第2話 祝い町

「お前もさあ、そろそろ・・」 

 友だちなど、結局は冷たいものだった。何とか頼み込み、友人の一人暮らしのアパートに転がり込むように泊めてもらったが、三日もすると、友人の顔にだんだんイライラ感が露骨に滲み出てくるようになり、その後、決まって出てってくれオーラが可視化できそうなほどに立ち上ってくる。それは、どの友人もみな同じだった。

 結局、僕はまた路上に出ることになった。

「どうしたものか・・」

 しかし、親には頼れなかった。絶対に、実家に助けを求めるわけにははいかなかった。

 僕は大学を休学していた。その理由は、本当に自分のやりたいことを見つけたい、自由に生きたいといった、完璧に僕の無鉄砲な我がままと、その衝動だった。今までずっと親や学校の先生に対して従順だった僕の、遅れてきた反抗期だった。だが、それは何の計画性もない、ただのなんとなくうまくいかない、どこか虚しい現状からの逃げの衝動を言い訳しているだけの完全な現実逃避だった。

 そして、最初は退学したいと言ったのを、親と兄貴と親戚のおじさんに説得され、休学ということにさせられていた。どうせ一時の気の迷いだろうと完全に高をくくられていた。しかし、意志と精神の弱い僕は、情けないことにその説得にかんたんに妥協してしまっていた。さらに、その休学の費用を出しているのは親だった。反抗期と言いながら、それは結局親の言うことを訊いている滅茶苦茶情けないものだった。しかも、そのお金まで出してもらっている。我ながらあまりに情けなかった。

 だから、この苦境を絶対に親に相談するわけにはいかなかった。相談した途端、それみたことかと、マウントを取られるのは目に見えている。そして、親の望み通りの人生へと再び戻ってしまう。そして、もう二度とそこから出ることはできないだろう・・。

「どこへ行ったらいいんだ・・」

 しかし、だからといってやはり行き場所もなく、僕は色んな意味で途方に暮れた・・。


「ついに来てしまったか・・」

 結局、僕の辿り着いた場所は祝い町だった。

「・・・」

 もう日が暮れかけて、辺りは建物も人も夕日に赤く染まっていた。友人など冷たいものだ。この時、僕は人間の冷たさを噛み締めた。

 町との境界線になる幹線道路の脇に、「イエスは人類すべての罪を背負って死んだのです」とバカでかく書かれ、さらにその周りに怪しげな似たような言葉が落書きのような殴り書きで無数に書かれた看板が立ち並ぶ廃墟のような教会が何の目的か一軒建っていた。それだけでも躊躇するに十分な材料だったが、そのすぐ横の祝い町の入り口で早速、ザ・ホームレスといった装いの髪ぼうぼうの汚れきったじいさんが、濁った目で僕を出迎えるように立っていた。そして、じいさんはゆっくりと何か壊れたおもちゃのようにこちらに近づいて来て、もごもごと何か僕に話しかけようとしてきた。

「わわわっ」

 僕はビビる。やっぱ無理だ。無理無理。僕は恐怖で、全身をこわばらせながら、そのじいさんと絶対に目を合わさないよう、逃げるようにして足早にその反対の路地へと入った。やっぱり無理だ。祝い町は無理だ。僕は思った。しかし、その僕の入ったその裏路地が、祝い町への入口だった。

 僕はすぐにそのことに気づき、すぐに引き返そうと思った。だが、引き返そうと思い踵を返したその時、僕は気づいた。僕には他に行く場所がない・・。

「・・・」

 町へと続く裏路地は薄暗くジメジメしてどこかすえた匂いがした。太陽は平等に世界を照らしているはずなのに、ここにはその影響が届かない負の何かがあるかの如く、暗く湿っていた。

 ほとんど人の気配が無い。時々見かける何をしているのか分からない彷徨うように歩いている幻影のようなおっさんたちには、生気を感じさせる何かがまったくなかった。町をうろつく野良猫でさえもどこか、すさんだ気配を身にまとい、その淀んだ目を僕に鋭く向けた。口元には何か病気を抱えているのか、涎が大きく垂れ下がっている。

 同じ日本の町とは思えないほど、しかも自分が住んでいた街の同じ区画にある町とは思えないほど、ここは異空間の別次元の別世界のパラレルワールドだった。僕はそこに迷い込んでしまった何も知らない幼い迷子の様だった。

 パキッ

 その時、僕は何かを踏んだ。足を上げ、足元を見ると、それは注射器だった。

「・・・」

 なぜ注射器が・・。その用途は知っていたが、それは考えないことにした。

 角を曲がると道路わきに燃えた車の残骸が転がっていた。

「・・・」

 僕の恐怖はさらに増した。

「あるよ~、あるよ~」

 さらに裏の路地に入ると、何か怪しげな下っ端ヤクザのようなおっさんが、何やら小声の様でそれでいてはっきりと聞こえる声量で何やら叫んでいる。何があるのか分からなかったが、決して触れてはいけないやばいものであることは分かった。

 このまま進んでいって本当によいものか、僕は本気で迷いに迷いながらそれでも他に行く当てもなく、とにかく奥へと歩いた。何か絶対に行ってはいけない、入ってはいけない、触れてはいけない世界に僕は今入ろうとしているのではないかという、今まで経験したのことのない未知の恐怖が全身を覆っていた。それは、生命の危機を感じるレベルの恐怖だった。

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