第6話 残酷な灯り

 ―――都市の放つ壮大な人工光の夜景を後にし、レオは部屋へ向かう。


「明日からはどんな生活が始まるのやら、できればミーティアさんに直接起こしに来てもらいたいものだが」


 いい歳してくだらないことにうつつを抜かす事、それが今は何とも心地よく感じた。そんな矮小な期待を胸に秘めた時だった。


 突如、かつて聞きなれたものとよく似た大きな爆破音が施設内に響き渡る。


「......な、なんだ?!この短い爆音......ブリーチングチャージか......?音は......施設を囲むようにほぼ同時に衝撃と音が伝わってきた。まずいな、このタイミングで敵襲とはね、しかもかなり手際が良さそうだ。正規兵かねこれは......とりあえずまずは、少佐達との合流が先決か」


 爆発音が聞こえた後、すぐさま階段を駆け下りロビー階の少佐たちがいるであろう思われる所に向かった。

 ロビー階の中央廊下を挟んだ向かい側の通路へ渡ろうとしたその時、目の前を深青の弾道が横切った。


「うっわあぶねぇ、当たりそうだった......」


 壁を背にしてロビー内の状況を伺う、すると視線の先のロビー階入り口付近は、既に敵が統率の取れた様子で散開していた。

 こちらの存在に気付いている敵兵はフラッシュライトを壁越しに当ててこようとする。


「―――そこにいるのは分かっている!!!直ちに武装を解除し、ゆっくり前に出てこい!!!」


 敵の様子を見るにどうやら殺す気はまずは無さそうだが、この襲撃にはまるで心当たりはない。

 何かの間違いだろうとは思うが、かといってこのまま出て行くのは愚策中の愚策でもあるだろう。

 敵の目的が全くわからない以上、下手な真似はできそうにない。


「クソ、何人いんだこりゃ......」


「―――レオ・フレイムス!無事か!!!」

「ご無事ですか!?」


 先程渡ろうとした向かい側廊下から、少佐達の声が聞こえてる。そちらを見ると息の荒くなった少佐とミーティア中尉の姿があった。


「少佐!いったいこれはなんなんですかねぇ......!身に覚えないですけど」


「話はあとだ!まずはここから離れるぞ、地下に武器庫がある。君がいま来た道をそのまま戻って階段を更に降りろ、その先で合流できる!」


「ふぅ、了解です少佐!」


「レオさん!ご無事で!」


 敵兵の投降を呼びかける声で少佐達の声が所々掻き消される中、なんとか言われた通りの来た道を戻る。

 近くに慌ただしい敵兵と思われる足音が聞こえてくるが、意に止めないまま振り切って先程の階段をそのまま下っていく。

 すると、やがて頑丈そうな扉のついた部屋に行き着き、そこの手前には別ルートからやって来た少佐達の姿があった。


「来たか、中に入るぞ」


 そう言った少佐がIDカードのようなものをパネルに翳し扉を開ける、中は真っ暗だったが急いでその場の全員は部屋に入り込む。

 扉が閉められロックするような音が鳴り響くと、ほぼ同時に部屋の明かりが手間へから奥側へと順々に点灯していく。

 灯りに照らされたその空間の様子は、まさしく少佐が言った通りの武器と弾薬の宝庫である武器庫だった。


「武器は共和国製だが最新式のAEシリーズは取り揃えている、好みは分からんが好きなものを持っていけ」


 少佐の言う通り、ここにある武器は全て共和国正規軍の使用する武器種ばかりが揃えられていた。

 共和国軍の採用しているAEライフルAE-64は、AE弾と呼ばれるカプセル型プラズマ弾を使用する。

 このAE弾は穿孔性能が極めて高く、高性能な防御機構が存在しない軽歩兵の着用する対物理の複合アーマー程度なら容易く着弾時のプラズマ化で無効化してしまう。

 更には瞬間的に発生する熱によって空気が膨張し、その衝撃波によって臓器を壊滅ささせる事が出来てしまう。

 こんな代物が歩兵に平気で大量に持たせられている、旧時代の装甲兵器系を大量にお蔵入りさせた張本人だ。

 他にも軍規格のコンバットナイフ、マシンピストル等があり、防AE弾特殊電子線装甲チョッキなんてものもあった。

 これはVIPですら滅多に着用する事が出来ない最新型の対AE弾用チョッキであり、内部の磁器発生装置によって着弾するプラズマ弾を偏向させ威力を減衰させるものだ。ただしこの装置は精密機械である上に衝撃波は防げないので、数発撃たれれば簡単に耐久性能が限界を迎える。

