第34話 悪魔に何を抱くか

 私はレフティアさんの残虐な一面を、片鱗は見れど真に受けて見るのは初めてだった。

 レフティアさんが手を掛けた彼ら、国境警備隊の皆さんは戦友であり、共に国を憂う人達のはずだった。

 警備隊総勢十四名の命は、たった一人の圧倒的強者の手によって容易く屠られてしまった、この世界はどこまで行ってもやはり合理的なのだと、改めて感じざるを得なかった。


 レフティアさんは、先の警備隊の一人に向かってとある言葉を投げかけていた。


『あなた、センシティブだったのね』


 あの言葉がどういう意味だったのか、当時は分からなかったけど、今思えばある結論に至れることが分かった。

 センシティブというのは内面的なものを指していたのではない、レフティアさん言っていたのは、あの男は直観という形で感じ取れる体の器官が、より感度良く機能したのだろうということ。

 要は、嫌な予感の的中率が高い人間なのだと。レフティアさんが曰く、それはヘラクロリアムが関係しているのだと以前にも私はそういう事を言われたことがあった。

 時にヘラクロリアム粒子は、人間の感情に強く作用し、また反応を引き起こす。今回の場合、ヘラクロリアム適合者であるレフティアさんの接近を、かの男は感知したと言ったところなのだろうか。

 いずれにせよ、私にはディスパーダという存在に未だ完全な理解を得られていないことが明確に判明した。


 特にレフティアさんという人物に対しては、あらゆる疑念が拭えずにいる。伊達に数百年の時を生きているわけではないのだろう、私はこの人の過去を、そしてディスパーダという存在をより知らなければならないと確信した。


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 十四名の警備隊を殺害した後、こちらの様子を遠くから窺っていた管制塔室内の職員達は慌てふためいていた。


「た、大変だ......!輸送機の確認しにいった警備隊が皆殺しにされたぞ......、ど、どうする......?」


 隣の同僚に判断を促した。


「知らねぇよ!こんな時にぃ!厄介毎は御免だわ、上に連絡だけして後はノータッチだよ、それに仕事がまだまだ山積みだ」


 その管制塔職員の男は直ちにターミナルの離陸シーケンスを再開させようとする。


「まぁ、待て。とりあえず上に連絡いれて判断を聞こう......」


 後ろにいた職人が据え置きの電話機に手を掛ける。


「えぇ、こちら第四管制塔。緊急事態発生、不審な輸送機に向かった警備隊が輸送機から現れた人物によって全滅させられた。HQに対応を請う」


「こちら本部、要請を承認する。現時点で追撃及びターミナルシークエンス停止は不要、戦時中につき緊急事態条項を適用、離陸した当該する航空機をセーフゾーンにて撃墜する」


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 警備隊の死体を道路の端に寄せ集め、ミル中尉とミリタリア社の傭兵達は再び輸送機内に出戻った。


「結構派手にやりましたし、さすがに管制官には気づかれてると思ってましたけど、どうやらシークエンスを再開したみたいですね」


「そのようだなぁ、なんだぁ共和国って国は目の前で仲間が死んでても我関せずってのが多いのかねぇ?」


 ブルズアイは最初に座っていた位置に再び立ち戻ると、ミル中尉と同タイミングで座り込んだ。


「まぁ仕方がない事ですよ、国内事情ってやつですね。彼らの気持ちを汲み取るのも、共和国に生きる軍人としての責務でしょう」


 ミル中尉は自分たちから若干距離を取って地べたに座っているレフティアを見ながら暗澹の息を吐く。


「んあ、国内事情っつーのはあれだよな?国内紛争がヒドイって話の奴だろん?権威を持て余した老人共が暴走してるだのなんだのってな、俺ら傭兵はよくそれに振り回されてるしなぁ。なるほどな、そう考えるとアイツらの塩対応も納得がいくってわけだ?頭いいなアイツら!がっはっは!」


「えぇ、まぁ概ねその通りですよね。このご時世の中ではいつどこで権力者が絡んでくるのかわかりませんからね、下手なことをすれば社会的に抹殺されると。ある程度の役職に就いた者なら誰でも保守的にもなりますよ、別に頭がいいわけじゃないです、あくまで生物学的直観としての正しい行為でしかない。こんな状況が国家創立以来数百年も続いている......、その結果が、かの『卿国』を産みだしたきっかけですから。強大な共和国連保制度であるにも関わらず自治権を握りしめた腐敗した軍部が......っと、すみません余計なこと、喋り過ぎました。つい......」


