第69話 君は神を信じるの?

 補給基地を後にしセクター32へと向かう民間用南部戦線仕様第301装甲列車。

 より正確にはセクター32のバスキア南部戦線迎撃城塞を超えた更に向こう側、『アステロイド領域辺境調査』によれば第5前哨基地がレイシア隊の最終目的地とされていた。

 機械軍との戦況が激化している事を聞き戦戦恐恐をもやまれぬ思いをした一行だが、その主たる理由はセクター32管轄領を半分に区切るように敷かれた迎撃城塞のせいだ。

 つまりは迎撃城塞の防衛圏外に出ていく必要がある為に、戦況の悪化はレイシア隊にとっては敏感に反応せざるをえないものだったという事だ。


「ねぇあんた、ほんとに現地は大丈夫なんでしょうね?行って更地でした~なんて笑えないわよマジ」


 レフティアはマギにあたりの強い口調でそう言う。


「大丈夫ですよ、。もし何かあれば即座に向こうから連絡が来ますから、少なくとも先のような状況ではないはずです」


 マギは悪魔でも冷静な態度でそう答えながら、手元の端末を振る。


「なっ、今のところってあんたねぇ......。こんな上司をもった部下たちが気の毒で仕方がないわ。てか、薄々気づいてたけど、この案件ぜっーたい機械軍絡みよね、この状況から普通に鑑みて。それ以外の理由であんな辺境に要なんてないもの」


「あんな辺境だなんて、まぁ失礼ですね。全体で見れば海に面した温暖気候のいい綺麗な場所なんですよ?リゾート開発の候補にも挙がってたくらいなんですから」


「そりゃ機械軍との戦線を接してなきゃ素晴らしきリゾート地になってたでしょうね!だから今は辺境なんでしょうが!あんた自分の上っ面の作戦計画書にもそう書いてたでしょうが調って!」


「うーん、まぁ体裁上仕方なくそういう命名にしましたが。辺境というと人が居ない感じの整備されていないようなネガティブなイメージがあるではないですか、でもあそこは本当に綺麗な場所なんですよ。海もとても透き通って綺麗ですしね。逆に何より、人混みが少ない事の方が意外と個人的には高評価です、機械軍に脅かされているリスクを取っても是非訪れてもらいたい場所ですね。海岸線に広がる砂浜もきめ細やかで―――」


「なんて能天気なやつなの......」


 レフティアは呆れ顔で大きなため息をつきながらそう言った。

 それを傍から見ていたレオは特にリアクションを取ることもなく静観する。


 思えば、レオは今までに機械軍というものを間近で見たことはなかった。

 テレビや情報機関の端末で見かける事はあったが、その実情に関しては素人だ。それもそのはず、レオが傭兵稼業で主にやってきた事と言えば頻発する対立軍閥組織のいざこざに介入する事ばかり。

 大抵は表立って行動したくない軍閥に代わって代理に紛争をしていたようなもので、交戦経験のある肝心の敵対勢力と言えば同業の傭兵団や民間軍事会社センチュリオン・ミリタリアの派遣部隊、企業系私設部隊などだ。

たまに共和国軍も相手することがあったがそれは必要に迫られての戦闘だった。

 原則として、傭兵界隈の間では軍との戦闘は事前の契約で禁止されている、もしくは非推奨の場合が多い。

 その理由は簡単だ、単純にキリがないからだ。

 物資も人手でも傭兵は元来軍に敵う存在ではない、クライアント側の立場としても軍隊と事を交えるのには莫大な出資が必要になる。

 一時期レオがミリタリア社の依頼斡旋で参加していた強盗紛いの地方銀行強襲作戦には、レオを含めた数十人規模の複数の傭兵チームが参加していたが、たかだが数人の別チームに対して、暇を持て余していた地方軍閥の二個大隊が一線に投入され壊滅させられるなんて事件もあった。

 当然その時は最小の被害で作戦は即刻中断となり、後続のレオはそもそも強襲に加わらずに済んだがそういうケースがある事を考えると傭兵如きが軍を刺激するのは得策ではない。


「まっ、せいぜい最悪の事態にならない事を祈りますよー」


 レオはさらっとそう言うと、マギはレオの言ったあるワードに反応する。


「祈る......?君は神を信じるの?」


「えっ、なんですか突然」


「どうなの?」


 レオは身を乗り出したマギにそう言い寄られる。

 レフティアはその光景に思わずソレイスを顕現させようとするが、寸前の理性でそれを保留して様子を伺う。


「い、いやぁ......。どっちかというと......正直、信じてないよりっすねぇ......」


 レオは取り繕うことなくそう言うと、マギは身を引く。


「そっか......」


 マギはもの寂しそうな表情でそう言う。


「ねぇ、君はこの世界が出来過ぎているとは思った事ない?」


 マギは肘置きを使って頬をつきながらレオを真っ直ぐな視線で見つめる、まるでレオの中の何かを探っているのかのように。


「えっ、えーと......。あんまり......」


「じゃあさ、君がある宝くじを買いに行くとする、三分の一程度で当たるくじを買いに行くたびに毎回当たっていたらどう思う?」


 マギは突然レオに例え話を持ちかける。


「それはまぁ不思議というか、ありえないというか......」


「そう、例え確率が三分一程度でも全部を引いて当たる確率は0,0017%。理論上はありうるけど現実では奇跡に等しい現象でしょう?でもそんな奇跡が実際に起きてたらどうだろう?純粋にたまたま十回当てられたと考えるよりは、なにか原因があってその結果が必然と考える方がよっぽど自然じゃない?」