 だがそうは言っても気休め程度であっても断然ないよりはましであることは確かだ、レオやミーティア中尉はそれらを一通り拝借して身に着け、装備を整える。


「さてここからのプランだが、まずは当然足がいる。ここには地下ガレージに緊急時用の装甲機動車が止めてある。それを使うしかないが......」


 少佐がそう言ってる最中に、ミーティア中尉のぼやいた声が聞こえてくる。


「子供たちがいない時でよかった......」


 ミーティア中尉は安堵の息を吐く。


「たしかに?ガキどもが居たら奴らから逃れるのはキツかったな。まぁなんでこんところに併設する形で隠し基地があるのかは聞かないでおくが」


 レオはそれに便乗して嫌味混じりの言葉を放った。


「えっ、えぇと......」


 ミーティア中尉が言葉に詰まるが、少佐が中尉の肩を叩いて彼女の前にでる。


「別に好んで我々もここに基地を構えたわけじゃない、あの子供たちは孤児だが事情が特殊なんだ。いつしか覚醒者として覚醒する可能性を秘めた潜在孤児として集められている、我々はそのついでの制御的監視者でしかない。我々に予算をあてがう上層部だって馬鹿じゃない、このご時世ではこのような基地を構える事とは、常に複合的な要因と目的や戦略が付きまとう。独立機動部隊とてその例外ではないのだ」


 ミーティア中尉を庇うように少佐がそう言うと、レオは静かに頷いた。


「で、話の続きだが。装甲機動車ならこの先のガレージにある、ただ当然敵も手を回しているだろう、つまりは道中の交戦は避けられないと考える。準備はいいか?」


 少佐がレオやミーティア中尉に目線を送り、そう聞く。


「当然」

「いけます!」


 タイミングを同じくして二人は返事をすると、少佐はガレージのある方向の扉を開ける。

 二人がガレージに続く通路へと出るのを確認し自らも出て、外側の扉に付いているスイッチを押した。

 すると扉が自動で閉じるのと同時に、武器内に突如炎が燃え盛り始める。

 武器自動廃棄システムのようだ。


 武器庫からガレージに続く通路を抜け、ガレージにつく......。だが、そこにはやはり少佐の読み通り敵兵が既に配置され、ガレージ内は占領されていた。

 その様子を恐る恐る忍び足で確認しにいった少佐とそれに付いていくレオと中尉だったが、こちらを不意に見た敵兵によってその行動が気づかれてしまう。


「見つかった!一旦遮蔽になる通路まで戻れ!!!」


 遮蔽の無いガレージへの一方通行の通路を銃弾の雨に晒されながら来た道を戻る、弾道が頬をかすりレオは九死に一生を得た。


「ちょっ!なにやってんすか少佐!?敵にバレるなんて!?」


「す、すまない。ガレージの浅い警備だった故に穏便にいけそうだと思ったんだが......」


「なにを今更穏便などと......」


 レオがそう言うと、少佐は複雑そうな感情を持ち得た表情を受かべていた。


(敵は見た感じ、少佐達と同じ共和国軍の兵士のようだ。少佐はそれに躊躇しているのか?)