 思わず口が回ってしまったミル中尉は、本格的に職務に就いてから密かに抱いていた思い、それがミル中尉の器から溢れ出していた。ミル中尉が強く願う理想の世界と、正義感から作り出された重い、想いが露呈した。


「がっはっは!なーに、随分面白い話をしてくれるじゃねぇーか嬢ちゃん、なぁそうだなぁ。正直驚いたぜ、まだ嬢ちゃんみたいな人間がちゃーんと共和国軍にもいるんだなってな!俺たちならず者や国を捨てた連中にはそんなこと、なーんも分からんが、国が好きだってのはよく伝わってくる。さて、そろそろ離陸だろうよ、何かに捕まっておけ」


 ブルズアイはその場から立ち上がると、レフティアに軽い会釈をしながら前を通り、そのまま操縦室の方へと向かって行った。


「はぁ、ブルズアイさんみたいな人も、居るんだなぁー。私って、本当に何も知らないんだ......」


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 前方の軍用機が全て離陸を終え、順番が回り輸送機はいよいよ離陸準備に差し掛かっていた。

 パイロット達は離陸準備に取り掛かる。


「よーし、上がるぞー。管制塔から何か来てるかー?」


 操縦室に入ったブルズアイは、パイロット達に指示を出し始める。


「いえ、今のところは通常のシークエンスを正常に続行中。このまま手順に従い離陸可能です」


「よーし、離陸準備開始」


 輸送機は道路を進行し開けた屋外へ出ると、航空機を射出するためのカタパルトが姿を現し、輸送機はカタパルト上まで移動した。

 すると、突如通信機から管制塔の機会音声のアナウンスが流れ始める。


「機体のカタパルトへの接続を確認---機体認証開始---センチュリオン・ミリタリアCM-1011輸送機を承認---カタパルトシステム正常---推力正常----進路に障害物はありません、発信シークエンスを開始してください」


「こちらCM-1011輸送機、発進開始」


 パイロットが管制塔のアナウンスに応答すると、機体は急速に発進する。出口付近に差し掛かると、輸送機は正常に離陸した。


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「こちら在第七中央ステーション第一航空防衛隊より本部へ連絡、指令概要にあった当該する航空機がステーションを離陸した。これより指令に従い撃墜に向かう、セーフゾーンにて撃墜するため対領空侵犯措置を適用し、当機はカタパルトの優先権を得たい。オーバー」


「こちら本部、要請を承認する。アウト」




 指令を受けた二機の戦闘機が、ステーションから緊急発進していく。それをステーションの傍らから覗き見ていた一人の人物『レイシア少佐』の姿がそこにはあった。


「やはり飛んでしまったか、友軍機を落とすのは心苦しいが、仕方あるまい。私なりにレフティア達をサポートしてやるか」


 レイシア少佐は手首に装着されたウェアラブルデバイスを、顔付近に持ち上げるとデバイスが起動する。


「私だ、ゼノフレームを頼む」


 レイシア少佐の掛け声と共に、ステーションの倉庫内に保管されていた長らく運用されることのなかった埃被りのゼノフレームが起動した。

 その起動と共に倉庫のハッチが徐々に開き始めると、一体のゼノフレームは倉庫の外へと出る。

 それを目視した第一管制塔は、あまりの事態に動揺する。


「......おい!?なんでだ!保管庫からゼノフレームが出てきているぞ!!!すぐに戻せ!!!」


 第一管制塔の向かい側に作られていたゼノフレーム保管庫から現れたゼノフレームは、自前の武装を展開する。

 ゼノフレームは元々対空戦闘に特化している兵器だ、これに搭載されている二門のAE高射砲は、出撃したばかりの二機の戦闘機を自動照準で直ちに捉えていた。

 すると、ゼノフレームは間髪入れずに高射砲を戦闘機に目掛けて連続で発射する。


 ステーションから離れたばかりの二機の戦闘機達は、背後に気を取られる暇もなく藻屑となって空へ散って逝った。


「これが、私達なりのやり方だよ。未だ見えざる黒幕さん」




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