

 男しか好きになれない、同性愛者、ゲイとだ自分からいうつもりはなかった

が、隠していてもばれてしまうと居心地の悪さと周りの視線が気になって、サ

ラリーマン生活は長くは続かなかった、そんなとき、出会ったのだ、雪生と。

 そういう店なので安心していたこともあった、相手にされないかもしれない

と重い声をかけると相手は、拍子抜けするほど素直に頷いて付き合おうという

ことになったのだ。

 そして、一緒に暮らし始めた訳だが、世間の人間は何故、こうも他人の家庭

事情に関心があるのかと思ってしまった。

 雪生の外見が目を引くのもあるだろう、正統派のイケメン、だが自分は型の

いい普通のおっさんだ。

 出会った頃は少し腹が出ていて、見た目はさえなかったが、雪生が、まめに

料理を作り、メタボや病気になったら大変だというのでサウナや水泳を始めた

のがきっかけで今は体も引き締まった。

 すると、あの二人は怪しい恋人同士ではないかと噂がたつ。

 最近になって、多少は知られるようになてもゲイ、同性愛者というのは色メ

ガネで見られて、大家から出て行ってくれないかといわれてしまうのだ。

 家族、小さな子供のいるアパートだと、体裁が、教育に悪いからというの

だ、はっきりとは口にしないが。

 

 「また新しいとこ、探そうか」

 「うーん、難しいな、まあ、なんとかなるか」

 軽い気持ちで言ったものの、正直、新しいアパートを探すの簡単ではない、

多分、雪生もわかっているのだろう、これが自分の強がりだと。

 ところがだ。


 「ヨウちゃん、見つかった、だから今すぐ、行こう」

 数日後、仕事で泊まりがけ、顔を見せなかった雪生がアパートに帰って来る

なり引っ越そうと言い出したのだ。

 「今から見に行こう」

 「おい、見つかったって」

 「部屋だよ、でも」

 少し口ごもるような言い方に何かあると思ったら、シェアハウスだよと言

う、正直ピンとこなかったが、顔を合わすたびに大家は何か言いたげな目で見

つけてくるのだ、この際、我慢だ。

 それに相手も同じような立場、境遇かもしれないじゃないかと洋司は考え

た、だとしたら渡りに船というやつだ。

 シェアハウスという言葉は聞いたことはあっても、どういうものか、詳しく

はわからなかった。

 ただ、赤の他人同士が一緒にすむのだから、安易に考えていいものだろうか

と迷いはあった、ところが案内された場所に行ってみて驚いた。

 一軒家で大家は女だったのだ。


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