第35話 再会の時を望んで
「……?今なんか爆発音みたいなの聞こえませんでしたか?」
ミル中尉は激しく揺れる機体の中で、屈む姿勢を取りながら外に耳を傾けていた。
「あーん?荷物が擦れた音だろうん」
それに応えた大男のブルズアイは、そんな音に気にもかけていなかった。
「んー?近くで戦闘でもあったのでしょうか」
「がっはっは!もしかしたら戦闘機の一機や二機くらい追っかけて来てんじゃねぇか!」
ブルズアイは冗談交じりの口調で言うと、大声の笑い声を機内に鳴り響かせた。
「え、縁起でもないことを……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ミル中尉とレフティアを乗せた民間の輸送機は、無事に帝国へと旅立った。
この輸送機の目的地は、帝国首都ブリュッケンにある多国籍企業オート・パラダイム社の保有する空港である。
オート・パラダイム社とは国を股にかける多国籍企業の製薬会社であるが、その技術力の高さから製薬に留まらずありとあらゆる電化製品の生産・開発も行う一流の国際企業だ。
センチュリオン・ミリタリアとも提携を取っており、国家間を超える医療物資のやり取りはセンチュリオン・ミリタリアの持つ最大の側面、条約によって保証された輸送手段を利用している。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ちょっと、ちょっとだけやりすぎ。だった......かもしれないわね......)
レフティアは第七セクター(第七中央ステーション)で自ら繰り広げた惨劇を思い返していた。
(私が殺害した国境警備隊十四名、計画の邪魔者とはいえど同じ国に住まう戦友達である事には変わりない、余りに残酷すぎるやり方だったのではないかと。
きっと彼女、ミルちゃんはそう思っているのでしょうね、でもそれはとても甘い考え方なのよ。
不老の肉体を持つ多くのディスパーダにとって、その価値観はあまりにも古すぎる。
例えば、今まで敵に情けをかけて息の根を止めてこなかったとする、そしたらどう?それだけ多くの人間が恨みつらみを募らせある一つの執念をもった群衆が誕生する。
その連鎖が、余りにも長い時を生きるディスパーダにとっては、それはとても恐ろしいものなのよ。私は百年以上前にそれを体験した、あれ程おぞましい出来事はなかった。力を持たない愚かな群衆が、圧倒的力量差のある敵に向かって突っ込んでくるなんて、それこそ地獄よ。だって、その地獄を作りあげるのは強者としての私自身なのだか。そんな運命は二度と御免よ)
レフティアは離陸してしばらくミル中尉達から離れて地べたに座っていたが、ようやくと重い腰を上げ、ミル中尉の方へと静かに足を運ばせた。
近づいてくるレフティアに、ミル中尉は緊張を隠さずにはいられず、思わず顔を両腕で集めた膝にうずくまらせた。
傍にいたブルズアイは、それを見ると空気を察するようにその場から離れた。
「ねぇ、ミルちゃん。怒ってるの......?」
「どうでしょう、レフティアさんなら分かるんじゃないですか?私の内心のことなんて」
ミル中尉はその気もないのに、つい嫌気な態度を取る。それは自己正義と背反する結果からなのかは本人も理解してはいなかった。
「ふふっ、そうねぇー。んー、どうやらちょっと嫌われちゃったみたいね。まぁ当然よね、ミルちゃんは何も悪くないもの。すべてはこんなやり方しか知らない、無力なわたしのせい、よね」
「そっ、そんなことは......」
いつも活気なレフティアが見せる涼しげな態度にミル中尉は思わず戸惑いを露わにする。レフティアがミル中尉の傍に座り、しばらく間を空けるとミル中尉は口を先に開いた。
「あっ、あの。レフティアさんの事が嫌いになったとか、多分そういう事じゃないと思うんです」
口を開いたミル中尉を、レフティアは何を言われても動じないような儚い眼差しで見つめていた。
「なんというか、その。怖かったんです、多分。私はレフティアさんの過去の事なんて殆ど知らないし、今までレフティアさんが乗り越えてきた試練など私の知るところでないとも思います。
だからきっとそこには、今までレフティアさんが歩んできたキャリアが、その卓越した価値観を作っているんですよね。
尊敬します......、私はどうあっても情けをかけてしまうと思いますし、そういう意味では全てレフティアさんが合理的だと思います......」
「あらあら!何を言われるのかと思いきや、随分重い言いこなしをしたものねぇ。ふふっ、ミルちゃんが言うほど私は崇高な考え方を持っているわけではないのよ、なんというか。教訓というべきかしらね、私だって怖いのよ人間がね。時にかけた情けが味方を殺す因子になる事もある。私はただそれが嫌だった。ほんとそれだけよ」
「そう、ですか......」
「そうよ」
レフティアは薄暗い輸送機の貨物室で、ミル中尉にライトアップで照らされた怪しげな微笑みを贈った。
―――――――――――――――――――――――――――――
「―――当機はまもなく国境線を越えて帝国領に侵入、約一時間後にはブリュッケンのオート・パラダイム社の空港に着陸します。お二方スタンバイをお願いします」
突如流れた機内アナウンスを聞き、この機体がもう帝国のすぐそばまで来ていることをミル中尉は知ると、ある素朴な疑問が思い浮かぶ。
「ところでレフティアさん、帝国に向かってここまで来ているのはいいんですけど、空港に着いたとしてそこからどうやって空港の外に出るんです?いくら条約に保護されている機体とは言っても、さすがに厳重な機体検査は免れないと思いますよ?」
レフティアはその疑問に対して、きょとんとした表情でミル中尉の方を向く。
「え、そんなの決まってるじゃないの」
レフティアはおもむろに予め輸送機に仕込んでいたと思われるバッグからゴーグルを二つ取り出した。
「え、そっ、そんなまさか。あ、ありえない!そんなありえない!!!レフティアさん!!!なんですかそれはっ!もしかしてそれって......!?」
「何って、これからエアボーンするんだけど?」
ミル中尉はその言葉を聞くと、深く絶望したのか泣くように膝を崩した。
「きーてないですよー!そんなのぉー!!!」
―――――――――――――――――――――――
帝国領の遥か上空の空で、輸送機のハッチが大音量のブザーを響かせながら徐々に開き始めていった。
隙間から流れ込む大気が室内のベルトで強固に固定されており
貨物を激しく揺らす。
「じゃあそろそろ行くわよーミルちゃんー?大丈夫だって私も何回か飛んでるし、それに結構たのしいわよ?」
ミル中尉はレフティアの背後で酷く震えながら何やら泣き喚いていた。
「いやホント勘弁ですマジでマジでマジでしぬしぬしぬぅホントヤバいですって―――」
手すりに掴みながらそれを見ていたブルズアイは、思わず大声で笑いあげる。
「がっはっは!最後まで面白れぇー嬢ちゃんたちだなぁおい!さぁいったいった、あんま長いしてっと軍の奴らに気づかれんぞー?」
ブルズアイは、レフティアとミル中尉達に向けて大きく手を振っていた。
「あらぁごめんさいね、もう行くわ。短い間だったけどあなた達には世話になったわ。こんな無茶振りに付き合ってくれてありがとうねー!上司さんにもそう伝えといてねぇー!それじゃあまた、因果の巡りがあらんことを!」
その言葉を最後に、ついにレフティアとミル中尉は遥か上空の輸送機から同時に飛び降りた。
その瞬間、ミル中尉のゴーグルの中にはとある液体で溢れかえっていた事はレフティアとミル中尉だけの秘密となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます