第15話 仕事

 現場はやはり、山奥の道路の途中。何もない。そしているのは、訳も分からず連れてこられた僕と、頼りなさげなおっちゃんたちばかりだ。

 僕はぞろぞろっとその場に無気力に座り込む他のおっさんたち同様、道路脇に座り込んだ。そんな僕の横で、やっさんは思いっきり道路上に仰向けに横になり、そのまま寝てしまった。

「・・・」

 これからどうなるのかさえも分からず、何もない時間だけが、過ぎていく。やはりおっさんたちはトラックの荷台の時同様、殆ど口を利く者はいなかった。トラックを運転していたあの怖いおっさんも、助手席に乗っている男と一緒に無気力に煙草をふかしている。

 殺伐とした仕事という状況とは裏腹に、のんびりとした時間が流れていく。そして、そんな時間が三十分が経ち、一時間が経った。僕はいつしかそんな時間にくつろぎ始めていた。

 その時、職人らしき人間の乗ったバンが一台やってきた。すると、それに続くように、他にも職人の乗った乗用車や、重機などを積んだトラックなどが一台、また一台とやって来て、僕たちの前に止まっていった。

 気づけば、その場は自然と工事現場らしくなっていた。職人らしき男たちや、重機、元請けらしい人間や、現場監督らしい男で、その場は溢れた。

 何となく仕事が始まる雰囲気になって来ると、無気力に座り込んでいたおっさんたちはだるそうによっこらしょと次々に立ち上がり始めた。そして、みんな慣れているのかそれぞれがスコップやらツルハシやら、のこぎりやらを別のトラックの荷台から持ち出して三々五々散らばってゆく。やっさんも、もう自分の道具を持ち、斜面の方に歩いてゆく。

「・・・」

 しかし、僕はどうしていいのか分からず、その場にただおろおろ佇んでいた。

「おっ、若いのもいるのか」

 その時、元請けらしい職人連中のリーダーらしきおっさんが僕を見つけた。

「お前、若いからこれ持って、あそこ上がれ」

 おっさんは、ワイヤーの束を僕に渡した。

「えっ」

 僕はおっさんの指し示す崖を見上げた。とても人の上れる角度ではない。しかも、新人で何をどうして上っていいのかも全く分からない。

 しかし、職人たちはもう、他の段取りに意識を向けており、そんな僕なんぞは全く、無視。そして、僕が質問を差し挟める空気は全くなかった。

「・・・」

 僕は仕方なく、渡されたワイヤーの束を抱え、急斜面の脇の方へ回り、比較的上りやすそうな場所を探した。

 しばらく歩くと、なんとか上れそうな角度で、木や岩など足場になりそうなもののある場所を見つけた。僕はそこから足場を確保しながらゆっくりと上って行った。

 工事場所の崖に比べれば、角度は比較的緩やかだったが、それでも下を見ると、あまりの高さと急斜面にくらくらした。しかも、渡されたワイヤーは意外と重く、そしてかさばり、非常に上りにくい。というかそもそも崩れそうだから、補強するわけで、そこを登るっていうのは・・、命懸けだった。

 更に肉体労働などしたことのない僕は、ちょっと上っただけで、筋肉が軋み、息が上がっていた。

 それでも何とか上まで上がり切り、下を見た。

「ワイヤーを下ろせ」

 それと同時に下から声がした。僕は言われた通り、ワイヤーの束ほどき下ろした。

「よーし、下りて来い」

 僕は、また、今やっと上ってきた崖を下りて行った。下りるのは、上るよりもむしろ怖かった。崖が急で足場が悪く、姿勢もうまくバランスがとり難い。

「ふぅ~」

 それでも何とか命がけで、僕は無事下まで下りてくることができた。僕は緊張から解放されたのと、与えられた仕事をやり切った達成感で、気持ちの良い高揚感を感じていた。

「はい、じゃあ、これね」

 だが下りてすぐ、お褒めの言葉を頂けるかと思いきや、渡されたのはさっきと同じワイヤーの束だった。

「・・・」

 もう一度行けと・・。

 僕はすでに筋肉がパンパンの太ももを持ち上げ、再び急斜面にへばりつくように上り始めた。

「金のため、金のため」

 僕は念仏のように自分にそう言い聞かせ、再びさっき上った崖を上った。

 

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