第31話 精神科 初診

精神科の初日は漢方の診療から始まった。

寝台に横になって、腹やら首筋やらを押さえられたり

足首を握られたり、いろいろなことをされた。


医師が机に戻って、その横の椅子に座って、問診を受けた。

だいたいは内科医が書いてくれた紹介状に書いてあったので、身体症状は説明が簡単だったのだが、

家族構成やら簡単な職歴やら、聞かれても話すのが難しかった。

よく思い出せないし、しゃべるのも億劫だった。


舌を見られて、脈をとられた。

手首の古傷に気付いた医師が


「今よりずっと生き辛い時があったのね」


そう言った。

今もはっきり覚えている。

その時の医師の困惑した表情を。

私は知らなかったから。

傷について語る必要があるとも思っていなくて、医師にそのことについて話さなかったから。

ああ、私は今まで生き辛かったのか。

私はもっとうったえてもよかったのか。つらいんだということを。自分自身で認めて良かったのか。

はじめてそれを知った。

高齢の女性の医師は慰めもせず、あきれもせず、微笑みも、嘆きもせず、

ただ淡々と私が何も話さない質だと理解してくれた。


「スイが溜まってる、そこから治療を始めようね」


漢方薬を処方されて、次回からカウンセリングが始まるということで予約をして、這うようにして帰った。

体は重くて動かなかったけど、なにかが変わるような予感がしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る