「えーと......?要するになにか理由があってそれが引きおこされるってことっすかね......?その例えの場合はなにか細工がしてあったとか......?」


「まさにその通り、奇跡に等しい現象が起きた時。人はその裏の必然性に気づいていないだけで因果は存在する、それがこの世界において普通の事なんだ。大抵の場合奇跡は必然であった可能性が大きいと思うんだよね。この世界を定めた絶対的不変の数十ある物理定数が存在する、例えば君がいま手元にあるその水、もし原子の核力が今よりもほんの少し強かったら水は存在しなくなるし、逆に少しでも弱かったら私達を照らす太陽はその熱を生み出すことができなくなり、生命は存在しなくなる。その定数が今の値とほんの少しちがっていただけでこの世のありとあらゆる安定した存在は破滅するんだ。これはまさに、奇跡だとは思わない?あまりにもこの世界は私たちにとって都合が良すぎるんだ」


「わっ、わぁ......」


 マギの熱弁とした語りにレオは呆気に取られる。


「要するに、都合が良すぎるから神は居る。あんたはそういいたいわけ?」


 レフティアはレオとマギの会話に割り込むようにそう言う。


「えぇ、でもまぁ別に本気でいるとは私も思ってません。ただそう考えるのが自然というだけ、でも神はいなくても管理者は居ると思ってるんです、この私達の世界を定義した何者かをね......」


 マギは両手を合わせながら視線をその両手に落とす。


「ははっ......、壮大過ぎると言うかなんというか......いきなり面白い事を言う人ですねマギさん......」


「ふーん、でもその話興味深いわね?でもそれってただの私たちのエゴ、この世界に適応できた存在が勝手に自分たちに都合のいい世界なんだと思ってるだけなんじゃない?」


 レフティアが以外にもマギの話に食らいつき、レオはそれに驚愕する。


「そう、まさしく!あくまで思考バイアスだと言いたいんですね、それも一理あります」


「えーと、何を言ってるのか全然分からんのですけど......」


 レオは聞きなれない単語にパンクしそうになる。


「うーん、そうだね。アンケートで例えると分かりやすいかな?例えば西方に存在するアルデラン連邦卿国構成国家。エクゼクトゥア第六聖帝卿国、国民が軍人だけで構成されている特殊国家で有名な軍事国家があるでしょう?その国のアンケートで軍人であるか聞いてみてもそれは当然100%軍人なわけだ、しかし全世界の割合でみればその国民達はわずか数パーセントの存在でしかない、故にアンケートに答えた人間が全員軍人であるのは奇跡的な確率だが、その国でアンケートを取ったのだから奇跡でもなんでもないというわけだね」


「あぁ、なるほど......」


「ところで、あんたはそんなことをレオに聞いてどうするってのよ?学を期待してふっかけてるわけでもないだろうけど」


 レフティアはそうマギに聞く。


「神の存在を疑ってほしいんですよ、君にその得体の知れない力を与えた物が何者なのか。気になりませんか?」


 マギはレオに目線を向けてそう言うと、その言葉にレオは激しく共感する。


(力って......それって例の......あれのことも含めて言ってるのかしら......)


 レフティアはマギのその言葉に引っ掛かりを覚え、黒滅の四騎士と対峙していた時のレオの姿を思い浮かべる。


「それは確かに......そうだ......」


(もっともだ。そもそも何故俺にこんな力が......)


「なるほど?レオ君の力は偶然でも奇跡でも何でもなく、あれを与えた当事者がいて何もかも必然であったと。そう言ってるのねあんたは」


 レフティアは横柄な態度でそう言う。


「えぇ、レフティア。貴方も彼の力を片鱗を見た当事者のはずですよね、私は疑わずには居られないんですよ。彼の事にしろ、エンプレセスの事にしろ。私はその全てを疑っている。いつかその存在に共に会い、答えを見つける事が出来るといいですよね」


 マギはレオに対してゆっくりと前のめりに、そして滑らかに目線を合わせ、満面の笑顔でそう言う。


 そして、レオは静かに頷く。


(マギさんの今言った力の片鱗とやら......、それは俺の知っている限りの特異的な能力の事だけを指して言ってるのではきっとないのだろう。恐らくは例の記憶が抜けている部分の話と直結している事かもしれない......。そしてそれはマギさんの語り口によれば、あの場では少なくともレフティアさんはその事を見ていた可能性がある......?)


 レオはその事に関してとっさにレフティアに問おうとするが、今この場にはまだ信頼性に懸念のあるマギが居る事を思い出す。

一体どこまで彼女がその事について知っているのかは未知数ではあるが、仮に聞いたところでレフティアが見ていたその情報が、マギにとって有益になるのは念のため避けておきたい。

その事を考慮してレオは機会を窺う事とした。

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