「―――大人しく手を挙げてゆっくり出てこい、武装解除が認められれば命は保証する!!!」


 こちらに気づいたガレージの敵兵達は、説得力のない降伏勧告を告げてくる。


「これは出てったら間違いなく撃たれますよね......」


 ミーティア中尉も同様に複雑そうな表情をしながら、レッグホルスターから抜いた武器を構える。


「少佐、さすがにこの道じゃ蜂の巣にされる。挟み込まれる前に別ルートで脱出できないか?」


 レオは少佐に提案する。


「いや、それは無理だ。ほかに道はない」


「じゃあどうする?やるってなら足掻くが」


「いや、その心配はいらない。私が先陣を切る、中尉達は援護を頼む」


「......いけるのか?少佐」


「まぁ、見ていろ」


 少佐はそう言うと、突如右手の手の平を上向きに出す。

 レオはその光景を何事かとみるが、その動作の後すぐに空気がそこに収束するような風の流れを周囲から感じた。

 周囲のそれを目で追うと、それは少佐の先ほどの手のひらに向かって行っているのが分かった。

 そして徐々に、その風の流れは可視化されていきやがてハッキリとした像が見え始める。

 その像は両刃の細身のつるぎのような姿を見せ始め、その具体像は手のひらから切っ先へと順に具現化されていく。

 気づけば僅か数秒の内に、手品のように剣をその虚空とも言えるような場所から出現させた。

 その光景にレオは思わず目を見開く。

 少佐は、その剣を片手に掴み凄まじい速度で敵集団に突っ込んでいく。

 それに思わずレオは手を指し伸ばしそうになるが、それをミーティア中尉が手を伸ばしレオの手を静止させた。


「大丈夫ですよレオさん。少佐は強いんですから」


 ミーティア中尉がそう言ってほくそ笑む。

 敵集団に突っ込んでいった少佐は、常識では考えられないような軌道を描き、その並外れた身体能力で敵の放つ弾丸の雨の中を華麗に通り抜ける。

 弾丸はただの一発も当たることなく、その光景はまるで銃弾が少佐という存在を避けていくかのようだった。

 少佐はそうやってあっという間に次々と敵の間合いに入りると、容赦なくその剣を振りかざし、敵兵。本来であれば友軍の立場であろうその兵士を迷いなく切り捨てる。


「―――き、距離を取れ!!!間合いに入れるなぁ!!!」


 敵兵たちは少佐から距離をとり包囲しようとするが、少佐はその隙を与えなかった。

 目に追えぬ速さで剣を捻り、回転させて周りの敵を刺し込んで切り刻む。

 気づけば、少佐はガレージ内の敵をレオが息もつかせぬ間に制圧していた。


「な、なんてことだ......これが覚醒者の力なのか......?」


 決して人の身では到達することのできないその領域を、まじまじとレオは見せつけられた。

 少佐のその圧倒的な実力はレオにただ傍観する事を強制させるかのようなものだ。

 援護など、まるで必要がない。

 開いた口がふさがらないとはまさにこのことであり、改めてかつてのあの光景は幻想ではなかったとレオは確信した。


 レオはいつまでも少佐の事を唖然とするように見続けていた。

 それに気づいた少佐は思わず溜息を吐く。


「はぁ、見惚れるのもいいが......まずはこれを見てほしい」


 そういって少佐は、死んだ敵兵士のアーマーを持ち上げる。


「それは、やはり共和国軍のアーマーか......?」


 レオは持ち上げられたその見覚えのあるアーマーについて答えた。


「そうだ、我々を現在襲っているのは敵国の特殊工作部隊や傭兵、ましてやテロリストでもない、同胞たる友軍だ。申し訳ない話だが、先ほどの私は彼らを倒すことに躊躇していた。すまない」


 少佐はそう短く謝罪すると、その持ち上げたアーマーをその場に放して落とす。


「まぁ察しはついてたが、こんな秘密基地のお手本じみた急襲。ただのテロリストや傭兵なんかにできるとは思えなかったよ、やり方が明らかに俺達と違うからな。これはあまりにも上品すぎる」


 レオはそう言うと、ミーティア中尉が頷く。


「少佐、これは......いったいどういう事なんでしょう......。我々を襲うにしても少佐の存在は掴んでいたはずですし......」


 ミーティア中尉の問いかけに、少佐も顎に手をやって考えに耽る仕草をする。


「中尉、言いたいことは分かる。明らかに敵の戦力不足は否めない、だが今は詮索している時間がない。何が起きているのか分からない以上、とにかくここから出るのが先決だ」


 そういって少佐は振り返り、装甲機動車の様子を見に行く。


「やつらの工具が取りついているが......、まだ無力化される前だったようだ。動かせるぞ、中尉。運転を頼む」


「了解です少佐!」


 少佐は装甲機動車の車輪に取り付けられていたロックをその剣で手際よく破壊すると、ミーティア中尉は運転席頭上のハッチから乗り込む。

 すると装甲車の後ろのハッチが開かれレオはそのまま乗り込んだ、すると運転席の方で何やら焦る様にミーティア中尉がパネルを必死に弄る姿が見えた。


「少佐!認証が書き換えられてます!このままではシャッターが開きません!」


 どうやらガレージシャッターが応答しないようだった。


「では無理矢理にでも開けるまでだ」


 少佐はそう言って、閉じた出口に向かって手をかざす、すると少佐は何かをその手に込めるように目を閉ざした。

 次の瞬間、重厚そうなガレージシャッターに装甲車が丸々通れるくらいの円状の穴が突如空く。


「......なんでもありって感じか?」


 レオはそう言葉を漏らす。


「さすがです少佐!」


 ミーティア中尉がそう言った後、少佐はレオと同じように装甲車に急いで乗り込む。


 そして装甲車は少佐が開けた穴を通りガレージを颯爽と出た、その瞬間入れ替わるようにして出口付近の追っ手の車両を追い抜く。


「ふぅ、なんとか......」


 ミーティア中尉はそう束の間の安堵する。


「中尉、セクターターミナルに向かってくれ。今からゼンベルと連絡を取り今すぐガンシップを動かせるように連絡する」


「了解です少佐ー!!!」


 ミーティア中尉はそう言われて装甲車のギアをあげると車両は急加速し、慣性に従って少佐とレオは背を壁にぶつける。

 少佐は「やれやれ」と言いつつ、通信機器端末を胸ポケットから取り出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ―――同刻。


「―――アウレンツ大佐!!!ご報告いたします!裏口の警戒に当たっていたフィアットC分隊が全滅、装甲機動車に乗ってターミナル方面に逃走した模様です」


 その兵士はある男、アウレンツ大佐の前でそう報告を上げる。


「―――ふぅむ、やぁはりこの程度では仕留められんか。さすがレイシア少佐と言った所かねぇ。コードCを発動する、アストレア級ガンシップで追撃しなさい。市街地区画での兵装使用を許可する、ここは徹底的に追い込まんとねぇ......」


 その男はにやけ顔でその兵士に命令を下した。

 兵士たちはその上官の命令と振る舞いに普段との違和感を感じつつも、兵士たちはただ忠実に与えられた役割をこなしていくのみだった。

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