3話 桃香の交渉
(ひ、久々に見たぞ、桃香の悪魔の笑顔)
というか、神様相手でも普通にやるんだな、と驚く。
だが、これでペースは桃香のものとなった。
「異世界に転送するって行ってたけど、どんな世界!?」
「オレ様のオススメは、ドロドロとしたモンスターたちがうごめく悪魔のような――」
ドコっ!
と再び音が鳴った。
ドラコが腹を押さえているところを見ると、どうやらそこが殴られたらしい。
「そんな物騒な世界にただの人間であるわたしたちが生きていけるわけないでしょ!? 生きていけたとしてもかなり危険だからイヤ。それよりさ、転送される世界を選ばせてよ?」
「え、選ぶ……? そ、そんなこと言ってきた人間、今まで一人もいないぞ!」
「残念でした。わたしはそういう人間なの。わたしを連れてきたあんたの不手際を呪いなさいっ!」
「くそーっ! なんでこんなことに!?」
ドラコの能力を使えば、簡単に桃香を従わせたり、消すこともできるのだろう。
そんなことをしないというのは彼なりの良心なのかもしれない。
単純に抜けているだけなのかもしれないが、良心ということにしておこう。
「まず、絶対条件は安全な世界ね。街から出たらモンスターがウヨウヨいるような世界はパス。あと、適度に文明も進んでいる方がいいな。お風呂やトイレがないのはイヤだから。あとは、兄さんの美味しいごはんを食べたいから調理するのに困らない環境でお願いね。あと、一番大事なのは――お米があることっ!」
指を突き出しながら桃香は言うのだった。
「やっぱり一日に一回はごはんを食べないと死んじゃうからね。他には……」
それから十分間、ドラコは桃香のリクエストを聞かされ続けたのだった。
「も、もういいか?」
「いいよ♪」
言いたいことを言えたのか、桃香はすっかり満足げな様子だ。
ちなみ、言葉や環境への適応はドラコがすべてやってくれるらしい。要は桃香の注文はすべてオプションサービスということだ。
「これだけ言うことを聞くんだから、大人しく転送されてくれるな?」
「断ることもできそうにないからな」
「わたしも――」
そう言おうとした時、ドラコが言葉を遮った。
「散々リクエストを話してくれた手前申し訳ないが、モモカ……お前は元の世界に戻ることができる」
「え……?」
「だが、トーヤはどうあっても異世界に行くことになる。悪いな」
「待って。なんでわたしだけ戻されるの?」
桃香の問いに、ドラコカルドは申し訳なさそうに答えた。
「お前はオレ様のミスだからな。元のターゲットであるトーヤさえ転送できればオレ様の仕事は完了したことになるんだ」
ミスをしっかりと認める辺り、そう悪い人――ドラゴンでもなさそうだ、と橙也は思った。
あくまで異世界へ送られるのは橙也、ということらしい。
結局のところ、そのバランスとやらの詳細は橙也達には分かり得ないことだ。
説明を受けたとしても、神と人ではそもそもの視点も違うし、理解できないだろう。
重要なのは、自分が異世界に送られる、ということ。
橙也が異世界で生きていれば、バランスとやらには好影響を与えるらしい。
「なるほど。食事も世界もバランスが大事ということだな」
「兄さん、別にうまくないからね?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
だからドラコカルドから橙也にお願いされるのは「異世界で暮らすこと」だけらしい。「魔王を倒して来い」というような大層な使命を押し付けられないのはいいが、突然異世界に行けと言われてもそう乗り気になれるものでもない。
幸いというべきか、桃香は元の世界に戻れるらしい。
まだ学生である彼女を残していくのは心配でもあるが、ドラゴンが目の前に現れた時点で、自分が犠牲になって彼女だけででも逃そうと思っていたのだ。
それが達成できるのだから、及第点と考えるべきだろう。
寂しくはあるが、どうすることもできない。
「桃香、お前は戻れ。元の世界には友達がたくさんいるんだし、やりたいことだってあるだろ?」
「兄さん……」
「俺は大丈夫。お前と離れ離れになるのは寂しいが、いつか会いに行けるだろう」
橙也がそう言うと、桃香は下を向いたまま黙ってしまった。
「さて、別れも済んだようだな」
ドラコが言う。
「トーヤにはバランスを踏まえた能力を渡す事になっている。まったくの丸腰で異世界を生き抜くのは難しいだろうからな。……とはいっても、世界の均衡を崩すようなトンデモ能力は付けられない」
要は圧倒的なチート能力は授けてもらえないということだ。
(仮に、無敵の能力があったとしても戦いはしたくないから宝の持ち腐れになるだけだろうけど……)
ドラコカルドが指を横に滑らせると、そこから大きめの本が出てきた。
赤い表紙に金の刺繍が入った、豪華で分厚い本。
本を手にした彼は、橙也へと手渡す。
「それが選べる能力の目録だ。ポイントにあわせて好きに選びな」
「選ぶ、といっても、どれがいいんだろう」
時間止め、無限魔力、一撃必殺などが目についた。もちろん、それらは高ポイントだ。
分厚い本を開いて眺めながら、橙也が呟く。
「時間はまだあるから、しっかりと選ぶといい。自分の適性やしたいことを考えながらな」
「適性やしたいことか……」
そう言われて、橙也は考えてみる。自分がしたいこと。異世界でどう生きていきたいか。
考えてみると答えは簡単だった。
橙也は早速本のページを捲り、スキルを選んでいく。
「俺が選ぶのは……」
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